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転生王女パトリシアは今世こそぐうたらしたい。  作者: 七海心春


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8/9

ピーラーとお小遣い



「朝やで。そろそろ起きや」

「ぁい……」


 午前五時にぺぺの素敵なモーニングコールがかかる。重い瞼をあげれば愛らしいチャーミングな子ウサギが覗き込んでいた。パトリシアは今日から第三食堂の厨房で働く。初日だ。

 コールが仕込みを教えてくれると言っていたので、寝坊するわけにはいかない。


 パトリシアはのっそりと藁の上で身体を起こす。いたたた、と言いながらぐーと腕を伸ばした。

 昨夜はたくさん食べてお腹が満たされたせいか、よく眠れた。この控えめな藁の上でも一晩ぐっすりだ。


「ほらプレゼントや」


 ぺぺが空間からかわいらしいポシェットを取り出した。パトリシアはそれを受け取ると不思議そうに目を丸くする。


「ありがとう。鞄?」

「せや。パティの部屋にあるものをここから取り出せるようにした」

「え、なにそれ! すごい!」


 まだポヤポヤしていた寝起きの頭が一瞬で覚めた。胸を張るぺぺと鞄を交互に見て、瞳をキラキラと輝かせる。


「ふふん。我神ぞ」

「どうやって使うの?」

「鞄の中に手ぇ入れて、欲しいものを思い浮かべればええ」


 パトリシアは言われた通り早速ペリドラン王国の自室にあるキッチンを思い浮かべた。その戸棚からお気に入りの包丁を取り出すつもり鞄の中に手を入れる。するとしっかりと馴染みのある感触がした。恐る恐る鞄から手を引くとキランと輝く刃が見える。


「わ、わぁあああ、すごーい!」


 高々と上げた右手にはよく磨かれたマイ包丁。つい先日握ったばかりなのにとても懐かしさを感じる。

 パトリシアはハッとして鞄の中にそれを収納する。そしてもう一度やり直した。


「よく切れる、包丁〜」


 猫型ロボットが出てくる某国民的アニメのBGMを背景に声高らかに取り出す。

 もちろんこれがTAKE1だ。鼻にかかるダミ声は意外と似ていると自画自賛した。

 楽しくなってきたので続けて、まな板、ボウル、靴を取り出した。柔らかく着心地の良い下着もだ。


 ようやくコルセットから解放されると思うと安堵の息が溢れた。寝起きの情けなく眉の下がった笑顔が子ウサギに感謝を告げる。


「ぺぺ、ありがとう。すごく助かる」

「そうかそうか。じゃ、ちょっと散歩してくるさかい、着替えて準備しとけ」

「うん」


 ぺぺが魔法で汗や汚れを拭ってくれたので体感はスッキリしているが、それでもやはり湯に浸かりたい気持ちが強い。ここにお風呂は持ってこれるかな、と考えて「やっぱ無理か」と諦める。


(ぐうたらするには、ふかふかのベッドと美味しいおやつと温かいお風呂が必要だわ)


 パトリシアは下着を変え、そばかすから借りた制服を着る。

 できれば他の服に着替えたかったが、あいにくパトリシアの部屋に帝国らしい服はない。


(ダリオさんに相談しようかな)


 お腹の問題は解決したが、まだまだ問題は山積みだ。ぐうたらするには程遠い。


(とりあえず、ご飯はゲットできたけど、部屋がなぁ……)


 とはいえ、後宮に「やぁ」と顔を出すのもどうだろうか。

 バーネット夫人の管理下にいるより、ここにいる方が随分気楽だ。ただ、食事も出してくれないのはいただけないが。


 ーーでもあの皇帝なら、一度ぐらい呼び出しがありそうなのに。


 夜の相手はごめんだが、顔を合わせる機会は欲しい。だが、その時艶々ふくふくしていたら、この状況をどう説明すればいいだろう。


(勝手に逃げ出して倉庫に住み着いていた、ぐらい言いそうだしな……)


 パトリシアが着替えを終えてしばらくするとぺぺが戻ってきた。そして昨夜と同じように転移する。早朝の静かな敷地内を歩きながら、第三食堂に向かった。


「なあ、それはなんだ?」

「これはピーラーです」

「「ピーラー?」」


 パトリシアの仕事は芋の皮剥きだった。コールと赤茶色の髪を持つミックという青年と共にジャガイモの皮を剥く。二人がナイフを使い危なっかしい手つきで皮を剥く中、パトリシアはしゃっしゃかピーラーを滑らせていた。


 二人が芋をひとつ剥く間、パトリシアは三つも四つも剥く。しかもしっかり実を残して。


「なあ、使わせてもらえないか?」

「いいですよ」


 どうぞ、とパトリシアはコールに渡す。使い方を教えるとコールは新しいおもちゃを見つけた子どものように目を輝かせた。


「おお、すごい! これは……っ、いてっ」

「勢いよく滑らせると危ないですよ」

「あ、あぁ。でもこれはいいな!」

「コール、次は俺にもかしてくれっす」

「リア、いいか?」

「ええ、かまいませんよ」


 じゃあ、一個剥いたら交代な、と言うコールとミックの微笑ましいやり取りを横目に、パトリシアはコールのナイフを借りて芋を剥く。


 ピーラーを使うよりスピードは落ちるが、それでも二人よりも多くの実を残してジャガイモを剥き終わった。


「これはどこに売っているんだ?」

「俺も欲しいっす! これがあれば今までの芋の皮剥きのストレスから解放されるっす……!」

「えーっと。母から譲り受けたもので分からないのです」


 昨夜ぺぺと〝リア〟の設定を相談した。

 リアはペリドラン王国と帝国の国境付近にある村の娘だ。婚約者が帝都に働きに出たので、追いかけてきたが、彼とまだ会えていない。路銀が尽きたので仕事を探していたところ侍女を募集していると聞いて面接を受けた。


 ぺぺ曰く、城は人手不足で常に人を募集しているとのこと。

 また、平民にも寛容なので下手に貴族を名乗るよりはいいのでは、とのことだった。


「そうか……」

「残念っす」

「だったら、街の鍛冶屋で作って貰えばいいじゃないか?」

「「料理長!」」


 ミックとコールが慌てて立ち上がり「「おはようございます!」」と頭を下げる。

 パトリシアも彼らにならって腰を上げるとダリオに挨拶した。


「おはようございます」

「あぁ、おはようさん」

「料理長、今朝は早いっすね」

「リアさんのことが心配っすか」

「まぁ、そうだな」


 ダリオはミックとコールのニヤニヤする顔を見て苦笑する。


「ま、お前らはそんな度胸ないか」

「そんなことないっす! でも芋ひとつ満足に剥けないのは恥ずかしいっす」

「たしかにな」


 ダリオはミックの素直な感想に目を丸くするとガハハと笑った。


「よし、お前ら。今日昼に抜けていいからリア連れてドニーの店に行ってこい。後で紹介状を書いてやる。とりあえず、いくつだ?」

「5つぐらいあればいいんじゃないっすか?」

「いや、絶対もっと欲しがるやついるぞ? 俺も欲しい。できれば手にあったやつだ」


 パトリシアとダリオの手の大きさは異なる。前世では一定の大きさで売ってあったのでオリジナルサイズで特注という発想はなかった。


「え、いいっすか?!」

「やった! リアさん帝都を案内しますよ」

「あ、ありがとうございます!」

「その代わり、しっかり昼まで働けよ」

「「はい!」っす!」


 ミックとコールが声を重ねる。

 ダリオはエプロンのポケットに手を突っ込むと銀貨を取り出した。


 ミックが手を出すとダリオはその手に銀貨を乗せる。続いてコールの手のひらにもそれをおいた。


「おい、リア」

「……わたしもいいんですか?」

「お前も今日から第三食堂(うち)の子だろ?」

「……はい!」


 おずおずと手を出すと手の中に一枚硬貨が落ちてくる。

 表には数字、裏にはこの国の神、グラント・フェルドスが彫られている銀色の硬貨だ。


「それは俺からの小遣いだ。飯食ったりちょっとした買い物に使え。あともう一枚銀貨を渡しておく。これで作れるだけ作ってもらえ」


 パトリシアの手の中にもう一枚同じ色の銀貨が落ちてきた。


「どうしてリアさんっすか」

「この中で一番信用しているからだ」

「ひどいっすよ!」

「お前らに渡すと、失くしただの、スッただの言い出すだろう?」


 思い当たる節があるのか、彼らはそれ以上ダリオに詰め寄らなかった。そんな三人のやり取りを見てパトリシアはくすくす笑う。


「じゃあな。俺はもう一眠りしてくる」


 ダリオは大きなあくびをすると背中を向ける。パトリシアは後ろ姿に頭を下げて、芋の皮剥きを再開した。


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