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第五章 八十年の凶器

 ()()は、資料館の奥に詰めていた職員に断って、それを写真に撮らせてもらい(資料館内は撮影禁止のため。もちろん、(まる)(しば)刑事に事情を説明してもらった)、さらに、販売されている長岡空襲に関する冊子を一冊購入してから資料館を出た。

 覆面パトを駐めたパーキングへの道すがら、


「それで、理真、事情を教えて。(くに)()さんの家に、あの焼夷弾と同じ形状のものがあったってことなの?」


 丸柴刑事に促され、理真は話し始めた。

「同じ形状、というか、ずばり同じものが、だね。ただ、資料館に展示されているのはレプリカだけれど、邦夫さんの家に、現場にあったものは……」

「……理真、まさか……?」

「その、まさかだよ。邦夫さんの家にあったものは、レプリカじゃなくって、本物だったんだよ。つまり……空襲のときに投下されてから、今まで、八十年間も眠っていた……不発弾」

「――そんなことが」

「そう考えたら、これまで見てきた邦夫さんのおかしな言動に全部説明がつくんだよ。……ねえ、()()

「なに?」

「もし、どこかで不発弾が見つかったら、その処理費用って誰が持つことになるの? たぶんだけど、不発弾が見つかった場所の地主なんじゃない?」

「そう」


 私はアパートの管理人という仕事をしている関係で、そういった不動産関連の知識が少しはある。理真が言ったように、不発弾の処理費は基本的にそこの地主が負担するものだ、という話を聞いたことがあった。


「それで、全部わかった」


 理真がそう呟いたところでパーキングに辿り着いた。覆面パトに乗り込み、丸柴刑事がエンジンをかける。一時間ほども炎天下に晒されていたことで灼熱地獄と化している車内に、エアコンの冷風が吹き荒れた。続けて丸柴刑事はアクセルを踏みパーキングを脱出する。日の当たらない涼しい場所へ移動しようというわけだ。


「まず、ことの起こりは……」助手席から理真が、運転席の丸柴刑事と後部座席の私に向かって、推理の披露を始めた。「先週の金曜日。時間は午前。邦夫さんは畑仕事に精を出していた」

「最近になってはまったっていう。確かに、自宅の庭に真新しい畑が出来ていたわね」


 丸柴刑事の言うとおりだ。その畑を私も見ている。


「そう。で、畑を耕すために土を掘り返していると、庭の地面に何かが埋まっているのに気が付いた」

「それが……」

「八十年前に投下されたけれど、信管が反応することがなく、そのまま埋もれてしまった、M69焼夷弾。……見て」


 理真は、資料館で購入した冊子を広げて見せた。そこには、長岡空襲の被災範囲を教える地図が掲載されており、


「この被災範囲に、邦夫さんの家も入ってるよね」


 丸柴刑事は運転中のため、私が地図を確認する。爆撃は長岡市中心部を目標として行われはしたが、完全に目標範囲内だけに収まったわけではないため、郊外に位置する箇所にも空襲を受けた場所というのは飛び石的に点在している。その地図上の飛び石被災地のひとつに、邦夫の自宅はまさに含まれている。


「……確かに」


 私が言うと、理真は頷いて、


「自宅の庭から不発弾が掘り出されたなんて、一大事になるところだけど、邦夫さんは騒がなかった」

「どうして?」

「掘り出されたそれが不発弾だなんて、思いもしなかったんだと思う。由宇と丸姉も見たでしょ、資料館にあったM69焼夷弾のレプリカ。あれを見て、〝これは焼夷弾だ〟って看破できる人って、どれくらいいる?」

「……そうかもしれない」


 私は答えた。先端が丸まった円筒形で、反対側に姿勢制御用の尾翼が突き出している、いかにも〝爆弾〟というイメージに合致する形ならまだしも(M69焼夷弾の投下に先立って、爆撃地点の目印として投下されたM47焼夷爆弾というものもあるが、それはまさに典型的な〝爆弾〟をイメージさせる形状をしている)、あの、六角形をした長さ五十センチ程度の鉄製の棒という見た目では、専門的な知識を持っていなければ、あれが爆弾――焼夷弾だとは思わないだろう。


「だよね」理真は続けて、「長岡市で長く暮らしている人なら、どこかの機会で長岡空襲のことを学んで、M69焼夷弾の形状を知っていた可能性もあるけれど、邦夫さんはずっと東京住まいで、長岡には去年引っ越してきたばかりだからね。それで、自宅庭から掘り出されたそれが焼夷弾だとは思いもしなかった邦夫さんだけれど、人工物であることは明らかだから、価値のある骨董品か何かかもと考えたのかもしれない。とりあえず取っておこうと、自宅に運び入れたか、庭の一角に置いておいたんだろうね。そうして畑仕事が一段落して、邦夫さんは外食のために出かけることにした」

「それは本当のことだったんだ」

「うん。で、長岡駅近くまで来て車をパーキングに入れる。時間は午前十一時の少し前。目的の洋食屋の開店時間――午前十一時半――にはまだ早いけれど、邦夫さんは開店が十一時だと勘違いしていたのか、少し駅前を散策するつもりだったのかもしれない。そうして、車を降りて駅周辺を歩いていた邦夫さんは、そこで、甥の(けん)()くんと会ったんだよ。邦夫さんに懐いている健児くんは、当然、偶然見かけた邦夫さんに話しかける。邦夫さんも応じて、そこで、健児くんは、戦災資料館で課外授業を受けたことを話して、もらってきたパンフレットも見せた。それに目を通した邦夫さんは、目が飛び出るほどに驚いただろうね」

「――パンフレットには、M69焼夷弾のことが載っている! その写真も!」

「そう。そこで邦夫さんは、自分が掘り出した物体が焼夷弾であることを知ったんだよ」


 理真がそこまで言ったとき、覆面パトは停車した。丸柴刑事が公園を見つけて、木陰となる駐車スペースに車を入れたのだ。かなり快適になった車内で、理真の話は続く。


「〝自宅の庭に焼夷弾が埋まっていた〟この衝撃の事実を受け、もう洋食屋でランチ、なんていう気分では全然なくなってしまった邦夫さんは、健児くんと別れると、次の行動を取った」

「次の行動?」


 ハンドルに手を乗せて、丸柴刑事が訊くと、


「黒田さんに電話したんだよ」

「そうか。時間的にぴったりだもんね」

「その目的は、前から持ちかけられていた、自宅土地売買の計画を進めること。即座にこんな行動を取ったということは、邦夫さんは、さっき由宇が教えてくれた、不発弾の処理費は地主の負担になる、ということを知っていたんだろうね。普通なら、行政が無償で処理してくれると思うだろうから」

「そういう処理費の補助を出す自治体もあると聞いたことはあるけど、あくまで地主の負担が基本になるはず」


 私が補足すると、理真は頷いて、


「だから、まだ不発弾の存在が誰にも知られていない時点で、その危険な土地を売り払ってしまおうと邦夫さんは考えた。ひとつ見つかったということは、まだ同じものが眠っている危険性もあると、そこまで邦夫さんは考えたのかもね。いきなり〝土地を売りたい〟なんて言い始めたら、怪しまれてしまう可能性もあるけれど、そもそも不動産屋のほうから持ちかけられていた話だからね。それに乗ったところで、別に不審を招くこともない。邦夫さんの気が変わらないうちに、って、向こうでも歓迎したかもね。(くろ)()さんは亡くなっているし、邦夫さんも証言していないから、これは想像でしかないけれど、その電話で邦夫さんは、商談の場所に自宅じゃなくて、どこか別の場所――喫茶店とか――を指定した可能性が高い」

「どうして?」


 私が訊くと、


「だって、不発弾のある場所になんて、少しでも居たくないでしょ」

「そういうことか!」

「でも、ちょうど外回り中だった黒田さんは、近くまで来ているからと、邦夫さんの自宅で話をしたいと言ってきた。家屋と土地の売買の話なんだから、その物件で話をするのは自然だし、邦夫さんとしても、ここで粘って変に思われることは避けたかったんだろうね。そうして渋々ながら、自分が帰宅できる時間を十一時二十分と予測して、その時刻に会うことを了承して帰路についた邦夫さんだったけれど、思わぬ工事渋滞にはまってしまった。その間に、近くにいたという黒田さんは、社用車を近くのパーキングに入れて、約束時刻ぴったりの十一時二十分に邦夫さん宅を訪れた。当然、邦夫さんはまだ帰宅していないんだけれど、そこには、別の人間がいた」

「誰が?」

「犯人だよ」

「じゃあ、やっぱり、邦夫さんは犯人じゃなかった?」

「そういうことになる。この事件が起きたきっかけを作った人物ではあるけれどね」

「それで、その犯人って、誰?」


 丸柴刑事が訊く。


(みち)()さん」

「邦夫さんのお兄さんの? でも、どうして?」

「道郎さんは、邦夫さんの家で仕事をすることも多いって言ってたでしょ。邦夫さん本人不在時でもそうすることもあるって。で、そのときも、たまたま道郎さんが邦夫さんの家で仕事をしていたんだよ。そこへ、黒田さんが訪れた」

「だとしたって、どうして道郎さんが黒田さんを殺すことになってしまったっていうの?」

「経緯は、こういうことだと思う。まず、邦夫さん宅を訪れた黒田さんは、応対に出た道郎さんのことを、邦夫さん本人だと勘違いしてしまったんだよ」

「確かに、あの兄弟は歳も離れていないし、よく似てるものね」


 一度邦夫に聴取をしているはずの丸柴刑事も、今朝は道郎を邦夫と勘違いしてしまっていた。


「そこで、道郎さんが自分は邦夫じゃなくて兄だ、と否定する間も与えないままに、黒田さんは土地を売る気になってくれたことに礼を述べて、すぐに契約の話を切り出したんだと思う。――で、道郎さんは黒田さんを殺害してしまうことになるんだけど、その動機までは分からないから保留する。今は、何かしらのトラブルがあって、道郎さんは黒田さんを殺してしまう結果になった、というだけで勘弁して」


 丸柴刑事と私が頷いたのを見ると、理真は推理を続ける。


「道郎さんは――どこで黒田さんと話をしていたのかは分からないけれど。玄関先か、庭か――そこにたまたま置いてあった六角形の金属棒を拾い上げ、それを振りかぶって……」


 黒田は後頭部を殴られていた。何があったのかは分からないが、自分に背中を見せた隙と、じゅうぶんに人を殴り殺すことの出来る物体が手の届く場所にあったこと。複数の事象が重なり生じてしまった、〝殺せる〟という不運な機会に抗えなかった結果なのだろうか。


「黒田さんを撲殺してしまい、我に返った道郎さんは――とにかく、死体を始末しなければと思った。幸い目撃者はいない。どこか山奥にでも持ち去って遺棄することも考えたけれど、道郎さんは運転免許を持っていない。車なしでそんなことは出来ないからね。苦肉の策だったのか、ひとまずの避難だったのかは分からないけれど、道郎さんは、黒田さんのスマホの電源を切ったうえで――着信があって音や振動が漏れるのを嫌ったんだろうね――死体を物置に隠して、凶器から指紋と血を拭ってもとの位置に残すと、そのまま現場を立ち去った。その直後だったんだと思う、邦夫さんが帰宅したのは。思わぬ渋滞にはまってしまい、約束の時間を十五分回った十一時三十五分のこと。もうとっくに来ていると思っていた黒田さんの姿は見当たらない。電話をかけてみても、電源が入っていないとアナウンスされるばかり。変だなと思いつつも、邦夫さんはその日は黒田さんと会うことは諦めたけれど、ひとつ、やっておかなければならない仕事があった。それは、掘り出した不発弾を埋め直すこと。いざ、土地と家屋を売る段になって、そんなものが敷地内にあることを見られたらまずいから。どこかへ投棄するのも難しい。なにせ、物が物――不発弾だからね」

「何かの拍子に衝撃を与えることになってしまったら、って考えたら、当然よね」


 シリアスな表情で言った丸柴刑事に、そう、と頷くと、理真は、


「だからやむなく邦夫さんは、元どおり畑に埋め戻すしかなかった。それだって実際に不発弾を移動させなければならないわけだけれど、掘り出した時点では、それが不発弾だなんて思いもしなくて、実際に今の場所まで移動させているからね。多少の衝撃では爆発することはないと踏み、慎重に慎重を重ねた作業で、何とか不発弾を埋め戻すことに成功した」

「不発弾の存在を隠蔽し終えて、準備は整ったってことね」

「でも、それで一件落着とはならないよね」

「どういうこと?」


 私が訊くと、


「だって、目に見えない場所に追いやったからって、不発弾の存在まで消えてしまうわけはないんだよ。いつ、何の拍子に爆発するか分からない。今までは、知らぬが仏状態で住み続けていた家だけれど、もう、その状態には戻れないでしょ」

「あっ!」と丸柴刑事が、「邦夫さんが金曜日から突然外泊し始めた理由って……」

「そうだよ。なるべく自宅――不発弾のある場所――に居たくなかったからだよ。そう考えてみたら、少し話は飛ぶけれど、私たちが訪問したとき、邦夫さんが『近くの喫茶店にでも行きましょうか』って家から誘い出そうとしたことも納得できるよね」

「同じ理由。不発弾から遠ざかろうという……」

「加えて、邦夫さんの家でゲームを遊びたいと訪れた健児くんのことを、邪険とも思えるくらいにそっけなく追い返した理由も」

「そうか。甥を危険に晒さないために……」

「そして、翌朝の土曜日、緊急の外泊だったため、何か必要な道具を取りに自宅に戻ったのであろう邦夫さんは、そこで――何か必要なものを取り出そうとしたのかもしれない――物置を開けて……」


 変わり果てた姿となった黒田を発見し、110番通報するに至ったというわけか。

 理真の推理を頭の中で反芻しているのだろう。丸柴刑事は、しばしの沈黙のあと、


「……でも、理真。証拠がないわ。しかも、状況から犯人が道郎さんだったと仮定することは出来ても、動機がない。実際に黒田さんに対して悪感情を抱いていて、しかもアリバイが不明瞭な容疑者が他に二人もいるのよ」


 県警の応接室で聞いた、小学校教師の(しよう)()(りき)()と、市職員の()(もと)(なお)()の二名だ。


「その二人を加えた三人の中から、犯人を道郎さんに絞り込むことは出来るの?」

「出来る」

「どうやって?」

「凶器の問題だよ。今回の犯行は、掘り出された不発弾という異様すぎる凶器が使われている。これを凶器として使用するためには、ある条件が必須になるはず」

「条件って?」

「その前に、確認してもらいたいんだけど、あの戦災資料館は市が運営してるんだよね。ということは、資料館のホームページも市が管理しているよね。そのホームページの運営に、容疑者のひとりの野本さんが関わっているかどうかを知りたい」

「分かったわ。調べてみる」

 丸柴刑事はスマートフォンを取りだした。


「……はい、ありがとうございました」通話を終えた丸柴刑事は、「理真の言ったとおりだった。資料館のホームページは市が運営していて、野本さんも更新作業なんかで関わってるって」

「ありがとう」と礼を述べてから、理真は、「これで……完全に絞り込めた」

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