03
「ん? なんか翔一にしては可愛らしいお弁当箱だね?」
少し心臓を慌てさせていた俺だったが、
「伊敷が作ってくれた物なんだ、昨日の件でどうしても礼がしたかったみたいでな」
「ああ、はは、伊敷さんも律儀だね。それで本人はこうしてここでお弁当を食べているわけだけど、七ちゃんはどうしたんだろうね?」
ええ!? とか慌てたりしなくて助かった。
オーバーリアクションであることが多い彼でもいちいち驚いていたら疲れるしな、そもそも驚くようなことですらないのかもしれない。
「あ、安間ならさっき男子に誘われていたぞ」
「ええ!? それならそうと早く言ってよ!」
んーやはりこういうことに関してはわかりやすく反応するぐらいだから七に対してなにかしらのいい感情があるのだろうか?
「美味しいなこれ、伊敷は上手いんだな」
「ありがとう」
「卵焼きの味が全部違うのがいいな」
醤油でも砂糖でも、種類は変わってしまうが麺つゆとかでも問題はない。
「あ、それは聞き忘れてしまったから……」
「全部好きだぞ、嫌いな物とかないからな」
「ふふ、そうなのね」
「じゃなくてっ、早く見にいこうよっ」
「そんなことをしなくたって七は――あ、ほら、普通に来たぞ」
別れる前に「終わったらいくね」と言っていたからこんなものだ。
彼は気になって仕方がないのか七に対して質問攻めをしていた、隠すようなことではなかったのか彼女も全てに答えていた。
「む、これは聖花に作ってもらった物だね?」
ピンク色だから特に説明をしなくても、という話か。
「ああ、美味しかった」
「そうか、いつの間にかそんなに進んでいたのか……」
「一回だけって約束だからな、これから先はもうないぞ」
「まだわからないじゃないかー」
俺が言いたいのは礼として弁当を作ることはないということだからな。
ただ、考えるのはよくても口に出すのは期待をしているように見えてしまうかもしれないから黙っていればいい。
美味しかった、ありがとう、これだけでいい。
「翔一、あれは七ちゃん、嘘をついているよね」
教室に向かっている最中、隣にいた彼が急にそう言ってきた。
前を見れば七の背中が見えるが俺は別にそのようには見えてはいないため、一緒に盛り上がってやることはできない。
「さあな、それに男子と仲良くしているとなにか不都合なことでもあるのか?」
「あるよっ、だって他の子と仲良くしていたら翔一の友達が一人消えるようなものなんだからねっ?」
これは俺の汚い考えのせいか。
決してお前の理想通りにはなったりはしないぞと言われている気がする。
「俺の心配かよ」
「そうだよ、七ちゃんが他の子と仲良くするのなんていまに始まったことじゃないんだからさ」
まあ、授業中はそのことを考えているだけで一瞬で終わったのはよかったが、仲良くしているのになにも変わらないところを直接この目で見ることになると微妙な気分になることも多い。
前にも言ったように零がいれば七も来るということで結局、意識をして別行動をしていた、二人だって余計なことを言われるよりはいいだろう。
「まだ残っていたのね」
「おう、伊敷はなんでだ? あ、容器なら洗って返すぞ」
「特に理由はないの、のんびりした後に移動してみたらあなたを見つけたというだけよ」
「そうか」
わかる、放課後の教室は落ち着くものだ。
いくらでもと言ったら大袈裟ではあるが完全下校時刻までなら時間をつぶすのにはいい場所だ。
俺の場所というわけでもないから誰かがいたって問題はない。
「朝、大変じゃなかったか?」
「ええ、もうある程度は昨日の内に終わらせておいたから」
「よかった、俺のせいで慌てることになったら嫌だからさ」
父に自分で作るから! と言って寝坊をして、それでも昼抜きは厳しいからということで慌てて作った思い出がある。
登校しなければならない時間が近づくとなんか物凄く落ち着かなくなるからあんな時間はあまりない方がいいのだ。
冬なら尚更のことだ、ごりごりとなにかを削ってしまっているような感覚になるから頑張って避けた方がいい。
「あなたはどうだったの? お母さんかお父さんになにか言われたりはしなかった?」
「ああ、それこそ昨日の内に言っておいたからさ、あと、細かく聞いてくる人じゃないんだ」
「そうなのね」
からかってきたりするような人でもない、〇〇だからと言えば「そうか」で終わらせてしまう人だ。
物なんかを買ってきてほしいと頼んだときは翌朝に鞄の上なんかに買ってきて置いてくれている、家を出る前にありがとうと言ってそれだけだ。
積極的に話しかければちゃんと聞いてくれる人でもあるからこれは父のよりも俺の問題……とまではいかなくても俺相手だからこそなのかもしれない。
「クリスマス」
「ん?」
ここも七と同じだ、これぐらいまでくればすぐにクリスマスのことが出てくる。
だが、こちらはあまりにも唐突すぎるというか、直前のそれが関係していないから七よりもすごいのかもしれなかった。
「あ、なんとなくクリスマスなんかにも盛り上がらずに終わってしまいそうだなって、いまそう思ったのよ」
「零はよく来るけど父さんは部屋にいってしまうな。盛り上がるつもりがないのか、空気を読んでいるのかはわからない」
零が来ない年はリビングにいて普段と同じようにご飯を食べて終わらせるから関係ないのかもしれないが。
「お父さんはともかくちゃんと日浅君と過ごしていたのね、ならよかったわ」
「気になるなら誘っておくぞ?」
「私達が動かなくても七が動くわよ、今年は四人で過ごすんだ! と張り切っていたからそのつもりでいてね」
まあ、それは言われるまでどこかにやっておけばいい。
どちらでも構わないからこちらはのんびりしているだけでよかった。
「はあ~さっむいねえ」
「もう今年も終わるからな」
「でも、零も聖花も大人しく譲ってくれて助かったよ、こういうときでもないと翔一君といられないからね」
これはおかしなことを言う。
今日は終業式があってそのままクリスマスを迎えている形になるがテストのときだって一緒に勉強をしたり、廊下に出て話したりしていたのだから彼女のそれは全く合っていない。
寧ろあれから二人きりでいられていないのは零の方だ、頼まれたから言うことを聞いているということならいいものの、ただ変に空気を読んで行動をしているだけならやめてほしい。
俺だって言うことを聞いてやめたのだから、みたいなのを言いたいわけではなくて普通に一緒にいたいからだ。
「そうでもないだろ、それにあの二人は最初からいく気がなかったぞ」
「それは前々から言ってあったからなんです」
「あ、そうだったのか。まあ、相手が七でも零でも伊敷でも買い物にいくことには変わらないからな」
頼まれたからなら……仕方がないか。
自分は受け入れるのに他者が受け入れることについて文句を言うなんてどうかしている。
今日は〇〇に頼まれたからいけないと何度も言って躱してきたことがあるからな、そういう点でも動けないことだった。
「翔一君からクリスマスプレゼントが欲しい」
「そうだな、どうせならみんなに買っていこう」
でも、零はともかく異性の二人に渡すプレゼントはどうするよとすぐに壁にぶつかった。
ただ? 七は直接言ってきた状態だったからもう欲しい物を直接選んでもらうことにした。
彼女が頼んで待っている二人とはいえ、流石にずっとは待てないだろうからというのと、主目的はあくまで今日食べる物を買うために来ているからだ。
「これがいい」
「ドーナツ? え、残る物とかじゃないのか」
慣れていないだけでそういうものなのか? 残る物を気軽に贈ったりするべきではないのだろうか。
そういうのは恋人同士とかそういう関係の人達がやるとか? それならこうして簡単に消えてしまう物の方が、いやでもなあ……と気になっていく。
「なに? それで忘れないでほしいの?」
「どうせならそうだな、それにドーナツが食べたいなら買っていけばいいだろ?」
「じゃあさ」
少し移動すると「この可愛いけど高校生でも簡単に買えちゃうネックレスがいい」と教えてくれた。
「本当にこれでいいのか? それなら買ってくるけど」
「うん」
「わかった」
会計を済ませてじーっと見てきていた彼女にそのまま渡した。
こちらにお礼を言ってから「さっ、あの二人へのプレゼント探しもしないとねっ」とやる気満々なところを見せてくれた。
「んー翔一君から聖花になら……」
「調理をするのが好きそうだからエプロンとかどうだ?」
よく勉強もしていそうだからシャープペンとかボールペンを買うという手もあった、まあ、なにに対してだって好みがあるからぶつかる羽目になるのだがそれに比べたらエプロンの方がマシだと思えたのだ。
気に入らなければ使わなければいいし、ただ置いておくだけだと気になるなら雑巾として使ってくれればいい。
「あ、それいいかもっ、色は黒色がおすすめっ」
「それはどうして?」
「え、だって絶対に似合うし、汚れても目立ちにくいかなって」
好みのメーカーなんかを知っていたらシャープペンとかの方が出しやすい値段でよかったがせっかく七が乗っかってくれているからもうエプロンでいい。
「なら参考にさせてもらうよ、零には筋トレグッズでいいか」
「はははっ、もうちょっと考えてあげてよ」
俺は零にもっとがっしりとしている男になってもらいたかった。
細いうえに小さいから男扱いをしているのではなく、異性と過ごした際にあまり男扱いをされていないから変わってほしいのだ。
身長はどうにもならなくてもムキムキにはなれる、太ることでも大きく見えるのはわかっているが管理できていないように見えてしまうよりも筋肉質の方が異性からの印象もいいだろう。
じゃあお前はどうなのかと言われたら身長だけは零よりも高い大したことがない男ということになってしまうがな……。
「ご飯も買えたね、帰ろう!」
「七がスイーツに目を奪われている間にマフラーを買ってきたんだ、流石に七のあれは安すぎたから受け取ってほしい」
だってあれ四百六十五円だぞ? 伊敷に買ったエプロンも千円ちょっとでそこまでではないが流石に安すぎた。
あと、本当なら彼女が選んでくれるのが一番だったから声をかけたのに「んー」とか「美味しそうだなー」などと呟いているだけで付いてきてくれそうになかったから諦めただけなのだ。
零、七、伊敷で露骨に差を作っているわけではない、変な勘違いをされないためにも俺が選んだということにならない方がよかったのだが……。
「え、値段が全てじゃないんだから気にしなくてよかったのに」
「ま、まあ、これも安いからあれだけど……何故か零も七も寒い寒いと言っている割にはマフラーとかをしていなかったからさ」
「おーそれなら、ありがとねっ」
「おう、結局零にも色違いのやつにしたからさ」
「えー零とお揃いかー」
一人にだけ買っていないのもあれで伊敷にだって買ってあるから実はこれでも差が縮まっているわけではないという……。
ま、まあ、それよりも早く腹を空かせた三人に食べさせてやらないとな、ということでこの話を広げたりはせずに少し早歩きで帰った。
「ただいまー」
「お邪魔します」
開催場所が彼女の家でも関係ない、こうして必要なことを済ませられたらのんびりするだけだ。
食べるのは程々にしてごろごろ寝転んでいると「翔一ももっと食べなよ」と合ったことを言ってきた。
「零、クリスマスプレゼントだ」
「おーマフラー……って、これ翔一の手編みじゃないじゃん」
「はは、当たり前だろ」
ん? ああ、やっぱり男子としてはもう少し違う物が欲しかったのだろうか? 受け取ってくれたのはいいが微妙そうな顔でこちらを見てきている。
「あ、あのさ、伊敷さんには……?」
って、そんなことを気にしていたのか。
というか、それなら彼の方はなにか用意しているのだろうか? 七は買った物をもう渡しているが。
「あるよ、ただいま渡すのは少しあれだから家に送る際でいいよな」
「うん、それでいいと思う」
とりあえず戻らせて俺は引き続きごろごろタイムへ。
暖房が効いていて暖かい部屋だ、そんなところで食べた後に寝転んでいるものだからわかりやすく寝ていた。
だから終わりの時間はあっという間にきて何故か一人で伊敷を家まで送っていた。
「伊敷、ちょっと止まってくれ」
「どうしたの?」
「えっと、これを受け取ってほしい」
零とか七に渡すのとはやっぱりどこか違うな、こういうときはやはり余計なことを言いたくなる。
「え、本当にどうしたの?」
「使いたくないなら使わなくていいからさ」
捨てられるぐらいならここで突き返された方がマシだった。
でもさ、別に彼女に好意を持っていて勇気を出して誘ったというわけでもないし、なんでこんなことで心臓を慌てさせているのかは自分でもわからない。
「エプロンとマフラー……エプロンはともかくマフラーは七とお揃いの物よね?」
「ああ、あと零もな」
「わかったわ、どうせ七に言われたからでしょう?」
「違うぞ、あ、色の方は七に勧められた物にしてみたけどさ」
やばい、七と出会ったばかりの頃ぐらい気まずいかもしれない。
留まっていると精神がやられてしまうから腕を掴んで歩き出した、だって彼女がいなければこっちに来ている意味なんかはないからこれは仕方がないことだ。
「着いたな、じゃあな」
「ええ、こ、これありがとう」
「おう、受け取ってくれてありがとよ、じゃあなっ」
心臓が慌ててしまったことが恥ずかしかった。
別れたらすぐに冷静になれた、そういうのもあって走って帰ったりはしなかったのだった。
一つ言えるのはクリスマスに楽しく過ごせてよかったということだった。