06
「遅れてごめんなさいっ」
「五分前だぞ?」
伊敷本人が決めた約束の時間よりも早く来ているのに謝るなんておかしい。
それとも、俺が遅れて来ると思っていたからなのだろうか? こういう場合は最低でも十五分前には着いていたい性格だからもしそうならこれからわかってもらいたいものだな。
「でも、あなたは寒い中、待つことになったのよね? それなら謝るわよ……」
「気にするな、いこうぜ」
まあ、どこにいこうとしているのかは知らないから彼女に移動してもらうしかないのが実際のところだ。
内はともかくすぐに切り替えてくれた点はよかった、ただ店に寄ったり移動したりを繰り返したいだけだとすぐにわかったことも大きい。
「今日のこれはお礼をしたかったのもあるのよ?」
「まだ言っているのかよ……」
してもらって当然という考え方をしているわけではないがすぐに切り替えることができる七を見習おうぜ、零だってこんなに気にしたりはしないぞ。
「あとはあなたのことを知りたかったのもあるわ」
「俺のことを知ってどうするんだ?」
「まずはお友達になりたいの」
「そうだよな、こうして一緒にいるなら自信を持って友達と言えるようになりたいよな。でもさ、だったら終わったことを何度も言うのはやめてくれよ、俺は伊敷にそういうことを求めるためにいるんじゃないんだ」
とりあえず突っ立っていても邪魔にしかならないからベンチを探して移動した、腕を掴んだりしなくても付いてきてくれたから座ってもらうのにも苦労はしなかった。
なにかを吐いてもらうなら飲み物が必要ということで温かい紅茶を買って渡す、気になるだろうから自分にも買って横に座る。
「そういえば知っているか? 今日はこうして俺達みたいに七と零も集まっているんだぜ?」
「そうなの?」
「ああ、だから外に出ていた場合は遭遇する可能性もあるかもしれないな」
今回も七は吐かなかったのか……って、これだって零が教えてくれたから知っているだけだが。
その零だって七と集まろうとするときに毎回教えてくれていたわけではない、なのに今回は敢えてするということはなにか変化したのかもしれなかった。
一応牽制的なそれもあるのだろうか?
「このまま会うことにならないまま終わった方がいいわね」
「ま、四人で遊ぶのも楽しいけどいま求めているのは俺達が仲を深めることじゃないからな」
たまに来てくれたときに一緒に過ごすだけでも十分だから俺としても遭遇することにならない方がいい。
それにいまのままだとすぐにいていいのか? と考えることになってしまって前のように楽しめなくなるのもある。
「それにほら、やっぱり私はまだまだ二人とは話し始めたばかりだから……」
「七がいても気になるよな」
「ええ、同じように相手をしてほしいって考える方がおかしいのかもしれないけれど……」
なのに礼をするために出てきているのがおかしいところだった。
ただ、少し休憩したのがよかったのかそこからは戻ってくれたからまた店に寄っては歩くを繰り返した。
昼になったら彼女が求めた飲食店に入って食べたりもした、金がなくなってもそのとき満足できればいいと片付けられる。
「あ、伊敷さん」
会計を済ませて外に出たタイミングで近づいてきた男子がいた。
身長は零よりも大きくて彼女よりも小さい、って、そう考えると伊敷って結構でかいんだなとなった。
「お家が少し遠いのにどうしてこんなところにいるの?」
少し離れているという点は俺らだってそう変わらない状態でこう言うということはわかりやすく離れているのだろうか?
「友達と遊びに来たんだ、それよりこの子は……」
「七のお友達よ、そして私がいまお友達になりたい子ね」
「ああ、安間さんの友達か」
零と同じぐらい七と一緒にいたのは本当のことで、学校も同じだったからこういう話を聞く度に違う世界でもあったのではないかと不思議な気分になる。
毎回学校以外のところで会うという非効率なことをしていたわけでもないだろうし、出会っているはずなのだ、だが、実際のところは俺も零も彼女のことを知らなかったわけだから気になるのだ。
前にも言ったように零が隠していただけだとしたら何故そんなことをする必要があるのかという話になる、だからどうなってもすっきりしない終わりになることを考えると微妙な気分になった。
「邪魔をしてごめん、僕はもういくからそう怖い顔をしないでよ」
「いやいいんだ、そういう顔になっていたなら悪かった、別に敵視とかしていないから誤解しないでくれ」
「なら、ありがとう、それでもそろそろいかなければいけないからこれで」
油断すると表に出やすいところはなんとかしないとな。
直前まで暖かい飲食店内にいただけに寒いから歩き出した。
ちらりと見てみると何故か暗い顔で伊敷が付いてきていたから微妙な気分もどこかにいってそのことが気になり始めた、でも、なんて言えばいいのかわからなくて結局話しかけたりはしなかったが。
止められたりはせずに歩いていたら彼女の家付近まで戻ってきてしまった、いまからなにを言われてもまた戻りたくはないから今日はこれで解散にするのがいいのかもしれない。
ちゃんと約束通り出かけたうえに喧嘩別れとかにならずに済んだのなら俺的には十分だ。
「ま、待って、まだ解散は……」
「あ、わかったか?」
「ええ」
彼女的にはまだ満足できていない、このまま帰ったら約束を守れていないことになるのか。
「といってもどうするんだ? 今日は課題なんかもないぞ? テストは一ヵ月先だからまだ勉強もしたくない」
真面目な学生というわけではないし、テストなんか赤点を取らなければそれでいいと思っている。
大学を志望するわけではないからこんなものだ、来年になったらさっさと就職活動を終わらせてのんびりしたいところだ。
「一緒にいてほしいの」
「俺の家に連れていくのは違うから上がらせてもらってもいいか?」
「……いいの?」
「ああ、俺としてもちゃんと伊敷に満足してもらいたいからな、受け入れたからには適当にしたくないんだよ」
なんて、勝手に満足して帰ろうとした人間が言うのは違うのかもしれないが。
いま点けてくれたが暖房がなくたって外よりは遥かにいいからな、座れるのはとにかく楽でいい。
「私の演技力って結構高いと思うの、女の子から『一緒にいてほしいの』って言われたら大体の男の子は断れないでしょう?」
まあ、不自然だったとはいえ、こうして作戦通りに上がってしまっているわけだから言い訳はできない。
でも、質が悪いことには変わらない、俺からしたら怖い人間だ。
「んーどうだろうな」
俺みたいに馬鹿な人間ばかりではない、誰にでも効くと思っているならそれは勘違いというやつだ。
「あら、自由にやられて気に入らないのかしら?」
「もう伊敷の中でそういう認識ならなにを言っても言い訳にしか聞こえないだろうけどさ、別に自由に演じてくれていいけどそういう存在とは仲良くなれそうにないな」
メンタルが強いわけではないからというのが一つ、あとは向こうに仲良くなりたいという気持ちがないからそもそも無理だということになる。
座って足を伸ばそうとしていた際に固まって、だが、ここに残っても意味はないから動かして立ち上がった。
「私はまだ満足できていないわよ?」
「俺では無理だ、あ、鍵を閉めなきゃ危ないから玄関まで来てくれ」
「はぁ、わかったわよ」
飲み物を貰ったからそのことの礼はちゃんと言ってから別れた。
いまこそ零にいてほしいが積極的に邪魔をするなんてアホだから寝ることでなんとかした。
なんか滅茶苦茶恥ずかしかったのと情けなかったのが混じって珍しく食欲なんかもなかった形になる。
それだけに大量に昼寝をしたうえに朝までちゃんと寝られたのはよかった、徹夜で学校にいくのは普段やらないのもあって厳しいからな。
「お、やっと出てきた」
「零? 悪い、なんか約束でもしてたっけか……」
スマホを確認してみてもそもそも点かなかった、あまりにも使わなさすぎて何パーセント残っているのかも把握していなかった結果がこれだ。
「していないよ、ただ、何回もメッセージを送っても反応してもらえなかったから心配になったんだよ」
「悪い、充電が切れていたみたいだ」
「どうしたの? 少なくともその日には反応してくれるのが翔一なのに」
「ずっと寝ていたんだ」
来てくれてありがたいがなんか申し訳ない気持ちになったから謝っておいた。
勝手な自爆みたいなものだし、これで時間を使ってもらうなんてもったいなさすぎる、なんとかするためには七と会わせるしかないということでいつものようにさせてもらった。
「おはよー……ぉお!?」
「ちょっと腹が痛くてな、零のこと頼んだぞ」
「う、うん」
きっかけ一つであっという間に元通りだ。
嘘を重ねていたら本当に痛くなってきてトイレにこもった、下痢とかが出る方ではないから出してすっきり! とはならなかったが。
まあでもそれよりはよかったか、これなら席でじっとしておくことはできるからな。
しかし……こうも自分が弱い人間だとは思わなかった、それだけ異性からの言葉というのは影響力があるということなのだろうか?
「いてえな……」
「大丈夫?」
「ああ、授業を受ける分には問題ないんだ」
心配してくれてありがとな、とは言えなかった。
ただ、普通に対応できたことを褒めてやりたい、それとこれが演技だとは思えなかった。
何故なら彼女からすれば俺なんか全く怖くないからだ、勝手に怖がっている俺がアホなだけで普通のことをしているだけだ。
それもそうだろう、本当に演技ばかりでなにも見せていないなら七――安間や零だってあそこまで安心して一緒にいられたりはしない。
「そうなのね、ならよかったわ。ほら、せっかく学校に来ているのにお腹が痛くて授業に出られなかったらもったいないじゃない」
「昨日食べすぎたのが悪いんだ、自業自得だからそうなっても俺のせいなんだけどな」
「それでも駄目そうだったら保健室にいくこと、いい?」
「ああ」
女子が色々なことで上手くやれることはわかっていたつもりだったがすげえなと言葉が漏れそうになったぐらいだった。
「怪しいね、これは怪しい」
「な、なんだよ?」
「翔一君さ、聖花となにかあったでしょ、なんか話しているときの顔が気になったんですよ」
「なにもないよ、それどころか心配してくれたぐらいなんだぜ?」
「いつもの君なら『心配してくれてありがとな』ぐらいは言っているからね」
しまった、中々に鋭い人間だ。
でも、まだ冷静に対応すれば見逃してもらえるかもしれない、上手くやってみせる。
ないだろうが彼女と伊敷が喧嘩なんかになったら嫌だからな。
「な、七はほら、零が待っているからいってやらないとな」
「もうわかりました、聖花を、あ、零も合わせて連れてくるのでそこで待っていなさい」
うん、下手くそ野郎だ俺は。
諦めて壁に背を預けて待っていると「やっぱりなにかあったんだね」と先に来た零に言われてしまった。
「で? 昨日集まったのはわかっているけど翔一君がすぐに帰っちゃったりしたの?」
「違うわ、彼はちゃんと付き合ってくれたの、私が余計なことを言った結果よ」
「「余計なこと?」」
「その……演技力が高いという話をしてからこうなったの」
「待って、私にだけもうちょっと細かく教えてくれない?」
逃げてもどうしようもないし、逃げられるとは思ってはいないがこういうときこそジュースが飲みたかった。
最近は女子に対してばあkり奢っている気がしたから零を連れていって買って渡した、もちろん俺の分も忘れない。
キャップを開けて少し飲んだら痛い腹もすぐによくなった……と思う。
「聖花が馬鹿だね、仮にそうでも隠し通さなければ駄目なんだよ。あと翔一君、聖花のそれに怖くなって私のことも疑ったよね?」
「い、いや」
「バレバレだから、絶対に名字呼びに戻すなんてことはしないでよね、戻したら泣くよ?」
「で、でもさ、七からすれば零がいればいいわけで、リセット的なことになってもなにも問題ないだろ?」
「嫌だから、それとこれとは別だから。ほら、零もちゃんと言ってよ」
本当は味方をしてもらいたいがこういうのを利用して彼女と仲良くなってくれればよかった。
寧ろこちらの味方をされた方が困るから頼む! と願っていると「うん、翔一はそのままでいいんだよ。それよりも翔一を怖がらせる伊敷さんのことが許せないかな」と変なことになってしまって結局困ることになった。
「あ、あれ? ちょっと零?」
「もしそのまま続けるんだとしたら一緒にいないでほしい、最近出会ったばっかりなんだから離れることだって楽だよね?」
仮に味方をしてくれるとしても安間に対するそれにだと思っていたのにこれは予想外だ。
「お、おーい、なんで零がマジモードなんだよ、俺が弱かったってだけだろ」
「いや、そんなことを言われたら普通に怖くなるって。だから伊敷さん――」
「待ったっ、やっぱり私達じゃなくて二人が話し合わないとねっ。ほらいこ零っ」
「七ちゃん――あー翔一ー……」
ほっ、安間は本当にありがたい存在だ。
黙って突っ立っていた伊敷には気にするなよと言って教室に戻った、もう余計な散歩はやめよう。
「こ、小桐君」
「いいんだよ、伊敷に悪いところなんかないだろ、零が言ったことなんて気にするなよ」
演技が上手いな、元々暗め寄りの顔をしているから作る必要もなくて楽でいいだろうな。
「や、自棄になっているわよね?」
「大丈夫だから安間とかと仲良くしろ」
だってマジでこの件は俺が弱くて恥ずかしいというそこから広がっていかないから。
続けられると自分で自分を下げることにしかならないから離れてくれるのが一番だった。