EP 6
異世界の通貨は「YEN」!?
悔しさを胸に秘め、俺たちは歩き続けた。
やがて目の前に現れたのは、ルナミス帝国の帝都「ルミナリア」。
「うわ、すっげぇ……」
俺は思わず足を止めて見上げた。
それは、巨大な城壁に囲まれたメガロポリスだった。
石畳の大通りを行き交う馬車や人々。建物の窓には、ガラスの代わりに透明な魔石がはめ込まれ、夕暮れの街を幻想的な光で照らしている。
空を見上げれば、巨大な飛行船がゆっくりと横切っていくのが見えた。
「魔法と、中世の街並みが混ざった感じだな……」
「そう? ガルーダの石造りの都も素敵だけど、やっぱり人間の都市はきらびやかね」
キャルルが少し落ち着かない様子で、俺の袖を掴む。
獣人族の姿はちらほら見かけるが、その多くは大きな荷物を背負わされたり、粗末な服を着ていたりする。やはり、この国での彼らの地位は高くないようだ。
「……ぐぅ」
その時、俺の腹が盛大に鳴った。
そういえば、こっちの世界に来てからまともな物を食べていない。緊張が解けて、一気に空腹感が襲ってきた。
「ふふっ、大地、お腹空いたの?」
「あー、まあな。キャルルもだろ?」
「う……実は、少し」
キャルルも顔を赤くして腹を押さえる。
まずは腹ごしらえと、今夜の宿の確保だ。
だが、問題が一つある。
「金がねえ……」
俺のリュックに入っている財布の中身は、日本円で1万円札が1枚と、小銭が少々。
異世界で福沢諭吉が通用するわけがない。
「何か売るしかないか。でも、俺の持ち物で売れそうな物なんて……スマホとバッテリーくらいか? いや、PCの充電用にこれは手放せないし……」
俺がブツブツと独り言を言っていると、鼻先を良い匂いがくすぐった。
すぐ近くの屋台で、肉の串焼きがジュージューと音を立てて焼かれている。
「おいしそう……」
キャルルの兎耳がピクピクと動く。怪我人で、しかも女の子にひもじい思いをさせるわけにはいかない。
「ええい、ままよ!」
俺は意を決して、屋台の親父に声をかけた。
言葉が通じるなら、交渉の余地はあるはずだ。最悪、このパーカーと交換でもいい。
「すんません! これ、一本いくらですか!」
「あいよ! 『ロックバイソン』の串焼きな! 一本100エンだ!」
「…………はい?」
今、なんて言った?
ヒャクエン?
「あの、すいません。この国の通貨って……」
「あぁん? 『エン』に決まってんだろ。兄ちゃん、田舎から来たのか?」
俺はキャルルと顔を見合わせた。彼女も不思議そうに首を傾げている。
「大地、『エン』を知らないの? 大陸中で使われている共通通貨よ。昔、偉大な『黄金の賢者』様が広めたって伝説があるわ」
黄金の賢者……そいつ、絶対日本人だろ。
俺は震える手で、財布から1万円札を取り出した。
「お、親父さん。これで……払えますか?」
親父は俺の手元を見て、ギョッと目を剥いた。
「い、1万エン札!? なんだ兄ちゃん、汚ねぇ格好してる割に、とんでもない大金持ちじゃねえか!」
「え、これ使えるの!?」
「当たり前だろ! 偽札じゃねえだろうな……ふむ、透かしも入ってる。本物だ。ったく、こんなデカい釣り銭、用意してねえぞ……」
親父はブツブツ文句を言いながら、店の奥からジャラジャラと硬貨の詰まった袋を持ってきた。
500エン玉、100エン玉……見慣れた数字が刻まれた硬貨が、俺の手に山のように返ってくる。
そして、熱々の串焼きを2本、渡された。
「……マジかよ」
俺は串焼きを齧りながら、呆然と呟いた。
肉はジューシーで最高に美味かったが、それどころではない。
この世界では、日本円がそのまま使える。
しかも、親父の反応からして、1万円というのは庶民にとってかなりの大金のようだ。
「ん〜っ! おいしいっ! 大地、ありがとう!」
キャルルが幸せそうに串焼きを頬張っている。その笑顔を見て、俺もようやく落ち着きを取り戻した。
「よし、とりあえず当面の資金は何とかなったな」
俺たちはその足で、そこそこ綺麗そうな宿屋に入った。
宿代は二人で一泊3000エン。食事付き。
やはり、1万円の価値は日本の数倍はある感覚だ。
久しぶりのベッドに、キャルルは泥のように眠ってしまった。
俺は窓辺に座り、月を見上げながら考える。
手元に残った金は、約6000エン強。
これで数日は食いつなげるが、それだけだ。
「あの宝石を取り戻すには、こんな端金じゃ足りない」
あの憲兵の目の色。あれは、億単位の価値がある物を見た目だった。
稼がなければ。それも、とびきりデカい金を。
俺はリュックからノートパソコンを取り出し、開いた。
画面の光が、俺の顔を照らす。
『検索ワード:この世界で儲かる方法』
検索結果が表示される前に、ふと、窓の外の看板が目に入った。
巨大な商館の壁に、金色の文字でこう書かれていた。
【大陸の富を全てその手に――ゴルド商会】
「ゴルド商会……」
ルチアナが飲み会の合間に言っていた名前だ。「あいつらとは懇意にしてるから」と。
「……俺の武器は、このPCの中にある『地球の知識』だ」
魔法も剣技もない俺が、この世界で成り上がるには、これを使うしかない。
俺はPCの画面を見つめ、ニヤリと笑った。
「待ってろよ。この世界の経済、俺がひっくり返してやる」




