09
コーヒーが飲みたくなって一階にいったらなんか変なのがいたからスルーして作ることに専念した。
ただ、何故かその存在の分も作ってしまって呆れた、気にいられたい気持ちが強く存在しているせいかもしれない。
なにも言わずに不自然ににこにこ笑みを浮かべている存在の前にやると「ありがとう」と言ってくれたのはいいが……。
「はぁ……もう小桐君のお家の方が落ち着くわ……」
「落ち着くならもっと来ていいぞ」
「隣に座って」
言うことを聞いて隣に座ると体重を預けてきた。
思い切りこちらに寄りかかってきているわけではないからコーヒーを飲んでゆっくりしていた。
「上でなにをしていたの?」
「珍しく勉強をしていたんだ、急にしたくなってな」
珍しく一時間は集中できたからこのコーヒーはご褒美的なそれでもある。
「お勉強道具を持ってくればよかったわ」
「取りにいくか?」
「でも、本当はそれよりもどこかにいきたいわね」
「ならいくか、こうして休憩を挟んだらやる気なんか戻ってこないからありがたいぐらいだよ」
「ええ、いきましょう」
家から出て適当に歩いているとだいぶ暖かくなったことがわかった、まあもう三月も中盤ぐらいまできているから当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
春休みが始まって四月になってしまえばもう俺達も三年生だ、来年のいま頃は既に学生ではないわけだからはええなと言いたくなる。
「あそこに入りましょ」
「おう」
彼女が選んだのは普通のファミレスだ。
まだ十一時ぐらいではあるが小腹が空いていたから丁度いいのかもしれない、ここで食べておけば次に寄る店なんかで無駄に金を使わなくて済むからありがたいな。
彼女はパフェを注文して真顔で食べていた、甘い物を食べたときぐらいはいい笑みを浮かべてもらいたいものだ。
「なんで一番最初のお店で沢山食べてしまうのよ」
「あ、俺のせいか」
「そうよ、けどパフェが美味しいから爆発はしていないだけね」
それならパフェに感謝を。
といってもまだ余裕はあるから付き合ってやることはできる、そのことを伝えたら「なら守りなさいよ」とよくわからない拘りを見せてくれた――と思ったが親の状態からしてすぐに帰りたくないというだけだとすぐにわかった。
俺も急いで帰ったところで父が帰宅するのは夕方……ほぼ夜だから上手く合わせなければならない。
「なあ、なんか近くないか?」
隣に座ったうえに間に荷物なんかも置かれていないからほとんど距離はなかった。
見づらいから俺的には正面に座ってくれた方がいい、ファミレスでなにができるというわけでもないから尚更その考えが強くなる。
「これがいまの私達の距離感よ」
「ならもっと仲良くなったら隙間がなくなるのか?」
「ふふ、私に触れたいの?」
触れたいかどうかを聞かれたら別にそうではないとしか言えない、でも、彼女の方から距離を詰めてくれるのならそれは嬉しいと言える。
誰が相手でも仲良くできれば同じだ、と言いたいところだがこの場合は少し変わってくる、もう三ヵ月とかになるのもあって他とは違うのだ。
「それで本当の伊敷を見られるならな、演技でやられたら困る」
「最近は余裕のないところをあなたに見られてばかりじゃない」
「伊敷母が絡んでいなければいつでも冷静だろ」
「それはどこの私よ……」
正直、ただ自分の勘違いからでも別によかった。
このままなにもないまま終わっても満足できる、初めて好きな人間がいない異性と仲良くできたからだ。
なんにも期待できないよりはもしかしたらと期待できただけよかったという話だった。
「次は駄菓子が買える店か、今日はとにかく食べたい気分なんだな」
「ええ」
その次はシュークリームが買える店、饅頭が買える店、そのどれも見るだけで終わらせずに買って食べていたから彼女の腹は中々にすごいのかもしれなかった。
「お腹が破裂しそう……」
「上手くコントロールしろよ……」
大食い選手だっていつもこんなに食べたりはしないし、限界はいつかやってくる。
頭が悪い人間だって沢山食べればすぐにこうなることはわかる、だからいまの彼女は普段通りに見えてそうではないのだ。
「だって見ているだけだとあなたがすぐに解散にしてしまいそうだったから」
「ちゃんと付き合うよ、それはこの数ヵ月でわかっているはずだろ?」
「……可愛くない」
それも誰が見たってわかることだから可愛くないと言われてもなにも感じない。
とにかく設置されていたベンチに座らせて休憩させることにした、なにもしていない時間が増えても離れずに側にいれば少しは安心できるはずだ。
「お腹が痛くなってきたわ……」
「それなら家まで運ぶよ」
ここに座らせ続けておくのも体が冷えて逆効果にしかならないのと、これ以上勢いで金を使わせてしまうと後悔してしまいそうだから止めてやらなければならない。
「ま、まあ、いまならお母さんもお父さんもいないから大丈夫だけれど……」
「あ、これだとちゃんと付き合ったことにならないか……?」
「いえ、一緒にいてくれれば私的には十分よ」
「ならいいか、留まっていると風邪を引くだけだからな」
まだいきたい店があるならと聞いてみたものの、腹がいっぱいで動きたくないという答えしか返ってこなかったから背負って家まで運んだ。
そしてまた同じ問題にぶち当たる、暖かい空間はすぐに眠たくさせてくれる。
毎回、なんらかの物を食べた後ということが大きかった、彼女も腹がいっぱいで気にならないのか特に言ってこないのが問題で次に目を開けたときには夕方だった。
「お、お母さんが帰ってくる前に早く――ゲームオーバーね、これは私が悪いわ」
母が帰宅したぐらいでなにもそんな顔をしなくても……。
だが、何故か帰れなくなったから解散になった後の俺の顔も似たようなものになっているはずだった。
「前も思ったけどあなたのお部屋って寒いわよね」
「……ああ」
最高の夢を見ていて最高のタイミングで起こされて朝から微妙だった。
それに寒いとは言うが俺は布団に入っているからそうはならない、このまま寝ることができればその点ではずっと最高のままだ。
「っくしゅ……暖房も効いていなくて冷えてしまったから入らせてもらうわよ」
「おーう……それでいいからゆっくりさせてくれー」
春休みに早く起きるようには設定されていない、十時ぐらいまではこのままでいいのだ。
もちろん、早起きしたい人間ならそれでいいため、押し付けるつもりはなかった。
この起きているような寝ているようなという曖昧な状態が最高だった。
「伊敷? え、眠たくてもこの短時間で寝るのは無理だろ」
ということは寝たふりをしている、つまりまた演じているわけだ。
眠気はどこかにいったが今回も上手くやられたくないという気持ちがあって肩を揺らそうとしたらその腕を掴まれて引っ張られた、結局はいいようにしてやられた形になる。
「あら、積極的じゃない」
「もうこのままにしておくわ」
布団から出れば時間をつぶせる娯楽物があるなんてこともないからな、だったら眠気はなくてもベッドの上でゆっくりしておくぐらいが俺らしい。
まあ、彼女に対してなにも効いていなかったわけだが……。
「ふぅ、今日もいい天気だからどこかに遊びにいかない? お家にずっといるのもいいけどもったいないわ」
「いきたければ一人でいってくれ、布団から離れられん……」
「よいしょ……っと、はい、いきましょう?」
残念ながら布団は遠い場所に置かれてしまった、ただベッドに寝転べればいいというわけではないから諦めて体を起こす。
外にいくためには着替えなければならないから出てもらって大人しく着替えた、流石の俺でもまた寝ようとはならない。
「ここね」
「敷地内だぞ」
「だって外にいければどこでもいいんだもの、座りましょう」
まあ、確かに日陰ではないから暖かくていいがどうせならもうちょっとぐらいは移動できた方がよかった。
この前の彼女と似ている、解散になった際にすぐに別れることになりたくないからだ。
ということで待てば変わるというわけではないため、少し頑張ってみることにした。
まず最初にやってみたのは一応確認をしてから頭を撫でてみることだ、これについては「ふふ、やっぱり触れたいのね」と大人の対応をしてくれた。
次は手、だが、これについても特になにもなかったし、どうせなら歩いているときにできた方がいいという感想になった。
「やっぱりどこかにいかないか?」
「あら、落ち着かないからしてきていたの?」
「違う、なんかもったいないだろ」
外で歩いているときに手が当たってしまったとかでもない、自分からやるのは違うとか言うつもりはないがこれは違う気がする。
「あなたは周りの人に見てもらいたいのね、それとも、見せつけたいのかしら?」
「はっきりしたいのもある、多分、今日別れるまでこれができたら変わってくるはずなんだ」
「別に余裕でできるわよ? わかったわ、安心したいのよね、それなら証拠を見せてあげなければならないわよね」
人がいないところでは意味ないということでこの前の店が沢山あるようなところでの実践となった。
恥ずかしいとか人目が気になるとかそういうこともなく、緩くお喋りをしながら歩き続けられた。
ただ、どうしても動いていれば腹も空くわけで、途中でまた金を使うことになってしまったのは笑えてしまう話だ。
正直、途中からは彼女の方が意地を張っている状態だった、トイレにも連れていこうとするから困ったぐらい。
「俺が必死になる側じゃないのか? なんで伊敷が頑張るんだよ」
頑張って頑張って別れる前にいけると思ったら名前呼びの流れだっただろ。
なのに実際はこちらが付き合っているみたいになってしまった、これではよくない。
「途中でやめそうだったからよ、話したことはなかったけど七に色々とあなたのことを聞いていたのが大きいわ」
「実際は?」
「ん-聞いていた通りではなかったわ、やっぱり直接話さなければわからないわよね。でも、だからこそ困ってしまっているのよ」
駄目人間だった方がやりやすかった、ということだろうか?
残念ながらこれが俺だから無理そうなら離れた方がいい、抑え込んでも一緒にいてほしいとは思えない。
「あなたは一度、私のことが怖くなってからもほとんど変わらずにいてくれたわよね、なんならまるで昔から一緒にいたお友達みたいに接してくれるわよね」
「ああ」
「別にあなたみたいな男の子に初めて出会ったというわけではないわ、これまでも失敗をしても優しくしてくれた男の子はいた。その子達と違う点は他人から話を聞いていたぐらいでしかない」
寧ろ安間から聞いた情報だけでわかりやすくアピールなんかをしてきていなくてよかった。
想像した俺と現実の俺は違う、そのまま信じ込もうとしたところで差にやられてあっという間に終わってしまうだけだ。
「でも、それでも私はあなたと強く一緒にいたいと思ってしまっているのよ」
「無理はしていないか?」
「ええ、無理なんか全く――あ、なんとか冷静に対応できるようにと無理をしているのはあるけどその点は大丈夫よ」
「だったら冷静に対応しようとなんてしなくていいから聖花の本当のところをもっと見せてくれ、俺も隠さずに出していくからそれなら不公平感がなくていいだろ?」
前にも言ったような気がするが相手にだけ頑張らせたりはしない。
ちゃんとこっちのことを見てくれるのならこちらも見るだけだ、できることなら全て変えていく。
「……難しいことを言ってくれるわね、情けないところばかりを見せたらどこかにいかれてしまうかもしれないってすぐに不安になってしまうぐらいなのよ……?」
「離れないよ、寧ろ上手くやられすぎた方が気になるから頼む」
「……わかったわ、しょ、翔一君相手に隠していく方がもったいないものね」
だが、すぐに逃げたくなってしまうぐらい無理だったら変えなくていいとも言っておいた。
自分が頑張って相手が自然とそういう部分を見せてくれた方が嬉しいというのもあった。
「なにちゃっかり告白をしているんだよー」
「え、そういう風に見えたの?」
「うん、だって雰囲気が甘々だったもん」
「ふふ、ならそれでいいわね」
って、彼女も彼女で適当に乗っからないでほしいが。
まあでも、不都合なことはないから水を差したりはしなかった。