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神君の悪夢
同時刻。堺から三河へ逃れようとしていた徳川家康の一行もまた、別の「恐怖」に直面していた。
伊賀の山中。
家康の前に現れたのは、数千もの「伊賀衆」だった。
殺気はない。だが、その数は暴力的なまでの圧力となって家康にのしかかる。
「……万事休すか」
家康が腹を括りかけたその時、伊賀衆の中から信雄の使者が進み出た。
「家康殿。当家の信雄様より伝言でございます」
『家康殿、こんな物騒な時に山歩きとは感心しませんな。
どうぞ、我ら伊賀衆が安全に三河まで護送いたします。
ああ、それと……今後、何かあればいつでも伊賀の者が、貴殿の寝所にお邪魔しますので』
使者は満面の笑みで、家康の背筋を凍らせた。
『織田への謀反など、夢にも考えぬよう』
家康は震えながら、深く頭を下げた。
殺されるよりも恐ろしい。自分の命は、今後永劫、織田信雄という「底知れぬ男(と勘違いされている)」の手のひらの上にあるのだと悟った瞬間だった。




