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転生王女パトリシアは今世こそぐうたらしたい。  作者: 七海心春


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3/9

赤髪の騎士様

 


「18年間お世話になりました」


 その日、パトリシアはグランフェルト帝国に嫁ぐため、家族に別れを告げていた。

 本来なら盛大にパレードをするのだが、フェルナンドとマリエッタのこともあり、また準備する時間もなかったことで、身内だけの見送りだ。ちなみに二人は謹慎中でここにはいない。


 両親曰く、マリエッタは体調が落ち着いたら王族の持つ保有地に輸送しそこで出産させるようだ。

 フェルナンドは一代限りの男爵位を賜り、微々たる貴族年金でマリエッタと暮らしていく。実質社会上の追放だった。尚、アルベック公爵家から廃嫡されている。パトリシアを裏切りマリエッタを妊娠させたケジメだ。


 マリエッタはまだその事実を知らないらしい。ショックのあまり体調を崩すとよくないからという配慮のようだ。パトリシアはもう「好きにしてくれ」と思っている。


 母は涙ぐみながらパトリシアをそっと抱きしめた。


「……元気でね」

「お母様も。あなたたちもお母様たちをよろしくね」

「「「……はい!」」」


 帝国からは数名なら侍女を連れてきてもよいとのことだったが、パトリシアは誰も連れて行かないことにした。彼女たちが誰が付いていくか押し付け合いをしていたこともある。みんな婚約者や恋人を置いて帝国に付いていきたいとは思わないようだ。


(そりゃ、そうだよね。帝国って蛮族のイメージが強いから)


 なにかあればすぐに戦争をする国。そういうイメージがあるので、彼女たちは帝国を恐れている。

 パトリシアはどちらかと言えば、皇帝のお手つきにならないかの方が不安だったので父に「誰も付けなくていい」と言った。


 侍女たちにもその旨を伝えると形だけ「そんな……!」と困惑した様子を見せていたが、内心は安堵していたように思う。みんな我が身がかわいいのだ。仕方ない。


「……なにか困ったことがあれば手紙をよこしなさい。力になれるかどうか分からないが、お前はこの国の王女だ。できることはする」

「……はい。ありがとうございます」


 パトリシアは困ったように眉を下げる。

 表面上は感謝の意を伝えたが、父がなにかできるとは期待していなかった。なにかできていたら、こんな風にはならなかったはずだ。


(嫌いじゃなけど、そういう意味で信頼はなかったかな。残念だけど)


 家族だから情はある。だけどそれだけだ。どうか彼らが幸せに、と願うばかりである。


「それでは皆様ごきげんよう。遠くからご健勝をお祈り申し上げます」


 パトリシアは指の先まで意識をし、丁寧に頭を下げる。そして悠然とした笑みを浮かべて別れの挨拶を終えた。不安と期待を背負いながら馬車に乗り込む。


 すると、ベージュ色の垂れ耳の子ウサギが座席で寝そべっていた。どこからどう見てもウサギだが、仄かに感じる神気はよく知る彼のものだ。


「……どうしてうさぎ?」

「とりあえず座れや」

「あ、そうですね」


 扉を開けて突っ立ったままのパトリシアを不審に思ったのだろう。父と母が後ろから「どうしたの?」と声をかけてきた。


「いえ。忘れ物をしたような気がしたのですが、気のせいでした。ーー閉めてください」


 パトリシアは慌てて椅子に座り扉を閉めるよう護衛騎士に言う。

 彼らは約三週間かけて帝国との国境までパトリシアを送った後、また同じだけ時間をかけてこの国に戻ってくる。


 彼らが再び王と顔を合わせる時、パトリシアはもう帝国にいるはずだ。国境から帝都まで、馬車で半月ほどと聞いている。


「やっと出発したか。どや? 心のうちは」


 馬車がようやく走り出した頃、ぺぺが口を開いた。髭をヒクヒクさせながら円な瞳をパトリシアに向ける。


「……それよりどうしてウサギ?」

「かわいいやろ? 癒しが必要やと思ったんや。特別にもふもふしてええで」


 子ウサギはかわいいあんよで立ち上がった。もふもふの胸を突き出し偉そうに威張る。

 それでも姿形がかわいいせいかまったく腹立たしくなかった。


 パトリシアは対面の椅子にそっと手を伸ばし、その小さな身体を持ち上げる。


「……あったかい。え、どうして?」


 パトリシアはデレデレと相好を崩しながら頬擦りした。ぺぺは頬擦りされながらも嫌がることなく受け入れてくれる。


「こんなこと朝飯前よ」

「見えていないのよね?」

「せやな。でも見せることもできるで」


 ちなみになぜ、この姿になったのかと言えば。


「昔、うさぎ飼いたかったやろ?」

「昔って……。随分と昔ね」


 前世の小学生の頃だ。友人がホーランドロップを飼い始めて、あまりのかわいさに母におねだりしたことがある。「自分で面倒を見る!」と言っても当然のように却下された。小学生ができるわけない、と。


「帝国はグラントのお膝元や。なるべく神気を抑えようと思ってこの形にしたんや。かわいくてあざといやろ?」


 きゅるん、と円な瞳がパトリシアを見つめる。パトリシアは情けなく眉尻を下げた。


「いったいどこを目指してるの?」

「世界や!」


 子ウサギがドヤる。思わず「神様なのに?」と言いかけたが、飲み込んだ。

 考えていることがわからない。


「一応グラントにも〝しばらく邪魔すんで〟とは言っておいたけど、あいつ今引きこもってるからたぶん届いてないねん」

「え、引きこもってるって? え?」

「またオディ・リーに振られたんやろ。いつものことやから放っておいてええで」


 この大陸は6つの国からなる。北から順に、


 ネプテリア王国:創造繁栄の神(海洋神)

 ガルダナ王国:安寧秩序の神(天空神)

 ペリドラン王国:大地豊穣の神(農耕神)

 グランフェルト帝国:叡智武芸の神(武略神)

 クリウス王国:恵与匠財の神(商業神)

 オーディン王国:道理文芸の神(芸術神)だ。


 そして、帝国を守護するグラント・フェルドスは失恋中のためまったく姿を見せないらしい。だからといって、彼に黙って滞在するのは神様事情でタブーのようだ。

 ぺぺは「愛し子が帝国に嫁ぐことになり、心配だからついていく。滞在するけど乗っ取る気はないぜ」と言ってきたらしい。念の為メモも残し、他の神にも伝えておいたようだ。


「そ、そっか。わかった」


 本当は色々と突っ込みたいところだが、深く突っ込まないことにした。

 神様情報網によると、恋多き神だが、なかなかその恋は実らないとのこと。神様も大変だな〜とパトリシアは呑気に頷く。


 道中は大変……なわけがなかった。馬車の揺れはほとんどなく、とても快適に進んだ。

 もちろんそれはぺぺの魔法のおかげだ。ガタガタで曲がりくねった山道でも護衛たちの数名が顔を真っ青にしていてもパトリシアは平然としていた。


 それに話相手がいるというのは本当にありがたく、もふもふは癒される。子ウサギになったぺぺに変な目を向けてしまったが、全力で謝罪した。さらに王都を出たのは初めてのことだったので、見るものすべてが新鮮で楽しかった。


 街や村に立ち寄り観光もした。前世で見たこともない野菜や果物もあり驚いた。行儀は悪いが、休憩した山の中で木苺の群生地を見つけて摘んで食べた。甘酸っぱくてジューシーでとても美味しかった。


 馬車はたった三台だ。通常王族の輿入れならもっとつらつらと馬車を並べるがパトリシアの荷物は少ない。なにかあればぺぺが自室から荷物を持ってきてくれるとのことだ。ただ、帝国には帝国のおしゃれがあるし、流行もあるだろう。あちらも身一つで構わないと手紙に書いていたので、結婚式用のドレスと着替えを数枚、それに合わせた装飾品等を積んでいるだけである。



 一行は予定通り三週間で帝国との国境に到着した。馬車は国境付近で緩やかに止まる。

 人の気配が近づいてきて、いよいよか、と不安を覚えた。それでも膝の上で呑気に寝ているぺぺを見ていると心に余裕ができる。自然と口元が緩んだ。なにも心配いらないと自分に言い聞かせる。


 これは、パトリシアの自由だ。後宮という坩堝(るつぼ)に放り込まれるかもしれないが、引きこもってごろごろしていたら、いないものと勘違いしてくれるかもしれない。悪目立ちしないように控えめに隠れながら、皇帝が死ねば国に帰らずにどこかに雲隠れしよう。そんな計画を密かに立てている。


「王女殿下、失礼致します。ーーグランフェルト帝国よりお迎えに上がりました、ルディウス・ヴィーズリンと申します。扉を開けてもよろしいでしょうか」

「……えぇ、どうぞ」


 外から落ち着きのある声に呼びかけられてパトリシアは上擦った声で返事をした。

 重い扉が静かに開く。逆光の中で差し伸べられた手の主は、爛々と煌めく真っ赤な髪を持っていた。

 風になびく赤は不思議と懐かしさを感じた。前世で赤髪の人はいなかったし、今世でも当然会った事はない。なにかの間違いかと思ったが、彼もまたパトリシアを凝視したまま固まっていた。


「……あなたの髪、苺みたいね」


 そして夢中で摘んで食べた木苺のことを思い出し、思わずそんなことを口にしてしまう。

 慌てて「馬車はどちらかしら」と誤魔化したものの、彼はなにかを探るように、パトリシアの目を見ている。


(ぺぺ? なにかした……?)


 右肩にふわっと温かい気配がして心の中で問いかけた。すると『なんもしてへんで〜』と呑気な声が返ってきたが、それで赤髪の騎士がハッとする。彼は周囲に視線を走らせて、気配を探った後罰が悪そうに頭を下げた。


「……失礼しました。どうぞお手を」


 パトリシアは鷹揚に頷いてその手を取る。彼のエスコートを受けて、帝国の馬車に乗り込んだ。

 馬車は外観からは想像できないほど中が広い。座り心地のいい椅子で、自然と声色が弾んだ。


「まぁ、乗り心地がよさそうね」

「我が国最新の魔導馬車です。旅の安全性と快適さは保証いたします」

「そう、ありがとう」


 さすが帝国ね、と視線を落とし寂しげに微笑む。ペリドラン王国と文明にどれだけ差があるのか、考えただけで頭が痛い。




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