街へ行こう
パトリシアはミックとコールと共に昼を過ぎて帝都の街に出ていた。
数日前、この大きな通りを馬車で通ったのが随分昔のようだ。街は活気があり人通りも多く賑わっていた。建物は比較的新しく、景観は美しい。
「荷物を隠されたんっすか?!」
「最低ですね」
コールとミックは制服を脱ぎ私服に着替えて待ち合わせ場所にいた。パトリシアは着替えがないので制服姿のままその場に向かったため、二人は不審に思ったらしい。
ざっくり事情を説明すると、彼らは自分ごとのように怒ってくれた。
「だったら、安くていい店があるっす!」
「そこで服を着替えよう。この服で街をうろつくのも落ち着かないと思うし」
ミックに案内された古着屋で生成り色のシャツに焦茶色のスカートに着替えた。ついでにシャツとスカートをもうひと組み、ぺたんこの靴も購入した。するとどうだろう、あっという間に手持ちが無くなってしまう。
(お小遣い、初めてだったのに……)
パトリシアに毎年予算は割かれていたが、これらは全て国税だ。マリエッタは気にせずドレスやジュエリーを購入していたが、パトリシアはそんな気分になれなかった。だが全く使わないのもよくないので最低限は使っていたが、なんとなく罪悪感もある。だから、父の執務を引き継ぐ時はきちんと給料をもらうようにした。
「だ、大丈夫だよ!」
「そうっす! 料理長はたぶんそれを見越して俺たちにお小遣いまでくれたんっす!」
しゅんと落ち込むパトリシアにコールとミックが励ましてくれる。
「料理長にもらったお小遣いで偉ぶるのは恥ずかしいけど、俺とミックで奢るから!」
「奢るっす! 奢るっす! あと、リアさんが他に欲しいものがあったら教えてくださいっす!」
「……いいんですか?」
「いいっす!」
「もちろん!」
二人は照れくさそうに笑いながら胸元を叩く。パトリシアはそんな二人の厚意をありがたく思いながら、眉尻を下げた。
「ありがとうございます。あとできちんとお返ししますので」
父から支度金ももらったが、それは荷物の中だ。さいわい王国のパトリシアの自室には金庫があり、ポシェットを通じてお金を取り出すことができるはず。ただし、ペリドラン王国の貨幣と帝国貨幣はレートが違う。両替したいが、どこで換金するのがいいのかわからない。
「こんちゃー!」
「三人っす〜」
二人はよく利用するという街の食堂にパトリシアを連れてきてくれた。
コールは肉の煮込み、ミックは香辛料で味付けして焼いた肉を、パトリシアは海鮮スープを注文した。
「はい、お待ち。煮込みと旨辛タレの焼きと、海鮮スープね。パンも置いとくよ」
「「あざっす!」」
「ありがとうございます」
食事をしながらコールとミックの話を聞いた。
コールは冒険者をしていたが、自分には合わないと思い辞め職を探していたところ「食堂の下働き募集」を見て応募した。ミックは騎士団の入団試験に落ちたがどうしても仕事が欲しかったので「皿洗いでもなんでもしますから雇ってください!」と頭を下げたところ、ダリオの下に回されたようだ。
「こう言っちゃなんですけど、第二食堂ならすぐに辞めていたっす」
「俺も。あそこはなんと言うか文化も人種も違うので」
魚介類の濃縮されたスープが早朝から働いた身体に染み渡る。味付けはシンプルに塩のみだ。
少し硬めのパンに浸して食べるともっちりとして美味しい。
「なんだかんだダリオさんって優しくていい人っす!」
「怒ると怖いけど面倒見もいいし、頼れる兄貴って感じだし」
ダリオは元々冒険者をしており、知る人ぞ知る名のあるパーティーの一員だった。
ダンジョン制覇の褒美に一代限りの爵位をもらい、冒険者を引退後なぜか第三食堂で働いているという。このなぜかは二人も知らないとのこと。
「ごめんください。ダリオさんの紹介で伺いました。第三食堂で働く者です」
しっかりと食事をして色々と事情を聞いた後。本日の目的を遂行するためにに向かった。
ドニーの鍛冶屋は帝都の職人通りからひとつ奥に入った薄暗い路地にあった。
文字が消えかけているぶら下がった看板を見つけて戸を叩く。何度か叩くと中から足音が近づいてきて、頭の寂しい眼鏡をかけた老人が顔を出した。
「ダリオの紹介だ?」
「はい。これが紹介状です」
「見せてみろ」
コールが差し出した紹介状をドニーはひったくるように奪う。ドニーはそれを読みながら「ふんっ」と眉間に皺を深く刻んだ。
「入れ。作って欲しいものがあるそうだな」
「はい」
「これなんですけど……」
パトリシアは鞄からピーラーを取り出す。ドニーは摩訶不思議な道具に目を細めると眼鏡のブリッジをクイッと上げた。
「触らせてもらってもいいかい?」
「どうぞ」
「ふむ。調理器具と書いていたが、どうやって使う?」
「野菜の皮を剥きます。この刃の部分を側面にあててこう……」
パトリシアはピーラーを持っている体で手を動かす。
ドニーはひとつ頷くと、部屋の奥に行き「母ちゃん!」と叫んだ。
「なんだい、大声出して」
「家に芋はないか? 剥いていいやつだ」
「芋ぐらいあるけど……」
母ちゃんというが、彼女はドニーと同じ年ぐらいだ。部屋の奥からひょっこり顔を出した彼女と目が合い、パトリシアは会釈した。
「お邪魔します」
「おや珍しい、お客さんか」
「ダリオの部下だそうだ」
「あらあら。懐かしい名前だね。ダリオさんは元気かい?」
「はい!とても元気です」
「そうかそうか。で、芋かい?」
「そうだ」
「ちょっと待っておくれ」
彼女はダリオの名前に頬を綻ばせ、部屋の中に入っていく。
しばらくすると水で洗った芋を持ってきてくれた。
「これでいいかい?」
「あぁ。お嬢さん」
「あ、はい。えっと」
芋とピーラーを渡されて、パトリシアは彼らの前で芋を剥く。
「こんな感じです」
「ほうほう」
「あら、するする剥けるね」
「そうなんです! これを使った後またナイフで皮を剥くのは大変で」
コールの補足にドニーの妻は「そんなにかい?」と眉を顰める。
「奥様、よろしければ剥いてみます?」
「いいのかい?」
「ええ」
「その後はワシだ」
パトリシアが芋とピーラーを渡すと彼女は芋の側面にピーラーの刃を当てた。そしてスルッと薄く皮を剥く。
「まあ、これは楽で楽しいね」
彼女は面白がるようにしゃっしゃか芋の皮を剥いた。ピーラーの側面にある小さな突起物はなにかと尋ねられたので、これで芋の芽を取り除くのだと説明した。彼女は面白がって芽を穿る。
「これ、他の野菜でもできるのかい?」
「ええ。人参や大根、皮のある野菜なら大抵使えるかと」
「それは便利だね!」
あっという間に皮を剥き終えてしまい、ドニーが顔を顰めた。彼女もまた「やっちまった」という顔をする。
「新しいものを持ってくるよ。これは蒸して食べようかね」
「その前に見せてくれ」
「はいよ」
彼女は笑いながら部屋に戻っていく。ドニーのために別の芋を持ってきてくれるようだ。
ドニーは綺麗なクリーム色の芋と、床に落ちた芋の皮を見比べてうんうん唸っている。
「ここまで薄く皮が剥けるのか。しかも素人が」
「いえ奥様がお上手でした。しっかり刃を入れると皮に余計な可食部がついてしまいますし」
「俺とミックがやるともう少し皮に可食部がつきます。それでもナイフで皮を剥くより圧倒的に可食部が残ります」
「時間も短縮だな」
「はいっす。それに傷も少なくなるっす」
ミックは手に残る包丁の痕を見て苦笑する。彼らが今日まで必死に学んできた成果だろう。
「はいよ、今度は人参だ」
「ふむ」
ドニーはヘタの取れた人参の頭頂部にピーラーの刃をおく。皮に引っ掛けてそっと手を下ろした。ただそれだけでするすると皮が剥ける。料理もろくにしたことのない、中年おやじが。
「ほうほう。面白い、なんとも面白いな!」
「これがひとつあれば、あんたも料理ができるんじゃないか」
「そうかもしれん。皮を剥くのはなんとも億劫だからな」
ドニーは人参を丸裸にすると、落ちた皮と綺麗に剥けた実を見比べる。改めてピーラーをじっと観察すると、その鋭い眼光をパトリシアに向けた。
「とりあえず、三日預からせてくれ。三日後もう一度来てくれるか?」
皆さん、よい冬休みをお過ごしください。余裕があれば年末年始も更新します。




