EP 4
最強の矛と最強の盾(後編)
「散開せよ! あの男、只者ではない!」
上空に残った二騎のワイバーン騎兵が、隊長の指示で左右に大きく分かれた。
さすがは近衛兵、対応が早い。こちらの対空攻撃(ただの投石だが)を警戒し、的を絞らせない動きだ。
「チッ、学習されたか」
俺は足元の石を拾いながら舌打ちする。
ジャイロボールは直線的な軌道を描く。相手が動きを止めたり、一直線に向かってきてくれないと命中させるのは難しい。
「キャルル、いけるか?」
「ええ、もちろん!」
隣でキャルルが、痛む脇腹を押さえながらも戦闘態勢をとる。
その視線は、空ではなく地に向けられていた。
ズゥゥゥン……!
先ほど俺が撃ち落とした一騎目が、土煙を上げて墜落した場所だ。
翼の折れたワイバーンがのたうち回り、その背から投げ出された騎兵が、ふらふらと立ち上がるところだった。
「おのれぇ……よくも我が愛竜を!」
騎兵は熊の獣人だった。重そうな鎧を着込み、巨大な戦斧を構えてこちらを睨みつけている。
墜落のダメージはあるようだが、戦意は衰えていない。
「大地、空のトカゲは任せたわ。地べたを這う不届き者は、私が蹴り飛ばす!」
「オーケー、役割分担だな。無理はするなよ!」
「あなたこそ!」
キャルルが地面を蹴り、熊の騎兵に向かって疾走する。
俺はそれを視界の端に捉えつつ、意識を上空へ集中させた。
『警告:右方向の敵影が急接近。熱源反応を感知』
PCがけたたましいアラートを鳴らす。
右の一騎が、翼を畳んで急降下ダイブに入っていた。狙いは俺だ。
騎乗している蜥蜴人の兵士が、何かを叫んだ。
「生意気な猿め! 飛竜の炎に焼かれて死ねぇッ!」
ワイバーンの口が大きく開き、その喉奥が赤熱していく。
ブレスだ。
「(来る……!)」
投石じゃ、あの炎は止められない。
俺は石を捨て、両手でノートパソコンを構えた。
ルチアナが言っていた『破壊不能』の神具。その性能を信じるしかない!
ゴォォォォォォッ!!
上空から、灼熱の火炎放射が俺目掛けて吐き出された。
俺は身を屈め、頭と胴体を隠すようにPCをかざす。
熱い。
PCからはみ出している手足の先がチリチリと焼けるようだ。周囲の草が一瞬で炭化し、熱気が渦を巻く。
だが――。
「……熱くない!?」
直撃を受けているはずのPCの裏側。俺の顔の目の前だけは、まるでエアコンの効いた部屋にいるように涼しかった。
炎が、PCの表面に見えない壁があるかのように、左右に逸れていく。
「な、なんだそのふざけた盾はぁぁッ!?」
騎兵の驚愕の声が聞こえる。
ブレスを吐き終わり、ワイバーンが再上昇に移ろうと速度を緩めた瞬間。
そこが、唯一にして最大の隙だ。
「お返しだ、受け取りやがれッ!」
俺は足元で炭化した土の中から、熱せられた石ころを素手で掴み取った。
熱い。掌が焼ける。だが、その痛みが俺の集中力を極限まで高める。
PCの計算アプリが弾き出した、最適な投擲アングル。
俺は炎の壁から飛び出し、腕を振り抜いた。
シュォォォンッ!!
赤熱した石が、ジャイロ回転で真っ赤な直線の軌道を描く。
狙うのはワイバーンではない。その背に乗る、司令塔の騎兵だ。
「が、あ……ッ!?」
石は騎兵の眉間に吸い込まれた。
騎手を失ったワイバーンは統制を失い、きりもみ回転しながら遠くの森へと墜落していった。
「ふぅーっ……! あと一騎!」
俺は残る最後の一騎を見上げる。
だが、上空高くで旋回していた最後の騎兵は、二人の仲間がやられたのを見て戦意を喪失したらしい。
クルリと反転すると、捨て台詞も吐かずに全速力で逃げ去っていった。
「……助かった。さすがに肩が限界だ」
俺は安堵の息を吐き、へたり込みそうになる膝を叱咤して、キャルルの方を振り返る。
「月影流――破衝撃ッ!!」
ドォォォンッ!!
ちょうど、決着の瞬間だった。
キャルルが放った掌底打ちが、熊の騎兵の腹部に炸裂する。
鎧の上からの打撃だが、衝撃を内部に浸透させる技なのだろう。巨漢の獣人が白目を剥いて崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
残心を解いたキャルルが、ふらりとよろめく。
脇腹の包帯には、再び赤い血が滲んでいた。
「キャルル!」
「へいき、よ。これくらい……」
俺が駆け寄って肩を貸すと、彼女は強がって笑ってみせたが、その顔色は白い。
だが、その赤い瞳は、強い光を宿して俺を見つめていた。
「大地、あなた……本当にすごいわ。魔法も使わずに、飛竜を追い返すなんて」
「君こそ。その怪我で、あんな重装備の熊を倒すなんてな」
俺たちは互いの健闘を称え合うように、視線を交わした。
俺の「知識」と「遠距離攻撃」と「盾」。
キャルルの「武力」と「近距離攻撃」。
ちぐはぐな二人だが、背中を預け合えば、格上の敵とも渡り合える。
俺の中で、この世界で生きていくための微かな自信が芽生えた瞬間だった。
「……長居は無用だ。逃げた奴が仲間を呼びに戻るかもしれない」
「ええ。目指すは、ルナミス帝国ね」
俺はキャルルを支えながら歩き出した。
目指すは、地平線の彼方に見える、人間族の巨大な都市国家。
だが、その時の俺はまだ知らなかった。
その国境を超えるために、キャルルが何を犠牲にしようとしているのかを。




