EP 8
激ウマ!人参グラッセとチョコの味
すっかり日が暮れた帝都ルミナリア。
俺たちは冒険者ギルドのカウンターに、麻袋いっぱいに詰め込んだホーンラビットの角をぶちまけた。
ジャララララッ……!
山積みになった角を見て、朝と同じ受付嬢が目を剥いた。
「えっ、ちょっ、これ全部!? 50本以上あるじゃないですか!」
「ああ。たまたま群れに遭遇してな。全部、石で仕留めた」
俺が平然と言うと、周囲の冒険者たちがざわめいた。
ホーンラビットの角は硬く、綺麗に折らずに倒すのは難しい。それが50本、全て眉間を正確に撃ち抜かれているのだ。
「……失礼しました。Fランクだからと侮っていたようです」
受付嬢は態度を改め、手早く報酬を計算してくれた。
角一本につき100エン。合計5000エン。さらに、肉は買い取り対象外だが、自分たちで食べる分には持ち帰って良いという。
「やったわね大地! これで美味しいご飯が食べられるわ!」
「ああ。今夜は腕を振るうぞ」
俺たちは報酬と、解体済みの新鮮な兎肉を受け取り、市場へと向かった。
キャルルが目を輝かせて一番大きな人参を選び、他にも香草や調味料を買い込む。
俺のリュックは食材でパンパンになった。
†
宿に戻った俺は、女将さんに頼み込んで厨房の隅を貸してもらった。
キャルルは食堂のテーブルで、尻尾を振って待機中だ。
「さてと、まずはレシピ検索だ」
俺は厨房の隅でこっそりノートパソコンを開く。
検索ワード:【ウサギ肉 レシピ 臭み消し】【人参 甘い 調理法】
画面にずらりと並ぶ地球の料理レシピ。
俺はその中から、この世界の材料で作れそうなものをチョイスした。
「よし、メインは『ホーンラビットの香草バター焼き』。付け合わせは……キャルルリクエストの『特製・人参グラッセ』だ!」
まずは下ごしらえだ。
ホーンラビットの肉は少し獣臭さがあるらしい。PCの知識に従い、買ってきた香草(ローズマリーに似た葉)と、安酒で肉をマリネにする。
その間に、人参を輪切りにし、面取りを丁寧に。
「(包丁の切れ味はいまいちだが……まあ、なんとかなるな)」
貧乏学生時代、自炊で鍛えた包丁捌きが唸る。
鍋に人参、少量の水、バター、そして貴重な砂糖を投入。弱火でじっくりと煮込んでいく。焦げ付かないように鍋を揺する手つきは、まるでプロの料理人だ。
人参が艶やかなオレンジ色になり、甘い香りが漂い始めた頃、フライパンを熱してマリネした肉を焼く。
ジューッ! という音と共に、香ばしい匂いが厨房に充満する。仕上げにバターを絡め、表面をカリッと焼き上げれば完成だ。
「お待たせ、キャルル。特製ディナーだ」
俺が皿をテーブルに置くと、キャルルが歓声を上げた。
「うわぁぁぁっ! なにこれ、すっごく良い匂い!」
皿の上には、こんがり焼けた兎肉のステーキと、宝石のように輝く人参グラッセ。
キャルルはフォークを握りしめ、まずは人参を口に運んだ。
「……んん〜っ!!」
一口食べた瞬間、彼女の兎耳がピンと立ち、頬がとろけそうに緩んだ。
「あま〜い! なにこれ!? 普通の人参よりずっと甘くて、バターの香りがして、口の中でとろけるぅ!」
「人参グラッセっていうんだ。砂糖とバターで煮込んだからな」
「グラッセ……! 大地、あなた天才よ! こんな美味しい人参料理、王宮でも食べたことないわ!」
次は肉だ。ナイフを入れると、肉汁が溢れ出す。
口に運べば、香草の香りが臭みを消し、野性味あふれる旨味が口いっぱいに広がる。
「んぐっ、んぐっ……おいひぃ! お肉も柔らかい!」
「ははっ、ゆっくり食えよ。誰も取らないから」
幸せそうに食事をするキャルルを見て、俺も自然と笑顔になる。
誰かのために料理を作り、それを美味そうに食ってもらう。これ以上の幸せはないかもしれない。
あっという間に皿は空になった。
キャルルは満足げに膨れたお腹をさすっている。
「ふぅ〜、幸せ……。もう動けない……」
「まだだぞ。食後のデザートが残ってる」
俺はニヤリと笑い、リュックの奥底から『最後の切り札』を取り出した。
銀紙に包まれた、長方形の板。
「え? なにそれ、黒い板?」
「まあ食ってみろ。これは俺の世界の……特別な菓子だ」
俺は板チョコをひとかけら割り、キャルルの口に差し出した。
彼女は恐る恐るそれを口に含む。
カリッ。
その瞬間、キャルルの動きが止まった。
「…………」
数秒の沈黙の後。
彼女の赤い瞳が、カッと見開かれた。
「ん、んんんん〜ッ!?!?!?」
キャルルが椅子から飛び上がった。兎耳が激しくウェーブしている。
「な、なにこれ!? 苦い!? ううん、甘い!? 口の中で溶けて、すごい香りが鼻に抜けて……頭がクラクラするくらい美味しいんだけどぉぉぉッ!?」
「『チョコレート』だ。カカオっていう豆から作るんだが、この世界にはないみたいだな」
砂糖が貴重品なこの世界で、カカオマスと砂糖の塊である現代のチョコレートは、まさに劇薬級の嗜好品だ。
キャルルは残りのチョコを奪い取るように受け取ると、大事そうに少しずつ齧り始めた。
「チョコ……レート……。神様の食べ物ね、これ……」
「気に入ったか?」
「うん! 大地、大好き! 一生ついていく!」
キャルルがチョコまみれの口で抱きついてきた。
俺は苦笑しながら彼女の頭を撫でる。
胃袋は完全に掴んだな。
これで最強の矛は、俺から離れられなくなったわけだ。
その夜。
隣のベッドで幸せそうな寝息を立てるキャルルを見ながら、俺はこっそりとPCを開いた。
『検索ワード:ゴルド商会 支店長 商談』
今日の狩りと報酬で、この世界の経済感覚はなんとなく掴めた。
次は、いよいよ本番だ。
このPCの中にある『地球の知識』を武器に、大陸最大の商会に売り込みをかける。
「……待ってろよ、青い宝石。絶対に、すぐに迎えに行くからな」
俺は静かに決意を固め、PCを閉じた。
明日から、俺たちの「成り上がり」が本格的に始まる。




