08
「なんであなたも買おうとするのよ」
「お返しだ、大丈夫、誕生日プレゼントなら別でやるから」
もう物は貰ったから彼女に対してなにかを買って帰るだけだった。
今日は別の日というわけではなく三月二日、もう誕生日になっているから早く帰りたいのだ。
だって伊敷がご飯を作ってくれるということだから尚更だ、だというのに無駄に抵抗しようとしているのが彼女だった。
「それなら食後のデザートがいいわ」
「お、ならそれにしよう、クリスマスプレゼントとか誕生日プレゼントでもなければ残る物じゃなくてもいいからな」
この前の件で学習したから自分の分は買わなかった。
こちらに関しては速攻で選んでくれたから会計を済ませて帰路につく、先程までの呆れた顔にはならずに帰り道はやたらと楽しそうだった。
「さ、あなたはそこで座っていなさい」
「というか、伊敷の両親はいつ帰ってくるんだ?」
「二十時頃ね、だからその前に帰ることができるわよ」
上がらせてもらっている身だし、仮に遭遇することになっても全く構わない。
関わらせてもらっている身としてはここでちゃんと顔を見せて自己紹介だけでもしておく必要がある気がした、だから本人には言わずに残るつもりでいる。
それでもいまは足を伸ばして休むだけだ、伊敷と二人きりのときに緊張する意味なんかはない。
「ただいまー!」
と、もうすっかり寝かかっていた状態だったからすぐに姿勢を直したりすることができなかった。
「あれ? お、男の子がいる!」
「お、お母さん」
「うん? ああ、そういうことか、そういうことなんだね……」
あー挨拶をする前に出ていかれてしまった、ただ廊下に出ていったならまだよかったのだが二階にいってしまったので追えない、挨拶をすることは不可能そうだ。
「ちら、ちょっと来て」
戻ってきてくれたので一人だけ廊下に出ると「どこの誰君なの?」と聞かれたため軽く自己紹介をしておいた。
言えることは少ないから伊敷母からしたら微妙かもしれない、少し聞けても余計に大丈夫なのかと不安になってしまうだけではないだろうか。
いまこの場所にいてほしいのは安間の存在だ、伊敷的にもボケながらもコントロールしてくれる安間の存在が必要だと思う。
「こ、小桐君も付き合わなくていいからこっちに来て」
母がいるところこそ高い演技力でなんとかするべきところではないだろうか。
慌てているようなところを見せてしまったら心配になる、俺の父だって「大丈夫か?」と終わった後に聞いてくるはずだ。
だからやっぱりこれは言ってしまった手前、引くに引けなくなってしまったということなのだろう。
「そういうわけにもいかないだろ、それにこれは俺が求めていたことでもあるんだ」
「「どういうこと?」」
「別に深い関係にならなくても娘がどういう人間と関わっているのかは気になるだろうからさ」
ふぅ、冷静なふりをしているが結構厳しいぞこれ……。
「気に入ったっ」
「ど、どうも」
「もう、お母さんは静かにしててっ」
厳しいのは彼女からしてもそうなのか? それにしたって表に出しすぎだ。
しかも母親が相手なのにこれだから気になる、本当のところはあまり高くないのかもしれない。
「はーい、小桐君いこう!」
「は、はい」
母だけが楽しそうだった、俺も結構やられていたから喋り続けてくれていた点には感謝しかないが。
作ってくれたご飯の方は美味しかったうえにプレゼントまで貰えているから最後まで雰囲気が悪くならないようにする、というのは達成できた点もな。
「あーもうっ、なんで今日に限って早く帰ってくるのよっ」
とまあ、彼女の方は荒れに荒れている状態なのが気になるところか。
「まあまあ、母さんだって休みたいだろ」
「……ゆっくりできなかったからもうあなたのお家に泊まるわ」
「着替えは? あるのか、別に伊敷がそうしたいならいいぞ」
「適当ではないから」
一旦二階に上がったのはそういうことか。
何故かやたらとにこにこと笑みを浮かべた状態で伊敷母がいたから早く出てきてほしい気持ちが強かった。
「でもさ、母さん相手にあそこまで慌ててしまったのは意外だったよ、それこそ上手くやれそうだったのに」
「……そもそもあのときあんなことを言ったのは本当に照れ隠しみたいなものなのよ……実際は大したことがないのよ」
「照れ隠し? ははっ、なんでそれでああなるんだよ」
「だ、だってあなたがなんでも受け入れるから……」
なんでも受け入れるから怖いというのはよくわからない、それっぽいことを言いながら全て聞いてもらえない方が怖いと思う。
「俺はそれで伊敷のことを怖く感じたけどな、それ以上に安間が怖いことを知ったけど」
「怖いのはあなたよ、クリスマスのときからずっとそうだわ」
聞けば聞くほどなんでそうなるんだよと言いたくなることだった。
そのため、悪い雰囲気にしないためにもここで終わらせて他の話をすることにしたのだった。
「そろそろー……っと――え゛」
「……来たのか」
まあそりゃ、床で異性が寝ていたら気になるか。
伊敷にも後で謝っておこうと決めた、寝顔はそう簡単に見られたくはないだろうから。
「えっとさ、昨日は伊敷さんに遠慮をしていかなかったけどまさかまだいるなんて……」
「ふぁ……母さんに会ったことが逆効果になってな」
「え、翔一のお母さんっ?」
「違う違う、伊敷の母さんだよ」
俺の母は消えた、小さい頃に出ていったからそれっぽい思い出もない。
寧ろ彼の母と過ごした時間の方が長いと言える、父は働きながら俺の世話もしてすごいと思う。
「まあいいか、お誕生日おめでとう」
「ありがとな、ん? これは……」
「翔一が使っているスマホのケースだよ、いつも生身のままだったからこっちが不安になっちゃってね」
外でほとんど使わないから落として割れることもないし、そもそも鳴らないこともあって持っていかないことも多かった、だったら気を付けても金がもったいないだけということで買おうとは考えられなかった物だ。
でも、こうして貰ってしまったのなら使うしかない、デザインだってシンプルで悪くないからまあ働いてもらおう。
「はは、ありがとな、こういうのって結構するからな」
「伊敷さんはなにをくれたの?」
「ご飯とこれだな」
シャーペンの替え芯が欲しかったからそのまま伝えたら怒りつつも買ってくれた。
下手くそでよく力を込めすぎてぽきぽき折ってしまうから助かる。
「えぇ……」
「値段が全てじゃないだろ、それより伊敷を起こそうぜ」
「このことって知らないんだよね? じゃあ僕は出ておくね」
「あ、ずるいぞ零、なんてな、先に一階にいっていてくれ」
さ、起こすか。
まずは触れずに名字を呼んでみた、だが、これで起きるのであれば苦労はしないという話だ。
肩ならセーフということで揺らしてみるとぱちりと目が開いて「おはよう」と、挨拶を返したら着替えたいということだったため部屋から出る。
「ありがとう、洗面所を借りてもいい?」
「おう、一階に零がいるから案内してもらってくれ」
「そうね、一人でいくと気になるから頼ろうかしら」
うん、やはり何故それを母がいるときにできなかったのかが気になる。
もう一度寄っていくつもりだから離れる前にそのつもりでいてくれとも言っておいた、そうしたら滅茶苦茶嫌そうな顔をされてしまった。
だが、こういうのは大事だろ、少なくとも放課後まで顔を見せないままよりは遥かにいい。
「じゃ、七ちゃんと集まる約束をしているから僕はいくね」
「おう、また学校でな」
発言だけを聞いていれば安間のことしか頭の中にないように見えるのによく来てくれたものだ。
切り替えて謎の抵抗をしてきている伊敷の腕を掴んで連れていく、インターホンを鳴らして伊敷母が出てくるまで続けた。
流石に同じような失敗をしてしまうこともなくちゃんと帰ると言って彼女は離れた、付いていこうとしたときに腕を掴まれて親子で似ていると思った。
「ねえ小桐君、それって相手が聖花ちゃんだからしていることなの?」
「違います、相手が安間のお……母さんであっても同じようにします」
「なるほど、あ、ごめんね、気を付けてねー」
お母さんねえ、小さい頃は零のお母さん! とか明るく言っていたがいまの俺には似合わない。
伊敷と合流するのに走る必要はなかった、腕を組んで難しい顔で待ってくれていた。
「ありがとな」
「私のお母さんはお父さんと仲良くできているから」
「狙っているみたいな言い方はやめてくれよ」
好きな人がいて、子ども作ったうえでまた仲良くできている人を狙ったりはしないよ。
「でも、心配になるわ、あなたのことをすぐに信用しすぎじゃない?」
「いいからいこうぜ」
ツッコミ待ちか……? ただ、わかりやすい罠に自らハマっていくのもアホだからスルーした。
彼女がそのまま続けるなら安間の耳に入って「それは聖花だよっ」と理想通りの対応をしてくれる、俺は頷き零はなんの話なのかと聞くことになるはずだ。
「七ちゃんアターック!」
「ぐはあ!?」
でも、実際は俺が横からぶっ飛ばされるというそれで終わった。
無様に地面に倒れた俺は攻撃をしてきた対象を見上げる、なにも悪いことをしたとは思っていないのか「自業自得だよ、反省しなさい」とそれだけ、ついでに黙っていた伊敷も連れていってしまった。
潔癖症というわけでもなし、立ち上がって適当に汚れをはらってからとぼとぼと歩き出す、しかなかった……。
「ごめん翔一、僕には止めることができなかった」
「律儀に外で待っているとか面白いことをするな」
「伊敷さんから話を聞いていたみたいでね、翔一の顔を見たら我慢できなくなっちゃったんだって」
あれで満足できていなかったら今日は何回かぶっ飛ばされるかもしれない。
まあ、そこは教室から離れることでなんとかしようと決めてとりあえず零を教室まで運ぶことにした。
「少し意地を張ったせいであなたが攻撃をされてしまって……反省しているわ」
「それはいいけど気を付けておいた方がいいぞ、伊敷母みたいな人が怒ったら怖いんだ」
普段にこにこしていても爆発したときは恐ろしい、想像しづらいなら安間を見ていればいい。
友達のためなら怖い顔になってタックルすらできてしまえるのだ、俺が避けたら自分が痛むだけだから結構勇気のいる行為をしている。
「あ、そのことなら大丈夫よ? ほら見て?」
「なんか滅茶苦茶メッセージが送られてきているな、やっぱりちゃんと顔を見せておいて成功だったな」
八十六件って送りすぎだろ、しかもアプリの機能で開かなくても最後に送られてきた内容はわかるから『小桐君』というのが見えて微妙な気分になった。
あとはからかってくるような存在なら伊敷を疲れさせてしまうことになって気になるというところか、甘い物なんかを買うことで少しはなんとかなってくれればいいが……。
「ただ、そのせいで勘違いしてしまっているみたい」
「その点については伊敷的に迷惑じゃないなら構わないぞ」
「問題ないの?」
「もう伊敷は怖くないぞ、で、通常の状態なら全く問題なんかはないよ、だから伊敷が許容できるかどうかだな」
このまま過ごし続けても無理そうならここではっきりしておけばいい。
好きな人間がいたとはいえ、あの安間相手に一回も勘違いしなくて済んだのだから彼女が相手でも余裕だ。
自分がぼけっとしている間に付き合って結婚したり別れたりしていくという話になっていくだけ、俺にとってはいつも通りのことだから傷つくとかそういうこともない。
なにかが間違って伊敷がそういうつもりで来てくれたのであれば言い訳なんかをせずにしっかり切り替えるがな。
「とにかく、次は守るから安心してちょうだい」
「いいいい、できるなら一緒に過ごしてくれればいいんだ、嫌なら離れてくれ」
約一分待っても今回もなにも言わずを選択したみたいだったから進まなかった。
だが、戻ることもしないみたいだったから普通に喋りかけたら普通に相手をしてもらえたのはよかった。
なにも問題も起こさずに一日を終えるのが最近の目標なのだ。
「……問題ないなら今日の放課後も私の家に来てちょうだい、連れていかないとお母さんに……はぁ」
「いくよ」
いくら気になっていたとしても一週間ぐらいで落ち着くはずだからその間は付き合っておけばいい。
「もちろんちゃんとお礼だってするわ、今日もご飯を食べるのはどう?」
「あ、流石に連続は父さんが寂しがるからちょっとな、それに俺のせいでもあるんだからいちいち礼なんかいらない、寧ろして当然のことだろ」
朝なんかあくまで真顔ではあったが「今日は泊まったりしないよな?」と聞いてきたぐらいだから笑いそうになったぐらいだ。
でも、他に家族がいない状態なら心配になるのもわかるのでなるべく合わせるつもりでいる。
大体、俺が世話になればそれだけ食材を多く消費することになるのだからそれがなくても遠慮をしておかなければならない件だ。
「そ、外に来ているみたいなの……」
「だからって流石に顔に出しすぎじゃ?」
「あなたが相手をしてあげてちょうだいっ、それじゃっ」
え、これだと変なことをしているみたいになってしまうのだが……。
どちらにしろ引きこもっているわけにもいかないから校門までいってみたら「おーい」と安間みたいになってしまった伊敷母がいた。
伊敷母曰く、逃げた娘さんはまだ出てきたわけではないみたいだ。
「聖花ちゃんのことはわかっているから二人で帰ろう」
「はい」
「お家に寄っていってね、聖花ちゃんのこと教えてあげる」
「はい」
なにをどうしたらこの明るい母親からそれを引き継がずに伊敷みたいになっていくのか、まだ会ったことはないものの、父親が影響しているのだろうか?
「あら、これは珍しい組み合わせね」
「ね、聖花ちゃんって面白いよね、七ちゃんに似ているかな」
「わかりますよ」
あ、攻撃されそうだから離れておこう。
自分で言うのと他者から言われるのは違うというやつなのかもしれなかった。