EP 10
ゴルド商会殴り込み! 手土産は「地球の猛毒」
翌朝。
俺たちは宿を出て、帝都ルミナリアの中央区画へと向かった。
目指すは、大陸経済の心臓部――『ゴルド商会』の本店だ。
「ねえ大地、本当に行くの? 相手は国より金持ちだって噂の大商会よ? 私たちみたいなFランク冒険者が行って、門前払いされない?」
隣を歩くキャルルが、不安そうに俺の袖を引っ張る。
彼女の心配はもっともだ。俺の格好はパーカーにジーンズ。キャルルは可愛らしいが、所詮は獣人の少女。
どう見ても、大商談をしに行くVIPには見えない。
「普通に行けば、間違いなく門前払いだな」
俺はニヤリと笑った。
「だから、正面から『殴り込み』をかける」
「な、殴り込みぃッ!?」
「物理じゃないぞ。……俺たちの武器は、これだ」
俺はポケットに入れた『ある物』を確かめる。
昨夜、ルチアナとの通話の後にPCの『転送機能』を使って取り寄せた、地球のアイテム。
女神様いわく、「ゴルドの爺さんはこれがないと生きていけない身体」らしい。
†
ゴルド商会の本店は、威圧的なほど巨大だった。
大理石で作られた五階建てのビル。入り口には屈強なガードマンが立ち、高級そうな馬車がひっきりなしに出入りしている。
「うわぁ……お城みたい」
キャルルが口を開けて見上げる中、俺は迷わず正面玄関をくぐった。
ロビーはホテルのように豪華で、床は鏡のように磨き上げられている。
俺たちが受付カウンターに近づくと、制服を着た受付嬢が、露骨に眉をひそめた。
「……いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
声色は丁寧だが、目は全く笑っていない。
その視線は、俺の薄汚れたスニーカーと、キャルルの兎耳を舐めるように見て、「帰れ」と語っていた。
「会頭のゴルド・マッキンリー氏に会いたい。商談だ」
俺が単刀直入に言うと、受付嬢は「プッ」と吹き出しそうになるのを堪え、冷ややかな声で答えた。
「会頭との面会には、事前のご予約が必要です。現在は三ヶ月先まで埋まっておりますので」
「予約はない。だが、緊急の案件だ。今すぐ通してくれ」
「……お客様」
受付嬢の声が低くなる。
背後でガードマンが動く気配がした。
「当商会は、冷やかしや物乞いのお相手をするほど暇ではございません。Fランクのプレートを下げた冒険者風情が、会頭にお会いできるとお思いですか?」
周囲の客たちも、クスクスと笑いながらこちらを見ている。
「身の程知らずが」「田舎モンが迷い込んだか」という嘲笑。
キャルルが悔しそうに唇を噛み、俺の前に出ようとする。
だが、俺は片手で彼女を制した。
――予想通りだ。
こうでなくちゃ、ひっくり返す甲斐がない。
「物乞い、ね。……あんた、名前は?」
「は?」
「俺を追い返したとあっては、あんたの首が飛ぶことになる。その時に備えて名前を聞いておきたい」
「なっ……無礼な! 警備員さん、つまみ出して!」
受付嬢が顔を真っ赤にして叫んだ。
大男たちが俺たちを取り囲もうとする。
その瞬間。
俺はポケットから『それ』を取り出し、大理石のカウンターに叩きつけた。
ダンッ!!
乾いた音がロビーに響く。
俺の手の下にあるのは、白地に星屑模様が描かれた、小さな四角い箱。
「……なんだ、それは?」
「手土産だよ」
俺は箱の封を切り、中から白い棒を一本取り出した。
そして、100エンライターで火をつける。
シュボッ。
紫煙が揺らぎ、独特の香りがロビーに漂った。
「なっ……!?」
その匂いを嗅いだ瞬間、受付嬢の顔色が変わった。
嘲笑や怒りではない。純粋な『恐怖』と『驚愕』の色だ。
「そ、その香り……まさか……『女神の紫煙』……!?」
この世界において、タバコは嗜好品ではない。
女神ルチアナだけが供給できる、王侯貴族すら容易には手に入らない『神の供物』だ。
それを、こんな薄汚れた冒険者が持っているはずがない。
だが、目の前で漂う香りは本物だ。
「これは、俺の故郷では『セブンスター(七つの星)』と呼ばれている」
俺は紫煙をゆっくりと天井へ吐き出し、受付嬢を真っ直ぐに見据えた。
「ゴルド会頭に伝えろ。『女神の使いが、極上の星を持ってきた』とな」
受付嬢の手が震えている。
彼女は理解したのだ。このアイテムを持っているということは、俺がただの冒険者ではなく、商会のトップであるゴルド会頭、ひいては『女神』と太いパイプを持つ人間である可能性が高いと。
もし、本当に女神の使いを門前払いしたとなれば――首が飛ぶどころではない。
「し、少々お待ちくださいッ!! ただいま、確認してまいりますッ!!」
受付嬢はカウンターを飛び出し、スカートの裾を翻して階段を駆け上がっていった。
取り残されたガードマンたちは、どうしていいかわからず、俺とキャルルを遠巻きに見つめるだけだ。
「だ、大地……今のって、昨日ルチアナ様が送ってくれた……」
「ああ。地球じゃ数百エンの嗜好品だが、ここでは最強の通行手形だ」
俺はタバコの火を携帯灰皿でもみ消し、キャルルにウィンクしてみせた。
「さあ、第一関門突破だ。ここからが本当の『商売』だぞ」
数分後。
階段の上から、恰幅の良い老人が転がるように駆け下りてきた。
その目は血走り、俺の手元の箱に釘付けになっている。
大陸最大の商人、ゴルド・マッキンリー。
俺という異物が、この巨大組織に風穴を開ける瞬間だった。




