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恋するメイドくん。  作者: 藤代景
8/8

第8話 メイドくんと料理

「来週、家庭科の授業で調理実習があるのでエプロンと三角巾を忘れないようにしてください」


 放課後、そんな担任の先生の言葉に私は頭を悩ませた。正直、調理実習には良い思い出が無かったからだ。

 けれど「嫌だから」なんてそれだけの理由で休むわけにもいかない。どうしたものか……。


「志季、悩み事か?」


 アマリリスでも悩んでいると、冬里くんが声を掛けてくれた。冬里くん、些細ささいなことでも気に掛けてくれるの優しいなあ。


「うん……。来週の調理実習のことでちょっと……」

「……調理実習?」

「え、嘘でしょ!?」


 不思議そうな顔で首を傾げた冬里くんに思わずツッコんでしまう。

 同じクラスなのに何で覚えてないの!?冬里くんって本当興味のない話は一切聞いてないんだね……。


「え?そんな話あったっけ」


 いや、夏輝くんも同レベルだな。


「こいつら……」

「それで、どうして調理実習が億劫おっくうなの?料理が苦手とか?」

「う……。じ、実はそうなんです……」


 春佳さんの問いに、縮こまりながら頷く。


 私は昔から料理が苦手だった。ちょっと、とかじゃなくて結構苦手。どんな料理もすぐ焦がしちゃうし調味料間違えちゃうし。一応レシピ通りに作ってるんだけどそれでも美味しくできない。


 お兄ちゃんやみっちゃんには「一種の才能」とまで呼ばれた。もちろん悪い意味で。


「一人ならともかく、みんなと協力して作るじゃないですか。迷惑かけるんじゃないかって不安で……」

「あー、なるほどねぇ」


 目を閉じて考え事をしていた春佳さんは、何かを思い付いたのか手を叩くと「そうだ」と口を開いた。


「それなら、アマリリスで練習しておく?」

「えっ?練習?」

「今はどのメニューも店長が作ってるけど、いつか僕達自身が作ることになるかもしれないし。その練習も兼ねて、どう?」


 春佳さんの言う通りアマリリスの料理は、私達には接客に集中してほしいという理由で全部店長が手作りしている。だから私達がキッチンに入ることは全く無かったんだけど……。


「使っていいんですかね……?」

「明日は元々休みだし良いと思うけど……まあ一応、店長には僕から連絡しておくよ。あ、なんだったら僕達も練習に付き合うよ?」

「えっ!?」


 驚いて顔を上げると、春佳さん以外の三人も意外と乗り気のようで。


「志季の手料理、食べたい」

「俺も俺も!」

「お、俺は別に手料理とか興味ないけど……そんなに不安なら付き合ってやってもいい」

「智秋くんまで!?」


 春佳さん達が練習に付き合ってくれる。それってつまり、私の料理を食べてもらうってことで……。


「…………すごく申し訳ない気持ちになってきました」

「既に?」


 そんなの絶対失敗できないじゃん……!!


「そんな思い詰めなくて大丈夫だって!俺、どんな見た目でも味でも全然食べれるから!」

「志季の手料理……」


 目を輝かせる夏輝くんと冬里くんに頭が痛くなる。

 自分の腕は一切信用していないし、過去のお兄ちゃん達の反応からしてとんでもないものなのは自覚してる。実際に私の料理を見た時のみんなを想像すると心と頭が痛い。


 もう既に不安しかないけど……調理実習で迷惑をかけない為にも頑張らなきゃ……!




 ◆    ◆    ◆




 当日。店長から快く承諾しょうだくしてもらった私達は、スーパーでオムライスの材料を買ってアマリリスへ向かった。


「じゃあ、一旦普段通りに作ってみて。みんなで食べて改善点を伝えるから」

「はっ、はい!」


 緊張しながらもキッチンに立つ。

 だ、大丈夫。レシピ通りに作れば問題ない。いや今までそうして問題があったんだけども。今回はいつも以上に量や時間に気を付けるから以前よりはマシなものになるはず……!


 ただ、最大の壁が……。


「適量ってどれくらいなんだろ……」


 度々出てくる「適量」の文字。適量って何?何で急に詳細に書かなくなったの?と狼狽うろたえてしまう。以前お兄ちゃんに聞いたら「いい感じの量」としか返ってこなくて絶望した。いい感じの量とは。


「うーん……大体これくらいかな……?」


 少な過ぎたら味が薄いだろうし、ちょっと多めに入れておこう。……あ、炒める時間も詳しく書いてない!レシピには「数分炒める」としか載ってない。うーん、こういうのも困るんだけど……。ちゃんと炒められてなかったら怖いし、長めに炒めよう。

 あ、そういえばチキンライスの隠し味には何か入れると美味しくなるって聞いたな。あれって何だっけ。


「確か「バ」から始まる名前だったような……」


 私はキッチンを見渡し____目の前に置いてあったびんに手を伸ばした。












「お、お待たせしました……」


 談笑だんしょうしている四人の前に出来上がったオムライスを置く。すると目を輝かせていた夏輝くんと冬里くんがそのまま固まり、春佳さんと智秋くんは困惑の表情を浮かべていた。


「……志季ちゃん、何作ったんだっけ?」

「オムライスです……」

「オムライス!?この禍々しいものが!?」


 智秋くんの驚きの声に、私は項垂れるしかなかった。

 彼らの目の前にあるのはオムライス_____と呼べるかも怪しい紫色のグロテスクな物体。頑張って被せたはずの卵ももはや原型をとどめていない。四人が困惑するのも当然だ。


「なんつーか……卵の形が……うん……」

「ち〇こじゃん」

「言うなよ!!にごせ馬鹿!!!」

「下のはチキンライスかな?腐ったスライムにしか見えないけど」

「……紫色のゲロ」


 四人からの評価は散々である。卵の形に至ってはもはやそれにしか見えなくなってきた。泣きたい。


「志季ちゃん、本当にレシピ通りに作ったの?」

「い、一応……。その、量とかは勘でやりましたけど……」

「料理苦手な奴が勘でやるなよ!」


 仰る通り過ぎて何も言い返せない。


「……志季、安心しろ」


 四人からの評価に落ち込んでいると、冬里くんが小さく笑いながら私の頭を撫でた。珍しい表情にドキリとする。


「不味くても、志季が作ったものなら全部食べるから」

「えっ!?と、冬里くん!無理しなくても、」


 冬里くんは「大丈夫」とだけ言うとオムライスを掬って口に入れ、数回咀嚼(そしゃく)すると小さく喉を動かした。

 __________その瞬間。


「…………」


 冬里くんは目を見開き、そのまま声も出さず固まってしまった。


「と、冬里くん?冬里くん!?」


 数回声を掛けて肩を揺さぶったけれど冬里くんは固まったまま。え、怖っ。


「と、冬里がやられた……!?」

「激辛だろうとゲテモノだろうと大体眉を顰めるだけで済ますあの冬里が……!?」


 さっきまでニコニコしていたはずの夏輝くんまで目を丸くしている。

 冬里くんって普段そんなに表情硬いの!?っていうかそんな冬里くんが固まるほどって、我ながら私の料理どうなってるの??


「…………」


 冬里くんが撃沈したことにより、その場の空気は酷く重いものになった。そりゃそうだ、あの状態を見て食べたい人間なんてないだろう。


「…………よしっ!」


 そんな中、夏輝くんが声を上げた。


「次は俺が食う!」

「「ええっ!?」」


 私と智秋くんの声が綺麗に重なった。

 と、冬里くんでさえ食べられなかったコレを……!?夏輝くん、優しいから無理してくれるのかな……?


「な、夏輝くん!無理して食べなくても……!」

「無理とかじゃねーって。志季の料理食べてみたかったし!それに俺思ったんだよな。冬里がやられたのって、心の準備もせずに食べたからじゃね?って」

「そ、そうなのかな……?」

「そうだって。見た目が変なだけで匂いは普通だし、覚悟して食べれば絶対いける!」


 自信満々な夏輝くんの様子に少し安堵あんどする。夏輝くんは凄いなあ。根拠は無いのに、「夏輝くんが言うなら」って無性に信じてしまう魅力がある。


「夏輝、心して食べろよ……!?」

「分かってるって。じゃあ、いただきまーす!」


 夏輝くんは意気揚々とオムライスを一口分(すく)って_____。


「夏輝くーーーーーん!!!!!」

「夏輝ーーーーーーー!!!!!」


 口に含んだその瞬間、声も出さずにその場に倒れた。私と智秋くんが慌てて駆け寄ると、夏輝くんは口を開けたまま白目を向いて意識を失っていて。隣で「夏輝でもダメだったか……!」と頭を抱えた智秋くんの言葉に血の気が引いていくのが分かった。

 こんな状況になってようやく気付いた。私の料理は比喩ひゆではなく本気で人を殺してしまうかもしれないことに。


「もう調理実習は休むしか……!!」

「まあまあ、志季ちゃん。諦めるのは早いよ」


 泣く泣く調理実習を諦めようとしたその時。春佳さんが落ち込む私の肩に手を置いて優しく声を掛けてくれた。


「二人の犠牲を無駄にしない為にも、改善点を見つけて直してみようよ。ね?」

「で、でも……改善点以前に、味が分からないからどうしようも……」


 口にした時点で意識を失うほどの料理の味をどうやって知るというんだろう。冬里くんと夏輝くんの惨状を見た今、改善点を見つける為に味わってほしいなんて口が裂けても言えないし。


 そんな私の不安を解消するかのように、春佳さんは優しく微笑んだ。


「実はこの前科岳さんからとある発明品を貰っててね。それを使えば解決できるかも」

「か、科岳さんって……」


 以前の入れ替わり事件を思い出して思わず口元が引き攣る。しかし春佳さんは笑顔のままふところから小瓶を取り出した。中には赤色の液体が入っている。


 もう嫌な予感しかしない。


「……聞くのも嫌だけど、それどういうやつ?」

「いわゆるエナジードリンクだよ。飲んだらしばらくの間意識を保てる、徹夜する人にオススメの薬だって」

「へえー!なんだかそれだけ聞くと良さそうですけど……」

「馬鹿!入れ替わりの(あんなイカれた)薬作った人だぞ?ただのエナジードリンクで済むわけねぇだろ!」

「それはそうなんだけど……。あの、効果って本当にそれだけなんですか?」


 恐る恐る聞くと春佳さんは視線を宙に向け、思い出すように「えっと……」と口を開いた。


「元々この薬は科岳さん本人が使う予定だったみたいなんだ。徹夜で研究する際にって。だから何があっても気絶しないくらい意識が覚醒するように作ったらしいんだけど……」

「普通に劇薬じゃないですか!!」


 エナジードリンクだなんてとんでもない。あれは眠気覚ましくらいのもので……というか何があっても気絶しないって普通に怖すぎる。それを使う予定の科岳さんも心配になってくるレベルだ。


「えー?でもこれを飲めば、志季ちゃんの料理を解析できるよ?」

「そ、それはそうですけど……」


 それで、と春佳さんが目を輝かせる。


「これを飲む人なんだけど……」

「じゃ、じゃあ私が飲みます!」


 本当はそんな劇薬一ミリも飲みたくないけど、冬里くんも夏輝くんも私の激ヤバ料理を嫌がりもせず食べてくれたんだ、私も覚悟を決めなきゃ……!

 まあそもそも、元々私の問題だし……私が作った料理だし……。この問題は本人である私が処理するべきだ。


「いやいや、流石に志季ちゃんにそれをさせるのは酷ってものだよ。___ってことで、はい♪」


 けれど春佳さんは小瓶を私ではなく_______智秋くんに渡した。


「はあああ!?何で俺!?」

「だって、志季ちゃんにそんな劇薬飲ませるのは可哀想だし……」


 劇薬って言っちゃってるし。


「僕は志季ちゃんに料理を指南するから、味を分析する係は智秋しかいないでしょ?」

「はあ!?指南って……そんなの俺だってできるし!」

「えー?本当に?ツンデレ発動せずに優しく教えられる?」

「そ、れは…………」


 春佳さんの問いに、智秋くんは自信なさげに視線を泳がせ黙ってしまった。

 まあ多分智秋くんのことだから強い言葉使っちゃうだろうな。私はそれでも全然いいんだけど……。


「……分かったよ。その代わり!絶対上手いモン作れよ!」

「う、うん!頑張る!」


 智秋くんは何度か深呼吸すると、小瓶を握りしめて一気に飲み干した。色が色だから不味いんだろうなと勝手に思い込んでいたけれど、意外にも智秋くんはケロッとしていた。

 彼も同じことを思っていたのか、肩透かしを食らったようだった。


「なんか……イチゴみたいな味がする」

「そりゃあ、科岳さん本人も飲むものなんだから不味いわけないでしょ。ほら、早速食べてどんな味か分析してよ」

「お前……他人事だと思って……」

「他人事だもん」


 はあ……とため息を吐いた智秋くんは私の料理を前にゴクリとつばを呑んだ。少し経って、覚悟を決めたのかスプーンを手に取ると恐る恐る口に運んだ。


 そして口に含んだ瞬間______。


「う゛っ……!!」

「智秋くん!!!!」


 毒でも食べたかのように机に勢い良く突っ伏した。


「だっ、大丈夫!?いや大丈夫じゃないよね!ごめん!!」

「智秋ー、どんな感じー?」

「もうちょっと智秋くんを心配してあげてください!」


 心配で駆け寄ると、唸りながらもなんとか顔を上げる智秋くん。冬里くん達はこの時点で既に意識を失っていたのに。どうやら薬の効果は間違いなく本物のようだ。


「ほら、志季ちゃんはキッチンに立って。まずはレシピ通りに進めてね。調味料のところで智秋から意見を聞こう」

「は、はい……」

「智秋、どんな味がする?」

「う゛ぅ……味がぐちゃぐちゃ過ぎて分かりづれぇ……」


 春佳さんの問いに、苦しみながらも必死に答えてくれる。


「な……なんかすげぇ塩辛い……」

「塩と胡椒をちょっと多めに入れたからかな……」

「それと同時に……は、吐きそうなほど酸っぱい……」

「あ、それは隠し味のバルサミコ酢だと思う!」

「あと……食感、が……すげージャリジャリする…………」

「長めに炒めたから焦げちゃったのかも……?」

「うわあ、見事なまでに料理下手のフルコースだね」


 心当たりを口に出せば出すほど自分のヤバさが浮き彫りになって落ち込んでしまう。

 料理してる最中は何も疑問に思わなかったけど、後から思い返してみれば私、本当にどうかしてる。


「もはやここまでくると才能の一種だね」

「お兄ちゃん達と同じこと言われた……!」

「ほらほら、泣いてないで塩と胡椒入れて。ちゃんとグラム計ってね」

「はい~……」


 春佳さんの呆れた声に泣きながら調理していく。今度こそ失敗しないようにと願って。




 ◆    ◆    ◆




「で、できた……!!」

「おお~」


 ようやく完成したオムライスを見て、春佳さんは感心したように拍手してくれた。


「見た目は……ちょっと焦げてるけど、さっきに比べたら普通だね」

「めちゃくちゃ気を付けたので……」

「じゃあ、いただきます」


 少し不安げな表情を浮かべながらも一口分(すく)って数回咀嚼(そしゃく)した春佳さんは閉じていた目を開き、「うん、良い感じだね」と言ってくれた。

 その言葉に緊張が解け、ホッと胸を撫で下ろす。


「美味しいとは言えないけど、食べられないほどじゃない。当日はみんなで協力して作るんだし、きっと上手くいくよ」

「ありがとうございます……!ここまで付き合ってもらって……」

「あはは、気にしないで。言い出したのは僕だし」


 春佳さん達のおかげで少し自信もついたし、これなら当日も大丈夫そうだ。本当みんなには頭が上がらないなあ。


「それじゃあこれは捨てますね」

「えー?それはちょっともったいないんじゃない?」

「と言いましても……」


 春佳さんの言わんとしていることは分かるけれど、こんな殺人オムライスをこのまま置いておくのは危険だろう。まさか食べきるわけにもいかないし。


 すると春佳さんは笑顔で「食べたい人に食べさせれば?」と指差した。そこには気絶している夏輝くんと冬里くんが。

 …………まさか。


「薬はまだ二つあるし、智秋と同じように食べてもらうのが一番良いと思うな」

「え゛っ」

「はーい、二人とも起きて~。志季ちゃんの手料理食べたい人~」

「ストップストップストップ!!!」


 _____結局。当日の調理実習ではみんなのおかげで美味しい生姜焼きが作れた。

 夏輝くんと冬里くんの二人は気絶したことを忘れているのか気にせず美味しそうに食べていたけれど、もはやトラウマになっているらしい智秋くんは「うま……うま……」と言いながら泣いて食べていた。


 ちなみに、後日お兄ちゃんに振る舞ったら感動で号泣されたのはここだけの話。

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