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恋するメイドくん。  作者: 藤代景
3/8

第3話 メイドくんと腕相撲

「おはようございまーす……」

「お、志季じゃん!はよ!」

「やあ、志季ちゃん。おはよう」

「……お、おはよう……」

「……おはよう」


 おずおずとドアを開けながら入ると先に来ていた四人が挨拶を返してくれた。既にメイド服に着替えているようで、全員学校で見た姿とは別人になっている。

 うーん、やっぱり慣れないなぁ……。


 更衣室でさっさとメイド服に着替えてみんなの元へ向かう。オープンまで時間がたっぷりあるからか、各々好きなようにダラダラと過ごしているようだ。


 と、春佳さんが思い出したように話し始めた。


「そういえば志季ちゃん、昨日は災難だったね。大丈夫?」

「え?」

「ああ、変な客に絡まれてたアレか。すげーしつこかったもんな」

「だ、大丈夫ですよ!ああいう人がいるっていうのもちゃんと分かってたし……それに、冬里くんが助けてくれたし……」


 そう言いつつ冬里くんを見てみるけれど、当の本人は興味無さそうにスマホを眺めているだけでこっちには見向きもしなかった。


「けど、何かあったら俺にも言ってくれよ?腕っぷしが強いのは冬里だけじゃないし!」

「え……ま、まさか夏輝くんもテーブル割ったりするの……!?」

「流石にあそこまではしねーけど、ヒビ入れるくらいのことはできる」

「二か月前もやってたもんな……」


 智秋くんの言葉に店長の顔を思い出す。

 冬里くんだけじゃなく夏輝くんまで壊してるなんて、店長の財布の中身えらいことになってるんだろうな……。


「でも……冬里くんと夏輝くんがテーブル壊せるくらい力が強いってなんだか意外だなあ」

「ああ、女装姿だと中々想像できないよね」


 春佳さんの言う通り、こんな綺麗な見た目をした人達がゴリラみたいな力があるなんて普通想像もできないだろう。……いや、正直男の姿だったとしても想像できないかも。


「じゃあ、腕相撲でもして体感してみる?」

「えっ!?な、何で腕相撲!?」

「それが一番分かりやすいかなって」

「ま、まあ分かりやすいですけど……」


 ______と、いうことで。

 春佳さんの提案により、冬里くん、夏輝くんと腕相撲することになった。流石に冬里くんも「めんどくさい」って言って断るかなーなんて思っていたけれど、あの真顔のまま「別にいいけど」の一言で受けてしまった。


「それじゃあ構えて……」


 夏輝くんの手をぎゅっと握り、腕相撲の構えをする。どうしてか夏輝くんは楽しそうな顔をしていた。

 ……ほ、本気でやらない、よね……?


「レディー……_________ゴー!」


 春佳さんの掛け声と同時に________私の手は机にぴったりとくっついていた。

 あまりの早さに思わず固まる。もはや音すらしなかったんだけど……。なんて呆気に取られていると、冬里くんが少し不機嫌そうに眉を顰めて夏輝くんに「おい」と声を掛けた。


「お前……力抜いてただろ」

「えー?本気でやったら志季の腕が折れちゃうだろ」

「折れるの!?」

「夏輝からすれば小枝と同じくらいだと思うよ」


 春佳さんの言葉に唖然とする。


「こ……殺さないでください……!!」

「だから殺さねーって!いくら夏輝が馬鹿でもそこら辺の加減くらいできるわ!」

「そうそう!智秋の言う通りだから安心してくれよ!」

「「馬鹿」には触れないんだ……」


 と、そんなこんなで冬里くんの番がやって来た。

 テーブルにヒビを入れる夏輝くんより、テーブルを真っ二つにする冬里くんのほうが強いのは明白だ。そして力を抜いてた夏輝くんに不満げだった様子からして、本気でやってくる可能性がある……!


 イコール________死!!


「(あ、相変わらず真顔……!本気でやろうとか思ってないよね……!?)」


 ぷるぷると震える手を冬里くんに握られる。この時点ではそこまで力を入れていないようだけれど、黙ってこっちをじっと見ているせいでどっちか分からない。

 助けを求めるように春佳さんを見るけれど、私の顔を見ながら面白そうにニコニコと笑っているだけだった。


 こ、この人……!私が怯えてる姿を見て楽しんでる……!!


「それじゃあいくよ?」

「えっ、ちょ、待っ_____」

「レディー……ゴー!」


 私の静止を遮るように、明らかにさっきよりも早くスタートさせた春佳さん。あまりの無慈悲さに絶望しながらも必死に力を込める。


 だけど冬里くんの手は一ミリも動かない。まるで岩や壁を押してるような感覚だ。向こうに倒そうと体重をかけても全く効果がなかった。

 チラッと冬里くんの顔を見てみると、彼は何故か真顔のままじっと私の顔を見ていた。


「(こ、怖い……!!何で私の顔じっと見てるの!?何考えてるの!?)」


 いっそのこと、夏輝くんのように一瞬で終わらせてくれたらいいのに。そう思うけれど冬里くんは力を込めるわけでも倒そうと動くわけでもなく、ただ私の様子を見てるだけ。

 正直言って怖い。表情が一切変わらないから余計に怖い。


「冬里、早く終わらないとオープン時間来るよ」


 春佳さんが時計を見ながらそう言うと冬里くんは少し力を込めた。瞬間、私の手はあっさりと倒されてしまう。だけど痛みは全くなくて、さっきまであんなに怖がってたのが馬鹿みたいに優しかった。

 そ、そうだよね。いくら冬里くんでも女子相手に本気でやらないよね……。良かった……。


「…………」


 自分の手を見つめながら握ったり開いたりする冬里くん。

 ……でもやっぱり何考えてるか分かんなくて怖いのは変わらないかも。


「志季ちゃん、どうだった?」

「どっちもすごく強かったです……!種類の違う強さっていうか……」

「二人ともゴリラもびっくりの怪力だからねぇ。……あ!そうだ」


 何か思いついたのか、春佳さんは悪い笑みを浮かべて振り返った。

「嫌な予感がする」なんて思う間もなく、彼は智秋くんの肩を掴んで私の前まで連れてきた。智秋くんは状況が理解できていないのか戸惑っている。


「智秋ともやってみる?」

「は!?」

「え……智秋くんと?」

「智秋の力って一般男子よりも弱いから、もしかしたら志季ちゃんでも勝てるかもしれないよ」


 めちゃくちゃボロクソ言うじゃん……。まあ、もちろん私は良いけど……智秋くんは嫌がるんじゃないかなぁと思う。女子にあんまり耐性ないみたいだし、「そこまで仲良くない」って言ってる私の手に触れるの嫌かもしれないし。


「別に俺は弱くな____いやそれよりも、何で俺がこいつと!お前がやれよ!」

「いやあ、僕は腕相撲弱いから遠慮しておくよ。それに……智秋と志季ちゃんには仲良くなってほしいからね」

「顔に「面白そう」って書いてんだよ馬鹿!!!」

「何言ってるの。僕は別に「女子耐性のない智秋に志季ちゃんと腕相撲させたら絶対面白いことになるだろうな」なんて一ミリも思ってないよ」

「この野郎!!!!!」


 昨日から薄々思ってたけれど、春佳さんの行動原理って「面白いか面白くないか」なんだろうな。めちゃくちゃ厄介だ……。


「まあ別に、志季ちゃんに負けるのが怖くてやらないって言うのならそれでもいいけど……」

「はあ!?!?別に怖くねーし!!腕相撲でも何でもやってやるっつーの!!」

「さっすが智秋!ってことでやってくれる?志季ちゃん」

「は、はい……」


 智秋くん……あまりにもチョロすぎる。いつか悪い人に騙されないか心配だよ……。


「さあ、構えて」


 おずおずと智秋くんの手を握る。一瞬ビクッと肩を震わせていたけれど、春佳さんの言葉が響いてるのかそこまで照れる様子はなかった。真剣な面持ちで握った手を見つめている。


「それじゃあいくよ?レディー……ゴー!」


 掛け声と同時に思いっきり力を込める。

 確かに智秋くんは夏輝くんや冬里くんと比べるとだいぶ弱い。だけどやっぱり男の子だからかそこそこの力があって、私の力じゃ勝てそうにもない。


「(よし、勝てるぞ……!!このまま押し切ってやる……!)」

「流石に智秋のほうが強いかあ。まあ、そりゃそうだよね。相手は《《女の子》》だし」

「…………あ」


 もう少しで完全に倒れてしまう、と思った……その時だった。

 春佳さんが「女の子」を強調した途端、智秋くんの動きが止まってしまった。突然のことに不思議に思って顔を見てみると、彼の顔は林檎みたいに真っ赤に染まっていた。


「(そっ、そういや俺、女子と手握ってるんだった……!!じょっ、女子……女子の手……小さくて……柔らかくて……あったかくて……す、すべすべで_____)」

「智秋くん、どうし_______うわっ!?」


 どうしたの、と言い終える前に智秋くんの手の力が完全に抜け、そのままあっさりと逆転してしまう。

 きゅ、急に力が抜けるからビックリした……。


「ち、智秋くん?どうしたの?大丈夫?」


 もう一度声を掛けてみるけれど、智秋くんはカオナシみたいに「あ……」とか「う……」しか言わなくなってしまった。


 心配する私を他所に、春佳さんは満足そうな笑みを浮かべて智秋くんを別のテーブルへ移動させた。その間も抵抗は一切していなくて。

 あの智秋くんが大人しく運ばれるなんて……本当に大丈夫なのかな……?


「あ、あの……智秋くんは大丈夫なんですか?」

「ああ、大丈夫大丈夫。予想通りのことになっただけだから」

「お前……やっぱり性格悪いな」

「良い性格してるって言ってほしいね」


 冬里くんの呆れた視線ににっこりと笑って返す春佳さん。良い性格してるって自覚はあるんだ。


「それより……これで分かってくれたかな?女子顔負けの可愛さを持っていても、力はちゃんと男だってこと」

「自分で言うんですね……。でも確かに、三人とも想像以上に強かったです」


 ……ふと、ある疑問が頭に浮かんだ。


「あの、ちょっと気になったことがあるんですけど……」

「気になったこと?」


 智秋くんは放心状態だから置いておくとして……。


「夏輝くんと冬里くんが腕相撲したらどっちが強いのかなって……」


 そう言った瞬間、空気が一瞬凍ったような気がした。

 も、もしかして……聞いちゃいけないことだったのかな……!?そう思って慌てて「やっぱりいいです」と取り消そうとしたけれど、夏輝くんがバッと立ち上がってそれを遮った。


「良いじゃん!やろうぜ、冬里!」

「……え?」

「え、本気でやる気?流石にそれは……」

「ちょっとだけ!ちょっとだけだから!な?」

「……冬里は?」

「めんどくさいしやる意味がないから断る」

「ええっ!?」


 私とやる時は「別にいいけど」なんて言ってたのに!?気分が変わったのか単純に夏輝くんとやりたくないのか、どっちなんだろう。


「は、春佳さん……!どうするんですか……!?」

「うーん……二人が本気で争ったら店がめちゃくちゃになる可能性があるしなぁ……」

「そんなに!?」

「ん~…………まあでも……面白そうだからいっか!」

「春佳さん!?!?」


 あんなに悩んでいた春佳さんは結局「面白そう」という理由で二人の腕相撲を許可してしまった。流石にやばいことを伝えるけれど、春佳さんの意思は変わらず。こうして春佳さんと夏輝くんがやる気になってしまった。

 だ、だけど冬里くんはやる気なさそうだから大丈夫かも……?


 そんな私の考えは一瞬で覆されることとなる。


「冬里、ちょっと……」

「……?」


 春佳さんがこそっと冬里くんに耳打ちした、次の瞬間。


「______夏輝、やるぞ」

「お、やっとやる気になったか?」


 冬里くんはすっかり真剣な面持ちでテーブルについてしまった。

 は、春佳さん!?何言ったの!?!?


「冬里くんに何言ったんですか!?」

「夏輝に勝ったらパンケーキ奢ってあげるって」

「パンケーキ!?」


 冬里くん、甘党だったんだ……ってそんなことはどうでもよくて。


「だ、大丈夫なんですか……!?」

「なんだかんだ言って二人とも馬鹿じゃないし、力加減くらいすると思うよ」

「そ、そうですかね……」


 二人と付き合いの長い春佳さんがそう言うのなら大丈夫かな……。少し不安を抱えたまま二人の勝負の行方を見守る。

 手を握り合った二人が睨み合う。夏輝くんは楽しそうにしているけれど、冬里くんは相変わらず真顔だった。だけどその真っ赤な瞳からどこか戦意のようなものを感じる。


「さあ、構えて……レディー…………ゴー!!」


 掛け声と同時に冬里くんが夏輝くんの手を倒しにかかる。だけど夏輝くんはギリギリでそれを食い止め、反対側に押そうと力を込めた。ミシミシと鳴るテーブルに緊張感が走る。


「やっぱ冬里はつえーな……!」

「……お前もな」


 再び手の位置が真ん中に戻り、しばらくその状態が続く。

 可愛い女の子のような顔なのに腕が男らしいという異様な光景に頭が混乱する。勝負がどうとかの前にこっちが情報過多で倒れそう。


 ___と、ついに保たれていた均衡が破られようとした。


「____悪いが、パンケーキの為にもさっさと勝負をつけさせてもらう」


 冬里くんはそう言うと夏輝くんの手をテーブルにつけようと思いっきり力を込める。


「っ、させるかよ!!」


 だけど夏輝くんも負けじと押し返す。どっちが勝つか皆目見当もつかないこの状況に、全員(智秋くん以外)が息を呑んだ。

 ______そして……その時はやって来た。


「みんなー、そろそろオープンするよー」

「「あっ」」


 店長が私達を呼びに来て、私と春佳さんが思わず声を漏らしたのと同時に_____二人が勝負していたテーブルが良い音を立てて真っ二つに割れた。


「「あっ」」


 壊れたテーブルに二人も声を漏らす。そして……。


「て……てっ……テーブルがあああああああ!!!!」


 店長は悲痛な叫びを上げた。


「あっちゃ~……やっちまったな」

「……勝負はどうなるんだ」

「まあ、今回は引き分けでいいんじゃないかな?キッチリした勝敗は今度ってことで」

「おい待て、引き分けだとパンケーキが食べれない」

「今回は特別に奢るから。ね?」

「…………ならいい」

「ちぇっ。やっと冬里との勝負に決着が着くと思ったのになぁ」


 三人は和気あいあいと喋っているけれど、こっちはそれどころじゃない。

 二人が力を込め過ぎたせいで壊れたテーブルを唖然とした様子で見つめる店長に恐る恐る声を掛けた。


「あ、あの……店長…………」

「…………お前ら……何回テーブル壊したら気が済むんだ!!しかも冬里に至っては昨日に続いて!いい加減力加減覚えろ!!!」

「だから言ってるだろ。力込めただけで壊れるやわなテーブルが悪い」

「お前らの力に耐えられるテーブルなんてこの世にないわ!!!ああ…………俺の給料が…………」


『なんだかんだ言って二人とも馬鹿じゃないし、力加減くらいすると思うよ』って……あれは何だったんだろう……。

 改めて、店長と智秋くんの苦労が分かった気がした。

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