EP 22
天空の住人、竜人族の「死のキャッチボール」
魔導飛行船『スレイプニル』は、雲海を突き抜け、ついに目的地へと到達した。
高度5000メートル。
真っ白な雲の上に浮かぶ、巨大な島。
そこには、風化した石造りの神殿や塔が林立する、古代の遺跡群が広がっていた。
「おお……! 見よ、あれが伝説の『セレスティア天空遺跡』か! 神々しきオーラを感じるぞ!」
甲板の先端で、クラウスがマントをバサバサと風になびかせながら感動している。
いちいちポーズがうるさい男だ。
「神々しいかはともかく、魔力濃度は地上の5倍以上ね。……PCのバッテリー回復にはもってこいだけど、普通の人間なら魔力酔いで倒れるレベルよ」
リーシャが計測器を見ながら冷静に分析する。
幸い、俺は魔力ゼロなので影響がないし、キャルルとクラウスは身体能力がおかしいので平気そうだ。
「着陸するぞ。衝撃に備えろ!」
俺はPCを操作し、船を遺跡の広場へと降ろした。
プシューッ……。
蒸気を上げながら着陸脚が接地する。
タラップを降り、俺たちが大地(空の上だが)を踏みしめた、その瞬間だった。
ドシンッ! ドシンッ!
地響きと共に、遺跡の影から無数の影が現れた。
身長2メートルを超える巨躯。全身を覆う硬質な鱗。背中には皮膜の翼、尻尾には鋭い棘。
顔つきはトカゲや竜そのものだが、二足歩行で武器を持っている。
「竜人族……!」
キャルルが警戒して身構える。
天空の支配者にして、地上最強の戦闘種族。
彼らは俺たちを半円状に取り囲むと、手に持った石斧や槍を地面に打ち鳴らし威嚇してきた。
「グルルル……。地を這う矮小な種族が、我らが聖域に何用だ」
群れの中から、一際巨大な、赤い鱗を持つ竜人が歩み出てきた。
歴戦の傷跡が刻まれた顔。リーダー格だろう。
「我々は敵対するつもりはない! ただ、この遺跡の調査と……」
俺が対話を試みようとした時、クラウスが前に出た。
「下がれ、大地君! 彼らの殺気は尋常ではない! ここは私が騎士として交渉(物理)を……」
「やめろバカ! 話がややこしくなる!」
俺がクラウスの襟首を掴んで引き戻そうとした、その時だ。
ヒュンッ!!
風を切る音がした。
リーダー格の竜人が、手に持っていたバスケットボール大の岩石を、何の前触れもなく投げつけてきたのだ。
「なっ!?」
速い。体感速度140キロ。
殺意の籠もった剛速球が、俺たちの顔面めがけて飛んでくる。
「くっ、私の盾で……!」
「待て、クラウス!」
俺は盾を構えようとしたクラウスを制した。
PCの『異種族言語翻訳・文化解析アプリ』が、瞬時に彼らの行動の意味を弾き出していたからだ。
『解析結果:竜人族の挨拶。「強き者への洗礼」。回避や防御は侮辱と見なされる。打ち返すか、相殺せよ』
「(挨拶で岩を投げるなよ……!)」
だが、ここで逃げれば交渉決裂、最悪の場合は戦闘だ。
俺はポケットから、いつもの愛用の石を取り出した。
来る球は、打つんじゃない。
投げ返すんだ!
「PC、軌道予測! カウンター投法!」
俺はセットポジションに入り、迫りくる岩石の軌道を見極める。
岩の回転、空気抵抗、重力。全ての情報が脳内で線となる。
俺は踏み込んだ。
右腕をしならせ、全身のバネを使って石を放つ。
「挨拶代わりだッ! 受け取りやがれぇぇッ!」
ズバァァァンッ!!
俺の指先から放たれたジャイロボールは、空中で岩石のど真ん中に激突した。
物理法則を超えた回転力が、巨大な岩を内部から粉砕する。
パァァァンッ!!
岩石は粉々に砕け散り、砂利となって竜人たちの足元に降り注いだ。
俺の投げた石は、岩を貫通した後、リーダーの顔の横を掠めて後方の石柱に突き刺さった。
「…………」
場が静まり返る。
竜人たちが目を見開き、ざわめき始めた。
「グルル……。まさか、我の『剛球』を、あんな小石で打ち砕くとは……」
リーダーの竜人が、驚愕と、そして歓喜の入り混じった表情で俺を見た。
「人間にしては、良い『肩』をしているな」
「……どうも。そっちこそ、いい球だったぜ」
俺が肩をすくめて見せると、リーダーはニヤリと笑い、大きな手を差し出してきた。
「我は族長のドラケン。強き者は歓迎する。……だが」
ドラケンは俺の手を握り潰さんばかりの力で握手すると、背後の広場を指差した。
「我ら竜人族は、言葉よりも『投擲』で語り合う種族。貴様らの用件を聞く前に、我らの神聖な儀式を受けてもらう」
「儀式?」
ドラケンは広場の中央にある、ダイヤモンドのような形をしたベース(石板)を指差した。
「古より伝わる決闘――『死の石投げ(デス・スローイング)』だ!」
「……は?」
「9対9に分かれ、互いに剛速球を投げ合い、相手を再起不能にした方が勝ち。攻守を交代しながら9回戦い、生き残った数が多い方が勝者となる!」
俺はPCの画面と、広場の形状を交互に見比べた。
扇形のフィールド。4つのベース。マウンドらしき丘。
そして、9対9の攻守交代。
「……それ、ただの『野球』じゃねーか!!」
「ヤキュウ? 知らぬ名だが、これは我らの魂の儀式だ!」
どうやら、遥か昔に異世界転移者が伝えた野球が、長い年月を経て「殺し合いの儀式」として間違って伝承されてしまったらしい。
バットもグローブもない。あるのは「投げる(殺す)」と「避ける(生き残る)」だけ。
「もし我らに勝てば、この遺跡の宝でも何でもくれてやる。だが負ければ……貴様らの命、ここで散ることになるぞ」
ドラケンが殺気を放つ。
周りの竜人たちも、「投げさせろ!」「俺の肩が火を噴くぜ!」とウォーミングアップを始めている。
「ふむ。つまり、正々堂々と飛び道具で勝負しろということか」
クラウスが腕組みをして頷いた。
「面白い! 騎士として、決闘から逃げるわけにはいかんな!」
「いや、あんたルール知らないだろ……」
俺は頭を抱えた。
相手は身体能力お化けのドラゴン軍団。
こっちは俺、キャルル、リーシャ、そして勘違い騎士の4人だけ。
人数も足りない。道具もない。
だが、俺のPCと知識があれば――この野蛮な「殺し合い」を、近代的な「スポーツ」に書き換えて勝てるかもしれない。
「わかった、受けて立つぜドラケン族長。……ただし!」
俺は不敵に笑い、PCを掲げた。
「俺たちの『ルール』と『道具』を使わせてもらう。それが条件だ」
「グルル……よかろう。道具ごときで、我らの剛腕に勝てるものか!」
交渉成立。
ここに、異世界初の公式戦――『人間軍vsドラゴン軍』のプレイボールが決まった。




