EP 15
出品された「月光石」と、憲兵の裏切り
「さて、次はいよいよ本日のメインイベントでございます!」
司会者の高らかな声と共に、ステージ上の照明が一段と輝きを増した。
厳重な警備の中、恭しく運ばれてきたのは、ベルベットのクッションに乗せられた一つの宝石。
青く、どこまでも深く澄んだ三日月型の輝き。
会場の空気が一瞬にして張り詰めるほどの魔力を放っている。
「おお……なんと美しい……」
「あれが噂の『月光石』か!」
会場中から感嘆のため息が漏れる。
VIP席のソファで、キャルルが身を乗り出した。
「お母さんの……!」
「ああ。間違いないな」
俺は頷き、隣でPCの画面を凝視していたリーシャに声をかけた。
「おいリーシャ、鑑定できるか?」
「ちょっと待って……」
リーシャはPCから目を離し、懐から『魔眼の眼鏡』を取り出して装着した。そして、バルコニーから眼下の宝石を鋭く睨む。
「……本物ね。しかも、ただの月光石じゃないわ。数百年単位で月光を浴び続けた『千年級』の魔力結晶よ。これ一つで、都市一つの結界を維持できるレベルのエネルギー炉だわ」
「都市一つだと……?」
俺は背筋が寒くなった。
そんな危険物を、キャルルはずっと守っていたのか。そして、それを奪った憲兵は、その価値を理解した上で……。
「さあ、開始価格は3億エンから! 伝説の秘宝、手にするのは誰だ!」
開始のゴングが鳴る。
「3億5000万!」
「4億だ!」
「4億5000万!」
怒涛の勢いで入札が入る。
だが、俺は焦らない。手元の端末に、俺が出せる最高額――否、相手の戦意を完全にへし折る金額を入力する。
「……終わりだ」
俺は確定ボタンを押した。
ピロン♪
巨大スクリーンに、無慈悲な数字が表示される。
【現在の最高額:10億0000万エン (VIP席7番)】
会場が凍りついた。
4億台で競っていた貴族たちが、あんぐりと口を開けて沈黙する。
倍以上の提示額。圧倒的な財力の暴力。
「じゅ、10億エン!? 10億エンの入札が出ました!!」
司会者が絶叫する。
キャルルが潤んだ瞳で俺を見た。
「大地……」
「約束だろ。必ず取り返すって」
勝負あった。
誰も声を上げない。司会者が小槌を振り上げる。
「10億エン、ワン! ツー……」
カーンッ! と鳴れば、それで終わりのはずだった。
「――待てぇぇいッ!!」
その時。
野太い怒号が会場に響き渡った。
一般席の最前列から、一人の男が立ち上がっていた。
帝国の軍服を着崩した、あの憲兵だ。
「その競売、無効だ! 直ちに中止せよ!」
「な、何者ですか! 進行の妨げになります!」
司会者が抗議するが、憲兵は懐から銀色のバッジを取り出し、高々とかざした。
「俺は帝国軍憲兵隊、ガストン大尉だ! この宝石は、盗難品である疑いがある!」
会場がざわめく。
盗品? 闇オークションでそれを言うのか?
「ガストン様、ここはゴルド商会の……」
「うるさい! 軍の調査により、これは国家転覆を企む反乱分子から押収すべき重要証拠品だと判明した! よって、この場で軍が『没収』する!」
憲兵――ガストンは、ニタニタと笑いながらステージへと歩み寄る。
「ははっ、証拠品だからな。金は払わんぞ。国家のためだ、文句はあるまい?」
俺はバルコニーからその光景を見下ろし、拳を固く握りしめた。
あいつ……!
最初から金を払う気なんてなかったんだ。
自分で横流ししておいて、オークションで高値がついた瞬間に「捜査」の名目で踏み込み、タダで回収して軍の上層部に恩を売る。あるいは、自分で着服する気か。
マッチポンプもいいところだ。
「ふざけるな! ここは商会の聖域だぞ!」
「軍が介入するなど聞いていない!」
参加者たちからもブーイングが飛ぶが、ガストンは指を鳴らした。
「反逆者は殺しても構わん。……来い!」
ドォォォォン……!
会場の壁が爆破された。
土煙と共に現れたのは、全身を銀色の金属で覆われた、巨大な人型兵器。
「な、なんだアレは……!?」
「『ミスリル・ゴーレム』!? 帝国の最新鋭兵器じゃないか!」
全長5メートル。魔法金属ミスリルで作られた装甲は、あらゆる魔法を反射し、物理攻撃を無効化する。
それが3体、ズシンズシンと足音を立てて会場に侵入してきた。
「ヒッ、ヒィィィッ! 逃げろぉぉ!」
「殺されるぞ!」
会場はパニックに陥った。
参加者たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う中、ガストンはステージ上の月光石をひょいと掴み取った。
「ギャハハ! 馬鹿な金持ち共め! 力こそが正義なんだよ! この石は俺様が有効活用してやる!」
「……させるかよ」
俺は手すりに足をかけ、身を乗り出した。
10億エンという「大人のカード」は切った。
だが、相手がルール無用の暴力を振るうなら――こちらもやり方を変えるまでだ。
「キャルル、リーシャ。戦闘準備だ」
「待ってたわ!」
「やれやれ、せっかく買い戻した私の『研究室(PC)』、壊さないでよね?」
俺たちはVIP席から飛び降りた。
着地と同時に、俺はPCを展開し、ガストンの目の前に立ちふさがる。
「よう、久しぶりだな。関所以来か?」
「あぁん? ……お前は、あの時の貧乏人!?」
ガストンが驚愕に目を見開く。
俺はニヤリと笑い、PCの画面を彼に向けた。
「残念だったな。お前の悪事は全部、こいつが記録してる。没収? ふざけるな。それはお前が横流しした物だろうが」
画面には、昨日の彼自身の密談の映像が再生されている。
「き、貴様ぁぁぁッ! いつの間に!」
「さあ、その石を返してもらおうか。……それとも、そのデカブツ(ゴーレム)ごとスクラップにされたいか?」
俺の後ろで、ドレス姿のキャルルがスカートを破り捨て、戦闘態勢に入った。
リーシャが不敵な笑みで杖を構える。
商売は終わりだ。
ここからは、戦争の時間だ。




