EP 7
Fランクからのスタート
翌朝。
宿の朝食(固いパンと薄いスープ)を平らげた俺たちは、街の中心部にある「冒険者ギルド」の扉を叩いた。
ゴルド商会でデカい商売をするにしても、まずはこの世界での社会的信用――つまり「身分証」が必要だ。
それに、元手の資金も稼がなきゃならない。
ギルドの中は、朝からむせ返るような熱気と、酒と汗の匂いが充満していた。
鎧を着た戦士、杖を持った魔法使い。屈強な男たちが、掲示板の依頼書を奪い合っている。
「うぅ……やっぱり、ジロジロ見られるわね」
キャルルが俺の背中に隠れるようにして縮こまる。
ここでもやはり、獣人への視線は冷ややかだ。「なんで獣がここにいるんだ?」という蔑みの視線が突き刺さる。
「気にするな。堂々としてろ」
俺はキャルルの手を引き、受付カウンターへと進んだ。
「登録をお願いしたいんですが」
「はいはい、新規登録ですねー」
受付嬢の女性は、書類仕事から顔も上げずに気だるげに応対した。
「名前、年齢、職業、主な武器を申告してください。あと、登録料として1000エン」
「赤木大地、20歳。職業は……えっと、投手。武器は『石』です」
「キャルル、20歳。格闘家。武器はトンファーと足技です」
受付嬢の手が止まった。
ゆっくりと顔を上げ、俺の顔と、俺が持っているただの石ころ(河原で拾った)を交互に見る。
「……は? 石? スリングショットとかじゃなくて?」
「手投げです」
「プッ……!」
背後で聞き耳を立てていた冒険者たちが吹き出した。
「おい聞いたかよ、石だってよ!」
「ガキの石合戦じゃねえんだぞ! そんなんで魔物が倒せるかよ!」
「横の兎耳の姉ちゃんは強そうだが、男の方はヒモか?」
嘲笑が広がる。キャルルがムッとして拳を握りしめるが、俺はそれを手で制した。
プロテストに落ちた時も、スカウトに散々言われた。「お前の球は一発芸だ」「実戦じゃ使えない」と。
慣れっこだ。結果で見返すしかない。
「……はぁ。まあ、登録は自由ですけど」
受付嬢は呆れたようにため息をつき、銀色のプレートを二枚突き出した。
「ギルドのランクはSからEまでの6段階です。実績のないあなたたちは、一番下の『Fランク(見習い)』からのスタートになります」
「Fランク……」
「最初の仕事はこれです。街の外の農場に出る『ホーンラビット』の駆除。耳を持ってくれば報酬を払います」
俺たちはプレートと依頼書を受け取り、逃げるようにギルドを後にした。
背中にはまだ、嘲笑うような声が投げかけられていた。
†
街の外、広大な草原地帯。
膝丈ほどの草が茂るこの場所が、俺たちの最初の職場だ。
「ごめんね、大地。私のせいで、あんな風に言われて……」
「違うさ。馬鹿にされたのは俺の武器だ。……見てろよ、絶対に見返してやる」
俺は足元に転がっている、手頃な大きさの石を拾い集めた。
リュックのサイドポケットに詰め込み、一つを右手に握る。
「で、そのホーンラビットってのはどこに……」
ガサッ!
前方の草むらが揺れた瞬間、灰色の影が飛び出した。
速い。額に鋭い一本角を生やしたウサギだ。
ジグザグに跳ね回りながら、こちらの様子を伺っている。
「いたわ! 大地、気をつけて! あいつら、見た目よりずっと速いし、あの角で突進してくるわ!」
キャルルが構える。
確かに速い。普通の人間なら目で追うのもやっとだろう。
だが。
「……へえ」
俺はセットポジションに入った。
左足を上げ、重心を沈める。
速い?
これが?
俺の目には、その動きがスローモーションのように見えていた。
甲子園の打者たち。あるいは、プロを目指して対戦したスラッガーたちのスイングスピードに比べれば、野生動物の動きなんて「止まっている」も同然だ。
「キシャーッ!」
ホーンラビットが地面を蹴り、矢のように俺の喉元へ突っ込んでくる。
キャルルが迎撃しようと動くより早く。
俺の右腕が閃いた。
シュッ!
指先から放たれた石が、ジャイロ回転によって空気の壁を突き破る。
唸りを上げる剛速球は、不規則に動くウサギの未来位置――その眉間へと、吸い込まれるように突き刺さった。
バチュンッ!!
破裂音。
ホーンラビットは空中で弾き飛ばされ、地面に転がった時には既に絶命していた。
額の角が根元から折れ、頭部が粉砕されている。
「え……?」
キャルルが目を丸くして、俺とウサギを交互に見ている。
「う、嘘……。ホーンラビットって、新米の剣士が三人がかりで囲んで、やっと倒せる魔物よ? それを、一撃で……?」
「時速150キロの石礫だ。当たり所が良ければ、熊だって殺せる」
俺は残心しながら、肩を回した。
いける。この世界の魔物相手でも、俺の『野球』は通用する。
「すごい! すごいわ大地!」
キャルルがぴょんぴょんと飛び跳ねて抱きついてきた。
「やっぱり私の相棒は最強ね! これなら、あっという間にランクアップできるわ!」
「ああ。今の感覚なら、百発百中だ」
俺たちはその後、夕方まで狩りを続けた。
結果、狩ったホーンラビットは50匹。
草原にいた群れをほぼ壊滅させるという、Fランクらしからぬ戦果を上げて街へ戻ることになった。
だが、俺たちの本当の目的は、この次だ。
俺はリュックの中のノートパソコンを意識する。
この魔物の素材を換金して種銭を作り、あの「ゴルド商会」に乗り込む。
俺の持っている『地球の知識』を、金に変えるための交渉が待っている。
「帰ろう、キャルル。今日はご馳走だ」
「やったぁ! 人参買っていい!?」
「ああ、山ほど買ってやるよ」
俺たちは夕焼けの中、帝都への帰路についた。




