07
「なんで追ってくるんだよ」
「あなたといたいからよ」
教室から逃げないようにした俺だが側にじっと立たれると気になるということで歩いていた結果がこれだった。
これでもう一週間連続で追いかけられていることになる、俺なんか追ったところでコインだってアイテムだって落とさないのだからそろそろ諦めてほしい。
そんなに異性の背中を追いたければ気になる男でも作ってそっちでやればいいのだ、何回も繰り返せば意識してもらえるさ。
「あ、小桐」
「おう、どうした?」
クラスメイトの男子か、名字や名前を知らなくてすまん……。
「最近、伊敷に追われているけどどうしたんだ?」
伊敷のことを知っているのか、いまからでも彼に切り替えてくれないだろうか。
というか、全く関係のない彼にも知られているレベルだということを彼女はわかった方がいい、変な噂が出て困るのは自分自身なのだから気を付けるべきだ。
「人を追うことでダイエットしているみたいなんだ」
「へえ、面白いことをするんだな、いつも暗い顔をしているのに」
「いや、それが意外とそればかりってわけでもないんだ」
安間と零といるときはいい笑みを浮かべることができるからな。
気になるなら教室でゆっくりしていればいい、そうすればお喋りをしている三人というやつを見られるはずだ。
零だってあれからは大人な対応をしているから少なくとも俺といるときのように雰囲気が悪くなったりはしない。
「よく知っているんだな、もしかして恋人とか?」
「違うよ、友」
友達でもないよな、どう言ったらいいのか。
「安間の友達なんだ」
「なるほどな、あ、色々と教えてくれてありがとな」
彼が去って少ししたところで腕を掴まれて足を止めることになった。
見てみると「七に怒られるわよ」と、あんなの冗談だから名字呼びに戻した程度で怒られたりはしないと返しておく。
その証拠に全く来たりはしない、が、零と仲良くしてほしいと考えているから理想通りなわけで不満を感じていたりはしない。
「翔一ー」
「伊敷来いっ」
「きゃっ」
教室から出ているとこうしてたまに零が追ってきてしまう点がよくなかった。
走って逃げて空き教室に入ると何故かやたらと冷える場所でぶるりと震えた。
「な、なんで逃げるのよ、相手は日浅君なのよ?」
「いやほら、大人の対応をしてくれている零だけど俺と零と伊敷の三人だけになった場合は変わりそうだからさ」
自惚れだが安間がいる状態でもあれならと考えてしまうのだ。
俺がヒロインならまだよかったのだがそうでもないし、自分のことで怖い顔をしているところを見たくない。
あとは他者を使っているように見られたくないのもあった。
クソ雑魚メンタルでも言いたいことがあるなら自分で言うさ。
「それって守ろうとしてくれているということ?」
「余計なお世話だろうけどな」
「あなたは優しいのね」
「自分を守りたいだけだよ」
少し時間が経過したから二人で出ると「やあ」と零にしては怖い顔で話しかけてきた。
とりあえず伊敷に戻るようになって今度は零を教室に連れ込む、これでは意味もないから安間と一緒にいろよと言わせてもらう。
「あれから冷静になったし、もう伊敷さんに対して厳しくするつもりなんてなかったんだよ? それなのに翔一が逃げるから悲しかったよ」
「それは悪い」
「でも、僕は翔一のそういうところが好きなんだ」
「はは、ありがとよ」
ただ、やはり視界内に入っていただけにそこから逃げられてしまったことが気になるみたいで暗い顔をしていた。
あまり効果もないだろうが頭を撫でると「久しぶりにしてくれた」と口にして柔らかい笑みを浮かべる。
零みたいな強さと可愛げがあれば伊敷にやられることもなかったのだが……。
「よし、満足できたよ、あんまり翔一を独占しても可哀想だから戻るね」
「おう」
って、俺だってここに残っている意味もないから戻ろう、としたときのことだった、ぐいっと引っ張られて駄目になった。
「伊敷、授業に遅れるぞ?」
「……私にもしてほしいの」
「はは、今日も演技が上手いな」
ふーむ、どうせならそういうことを活かせる仕事を探した方がいい気がする。
というのも、仕事以外でこういうことばかりをしていたら人間関係が壊れてしまいそうだからだ。
「はい、授業を受けなければいけないからこれで終わりな」
寧ろこれですぐに勘違いしないようになればメンタルが鍛えられて社会人になったときに役立つというものだ。
弱いメンタルのくせに今日はなんか上手く切り替えられた、もう怖いとは感じていなかった。
いまの時間だけというわけでもなく、それからの時間も伊敷は来たが冷静に対応をすることができたのもいい。
「むむ、もしかして私が知らない間に仲直りして仲が深まっていたりする?」
「仲が深まったということはないけど仲直りはできたぞ」
この件は俺が上手くできるようになったらそれで終わりだ。
「友達が喧嘩をしていない方がいいけどこそこそされるのは嫌だな」
「なら零と沢山過ごした後にでも来てくれればいい、伊敷だって待っているぞ」
「待った、やっぱり名前で呼ぶのを避けているよね?」
「違うから安心してくれ」
気にするのはいいがどちらかだけにしてほしいね。
とにかく、伊敷の相手だけは変わらずにしてやってほしかった。
「おはよう」
「おう……って、インターホンを鳴らせよ……」
連絡先を交換している状態ではないなら尚更だ。
少なくとも冬現在のいまやるのはよくないことだ、無駄に体を冷したところで苦しむことになるのは彼女だ。
つまりこの前言ったことがまんま自分に返ってきたことになる。
「これを渡したかったの」
「チョコ? ありがとな」
スマホを確認してみたら今日は二月十四日でバレンタインデーだった。
この日は少し雰囲気が違う男子達を見て盛り上がるのが毎年のことなので朝から変わったことになる。
「ちなみに初めて?」
「そうだな、安間は徹底していたからな」
「ふふ、ならよかったわ」
家の前だからといって家に置いていくという選択肢はなかった、かといって持っていくのもなんとなく気恥ずかしいからこれはもう食べてしまうしかない。
「食べさせてもらってもいいか?」
「え、い、いいわよ?」
食べてみると少し苦めの味だった、それでも美味しかったからそのまま伝えておく。
彼女は腕を組んで「私が作ったんだから当たり前よ」と珍しくドヤ顔で言ってきた。
「さ、いきましょう?」
「ああ」
当たり前だが安間や零にも作っていたみたいで渡していた。
もう逃げる必要はなくなったものの、なんとなく歩いていたら伊敷が付いてきて笑いそうになった。
「まだ駄目なの?」
とまあ、彼女はなにか勘違いをしてくれているみたいだが。
「違うぞ、ダイエットでもない、空気を読んでいるわけでもない」
「ならどうして?」
「こうして伊敷が追いかけてきてくれるからだな」
廊下が好きになったわけでもないし、教室よりも寒いためこうしても特にメリットはない。
離れると前みたいに零が追ってきてしまう可能性もあるから教室にいた方がいいのはわかっている、でも、何故かそうなったのだからどうしようもない。
「ふふ、嘘ね」
「嘘じゃないぞ」
「ならもう少しは笑みを浮かべたりしなさいよ、ずっと真顔じゃない」
お、ここでそんな顔をするのか。
この前、あの男子に言った意外とそうでもないという話は別に嘘ではない、結構ころころ変えてくれるから飽きない。
演技なのだとしても暗い顔でいられるよりはマシだ、人間らしいところを見られて安心することができる。
「そうか? すぐに笑うけどな」
「どこのあなたの話よ……」
「それより今日も一緒に弁当を食べようぜ、あと帰りに伊敷にチョコを買いたいからそのときも付き合ってくれ」
あまりチョコを買ったりはしないから彼女を利用させてもらった形となる。
「いいけど後者は来月でいいじゃない」
「少し苦めだったから甘さ全開のチョコが食べたくなったのもあるんだよ、伊敷が作ってくれたらそれを食べさせてもらうけどな」
「何回も作ったりしないわよ、そんなことをしていたらあなたを贔屓しているみたいじゃない」
いける、作ることと付いていくことなら間違いなく付いていくことを選ぶ。
どっちにしても勝てるそんな勝負だった、それと少し勝手でもちゃんと付き合ってくれるのが彼女だ。
「だから頼むよ、伊敷も食べられるんだから損はしないだろ?」
「なによ急に……」
残念ではあるがこれで離れていった場合でも仕方がないだけで終わらせることができる。
とりあえず答えるつもりはないみたいだったので別れて授業へ、どちらでも本当に構わないから集中できないなんてこともなかった。
「伊敷、帰ろうぜ」
「あなた一人でいってちょうだい」
「そうか、じゃあなにを買っておけばいい?」
有名どころの安めのチョコか? それとも高いチョコか。
チョコといったって色々と種類があるから聞いてから動くしかない、適当に選んではい終わりにはしたくない。
「だ、だからその件もなくていいわよ」
「まあ返すぐらいはさせてくれよ」
「……なんか沢山買ってきそうだからやっぱり付いていくわ」
「そうか、じゃあいこう」
コンビニ限定みたいなのもありそうだがスーパー派だからそっちを目指した。
菓子コーナーに真っすぐ向かって色々見ていると「これがいいわね」と彼女が指さしたのは百円で買える板チョコ、さっさと買ってもらって終わらせようとしているみたいだ。
「ならブラックホワイトノーマルってあるから全部買うよ、ちょっと待っててくれ」
終わらせたいそれが強すぎて止めてこないのが楽でよかった。
余計なことを言わずに渡して帰路につく、ついでに買ったチョコは甘くて美味しかったがまあたまにでいいとわかった。
「半分は食べて」
「もう甘いのはいい」
「ブラックだから大丈夫よ」
「このメーカーのチョコはブラックでも甘いから――ぶぇ、危ないだろ……」
そもそも甘いとか苦いとか関係なくて大量に食べる物ではないというのも大きかった。
ただ、危ないことをしておきながらいい笑みを浮かべている彼女がいたからなんかこっちも笑えてきて笑ったのだった。
「は? 微妙そうに見えたぐらいなのに結局それ? なにいちゃいちゃしているの?」
「伊敷がくれたから礼をしただけだよ」
「それさ、私の場合でも同じようにしてくれていたの?」
「当たり前だろ」
でも、一回もそんなことにはならなかったのだから礼をする機会がなかっただけだ。
男子からも友チョコとして渡すなんてことは昨今、あるらしいが俺はそういうタイプではないから始まりようがなかったし、そういうことで圧をかけていくのも虚しいだけだから広がりようがない話だ。
「それよりあそこで楽しそうに話している零にはあげたのか?」
「うん、それは毎年あげているから零だって抵抗もせずに貰ってくれるよ?」
「よかったな」
伊敷の演技力なんかどうでもよくなるぐらいには怖い存在だった。
事故で彼女の零に対する気持ちを知っておいてよかった、それこそ事故で好きになっていたりしたらその差でこの前みたいなことになりかねない。
あと、できるだけ被害者面はしたくないが女子側の彼女がもうちっと気を付けてもらいたいところだった、無駄に振らなければならなくなるのだから彼女としても気を付けておいた方がいいはずだ。
「はぁ……」
「大きなため息ね」
「聞いたか?」
「ええ、同じように一緒にいて片方にだけチョコをあげ続けてきたということはわかったわ。私だったら片方に好意があったとしても両方にあげて特別感を出さないようにするわ」
それもいいのか悪いのかはわからない。
「まあ、徹底できているのはいいことだよな」
「それこそ私だったら卒業間際ぐらいに話してもらいたいわ」
いや、安間のああいうところに助けられてきたのだから感謝を忘れてはならないか。
だから今回はちゃんと礼を言いにいった、本人はなんのことだかわからないといった顔をしていたが満足できた。
この絶妙な距離感が心地がいい。
「今日は残っていきましょ」
「お? そうだな」
これが当たり前になった、あの二人は当たり前のように二人きりで行動することが増えた。
伊敷はこちらばかりに来ていて安間と過ごしている時間はかなり少ない、それで満足できているのかと聞きたいところだが仮に不満を感じていても自分のわがままで合わせてもらおうとするのは違う……と考えるはずだからからどうにもならないということでやめておいた。
「あなたのお誕生日っていつ?」
「三月二日だな」
なにを買ってもらえるとか、美味しいご飯が食べられるとかそういうことでもないがまたこのときを健康な状態で迎えられたことを嬉しく思う。
「それならその日は二人で過ごしたいの、いい?」
「祝ってくれるのか? それならありがたいな」
「あと、あなたになにか買いたいからその前にも付き合ってちょうだい」
作ってくれるということはないだろうから外で食べて終わりか? それともただ会話とかをして解散だろうか。
「伊敷は?」
「私は六月だから」
「そのとき同じようにやらせてくれるならだな」
「約束よ」
所詮は口約束だからなかったことになっているそれが容易に想像できてしまった。
でも、だからといって必死に拒むのは違うし、そうしようと考えている自分がいないから意味はない。
「今度は最後までいい雰囲気のままがいいな」
「そうね」
「俺が求めるのはそれぐらいかな、だから一緒に過ごしてくれるだけでいい――」
残念ながら最後まで言うことはできなかった。
いつもより怖い顔になって「言うと思ったわ、まだ証拠を見せようがないけどあなたはいまそのことを受け入れてくれたじゃない、だからやらせてもらうわよ」とそれこそこちらからすれば必死に見えたぐらいだ。
「でも、伊敷がそうしようとする理由がわからないからな」
「あなたにはお世話になったからよ、あとはこの前のことも影響しているわ」
「そうか」
なら買い返せばいいか。
一方的に貰うのだけは避けたかったからそれをすることでなんとかするしかなかった。