表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第三章 現場での聴取

 北陸自動車道を南下し、長岡北スマートIC(インターチェンジ)で一般道へ下りる。ここまで来たら目的地の(なが)()宅までは十分もかからない。(まる)(しば)刑事の駆る覆面パトは、幸いにも屋根のある車庫にしまわれていたため、乗車時に車内が灼熱地獄と化しているという危機は回避することが出来た。


 長屋へは、民間探偵からの聞き取りに応じてもらいたいという要請を出しており、快諾……だったかまでは分からないが、とりあえず諒解の返事はもらっているという。今日も平日ではあるが、事が事だけに、勤め先に事情を話して有給を延長してもらって在宅しているという。もちろん、本人への聴取だけでなく、死体発見現場となった物置など、自宅敷地内も見せてもらえることになっている。

 長屋宅には本人の自家用車一台しか駐車スペースがないため、丸柴刑事は近隣のコインパーキングに覆面パトを入れた。ちなみに、被害者である(くろ)()も長屋宅へは社用車で訪れて、同じパーキングに駐車しており、その社用車はすでに会社に引き取られている。長屋の家は、パーキングから歩いて三分とかからない場所にあった。敷地は生け垣で囲われており、門柱に挟まれて空いた一角から足を踏み入れ、数メートル歩くと家屋の玄関に達する。横目で敷地内を伺うと、縁側と庭が目に入った。庭は半分ほどが畑となっているが、耕して種を植えたばかりなのだろう。まだ土が露出しているだけで、農作物は芽を出してもいなかった。その向こうには、小さなプレハブ小屋が見える。恐らく、あそこが死体発見現場の物置なのだろう。

 丸柴刑事が呼び鈴ボタンを押すと、少しして玄関ドアが開いた。


「お電話を差し上げた新潟県警の丸柴です」丸柴刑事は警察手帳を開示して、「こちら、事件捜査に協力してもらっている、民間探偵の……」


 横に控える()()と私を示したところで言葉を止めた。応対に出てきた相手が、きょとんとした顔で目を見開いたまま、何の反応も返してこなかったためだろう。


「……長屋さん?」

「……あっ、はい?」


 丸柴刑事の呼びかけに相手の男性は、明らかに要領を得ていない返事をした。すると、横から理真が、


「……失礼ですが、長屋(くに)()さんではありませんね?」

「え、ええ、そうです……」


 男性が頷くと、今度は丸柴刑事が、えっ? と目を見開いて、


「で、ですが……」

「あ、ああ」玄関の男性は、顔の前で手を振ると、「私、長屋(みち)()と言いまして、邦夫の兄です」

「――お兄様でしたか。すみません、私、てっきり……」

「いえいえ、よく間違われますから。歳も二つしか違いませんし、このとおり顔と声もよく似ているもので……。すみません、邦夫は外出中でして、すぐに戻りますので、どうぞ、中でお待ちください」


 男性――長屋道郎は、玄関ドアを全開にして私たちを招じ入れた。おじゃまします、と敷居をまたぎ、居間に通された私たちに、道郎は、


「警察の方、ということは、例の事件の捜査で?」

「そうです。追加で聞き取りをお願いしまして……。失礼ですが、長屋さん――邦夫さんはひとり暮らしだと伺っていたのですが?」

「そうです。私もこの近くに家を持っているのですが、たまに邦夫の家に来て仕事をしているんですよ。本人が不在でも使わせてもらうこともあります。もちろん、邦夫も承知済みですよ。都会と違って、ここらじゃ不在時に家に施錠することもほとんどないですし。むしろ私が居れば防犯になるからって。私は家族持ちでして、今は夏休みで子供が家にいるもので大変助かっています。……あ、私、フリーでライターをやっているので、パソコンとネット環境があればどこでも仕事はできるのですが、私は運転免許を持っていないもので、喫茶店やファストフード店へ気軽に行くということが出来ないんですよ。その点、ここ、邦夫の家は歩いて行ける距離なので、重宝しています」


 公共交通機関が薄い新潟県では、ある程度の移動するのにも車は必須だ。


「そうでしたか」と事情を理解した理真は、「では、こちらへは、今日もお仕事で?」

「ああ、いえ、邦夫に頼まれましてね。来客の約束をしたのだが、ちょうどその時間に用事があることを忘れていたので、留守番をしていてくれないかと言われて。でも、まさか、刑事さんだったとは……。まあ、ここであんな事件があった直後ですからね……」


 そう言って頭をかくと、お茶をお持ちします、と道郎は居間を出て行った。


「理真」と丸柴刑事が、「どうして、玄関に出た人が邦夫さんじゃないって分かったの?」

「駐車スペースに車がなかったから」

「……なるほどね。さすが、よく見てるわね」


 丸柴刑事が納得したところで、車のエンジン音が聞こえてきた。


 冷たい麦茶を持ってきてくれた道郎と入れ替わるように登場した邦夫を見て、なるほど、よく似た兄弟だな、と私は思った。さすがに双子レベルとまではいかないが、一度か二度聴取しただけの丸柴刑事が見間違えてしまうのも無理はない。


「すみません、お待たせしてしまって……」居間に入ってきた邦夫は、「どうですか? 近くの喫茶店にでも行きましょうか?」

「いえ、ここでも全然かまいませんけれど……。もちろん、長屋さんさえよろしければ」


 丸柴刑事が答えると、


「……ええ、まあ、そうですね」


 と邦夫は座布団の上に腰を据えた。

 さっそく丸柴刑事は、理真と私――民間探偵とその助手――を紹介する。聴取役を委ねられた理真が最初に訊いたのは、もちろん……。


「死体発見前日のことなのですが……」


 昼食をとりに長岡駅周辺まで出かけたのに、目当てだった洋食屋の開店前に帰ってしまったことだ。


「ああ、それは……黒田さんと話をしたかったからですよ。お昼を食べる前に、それだけは片付けておきたいなと思いましたので……」

「土地売買に関する話ですね」

「そうです」

「どうして、そのタイミングだったのですか?」

「タイミング……とは?」

「昼食を食べるために車で出て、到着して、もう目当てのお店は目の前だ、という段階になって、やっぱり黒田さんと話を、と、そうなったということですか」

「……わ、忘れていたんですよ。大事な話があったのですが、つい失念して、お昼を食べに出かけてしまって、向こうに到着したところで急に思い出したというだけです。そういうことって、たまにあるでしょう?」

「そのお話は、どのような内容だったのでしょう?」

「それは……この土地と家屋を売る決心がついたものですから、それを伝えようと……」

「長屋さんは、土地を売ることにあまり乗り気でなかった、と聞きましたが」

「……ええ、まあ、でも……もういいかなって思って。私も、変に意固地になっていたところがあったので、冷静になった考えてみたら、売ってしまうのもいいかなと……」

「こちらの家屋と土地を手放して、どこかへ引っ越すということですか?」

「まあ、そうなりますね。私は東京の生まれで、長岡には去年に越してきたばかりなんです。ここに土地と家を持っていた親戚が亡くなってしまったのですが、跡継ぎがいないから、それじゃあ自分と兄の道郎が譲り受けようということになって」

「お兄様も東京に住んでいらしたのですか?」

「そうです。兄は家族持ちで、奥さんと子供と一緒に越してきました。子供は小学生で――現在五年生です――転校することになるのですが、東京で通っている学校に馴染めずにいたそうなので、環境を変えるのもいいかなと思ったそうです。実際、(けん)()――子供の名です――も、こちらの学校には馴染んだようで、仲の良い友達もできたそうです。たまにこの家にも遊びに来ますよ。東京にはない自然の中で遊ぶ楽しさも知ったようですが、都会っ子らしくゲームも手放しません。休日に家でゲームを遊んでいると親に色々と言われるので――道夫の妻は昼間はパートに出ていますが、道夫の職業はライターなので、家にいることが多いんですよ――外で遊んでくる、と言いつつ自宅を出て、実はここへ来てゲーム三昧というね。あ、このことは道夫には内緒でお願いします」

「甥っ子さんに懐かれているのですね」


 理真にそう言われ、邦夫は苦笑した。懐かれているというか、環境を利用されているだけという気もしないでもないが。続けて理真は、


「邦夫さんご自身も、お仕事に支障はなかったのですか」

「こちらの会社に転職しました。私も都会の生活には疲れていましたから」

「そうですか……。それで、この土地と家を売ってしまったら、次はどちらに?」

「ああ、それは……まだ考えていません」

「引っ越し先も決まっていないのに、住居と土地を売る決心をされたのですか?」

「――ああ、そういうことじゃなくてですね……。いざ住んでみたら、私ひとりには広すぎる物件だったもので、もっと手狭なマンションにでも移ろうかなと……。そんなことを考えていたものですから……」

「マンションでは、畑仕事は出来ないと思うのですが」

「……えっ?」

「最近になって、野菜の栽培を始めたそうですね。私も庭の畑を拝見しました。まだ耕したばかりのようですが」

「え、ま、まあ……。で、でも、いざやってみたら、疲れるし暑いしで、思っていたほど気楽なものじゃないなと身に沁みたので……」


 理真の視線は、まっすぐ邦夫にささっている。が、邦夫の視線とぶつかることはない。なぜなら、邦夫は終始俯き加減で視線を泳がせているためだ。その受け答えの口調からも、明らかに動揺していることが分かる。しばし流れる沈黙の中、邦夫は顔を上げた、が、理真と目が合うと、またすぐに視線をふらふらと泳がせてしまう。居間には冷房が効いているというのに、額には汗まで滲ませている。


「それで」理真が沈黙を破り、「黒田さんの件なのですが」

「――わっ、私じゃない! 私はやっていません!」


 一転、邦夫は声を張り上げて反論した。


「死体はご自宅の物置から発見されました」


 対照的に、理真の声はあくまで冷静さを崩していない。


「全然身に憶えがない!」

「死亡推定時刻から、恐らく黒田さんと最後に話したのは邦夫さんだと思われるのですが、何か電話口でおかしいなと感じたようなことはありませんでしたか?」

「な、何もなかった! ほ、本当だ! 私じゃないんだ!」


 邦夫が腰を浮かせた、そこに、


「おじさーん」


 玄関のほうから声がした。子供――男の子の声だ。


「すみません」


 そのまま立ち上がった邦夫は玄関に向かう。互いに顔を見合わせてから、理真を先頭に私たちもそのあとを追った。

 玄関にはひとりの男子が立っていた。「健児」と邦夫が声をかける。この子が道郎の息子、すなわち邦夫の甥にあたる長屋健児か。


「おじさん」と健児は邦夫に、「お昼までいてもいい? 昼から友達と遊ぶ約束をしてるんだ。家にいると、またお父さんがうるさいからさ」


 さっそく、とばかりに健児は、肩に提げていたサコッシュからゲーム機を取り出した。


「――いや、健児、今日は駄目だ」

「えー、どうして?」口を尖らせた健児は、「あ、お客さん?」


 叔父の後ろにいる私たちの姿を確認したらしい。


「いえ、私たちはもうお(いとま)しますので」


 理真が言うと、


「じゃあ、オッケー?」


 健児の表情が晴れた、が、


「い、いや……」ちらりと邦夫は私たちを振り返ってから、「今日は……駄目なんだ。家に帰りなさい」


 振り返ったときに見えた邦夫の表情は、いやにシリアスだった。その叔父の表情、口調から窺えるものを健児も感じ取ったのだろう。出しかけたゲーム機をしまうと、


「……わかった」


 大人しく玄関を出て行った。しばしの沈黙を挟み、


「すみません。私、これから用事があるもので……」


 邦夫も三和土(たたき)に揃えてある靴に足を通した。

 そう言われては理真も聴取を切り上げるしかない。玄関を出て、邦夫が駐車スペースに駐めてある車に向かうのを見ると、


「丸姉」と丸柴刑事の耳元で、「邦夫さんを()けよう」


 オーケー、と短く答えるのと同時に、私たちはパーキングへと走った。途中、とぼとぼと帰路につく健児の背中が視界に入った。


 邦夫の車はすぐに見つかった。こちらの車は邦夫の家から離れたパーキングに駐めていたため、邦夫はこの覆面パトを目撃していないはず、すなわち、私たちがどんな車に乗ってきたかも知られていないはずだ。これは尾行において大きなアドバンテージとなる。いちおう丸柴刑事はサングラスをかけ、いつもは助手席に乗る理真も、私と一緒に後部座席に座っている。バックミラーで見られたとしても、後方についている車に乗っているのが私たちだと悟られる可能性は低いだろう。

 街の中心部方面へ向かっている邦夫の車は、駅前の大通りを脇道に入ると、コインパーキングに滑り込んだ。さすがにそこまで追うと気付かれてしまいかねないので、いったんパーキング入り口を通り過ぎてから丸柴刑事は車を路肩に停め、理真と私だけが降車して走る。ちょうど駐車を終えた邦夫がパーキングを出たところだった。その向かった先は、


「……ホテルだ」


 理真が呟いたとおり、邦夫はコインパーキングの近くにあるビジネスホテルへと姿を消した。路地をぐるりと一周してきた丸柴刑事も、同じパーキングに覆面パトを駐めて私たちに追いついた。


「理真、由宇ちゃん、邦夫さんは?」


 訊かれた理真は、目の前のホテル建物を指さす。


「……ホテル?」


 丸柴刑事も意外そうな顔で鉄筋コンクリートの高層ビルを見上げた。


「行ってみようよ」


 私たちもホテル出入り口をくぐった。

 フロントロビーに宿泊客の姿はない。現時刻は午前十一時半になろうというところで、チェックアウトとチェックインの狭間の時間帯のためだろう。


「丸姉、邦夫さんのことを訊いてみようよ」


 言いながら――フロントに従業員の姿もなかったため――理真がカウンターの呼び鈴を叩く。いらっしゃいませ、とバックヤードから出て来た従業員に、丸柴刑事は警察手帳の開示に続けて、


「こちらのホテルに、この方は宿泊していますか?」


 邦夫の写真を表示させたスマートフォンの画面を見せた。顔を近づけてそれを見た従業員は、


「……ええ、ご宿泊いただいております」

「つい今しがた、チェックインしたのではないですか?」

「ああ、いえ、チェックインというか、お戻りになりました」

「戻った? ということは……?」

「はい。こちらのお客様は、金曜日から連泊されていますので」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ