EP 3
Google先生、止血方法を教えて
「――くっ、しみるぅ……!」
すり潰した緑色のペーストを脇腹の傷口に塗り込むと、キャルルが可愛らしい悲鳴を上げて身をよじった。
「我慢しろ。この『ヒール・ハーブ』には収斂作用……要するに、傷口をキュッと引き締める効果があるらしいから」
俺はノートパソコンの画面に表示された『応急処置マニュアル』を読み上げながら、自分のパーカーの裾を少し破り、包帯代わりに彼女の腹部に巻き付けた。
傷は深かったが、内臓までは達していないようだ。
それにしても、異世界の薬草の効果は凄まじい。塗ったそばから血が止まり、赤黒かった傷口がピンク色に戻り始めている。
「……ふぅ。これで一安心かな」
処置を終え、俺は額の汗を拭った。
キャルルは荒い息を整えながら、地面に座り込んだまま俺をじっと見つめている。
その赤い瞳は、俺の顔と、俺の膝の上にある銀色のノートパソコンを行ったり来たりしていた。
「……あなた、何者?」
彼女の長い兎耳が、警戒するようにピンと立っている。
「魔法使い、じゃないわよね? 魔力を全然感じないもの。なのに、どうして薬草の場所がわかったの? それに、あの矢を弾いた銀色の板……高位の古代遺物?」
「質問が多いな……。俺は赤木大地。見ての通り、魔力ゼロの一般人だ」
俺は苦笑いしながら、PCの画面を彼女に向けた。
「こいつは……俺の故郷の道具で、『パソコン』っていうんだ。魔法じゃなくて、知識を映し出す道具だよ」
「パソ、コン……? 知識を?」
「ああ。こいつに聞けば、薬草の場所も、使い方も全部わかる」
俺が画面をスクロールして見せると、キャルルは目を丸くし、興味津々といった様子で身を乗り出した。
顔が近い。甘い獣の匂いと、少しの血の匂いがした。
「すごい……! これ、文字が光ってる! それに、すっごく精密な地図……これがあれば、迷いの森だって怖くないじゃない!」
「まあ、充電……魔力が続く限りはな」
キャルルはひとしきりPCに驚いた後、居住まいを正した。
ちょこんと正座をして、深々と頭を下げる。
「ありがとう、大地。命を救ってくれて。……私はキャルル。ガルーダ獣人国の、元・近衛騎士候補よ」
「『元』ってことは、さっきの連中から逃げてるのか?」
「ええ。……王様たちの飾り物になるのが嫌で、飛び出してきたの」
キャルルの耳がシュンと垂れ下がった。
詳しい事情はわからないが、彼女なりの譲れないプライドがあるのだろう。
それは、怪我をしてプロ野球への道を絶たれ、それでも何かを掴もうともがいていた俺自身の姿と、少しだけ重なった。
「そっか。……逃げるなら、手を貸すぞ」
「え?」
「俺もこの世界に来たばかりで右も左もわからない。一人で野垂れ死ぬより、強い用心棒がいてくれた方が助かる」
俺はリュックを背負い直し、彼女に手を差し出した。
「俺のこの『知識』と『盾』は、君を守れる。その代わり、君の『強さ』で俺を守ってほしい」
「……ふふっ」
キャルルは俺の手を取り、力強く握り返してきた。
華奢な手だが、その掌には固いマメがあり、戦士の手をしている。
「いいわ、契約成立ね! 私の背中はあなたに預ける。その代わり、あなたの前は私が蹴散らしてあげる!」
彼女がニカッと笑った瞬間、PCが再び『ピロン♪』と無機質な警告音を鳴らした。
「……おっと、感動のシーンに水を差すようで悪いが」
俺は画面上の地図を見る。
さっきの追っ手とは別方向から、新たな赤い光点が急速接近していた。
それも、地面ではなく――空から。
『警告:上空より接近中。高エネルギー反応あり』
「増援だ! しかも空から来るぞ!」
「空!? まさか、ワイバーン騎兵!?」
キャルルが空を見上げる。
太陽を背にして、巨大な翼を持つ影が三つ、急降下してくるところだった。
翼竜だ。人を乗せたトカゲが、空を滑るように襲いかかってくる。
「ギャオォォォォォッ!!」
「くっ、さすがにあの怪我じゃ、飛んでる敵には……!」
キャルルが身構えるが、脇腹の痛みに顔を歪める。
足技主体の彼女にとって、脇腹の負傷は致命的だ。高く跳べない。
なら、どうする?
逃げるか? いや、空からの追跡からは逃げきれない。
PCの盾で防ぐ? ブレス攻撃なら防げるかもしれないが、上空からの包囲攻撃には対応しきれない。
落とすしかない。
「キャルル、あいつら、翼に攻撃を受ければ落ちるか?」
「え? ええ、ワイバーンの飛膜は薄いから……でも、あんな上空、魔法か弓がないと届かないわよ!?」
高度は30メートルほど。
普通の石投げなら届かない。届いたとしても、威力は減衰して蚊に刺された程度だろう。
――普通なら、な。
「任せろ。俺は魔法は使えないが……ボールを投げることだけは、誰にも負けたことがないんだ」
俺は足元に転がっていた、手頃な大きさの石を拾った。
指に馴染む、少し歪な形の石。
縫い目はない。だが、俺には見える。空気の壁を切り裂くための回転軸が。
「PC、ターゲットロック! 風速、距離、偏差予測を表示!」
俺はPCを片手で開き、簡易的な弾道計算アプリを起動する。
画面上に、ワイバーンの軌道予測ラインが表示される。
「え、えぇっ!? 大地、何をする気!?」
俺は大きく振りかぶった。
全身のバネを使い、右腕をムチのようにしならせる。
イメージするのは、甲子園の決勝マウンド。
あの時、俺が投げられなかった、幻の変化球ではなく――
俺が磨き続けた、最強の直球。
「落ちろォォォッ!!」
指先から放たれた石が、唸りを上げた。
空気抵抗を受け流すジャイロ回転。初速から終速まで威力が落ちない、地を這うような剛速球。
それは重力さえも嘲笑うかのように空を駆け上がり――
ドォォォォンッ!!
先頭のワイバーンの左翼の付け根に、弾丸のような石が直撃した。
「ギャッ!?」
骨が砕ける生々しい音が響く。
片翼の自由を失ったワイバーンは、バランスを崩してきりもみ回転しながら墜落していく。
「嘘……石つぶてで、ワイバーンを撃ち落とした……!?」
キャルルが呆然と呟く。
だが、まだ二騎残っている。
俺は二つ目の石を拾い上げ、ニヤリと笑った。
「さあ、残りも全部叩き落としてやる! キャルル、落ちてきた奴のトドメは頼めるか?」
「――っ! ええ、任せて! 這いつくばったトカゲなら、片足でも余裕よ!」
キャルルの瞳に、戦意の炎が灯る。
最強の盾と、最強の矛。
俺たちの反撃が始まった。




