第6話 メイドくんと入れ替わり
「やあ、こんにちは」
_____ある日の昼休み。
春佳は化学室の扉を開き、中にいる女に声を掛けた。女は春佳に気付くとゴーグルを外し、小さく笑みを浮かべた。
「なんだ、君か」
手元のフラスコがちゃぷん、と音を立てる。春佳はそのおどろおどろしい色に目を細めた。
「新しい研究?」
「ああ。今回の研究は面白いものになりそうなんだ」
女____科岳樟璃は化学を愛してやまない、春佳のクラスメイトだ。毎日化学室で何かしらの研究をしており、研究が完成する度に問題《爆発》を起こすため問題児と呼ばれている。
基本的に関わろうとする人間はいないのだが、彼女の人並外れた研究に興味を持った春佳はちょくちょく顔を見せていた。
「面白いものねぇ……。今回のはどういうやつなの?」
「ふふ……それは使ってからのお楽しみというやつだ」
ポン、と大きめのボタンを手渡される。そのボタンからは独特な匂いがして、おそらく何か薬品が入っているのだろうなと春佳は察した。
樟璃が創る作品は大抵、想像の斜め上の出来事を起こす。きっと今回の作品も春佳の期待を超える物なのだろう。
「ちなみに、身体に害は?」
「無いよ。そんな危険なもの、ホイホイ渡すわけがないだろう」
「それもそうか。じゃあ、ありがたく使わせてもらうよ」
冬里達の顔を想像し、春佳は小さく笑った。
「と、いうわけで使ってもいい?」
「どういうわけだよ!!」
アマリリスに智秋のツッコミが響き渡る。夏輝は興味深そうにボタンを見つめ、冬里は眠たそうに机に顔を伏している。
「許可するわけねーだろ、そんなよく分からんモン!」
「えー?せっかく科岳さんが作ってくれたのに?」
「よりによってそんな問題児から貰うな!!」
科岳の名は下の学年にも当然広まっている。毎日何かしら爆発させて教師から叱られている問題児が作った物など安心して使えるわけがない。
しかし残念なことに、能天気な夏輝は既に興味を示してしまっている。
「なあなあ、ボタン押したらどうなんの?」
智秋の心配など他所にキラキラした瞳でボタンを見つめている。
「さあ?使ってからのお楽しみだって」
「余計に許可出せねぇよ!せめてどういう効果があるかだけでも聞いてから貰え!」
「大丈夫大丈夫、害は無いらしいから」
「それは前提条件だろ!!」
有害でたまるか、と智秋は頭を抱えた。
「面白そうなら何でも良し」という春佳の悪癖に何度も巻き込まれて来た智秋にとって、得体の知れないボタンを押すことは避けたかった。これを押したら最後、おそらく……いや、絶対にロクでもないことが起こるだろう。
春佳の暴走を止める為には他の人の力が必要だ。しかし興味を示している夏輝と、逆に一切興味を示さない冬里では話にならない。
智秋は志季を待つことにした。彼女であれば自分と一緒に止めてくれるだろうと確信しているからだ。
とりあえず志季が来てからにしろよ、と言いかけて。
「おっと、手が滑っちゃった」
言いきる前に、春佳は満面の笑みでボタンを押してしまった。
その瞬間、ボタンから勢いよく煙が飛び出してきた。少しツンとする臭いに智秋は眉を顰めた。
「はあ!?おまっ……ばっ、」
「馬鹿」という智秋の叫びは声にならず、そのまま店内全体が煙に包まれた。
◆ ◆ ◆
「ちょっと遅れちゃったかな……」
スマホで時間を確認しながら歩みを進める。開店時間までは充分余裕があるけれど、いつも着く時間より少し遅れてしまった。まさか日誌にあそこまで時間が掛かるなんて……。
まあいいや、早く入って着替えよう。
「おはようございま_____えっ、何!?」
アマリリスの扉を開けた瞬間、目の前から煙が迫ってきた。咄嗟に避けるけど、頭は混乱したまま。
「かっ、火事!?」
火事かと思って店内を覗くけれど、燃えている様子は特に無かった。それに全然熱くない。火事ではないようだ。
よかったけど、じゃあ何の煙……?
正体が分からず困惑していると、中から複数の咳き込む声が聞こえた。時間的に冬里くん達だろう。
「み、みんな!大丈夫!?」
煙が落ち着いてきたため警戒しながら中に入る。煙を思いっきり吸い込んでしまったのか、四人は苦しそうに咳き込んでいた。
そして、一番早く落ち着いたらしい春佳さんが……。
「げほっ!っ、春佳テメェ!!押すなってあれだけ言っただろ!!」
_____物凄く怖い顔で怒鳴った。
「…………え??」
春佳さんの言動が理解ができず思わず固まってしまう。そんな私を置いて、四人は話を進めていった。
「ごめんごめん、まさかこんなに煙が出るとは思わなくて」
「せめて押すって言ってから押してくれよ~!心の準備出来てなかったし!」
「…………臭い」
……説明すると、上から夏輝くん、冬里くん、智秋くんだ。間違いなくそのはず。なのに言動と見た目が全く合っていなくて。
私の脳は理解を拒んでしまい、もはや「????」しか浮かばなくなってしまった。
何が起きてるの??
「……あ、志季」
智秋くんは私を見つけるなり目を輝かせ、小走りでこっちにやって来た。そして甘えるように抱き着くと、「鼻が曲がる」と少し不機嫌そうに呟いた。
…………そう、智秋くんが。
「ちっ、智秋くん!?!?」
恥ずかしさや照れよりも先に驚きが来てしまった。
智秋くんは照れ屋で、女の子への耐性がほとんどない。だからいくら友達だろうと抱き着いたりしないし甘えたりしない。絶対に。
なのに目の前の智秋くんは、当たり前のように私に甘えている。まるで冬里くんのように。
「おまっ、何して……!!…………あ?俺?」
春佳さんは智秋くんを引き剥がそうとして_____動きをピタリと止めた。そして何かに気付いたのか、顔を真っ青にして「おっ、俺がいる!!!」と悲鳴を上げた。
「え?あ、ホントだ!俺がいる!」
「……何で俺がもう一人いるんだ」
「え、えっと……?」
みんなの言っている意味がやっぱり分からなくて首を傾げる。すると夏輝くんがこちらに歩み寄って来た。
「ごめんね、志季ちゃん。ちょっと面倒なことになっちゃったみたいで」
「「志季ちゃん」!?」
いつもの天真爛漫さはどこへ行ったのか、大人のように落ち着いて話す夏輝くんに頭が痛くなった。
こ、これはドッキリ?みんなで私を揶揄ってるの??でも春佳さん以外、ドッキリとかやらなさそうな性格なのに!?
なんて混乱する私に、夏輝くんはボタンを手にして説明してくれた。
「正直僕もまだ混乱しているんだけど……。まず、僕は夏輝じゃなくて春佳だよ」
「は??」
「それで、このボタンは友人から貰ったものでね。どんなことが起きるのかは伏せられていたんだ。で、気になったから智秋の制止を無視して押したら大量の煙が出てきて、吸い込んでしまった結果_____中身が入れ替わっちゃったみたいだ」
「はい??」
あはは、と笑う夏輝くん(?)。
……中身が入れ替わった?中身?……ま、まさか……!
「さ、さっきからみんなの言動がおかしいのって……」
「入れ替わっちゃったからだね☆」
「何で!?!?」
思わず叫んでしまった。けどしょうがないと思うの。だってまさか、人の中身が入れ替わるなんて非現実的なことが起こるとは思わないじゃん。そんな「君の名は。」みたいなことあり得ないじゃん、普通!
「ちょ、ちょっと現実離れし過ぎじゃないですか!?」
「いやあ、だってこれラブコメ小説だし」
「ギャグなら何しても許されると思ってるんですか!!」
「諦めろ、志季。こいつは前から身長がバカ高くなる薬だの性別が変わる煙だのやりたい放題してんだから」
ツッコむ私の肩に手を置き、春佳さん(?)はげっそりした顔で呟いた。その顔から日頃の苦労が滲み出ている。
と、とりあえず整理しよう。
春佳さん(智秋くん)、夏輝くん(春佳さん)、智秋くん(冬里くん)、冬里くん(夏輝くん)……で良いのかな。言動から想像するにこれで合ってるはず。
言動が荒い春佳さん、大人っぽい夏輝くん、無表情で無口な智秋くん、ニコニコ笑顔の冬里くんなんて見慣れなさ過ぎて頭が混乱する。
「ち、ちなみにそのボタンの効果ってどれくらい続くんですか……?」
恐る恐る春佳さんに聞いてみると、しばらく宙を眺めてからにこりと笑った。
「いつもの傾向からして、大体四時間くらいかな」
「よっ……四時間!?」
四時間って……それ、バイトがちょうど終わるくらいの時間じゃ……?つまり、このまま働かなきゃいけないってこと?
智秋くんもそれを察したのか「はあ!?」と声を上げた。
「四時間って……バイト終わりまでじゃねぇか!!せめて一時間とかだろ!」
「えー?そこまで言うなら分かったよ、科岳さんに改善するよう言っておくね」
「そもそも受け取んな!!」
い、入れ替わっても智秋くんに掛かる負担が何一つ変わってない……!!
「みんなー、準備できてるー?」
そうこうしている内に店長が奥からやって来た。
そ、そうだ……!この事店長に言ったほうがいいのかな……。でもこんな非現実的なこと呑み込める?
不安になりながらもとりあえず説明することにした。
「て、店長……。実は春佳さんが持ってきたボタンのせいでみんなの中身が入れ替わっちゃって……」
「ん?え?入れ替わり?」
「春佳さんが言うには四時間くらいで元に戻るらしいんですけど……」
「うんうん、なるほどなるほど。そういうことね」
私の話を聞いた店長は何度か頷くと。
「オッケー、理解した!」
遠い目をしながら親指を立てた。
……これ分かってないやつだ。理解に苦しんだ結果考えを放棄したらしい。
「もうこうなったら、それぞれお互いのフリをしてバイト終わりまでやり過ごすしかないですよね……?」
「そうだね。まあ、たった四時間だし大丈夫だと思うよ」
あはは、と笑う春佳さんを睨む智秋くん。瞳から「何笑ってんだ」という怒りが滲み出ている。
それにしても……大丈夫なのかなあ。春佳さんや智秋くんはともかく、残りの二人が心配だ。どっちも演技とか苦手そうだし、冬里くんに至っては演じる気すら無さそうだし。
もう私がフォローするしかない……!どうか何も起きませんように……!!
◆ ◆ ◆
「はるちゃん、なつちゃん。ご指名入ったよ〜!」
開店して10分ほど経った頃。早速二人に指名が入った。春佳さんはニコニコしているけれど智秋くんは不安げにため息を吐いている。
春佳さんの見た目でため息吐いてるところ見るの新鮮すぎるな……。
「なっちゃん、来たよ!今日はなんだか大人っぽい雰囲気だね」
お客さんがいつものように話しかける。
いつもの夏輝くんなら「よっ!えー、大人っぽいか?俺にはよく分かんねーけど」と返すだろう。そしてそれは春佳さんも分かっているはず。……だ、大丈夫だよね?
「……ふ」
春佳さんは小さく笑い、お客さんの顔を覗き込んで________。
「大人っぽい俺は嫌いかな?」
首を小さく傾げ、艶かしく目を細めた。
「(ちょっ……春佳さん!?!?)」
春佳さんの言動にとんでもない衝撃を受けたのか、お客さんは声を発することもなく呆けていた。
うん、だろうね。夏輝くんから色っぽいお姉さん仕草が出たら誰だってそうなるよ。
「どうしたんだい?固まって。せっかく二人になれたんだ、たっぷりお話ししようよ」
……ここで私は察した。春佳さんが夏輝くんのフリをする気などさらさら無いことに。考えてみれば混沌や面白さを追求するこの人が真面目に演じるわけが無かった。
「(智秋くんは上手くやってるかな……?)」
もう春佳さんのことは諦めて智秋くんの様子を見ることにした。
智秋くんは緊張した面持ちでテーブルに向かっている。私は彼の視線の先にいるお客さんの姿を見て________思わず「あっ」と声を出してしまった。
その人は私が初めてここで働いた時に春佳さんを指名していたサラリーマン。
「(い、嫌な予感がする……!)」
「こ、こんにちは。来てくれたんだね」
「もちろんです!それで、ご主人様……」
「は?ごしゅ……?」
「今日、僕はご主人様に会う為に仕事をサボってしまいました……!なので……」
________その嫌な予感は、悲しいことに見事的中してしまった。
「愚かな僕を、いつも以上に叱り罵ってくださいッッッ!!!」
勢い良くテーブルに頭を打ちつけるサラリーマンに、智秋くんはビクッと肩を震わせ一歩下がった。その瞳には恐怖と嫌悪が入り混じっている。
「キモ……」
更にはシンプルな罵倒が出た。そりゃそうだ。
けれど生粋のドMがそんな言葉で満足するはずもなく。
「どうしたんですかご主人様!いつもはそんなヌルい罵倒などしないのに!いつものように心を抉るような言葉をお願いいたします!!」
「っ……こ、この変態……!豚……!」
「本当にどうしてしまったのですか!?いつもならスラスラと言葉が出てくるのに!「変態」や「豚」なんてありきたりな言葉を使うなんてご主人様らしくない!!」
智秋くんの頑張りも虚しく、サラリーマンは不満げに叫んでいる。智秋くん……可哀想すぎる。
「さあ!早くこの卑しい僕を罵ってください!!」
「いやもう無理!!マジでキメェ!!何でよりによって春佳なんだよ!」
めちゃくちゃ小さく「せめて夏輝が良かった……」と零す智秋くんに同情せずにはいられなかった。本当に可哀想。
「しぃちゃん、指名入ったよ〜!5番テーブル!」
「はっ、はーい!」
店長から声を掛けられ、慌てて5番テーブルへ向かった。
みんなの様子はめちゃくちゃ気になるけど……私にも仕事はあるし、四時間ずっと見てるなんて無理だよね。本当に心配だけどしょうがない。
「ご指名ありがとうございます!しぃで_____あれ?」
テーブルに着き、挨拶をしようとお客さんの顔を見て言葉を止めた。
「さ、佐藤くん!?それに山田くんも!」
「やあ、月宮さん」
「やっぱ何度見ても学校と雰囲気変わんねぇな……」
なんと5番テーブルには山田くんと佐藤くんが座っていた。どうやら私を指名したのは佐藤くんらしい。
そういえば二人とも常連だって言ってたっけ。……こうしてクラスメイトの前でメイドをやるってなるとちょっと恥ずかしいかも。
「やっぱり月宮さんってメイド服似合うよね。凄く可愛いよ」
「えっ?あ、ありがとう……」
「地味なヒロインがメイド服を着て恥ずかしがりながら接客をしている場面って本当に可愛いよね……!」
「私の照れ返してくれないかな??」
勝手に頭で少女漫画を展開しないでほしい。
「山田くんは誰指名するの?」
「そりゃあ、ふゆちゃんに決まってんだろ」
既に指名しているのか上機嫌で待っている山田くん。まあ中身は夏輝くんなんだけど……。
大丈夫かなあ、夏輝くん。冬里くんのフリとかちゃんとできる……?
そんな不安を抱えていると、冬里くんが駆け足でこっちにやって来た。
「な、夏輝くん……!冬里くんのフリだよ……!?」
慌てて耳元で囁くと、夏輝くんは自信ありげに親指を立てた。うわあ、不安しかない……!
「ふゆちゃん♡今日も来たよ♡」
さっきまでの低い声はどこへやら、めちゃくちゃ甘い声で冬里くん(in夏輝くん)に話しかける山田くん。クラスメイトのこんな顔見たくなかったな……という今更過ぎる問題には目を逸らそう。
いつもの冬里くんなら無視か「そうか」くらいしか言わなそうだけど……。
「…………オウ、ソウカ」
冷たくするのが思ったより難しいのか、ギクシャクした動き&片言で話す夏輝くん。そりゃそうだ、夏輝くんは誰にでも明るく接するタイプなんだから。
「ふゆちゃん、なんか今日すげぇ動き固いね。もしかして俺の前だから緊張してるとか?可愛い♡」
キラキラした瞳で夏輝くんを見つめる山田くんに、何となくその思惑を察した。
彼は冬里くん……もといふゆちゃんに対してはドMだ。おそらく今の発言も本気で思っているわけでなく罵倒してもらいたいからわざと痛い客の真似をしたのだろう。そこまでして罵倒されたいのもちょっと気持ち悪いけど。
とにかく、冬里くんなら「臭い口でキモイこと言うなキモオタ」とかめちゃくちゃ冷たい声で罵るだろうな。簡単に想像できる。
ただ、夏輝くんがそれをできるかというと……正直無理だと思う。
「ウ……ウルセェ、ダマッテクエ」
実際ビックリするくらいの棒読みだ。流石の山田くんも怪しむレベルだよこれ。
「片言のふゆちゃんも可愛い♡♡」
「正気!?」
この状態の冬里くんを本人だと思ってるの!?明らか喋り方も動きも違うのに?
これが恋は盲目ってやつなのだろうか。それにしても盲目すぎる。
「ねえ、月宮さん……今日の雪乃くん、なんか変じゃない?」
「う、うーん……そうかな……?」
佐藤くんは気付いてるっていうのに……。
「ねえねえ♡今日も萌え萌えキュンしてほしいな♡♡」
と、何も気付いていない山田くんはいつものようにお願いをし始めた。これは、このお願いを冬里くんが面倒くさそうに「萌え萌えキュン」と棒読みでさっさと済ますところまでが一連の流れとなっているんだけども……。
もはや身体に染みついてしまっているのか、夏輝くんは冬里くんの真似をすっかり忘れてしまい。
「分かった!いくぞー?_____萌え萌えキュン!」
冬里くんなら絶対にやらないような元気のいい萌え萌えキュンを、ウィンク付きで決めた。
「あっ……!」
やばい、と思った頃にはもう遅く。
「山田ーーー!!」
「山田くーーーん!!」
予想外の萌えキュンに、山田くんは声も出さず椅子から転げ落ちて床に倒れた。慌てて佐藤くんと一緒に駆け寄ると、嬉しいのかそうじゃないのかよく分からない複雑な表情を浮かべていた。
「それどういう感情??」
「ふゆちゃんのウィンクが見れた嬉しさとふゆちゃんはノリノリで萌えキュンなんてしないっていう解釈違いが混ざって苦しんでる…………」
佐藤くんが困惑しながら問うと、山田くんは唇を噛み締め、死にかけのカスカス声で呟いた。オタクって難儀だな……。
「雪乃くんどうしちゃったの!?あんな風にノリノリで萌えキュンするような人じゃないのに……!」
「う……。……じ、実は……」
これはもう流石に隠せないな、と確信した私は佐藤くんにだけ事情を話すことにした。ちなみに山田くんは気絶していたので放置することにした。
全てを聞いた佐藤くんはしばらく考え込んで______。
「妄想が現実化するとか最高過ぎない……??科岳先輩に感謝しかないんだけど」
とガッツポーズをとって喜んだ。っていうか受け入れるんだ……。
「つまり、ふゆちゃんがノリノリで萌えキュンしたのは中身がなつちゃんだったからか……。桜井先輩が海瀬くんの中に入ってて、萩山くんが桜井先輩の中に入ってる……ってことは……」
佐藤くんはそこまで言って、何か思いついたのか「あきちゃんも指名で!」と声を上げた。何をしたいのかは考えたくもないので聞かなかったけれど、お金のほうは大丈夫なのか聞いたら「みんなに貢ぐ為に貯めてるから大丈夫」と真っ直ぐな目で親指を立てられた。なんか大丈夫じゃなさそう。
「…………お前か」
呼ばれた智秋くん、もとい冬里くんは佐藤くんの顔を見て少し面倒くさそうな顔をした。……智秋くんの顔で真顔になられると何か怖いな。
「雪乃くん!!どうか月宮さんとイチャついてください!!後生ですから!!!」
机に頭をぶつける勢いで頼み込む佐藤くん。わざわざ指名してそれ!?
「何言ってるの佐藤くん!?」
「だって!!冬里×志季と智秋×志季が同時に見られるなんてこんな贅沢なこともう二度とないかもしれないんだよ!?!?そんなの大金払ってでも見たいじゃんか!!!」
「本人を前にしてよく全部喋れるね!?」
冬里くんは「イチャつく」の意味があまり分からないのか首を傾げていた。だけど夏輝くんから「くっつくって意味じゃね?」と言われるとすぐ私の隣に立った。
「別に、金なんかなくても志季とはくっつく」
ぎゅう、と甘えるように抱き着かれて思わず顔が熱くなる。
冬里くんに抱き着かれるのはもう慣れてきているけど、智秋くんとなれば話は別だ。いくら中身が冬里くんだったとしても、やっぱり見た目が違うと全然別物なわけで。
「……ちょっ、ちょっと……冬里、くん……」
「何だ」
「は、離れてくれると……嬉しい、デス……」
手を前に出して少し距離を取ると、冬里くんは衝撃を受けたように目を見開いて固まった。今まで私に拒否されたことなかったからビックリしてるんだろうな。
「おまっ……なに俺の身体で抱き着いてんだ!!」
お客さんが帰ったのか、接客を終えた智秋くんが顔を真っ赤にしながらこっちにやって来た。
そんな智秋くんに、冬里くんは珍しく不機嫌そうに眉を顰めてじとーっと睨んだ。
「お前のせいで志季に嫌がられただろ」
「いや春佳のせいだろ!!」
それはそう。
「じゃあ俺が抱き着いたほうがいいのか!」
二人のやり取りを見ていた夏輝くんが思いついたように私に抱き着いた。
あ、中身が夏輝くんでも見た目が冬里くんだと全然恥ずかしくない。これならいいかも。
「はは!志季とこんなに距離近いことないからなんか新鮮だな!」
「冬里くんは私と身長近いもんね」
「は?おい、何でお前が抱き着いてるんだ」
和やかな会話をする私達に割って入る冬里くん。見た目が自分でも中身が違うから嫌なのかな……。
「……あれ?佐藤くん?」
そういえばリクエストした張本人が全然喋らないな、と振り返ると。
「さっ、佐藤くん!?!?」
佐藤くんは鼻血を出しながら音もなく床に倒れていた。慌てて駆け寄り顔を覗くと、その表情は驚くくらい安らかなものだった。
「春佳×志季と夏輝×志季まで見られるなんて…………もう死んでもいい…………」
「死なないで佐藤くん!!というか本当に見境ないな!」
「志季、もう一回」
「だから俺の身体でやんなって!!」
「じゃあ俺がやる!」
「えー?じゃあ僕も参加しちゃおっかな」
「ああもうぐっちゃぐっちゃ!!」
____かれこれバイト終わりまでの四時間、このカオスな空間をなんとか凌ぎきった四人は元に戻ることができた。
智秋くんは春佳さんに「もう二度と科岳先輩から貰ってくんな」と怒っていたが、当の本人は「えー」と笑っていただけなのでおそらくこんな状況がまた起きるんだろうなと悟った。
「ちなみにみんなのキャラ変、大好評だったからたまーにやっていこう!」
「二度とやらねぇ!!」
店長のキラキラした瞳に、智秋くんは心の底から叫んだ。