EP 11
異世界の帳簿は穴だらけ? 複式簿記で完全論破
通されたのは、ゴルド商会本店の最上階。
床には深紅の絨毯が敷き詰められ、壁には名画が飾られた、王の執務室と見紛うばかりのVIPルームだった。
革張りのソファに深々と腰掛けた老人が、震える手でタバコの箱を愛おしそうに撫でている。
ゴルド・マッキンリー。大陸経済を牛耳る怪物だ。
「……ふぅ。間違いない。この香り、このパッケージ。女神ルチアナ様が愛飲される『セブンスター』だ」
ゴルド会頭は至福の表情で紫煙をくゆらせた後、鋭い眼光を俺に向けた。
先ほどまでの好々爺の顔ではない。獲物を値踏みする、老獪な商人の目だ。
「さて、若いの。単刀直入に聞こう。お主、何者だ? ただの冒険者でないことはわかる」
隣に控えるキャルルが、緊張で身を硬くする。
俺は動じずに足を組み、PCをテーブルの上に置いた。
「俺は赤木大地。……そうだな、肩書きを言うなら『女神の経営コンサルタント』とでも呼んでくれ」
「コンサルタント……? 聞いたことのない言葉だな」
「あんたの商売を診断し、利益を最大化させる仕事だ」
俺はタバコの箱を指差した。
「このタバコは、ほんの挨拶代わりだ。俺が今日ここに来たのは、あんたに『もっとデカい利益』をもたらすためだ」
「ほう? 大陸一のこのワシに、商売を教えようと言うのか?」
ゴルド会頭が鼻で笑った。
無理もない。この世界の商習慣において、彼は頂点だ。
「この商会の『帳簿』を見せてほしい。直近一ヶ月の、本店の出納記録だ」
「……帳簿だと? 部外者に見せるわけがなかろう。それに、当商会の会計は完璧だ。50人の計算係を雇い、一円のズレもなく管理させている」
完璧、か。
俺は心の中で苦笑した。この世界の会計システムは、事前にPCの知識検索で調べてある。
いわゆる『単式簿記』――家計簿のような、入った金と出た金を単純に記録するだけのシステムだ。
それじゃあ、金の流れの全体像は見えないし、不正も見抜けない。
「もし、俺がその完璧な帳簿から『消えた金』を見つけ出したら、俺の話を聞いてくれるか?」
「……面白い。ワシの目を欺ける不正があると言うなら、見せてみよ」
ゴルド会頭が合図すると、秘書が分厚い羊皮紙の束を持ってきた。
そこには、膨大な取引記録が手書きでびっしりと記されている。
「これを全部確認するのか? 一日あっても終わらないぞ」
「いや、5分でいい」
俺はノートパソコンを開いた。
起動するのは、現代最強の魔法の巻物――『表計算ソフト(Excel)』だ。
俺は猛烈なスピードでキーボードを叩き始めた。
ッターン! カチャカチャカチャ……ッターン!
「な、なんだその指の動きは!? それに、その光る板に文字が吸い込まれていく……!?」
ゴルド会頭が目を剥く。
俺は羊皮紙の数字を次々と入力していく。
売掛金、買掛金、現金、在庫……。
単なるリストだった数字を、『複式簿記』のルールに従って借方と貸方に振り分け、仕訳を切っていく。
そして、全ての入力が終わり、俺はエンターキーを叩いた。
「出ましたよ、会頭」
俺はPCの画面を彼に向けた。
画面には、綺麗なグラフと、赤字で警告された一つの項目が表示されている。
「北地区支店の仕入れ項目。……ここ、計算が合わない」
「な、なに?」
「帳簿上は『小麦の仕入れ』として5000万エンが計上されていますが、在庫の変動記録と照らし合わせると、実際に倉庫に入った小麦の量が3割足りない。つまり――」
俺は冷徹に告げた。
「誰かが架空の仕入れを計上して、差額の1500万エンをポケットに入れている。……あるいは、単なる計算ミスで1500万エンをドブに捨てているか、ですね」
部屋に沈黙が落ちた。
ゴルド会頭の額から、脂汗が流れ落ちる。
「ば、馬鹿な……計算係が5重にチェックしたのだぞ!? それを、たった数分で……」
「お確かめください」
会頭は震える手で羊皮紙をめくり、北地区の記録を凝視した。
そして、数分後。
「……足りん。確かに、倉庫の受領印と金額が噛み合っておらん……!」
バンッ!
会頭はテーブルを叩きつけた。
「すぐに北地区の支店長を呼び出せ! 監査だ! ……くそっ、あいつめ、ワシの目を盗んで!」
怒号を飛ばした後、ゴルド会頭は脱力したようにソファに沈み込んだ。
そして、畏怖の念を込めて俺とPCを見上げた。
「……信じられん。『複式』と言ったか? 金の流れを二つの側面から記録し、矛盾をあぶり出す魔法の計算式……。これがあれば、商会の利益は……いや、大陸の経済そのものを支配できるぞ」
商人の目が、欲求と興奮でギラギラと輝き出した。
俺の勝ちだ。
「大地様……いや、先生と呼ばせていただこう。貴公のその『知識』と『道具』、いくら出せばワシに貸してくれる?」
態度は一変。最大限の敬意。
俺はPCを閉じ、ニヤリと笑った。
「金はいらない。俺が欲しいのは二つだ」
俺は指を二本立てた。
「一つ。俺をこの商会の『特別顧問』として迎え入れ、VIP待遇の口座と信用枠を用意すること。……当面の活動資金として、そうだな、10億エンほど融通してほしい」
「安いもんだ。この計算式を導入すれば、10億など一瞬で回収できる。……もう一つは?」
俺は身を乗り出し、核心を突いた。
「明日開かれる『闇オークション』。……そいつの招待状が欲しい」
ゴルド会頭の眉がピクリと動く。
だが、彼はすぐに破顔一笑した。
「カカッ! 清廉潔白な女神の使いかと思えば、清濁併せ呑む口か! いいだろう、気に入った!」
会頭は懐から、漆黒の封筒を取り出し、テーブルに滑らせた。
金色の箔押しがされた、闇へのパスポート。
「特等席を用意しよう。……だが先生、何が目当てかね?」
「奪われたものを取り返しに、ね」
俺は封筒を手に取り、立ち上がった。
隣で一部始終を見ていたキャルルが、ポカーンと口を開けている。
「だ、大地……なんかよくわかんないけど、すごい……。あのお爺ちゃんを言い負かしちゃった……」
「言ったろ。これが俺の『戦い方』だ」
資金は確保した。身分も手に入れた。
あとは、乗り込むだけだ。
俺たちの反撃の舞台――オークション会場へ。




