EP 20
空飛ぶ魔導船と、PCの「フライトシミュレーター」
ゴルド商会での騒動から一週間後。
俺たちは帝都の郊外にある、商会が所有する巨大な隠し倉庫の前に立っていた。
「……おいおい、マジかよ」
俺は目の前の光景に、開いた口が塞がらなかった。
倉庫の中央に鎮座していたのは、巨大な「船」だった。
だが、海に浮かぶ船ではない。
流線型のフォルムをした銀色の船体。その周囲には、鳥の翼のような巨大な可変翼が4枚、取り付けられている。
船体下部には、俺たちが苦労して奪還した『月光石』の欠片(加工の際に出た余り)と、大量の浮遊石が組み込まれ、青白い光を放ちながら、すでに地面から数メートル浮いていた。
「ふふん! どうかしら? ゴルドの爺さんから毟り取った予算10億エンと、私の徹夜7連勤の結晶よ!」
目の下にクマを作ったリーシャが、ドヤ顔で白衣の裾を翻す。
彼女は俺の「専属エンジニア」になってからというもの、PCのデータを見る権利を餌に、異常なハイペースで開発を進めていた。
「名付けて、全領域対応型・魔導飛行船『スレイプニル』! あなたのPCにあった『ステルス戦闘機』と『豪華客船』のデザインを悪魔合体させてみたわ!」
「悪魔合体させすぎだろ……。でも、すげえな」
俺は船体に触れた。
ミスリルと鋼鉄の合金ボディ。滑らかな手触り。
この世界にはまだ「空を飛ぶ乗り物」は存在しない。精々がワイバーンなどの魔獣に乗るくらいだ。
これは、歴史を変えるオーバーテクノロジーだ。
「うわぁぁぁ! 大地、これに乗るの!? 空を飛ぶの!?」
キャルルがぴょんぴょんと跳ね回り、尻尾をブンブン振っている。
彼女の夢だった「世界の果て」へ行くには、海や山を超える足が必要だ。これなら、どこへだって行ける。
「ああ。……だがリーシャ、一番重要なのは『制御』だ。ただ浮くだけじゃ風に流される風船と同じだぞ?」
「わかってるわよ。だから……『操縦席』はあなた専用に作っておいたわ」
リーシャがニヤリと笑い、船内へと手招きした。
†
船のブリッジ(操縦室)に入った俺は、再び絶句した。
そこは、ファンタジー世界の船内とは思えない空間だった。
正面には、魔水晶で作られた巨大なフロントガラス。
そして、キャプテンシートの前には、俺のノートパソコンが設置できる専用の台座と、そこから伸びる無数の魔力ケーブル。
さらに、左右には『操縦桿』のような魔導レバーが生えている。
「この船の動力炉は不安定な『竜の心臓』を使ってるから、人間の手動操作じゃ爆発するのがオチよ。だから……」
「俺のPCで制御しろってことか」
俺はシートに座り、PCを開いてケーブルをUSBポート(リーシャが無理やり魔改造した魔力変換アダプタ)に接続した。
ピロン♪
『外部デバイスを認識しました:魔導飛行船スレイプニル』
画面上に、専用のウィンドウが立ち上がる。
姿勢制御、魔力出力、風向風速、高度計。
まるで、フライトシミュレーターの画面そのままだ。
「すげえ……。PCの演算能力で、船体のバランスを自動制御するのか」
「ええ。あなたは画面を見ながら、ゲームみたいにそのレバーを動かせばいいわ」
俺はレバーを握った。手に吸い付くような感触。
これならいける。
「よし、総員搭乗完了! これより本船は、最初の目的地『セレスティア天空遺跡』へ向けて出港する!」
俺が高らかに宣言すると、キャルルが敬礼した。
「アイアイサー! 船長!」
「はいはい。……さっさと飛ばしなさいよ」
俺はPCのエンターキーを叩き、レバーをゆっくりと前に倒した。
「スレイプニル、発進!」
ゴォォォォォォ……ッ!!
船体下部の魔導スラスターが唸りを上げ、強烈なGが体をシートに押し付ける。
景色が一気に下がっていく。
倉庫の天井(開閉式に改造済み)を抜け、俺たちは蒼穹へと飛び出した。
「きゃぁぁぁっ! すごぉぉぉい! 大地、見て見て! 人がゴミのようよ!」
「言い方! ……でも、絶景だな」
眼下には、帝都ルミナリアの街並みがミニチュアのように広がっている。
風を切る音、雲を突き抜ける感覚。
俺はPCの画面上の水平儀を見ながら、高度を安定させた。
「目標、高度3000メートル。北北西、天空の城へ」
順調だ。
このまま何事もなく到着すればいいのだが……そう思った矢先だった。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
PCから、けたたましいアラート音が鳴り響いた。
画面上のレーダーに、無数の赤い光点が映し出される。
『警告:敵性反応接近。12時の方向より、高速飛行物体多数』
「……やっぱり、空は魔物の領域ってわけか」
俺は舌打ちした。
雲の切れ間から現れたのは、翼長10メートルを超える巨大な飛竜――ワイバーンの群れだった。
その数、およそ20匹。
「うわっ、いっぱい来た!」
「大地、どうするの!? この船、武装はまだ未搭載よ!」
リーシャが焦った声を上げる。
開発期間が短すぎて、攻撃手段まで手が回らなかったのだ。
だが、俺は不敵に笑ってレバーを握り直した。
「武装がないなら、体当たり(ラム)だ! ……と言いたいところだが、船が傷つくのは嫌だな」
俺はポケットから、いつもの『石』を取り出した。
そして、サイドウィンドウを開ける。
「キャルル、操縦を代わる! 俺が迎撃する!」
「えぇっ!? 無理よ私、免許持ってないもん!」
「レバーを握ってるだけでいい! PCが補助してくれる!」
俺はキャルルを席に座らせ、身を乗り出した。
強風が頬を叩く。
空での戦い。足場は不安定だが、遮蔽物もない。
つまり――俺の独壇場だ。
「おいトカゲ共! ここは俺たちの航路だ、どきやがれッ!」
俺は石を握りしめ、振りかぶった。
しかし、その時。
バリバリバリバリッ!!
俺が投げるよりも早く。
遥か上空から、極太の『雷』が降り注いだ。
「――は?」
雷撃は正確にワイバーンの群れを直撃し、一瞬にして数匹を黒焦げにして墜落させた。
そして、その雷光の中から、キラキラと輝く『人影』が降ってきた。
「問おう! 其処な船! 魔物に襲われているのか! ならば我が剣が助太刀しよう!」
金髪の男が、空中で剣を掲げながら叫んでいる。
……誰だアイツ。
というか、なんで空に人が浮いてるんだ?
俺たちが呆気に取られている間に、その男はワイバーンを足場にして跳躍し、俺たちの船の甲板へと着地しようとして――
「とうッ! ……あ」
ドガァァァンッ!!
着地の衝撃と、彼が纏っていた過剰な雷魔法のせいで、甲板の一部が爆発した。
『警告:右舷後部、損傷。出力低下』
「貴様ぁぁぁッ!! 何してくれてんだぁぁぁッ!!」
俺の絶叫が空に響いた。
助っ人? いや、ただの迷惑な乱入者だ。
煙の中から現れたのは、無駄に爽やかな笑顔を浮かべた、白銀の鎧の騎士だった。
「ふぅ。危機一髪だったな。礼には及ばんよ、迷える旅人たち!」
……殴っていいか、コイツ。
波乱含みの空の旅が始まった。




