EP 13
ドレスアップした兎耳少女の破壊力
オークション当日の夕方。
俺たちはゴルド商会が手配してくれた、帝都の一等地に店を構える高級ブティックにいた。
「お客様、こちらなどいかがでしょう? 今季の新作、シルクと魔法布のイブニングドレスでございます」
「うぅ……こ、こんなヒラヒラした服、着たことないわよぉ……」
試着室のカーテンの奥から、キャルルの情けない声が聞こえてくる。
闇オークションのVIP席にはドレスコードがある。薄汚れたパーカーと拳法着では入場すら許されない。
なので、俺たちは「戦闘服」としての正装を選んでいた。
「キャルル、大丈夫か? もう時間はギリギリだぞ」
「わ、わかってるわよ! ……もう、笑わないでよね?」
シャッ。
カーテンが開いた瞬間。
俺は持っていたアイスコーヒーを落としそうになった。
「…………っ」
そこに立っていたのは、いつもの活発な格闘少女ではなかった。
深海のようなミッドナイトブルーのドレス。
背中とデコルテが大胆に開いたデザインは、彼女の鍛え上げられたしなやかな肢体と、透き通るような白い肌を艶かしく強調している。
純白の髪はアップにまとめられ、長い兎耳が恥ずかしそうに震えていた。
可愛い、という言葉では足りない。
息を呑むほどに、美しかった。
「ど、どうかな……? 変、じゃない?」
キャルルがもじもじとスカートの裾を掴み、上目遣いで俺を見る。
俺は深呼吸をして、動揺を悟られないように親指を立てた。
「……最高だ。会場の誰よりも輝いてる」
「も、もう! からかわないでよバカ大地!」
顔を真っ赤にしてポカポカと叩いてくるが、その威力もドレスに合わせて控えめだ。
俺自身も、借り物の黒いタキシードに身を包み、髪をセットした。
鏡に映る自分は、コンビニ店員でも元球児でもなく、若き青年実業家のように見えなくもない。
「よし、行くぞ。戦場へ」
「ええ。……取り返しに行きましょう」
†
オークション会場は、帝都の地下深くに建造された巨大なホールだった。
入り口には武装した黒服の男たちが並び、招待客のチェックを行っている。
「招待状を拝見します」
俺はゴルド会頭から貰った『漆黒の招待状』を無言で差し出した。
黒服はそれを見た瞬間、背筋を伸ばして最敬礼した。
「失礼いたしました! 特別賓客(VIP)用の個室をご用意しております。どうぞこちらへ!」
案内されたのは、ホール全体を見下ろせる二階のバルコニー席だ。
眼下には数百人の参加者がひしめき合っている。小太りの貴族、怪しげな魔術師、顔を隠した裏社会の住人たち。欲望の坩堝だ。
「うわ、人がいっぱい……」
「キャルル、あそこを見てみろ」
俺はバルコニーの手すりから身を乗り出し、一般席の前列を指差した。
そこに、見覚えのある男が座っていた。
帝国の制服を着崩し、酒を飲みながら下卑た笑い声を上げている男。
関所で俺たちを止め、キャルルの宝石を奪ったあの憲兵だ。
「あいつ……!」
「落ち着け。今はまだ動く時じゃない」
キャルルの目が殺気立つが、俺はそれを制した。
俺は懐からPCを取り出し、画面を開く。
そして『カメラアプリ』を起動し、ズーム機能であの憲兵の顔を捉えた。
「今のうちに、証拠を集めておく」
画面の中の憲兵は、隣の席の商人に自慢げに話しかけているのが、PCの『読唇術アプリ(自動字幕生成)』で読み取れた。
『へへっ、今日は大儲けだ。あの青い石、ガキから巻き上げたんだがよ……軍の連中が高値で欲しがっててな』
『ここだけの話、横流しの売上は全部俺の懐に入るって寸法よ!』
「……バッチリだ。全部録画したぞ」
俺は冷たい笑みを浮かべた。
あいつは気づいていない。
自分が巻き上げた「ガキ」が、今まさに頭上のVIP席から、破滅へのカウントダウンを刻んでいることに。
そして、自分が出品した宝石を、俺たちが圧倒的な資金力で奪還しようとしていることに。
「へえ……。軍に横流し、ね。思ったより根が深そうだ」
単なる小遣い稼ぎかと思いきや、きな臭い話も混じっているようだ。
だが、関係ない。
俺たちの目的は、宝石を取り戻し、あいつを地獄に落とすこと。それだけだ。
ブォォォォォォン……。
その時、会場に重低音の法螺貝が響き渡った。
照明が落とされ、ステージだけがスポットライトで照らされる。
「紳士淑女の皆様! 今宵は『闇の競売』へようこそ!」
仮面をつけた司会者が、大げさな身振りで叫んだ。
「欲望のままに! 金の力で全てを奪い合ってください! それでは、最初の商品はこちら!」
幕が上がる。
最初の獲物は、俺たちのもう一つのターゲット。
「来るぞ、キャルル」
「ええ!」
ステージ中央に運ばれてきたのは、巨大な鉄の檻。
その中で、一人の美しいエルフが、死んだ魚のような目で膝を抱えていた。
天才にして変人、リーシャ・ヴェルデ。
俺たちのパーティの「頭脳」となるべき女だ。
「まずは彼女を確保する。……俺の『10億』が火を噴くぜ」
俺は手元の入札用魔導端末に手をかけた。
金に物を言わせる、大人の戦いが始まる。




