第2話 メイドくんと初仕事
「女装喫茶ぁ!?!?」
「ちょっ、声が大きい!!」
立ち上がって叫んだみっちゃんの肩を掴んで無理矢理座らせる。一瞬クラスメイトの目が集まって気が気じゃなかったけれど、すぐにその視線は外された。その様子にホッと安堵の息を吐いて自分も座ることにする。
「それマジなの?」
「マジだよ……!っていうかみっちゃん知らなかったの……!?」
「お兄ちゃんからはメイド喫茶としか聞いてなかったもん。マジかー……お兄ちゃん、女装喫茶に通ってたんだ……」
「うん……それに関しては心中お察ししますなんだけどさ……」
私にもお兄ちゃんがいるからその複雑な気持ちは分かる。私だってお兄ちゃんが女装喫茶に通っていることを知ったらしばらく顔が見れなくなるだろうし。
「それにしても……採用後だったとはいえ、よくそのまま受け入れてくれたわね」
「本当にね……。従業員の人達もほとんど歓迎モードだったし……」
「それで?早速今日働くの?」
「うん。なんだけど……不安でしょうがなくって……」
多分堂々としていれば女の子だとバレることはないんだろうけど……それでもやっぱり不安なものは不安だ。
なにより萩山くんの反応……。たった一日で考えが変わってるわけもないし、きっと今日も冷たい態度を取られるんだろうなと思うと身体が重くなる。
雪乃くんも拒否こそしていなかったもののどうでもよさそうな顔をしてたし、彼に頼るのは難しそうだ。怖いし、桜井さんか海瀬くんの近くにいようかな……。あの二人なら優しく教えてくれそう。
「まあ元気だしなって。何かあったら私が乗り込んでやるからさ」
「み、みっちゃん……!!」
「とりあえずなんか食べながら話そ。このままだと昼休み終わっちゃうし」
「そうだね。お腹も空いたし_________って、あれ?」
「ん?どうしたの、志季」
お弁当を出そうと鞄の中を漁って……やらかしに気付く。
____お、お弁当家に忘れた……!!
あまりの絶望に頭がクラッとして机に突っ伏す。その様子だけで何も言わなくても察したらしいみっちゃんが「あー……」と同情の声を漏らした。
いつもなら絶対に忘れないのに……昨日の衝撃がずっと頭から離れなくてぼーっとしてたせいだ……。自業自得……。
「私のおかず食べる?」
「だ、大丈夫……。ちょっと購買で何か買って来るね」
「購買って……この時間じゃ、結構混んでるでしょ」
「でもおかず貰うのは申し訳ないから……。あまりにも遅かったら先に食べてて!」
「あ、ちょっと……志季!」
みっちゃんを待たせないようにと早足で教室の扉を開けて一歩進んだ_____その時だった。
「きゃっ!?」
「…………」
扉の前にいたらしい人とぶつかってしまった。その勢いのまま後ろに倒れそうになって慌てていると、目の前の人が素早く腕を掴んで阻止してくれた。そのことにホッと胸を撫で下ろしつつ、すぐに顔を上げ「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にする。
ぶつかった挙句助けてもらって迷惑ばかりかけちゃうなんて……今日の私は本当にツイてない。
_______だけどその顔を見た瞬間、思わず固まってしまった。
「…………別に」
そう抑揚のない声で喋る男の子は、私がよく知る人物だったから。
「(こ、この人…………雪乃冬里くんだ!!)」
雪乃冬里くん。うちの学校の中ではトップクラスにイケメンだと大人気の男子。毎日告白されてるって噂だし、一人でいるといつも女子に囲まれてるし、私とは全く無縁の人。
同じクラスなことは知ってたけど、卒業まで一切関わらないだろうと思って気にしてなかった。まさかこんなことで関わるなんて……!
「(……ん?雪乃冬里?なんかデジャヴを感じるような……?)」
何だか違和感を感じて首を捻っていると。
「おい、冬里。何してんだよ」
「……知らないやつとぶつかった」
「ぶつかったって……お前、またぼーっと歩いてたのか?」
「冬里とぶつかったやつ大丈夫か?吹っ飛んでねぇ?」
「お前は冬里を何だと思ってんだよ」
彼の後ろから、二人の男子がやって来た。……あ、この二人も有名だ。冬里くんと同じくくらいモテるしファンクラブもあったはず。
確か名前は……。
「(海瀬夏輝くんに萩山智秋くん……って、あれ?)」
違和感が疑問に変わろうとして……。
「……ん?___________あーーーっ!!昨日のやつ!!」
「…………へっ?」
萩山くんの叫びによって、その疑問は確信へと変わった。
何で私は昨日の時点で気付かなかったんだろう?よく見たら……アマリリスで会った人達と全く同じ顔をしているのに。
「う、うっそお…………」
あまりの衝撃に、心配そうに後ろから声を掛けてくれたみっちゃんの声は全く耳に入らなかった。
◆ ◆ ◆
「なあ智秋、何でわざわざ屋上に来たんだ?」
「ここなら滅多に誰も来ないだろ」
「あ、あの……誰にも言わないんで殺さないでください……」
「見つからないよう殺す為に屋上に呼んだわけじゃねーよ!!」
あれから萩山くん達に連れられて屋上へやって来た私とみっちゃん。
誰も来ないという発言にまさかの事態を予想して命乞いしたけど違ったようだ。口留めに殺されなくて良かった。
「つーか何で関係ないそいつまで居るんだよ」
「ご、ごめん。どうしても行きたいって言うから……」
「そりゃ推し達が女装して働いてるなんて聞いたら居ても立っても居られないでしょ(あんた達が志季に酷いことしないか心配で来たのよ)」
「みっちゃん、本音と建前が逆になってるよ」
そういえば普段から雪乃くん達を見て楽しそうに笑ってたな、とぼんやり思い出す。さっきから震えてたのは喜びと興奮からだったんだ……。
「で、でも!みっちゃんは誰かに言ったりする人じゃないから安心して?」
「…………本当だろうな」
「ほんとほんと。てか言ったところでそうそう誰も信じないでしょ」
「まあ……」
女子に人気の三人が女装してメイド喫茶で働いてる、なんて信じ難い情報をそう簡単に信じる人はいないだろう。実際、私もアマリリスに行って会ってなかったら信じていないと思う。
萩山くんは少し考え込んでから、「おい」とぶっきらぼうな声で私に話しかけてきた。
「この際、店で働くことはもう反対しねぇ。店長が良いって言うならしょうがないし。けど絶対に!誰にも!アマリリスのことは言うなよ!?」
「もっ、もちろんです!!」
萩山くんの圧に、冷や汗をかきながら強く頷く。
私自身が働いてることだって言えないのに、萩山くん達のことをバラすなんてできるわけがない……!!
「それよりも……まさか推し……じゃない、学校のイケメン達が女装喫茶で働いてるとはね。全員同じクラスなのに全然分かんなかったわ」
「言っとくけど、俺は冬里達と違って好きでやってるわけじゃねーから勘違いすんなよ!」
「え?じゃあどうして……?」
「夏輝に騙されたんだよ。「智秋にピッタリなバイトがあるから一緒にやろう」とか言われて……」
「だって智秋、女みたいな顔してんじゃん」
「お前もな!?」
「夏輝はまだ男らしいけど、智秋は仕草とか色々女だろ」
「んなわけねーだろふざけんな!!」
淡々と述べる雪乃くんに顔を赤くしながらツッコむ萩山くん。私からすれば正直どっこいどっこいな気がするけど……。
でも確かに……全員顔が整っているけど、どっちかというと「かっこいい」というよりは「可愛い」や「美人」という言葉のほうが似合うような感じがする。目は大きいし、まつ毛も長いし、肌も陶器みたいに綺麗だし、身長もそこまで高くないし……。
だからこそ、昨日のような女装姿だと一発じゃ男の子だと分からない。
「あ、そういえば……桜井さんは?別の学校?」
「春佳?春佳もこの学校だよ。一個上の三年生だから一緒じゃないだけ」
「三年生!?」
海瀬くんの言葉に驚いて昨日のことを思い出す。
確かに四人の中じゃ一番大人っぽかった……気がする。だから自然とさん付けで呼んでたわけだし。だけど本当に年上だったとは。
……いや、それよりも……。
「五人とも同じ学校ってどんな確率?」
「うん……本当にね……」
みっちゃんの言葉に苦笑いを零す。一人や二人ならまだしも五人って……。
「っていうかその桜井って、もしかして桜井春佳さん?」
「え?みっちゃん、知ってるの?」
「そりゃ、イケメンだし女子に人気だし知ってるに決まってるじゃん」
「そ、そっか……」
「で!桜井先輩ってどうなの?やっぱり噂通り優しい?」
「うん。優しくて頼れそうな、凄く良い人だったよ。昨日助け船を出してくれたのも海瀬くんと桜井さんだったし……」
私がそう言うと、海瀬くんは不思議そうに目を丸くし、萩山くんは引いたようなで私を見た。雪乃くんは相変わらず真顔だったけど、「優しい……?」と頭を傾げている。
……え、何?この反応は。
「お前……春佳が優しいってマジで言ってんのか……?」
「え?え?ち、違うの?」
「んー……まあ、女子には優しいよな。俺らには全然気遣わないけど」
「気遣わないどころか、からかって反応見て遊ぶようなやつだぞ……!?」
「……良い奴だとは思う。けど、優しくはない」
「そ……そうなんだ……」
三人が満場一致で「優しくない」と言い切ってしまった。あんなに優しい顔して庇ってくれたのに……?と、昨日のことを思い出しながら困惑する。
も、もしかして……そこそこ仲良くなったら私も同じ目に遭うんだろうか……。それはちょっと遠慮したい。
「つーか、それよりさ!」
「_____えっ!?」
そんな想像をしながら遠い目をしていると、海瀬くんが突然私の手をぎゅっと握った。驚いて視線を合わせる。彼は綺麗な海色の瞳をキラキラと輝かせながら、にぱっと笑った。
そのキラキラした笑顔に少し胸が高鳴って顔が熱くなる。
「俺達、もう友達じゃん?せっかくだから名前で呼び合おうぜ!」
「へっ!?名前!?い、いいの……?」
「もちろん!これからは「夏輝」でいいぜ!」
「え、えっと……な、夏輝……くん……?」
「おう!よろしくな、志季!」
「うっ……!!」
あまりにも眩しい笑顔に目を瞑った。光ってないはずのに光って見える……これが真の陽キャ……!!
「みっちゃん?も名前呼びでいいぜ」
「推しに名前呼びするのもされるのも恥ずかしいから私は別にいい。みっちゃんじゃなくて市塙でよろしく」
「そっか~、おっけ!で、冬里はどうする?」
「俺は別にどっちでもいい」
「おし!じゃあ名前呼びな!」
海瀬くん……じゃない、夏輝くんの即決により雪乃くんも名前呼びをすることになった。本当に大丈夫か確認したけれど、雪乃くんは「別に嫌じゃないからいい」としか言わなかった。
雪乃くんって本当何考えてるかよく分かんないな……。
「智秋は?」
「はあ?どうって……会ってすぐに名前呼びとかあり得ないだろ。別に仲良いわけでもないのに」
「えー?でも、これから一緒に働く仲間なんだぜ?苗字で呼び合ってたら他所他所しいじゃん」
「だからって急に……」
「い、いいんだよ!別に無理に呼ばなくても……!」
「気にしなくていい。照れてるだけだから」
「照れてねーよ!!適当なこと言うな!!」
サラッと言った冬里くんにまたツッコむ萩山くん。夏輝くんは変わらない笑みで二人を見ている。冬里くんと萩山くん、いつもこんな感じなのかな。だとしたら萩山くんの労力が凄いけど……。
そんなことを思っていると萩山くんは顔を少し赤らめ、そっぽを向いて口を開いた。
「照れてないなら呼べばいいだろ」
「っ……!わ、分かったよ!名前で呼べばいいんだろ、呼べば!!………………し、…………志季…………」
「あ、ありがとう。よろしくね、智秋くん」
名前を呼ぶと、智秋くんは顔を更に真っ赤にして俯いてしまった。その様子に首を傾げていると冬里くんが「智秋は女子耐性がないから」と説明してくれた。どうやら、さっきの「照れてるだけ」という発言はあながち適当でもなかったらしい。
いつも女子に囲まれてるのに女子耐性が無いなんて……ちょっと可愛いかも。なんて、そんなこと言ったら怒られるから言わないけど。
「かっ、勘違いすんなよ!!別に照れてるとかじゃねーから!た、ただ……じょっ、女子の名前呼ぶの久しぶり過ぎて戸惑っただけだから!!」
「あんまり意味変わってない気がするけど……」
「うるせぇ!!とにかく勘違いすんな!!」
「は、はい……」
ツンデレ女子みたいなこと言ってる……。
「確か今日、志季もシフト入ってたよな?」
「うん。夏輝くん達も?」
「そ!だから一緒に行こうぜ!」
「あ、ありがとう……」
サンドイッチを頬張りながら笑顔を浮かべる夏輝くんに思わず照れてしまう。
昨日見た時は可愛いと思ってたけど……こうして見るとやっぱり男の子って感じがする。だからか、ちょっとしたことで照れちゃうな……。
これからしばらく一緒に仕事するんだし慣れないと……!
◆ ◆ ◆
「アマリリスって、学校から少し遠いんだね」
放課後になり、アマリリスに向かっていた時に気になったことを三人に聞いてみる。学校から思ったより距離があって、毎日通うのは少し大変そう。
だけど智秋くんは困ったように頭を掻いてため息を吐いた。
「そんなもん、学校から近いとこで働けるかよ。絶対バレるに決まってる」
「あ、そっか」
「まあ、何人かにはバレてるみたいだけどな!」
「やめろ。あいつらのこと思い出させんな」
夏輝くんの言葉に苦い顔をする智秋くん。
知ってるのは私とみっちゃんだけだと思ってたけど、他にもいるんだ。智秋くんの表情から察するにあまり知られたくなかった部類の人みたいだけど……一体どんな人達なんだろう。一度会ってみたいな。
そんなことを思っているとあっという間にアマリリスに着いた。さっさと中に入っていく冬里くんを追いかける。まだ営業はしておらず、お客さんは一人もいない状態だ。
すると中には店長と桜井さんらしき人がいた。
桜井さん……だよね?昨日と姿違うから確信は持てないけど、片目隠れてるし赤髪だし合ってる……はず。
困惑しながらも慌てて店長に頭を下げて挨拶をすると「みんなと違って真面目だね~」なんて言われてしまった。普段どんな態度取ってるの、みんな……。
「やあ、月宮ちゃん。昨日ぶりだね」
「桜井さん!こ、こんにちは……!」
「先に来てたのか」
「HRが早く終わったからね。そんなことより……」
桜井さんは智秋くんと私の顔を交互に見ると、楽しそうにクスッと笑った。
「昨日あんなに反対してたのに、一緒に来るなんて……もうすっかり仲良くなったんだね」
「は?…………は!?」
最初は怪訝そうにしていた智秋くんだったけれど、桜井さんの言葉の意味を理解したのか一気に顔を真っ赤にさせた。その様子にまた楽しそうに笑う桜井さん。
なるほど……夏輝くん達の言っていた意味が分かったかも。
「そそそそそそそんなわけねーだろ!!別に仲良くなんかない!!」
「うーん、相変わらず分かりやすい反応」
「そうだ!春佳も名前で呼び合おうぜ!」
「え?名前?」
「えっ!?」
夏輝くんの突然の言葉に思わず思いっきり振り向いた。
さ、桜井さんを名前で……?で、でも桜井さんは年上だし……三人みたいに色々話した仲ってわけじゃないし……そもそも会ったばかりの人に気安く呼ばれるの嫌かもしれないし……。
ぐるぐるといろんな考えを巡らせている私を他所に、桜井さんはあっさり「もちろんいいよ」と頷いた。
「い、いいんですか!?」
「断る理由がないからね。それに、他の三人は名前呼びなのに僕だけ他所他所しいなんて悲しいからさ」
「そ、それは……そうかも……」
「そういうことで改めてよろしくね、志季ちゃん」
「は、はい!は……春佳さん!」
優しく微笑まれてまたドキッとしてしまう。
桜井さんに限らずみんなそうだけど、女装した姿は「可愛い」で済むのに男の姿だとかっこよすぎて心臓に悪い。こうして微笑まれたり優しくされるとどうしてもときめいてしまう。心臓持つかな、私。
「それじゃあメイド服に着替えてもらおうかな。あ、月宮さんは右の更衣室ね。流石に四人と一緒に着替えるわけにはいかないだろうし別の部屋使って」
「わ、分かりました!」
店長の気遣いに感謝しながら更衣室へ入る。
自分の名前が書かれたロッカーを開けると、中には可愛いメイド服が入っていた。広げてじっくりと見てみる。スタンダードというか、一般的に見るメイド服だ。だけど所々に私の髪と同じ茶色の刺繍があしらわれていて可愛い。
これを着て働けるんだと思うだけで胸が踊り出すような気持ちになる。
ついに……ついに憧れのメイド喫茶で……!
「(……って言っても女装喫茶だけど……)」
しかも私、女装じゃないし……女の子だし……。
い、いや……でも大丈夫!不安はあるけどみんないい人だし!智秋くんもただのツンデレだと思えばそこまで怖くないし!いける……私なら大丈夫……!
初めてのメイド服を緊張しながら着つつ、「大丈夫だ」と自分に言い聞かせて更衣室を出る。
「す、すみません!お待たせしました!」
「いやいや、大丈夫。お、似合ってるね!流石女の子だ」
「あ、ありがとうございます……へへ……」
店長から褒められ照れていると、向こうのドアがゆっくり開いた。もしかして冬里くん達かな?と顔を上げて_______思わず固まった。
「(か_____________顔が良い!!)」
出てきたのは私の予想通り冬里くん達だった。だけど……さっきよりもずっと輝いて見える。それぞれデザインの違うメイド服を纏い、綺麗な髪をなびかせながら出てくるその姿はまさしく女子。ミスコンもビックリの美少女だ。
喋らなければ誰も彼らが男子だということに気付かないだろう。実際、私も一切気付かなかったわけだし。
あまりの可愛さに顔が一気に熱くなって鼓動が早くなる。男だとか女だとか関係ない。この可愛さにときめかないほうがどうかしてる。もはや眩し過ぎて目が開けられれないレベル……!
「……何で目を塞いでるんだ?」
「い、いや……その……みんな可愛すぎて……!」
不思議そうに聞く冬里くんにおずおずと答えると、春佳さんがにっこりと笑いながら「志季ちゃんも可愛いよ」と言ってくれた。その喜びでまた鼓動が早くなる。
こ、この姿のみんなと喋るの心臓に悪い……!!
「それじゃあ、早速キャラを決めようか」
「……キャラ?」
「接客するにあたって、どんな性格でいくかってこと。仕事内容も大事だけど、やっぱりキャラは重要だからね」
「なるほど……?」
店長の言葉に相槌を打つものの、あまりその意味は理解できなかった。
メイド喫茶でキャラって……大体「いらっしゃいませ、ご主人様♡」っていう感じなんじゃないの?アイドルとかならキャラ付けするっていうのも分かるんだけど……。
「ちなみに、四人はどういうキャラで……?」
「春佳はお姉さん系、夏輝はギャル系、智秋はツンデレ系、冬里はクール系でいってるよ」
「……なんていうか……あんまり素の性格と変わらないような……」
みんないつもの性格と一緒な気がするんだけど……。そう思って呟くと、店長は「そのほうがやりやすいかなって」と笑った。
ま、まあ冬里くんがギャル系とかどう考えても合わないし難しいもんね……。
「素の性格と変わらないって何だよ!俺はツンデレじゃねぇ!!」
「あ、自覚ないタイプだったんだ……」
「俺も別にギャルじゃないぜ?」
「ああ、確かに。夏輝はギャルではないかも」
「え、そうなんですか?」
「ピースして「マジ」を付けてればギャルだと思ってる」
「解像度低っ!!」
まあとにかく、と店長が手を叩く。
「四人と被らないようなキャラでやってくれたらいいから。まあ素の性格が被ってないから大丈夫だとは思うけどね」
「は、はあ……。あの、確か八人いるんですよね?残りの四人はどういうキャラなんですか?」
「ああ、そういえば言ってたね。確か……ヤンキー系、お嬢様系、王子様系、メスガキ系だったかな」
「めちゃくちゃ濃い……」
普通のメイド喫茶では聞かない単語ばっかりなんだけど……。
あまりの濃さに戸惑っていると、春佳さんが何か思いついたのか「そうだ」と顔を上げた。
「普通に健気系でいったら良いんじゃない?被ってないし志季ちゃん自身もやりやすいだろうし」
「け、健気系ですか……?」
「おお、いいじゃん!よく分かんないけど合ってんじゃね?」
「よく分かんないのかよ!」
「……俺もそれでいいと思う」
「じゃ、じゃあそれでいこうかな」
私が健気……?と困惑しつつも、まあ被ってないならいっか……と受け入れることにした。みんなと比べるとキャラも普通だし苦労はしなさそうだし……。
「それじゃあ、次は名前だね。メイド喫茶が好きなら知ってると思うけど、お客様の前では本名じゃなく仮名で働くことになる。本名から取ってもいいし、逆に全然関係ない名前にしてもいい。あ、接客中はみんなのことは源氏名で呼ぶようにね」
「は、はい!うーん、名前かあ……。ちなみに四人はどういう名前で?」
「みんなは本名から取ってるよ。春佳ははる、夏輝はなつ、智秋はあき、冬里はふゆって言う感じで」
「安直!!」
「別に名前なんて何でも良かったからな」
「本名じゃなきゃ何でもいいかなーって」
冬里くんといい夏輝くんといい適当過ぎる……!!さっき知り合いにバレないか心配してたけど、正直この適当さで働いてたらいずれバレると思うよ……!?
ま、まあ学校から遠いし、女装喫茶が趣味な高校生なんてそうそういないだろうからいい……のか……?
「でもお前の名前、二文字だろ。俺達みたいに頭の漢字から取るって無理なんじゃねーの?」
「あ、確かに……」
「じゃあ「しぃ」で良いんじゃね?可愛いし覚えやすいしさ」
夏輝くんの提案に、店長は「いいね!」と親指を立てた。
『しぃ』か……確かに可愛いし覚えやすいかも……。しかも本名から取ってるから呼ばれても反応できないなんてミス犯さないだろうし……。うん、それでいこう。
「じゃあ、夏輝くんの案で……」
「サクサク決まっていくねぇ。嬉しいよ。さて、じゃあ最後に仕事内容について……といっても普通のメイド喫茶とそう変わらないよ。お客様を「ご主人様」って呼んで、「お帰りなさいませ」「いってらっしゃいませ」を言う。あとはオプションサービスがあってね。ウチにあるのは『料理にケチャップで絵を描く』『一緒にチェキを撮る』『あーんする』とか。あとは『言ってほしい言葉を指名したメイドに言ってもらう』っていうのがあるんだけど、これは言いたくないなら気軽に拒否してくれて構わないから安心して」
「な、なるほど……?」
「まあ、詳しいことは春佳達に教えてもらうのが一番良いかもね。もう少しでオープンするし、みんなの傍で接客してみて」
「わ、分かりました!」
不安しかないけど……とにかく頑張るしかない……!!
◆ ◆ ◆
と気合を入れたものの……誰に教わるか決めてなかったな。
一番気軽にあれこれ聞けるのは夏輝くんだけど、あの性格上聞いても「よく分かんねーけど、気合でなんとかなんじゃね?」で終わりそう。
かと言って智秋くんはちょっと怖くて聞きづらいし……冬里くんは人に教えるの一番下手そうだし……。どう聞いても「……別に、考えてやってない」か「適当にやればいい」のどっちかが返ってくる未来しか見えない。
となると……消去法で春佳さんしかいない……!
「は、春佳さ……はるさん!傍で見ててもいいですか……?」
「ん?良いけど……むしろ僕で良いの?性格上、あまり参考にならない気がするけど」
「それはそうなんですけど……その……ちゃんと教えてくれそうなのは、はるさんかなって……」
「あー、確かにね」
春佳さんは笑いながら周りを見渡した。それにつられて私も顔を上げる。
「ご主人様、らっしゃっせー!」
「なっちゃんは今日も可愛いね~!居酒屋っぽい挨拶も癖になっちゃったよ。あ、そうだ。ね、ギャルっぽいポーズしてよ」
「あ?あー……あーね、ギャルっぽいポーズね。ほい!」
「相変わらずすっごいフワフワしたギャル像!!可愛い!!」
「あきちゃん、今日も来たよ!」
「ふ、ふん!別に嬉しいとか思ってねーし!」
「相変わらずツンデレだなぁ。今日はちょっとお腹空いててさ、オムライス頼もうと思ってるんだけど呪文唱えてくれない?」
「は、はあ!?何でそんなこと……!!」
「やっぱり恥ずかしいか……。じゃあ、練習しよう!さん、はい!」
「う……あ…………。………………も、萌え……萌え……っ、きゅん…………っ!ぐっ……殺せ……!!」
「オムライス」
「ありがとう!ねえねえ、ふゆちゃん。僕も「萌え萌えキュン♡」してほしいなぁ」
「萌え萌えキュン」
「圧倒的作業感と棒読み!!でもそこが可愛い!!!」
「そうか。良かったな」
「ついでに罵倒ももらえたり……」
「臭い息荒げてないでさっさと食え」
「はうっ!!!!♡こっちを見もせずに言うの最高!!!♡」
「………………ビックリするぐらい参考にならないことが分かりました…………」
「まあやっぱり、キモ……ん゛んっ。クセの多いお客さんが多いからね」
「今キモいって言おうとしました?」
「はるちゃん、指名入ったよ~」
「はーい。じゃあ行こうか」
ちょうど春佳さんに指名が入ったようで、仕事の様子を見る為その後ろをついて行く。
向かった先のテーブルにいたのは一見普通のサラリーマンだった。黒縁の眼鏡をかけていて、真面目な印象を抱く。
「ああ、常連さんだね」
「へえ……サラリーマンの人も来るんですね」
みんなキャラが違うから付いてる客層も違うのかも。
そんなことを思っているとそのサラリーマンは春陽さんがテーブルに着いた瞬間________。
「お久しぶりです!!ご主人様!!!」
そう叫びながら頭を下げた。
「ごっ…………(ご主人様……???)」
突然の行動に思わず言葉を失ってしまう。そんな私とは反対に春佳さんはただ薄ら笑いを浮かべてお客さんを見下すだけだった。(いろんな意味で)異様な光景に固まりながらも色々予想してみる。
……興奮気味のお客さんと少し冷めた態度の春佳さんの様子からして普段からこうなんだろうか。そういうプレイなのかな。考えたくもないけど。
ドン引きしている私を見て、春佳さんは「ああ、大丈夫だよ」と笑った。
「彼は所謂ドMでね。僕以外にはこうならないから安心していいよ」
「そ、それは安心していいんですかね……?というか何ではるさんにだけ……?」
「……ふふ、どうしてだろうね?」
あ、これ聞かないほうがいいやつだ。
「ご、ご主人様……今日はどんなご命令を……?」
「うーん、そうだなぁ……。今日は機嫌が良いから、君が望むことをしてあげるよ」
「へっ!?」
「どんなことがしたいのかな?ちゃんとその口で、はっきりと言ってごらん?」
「ひえぇ……♡」
「…………」
私はそっと春佳さんから離れて頭を抱えた。
結局春佳さんも参考にならなかった……!!誰だ、一番マシだとか言ったの!なんなら一番参考にならなかったよ!!まあそもそも健気系とお姉さん系じゃ全然ジャンル違うし当然と言えば当然か……。
自分の見通しの甘さに落ち込んでいると、店長がニコニコと笑いながらやって来た。
「しぃちゃん、指名入ったよ~」
「えっ!?し、指名……!?」
「初めての指名だね、頑張って」
「きっ、緊張します……!!」
失礼のないよう振る舞わなくてはいけないという不安と、女だとバレないようにしなくてはという緊張で冷や汗が出てくる。
できるだけ男っぽく喋ったほうがいいのかな……?いや、わざとらしいと逆に怪しいかな……!?
「まー、そう緊張しなくても大丈夫だよ。誰だって初めては失敗するものだしさ」
「て、店長……」
「それに、もしお客様が嫌な人だったとしても大丈夫。すぐヘルプに入るから」
「あ……ありがとうございます……!!」
店長の気遣いに感謝しながらお客さんのところへ小走りで向かう。
5番テーブル……ってここだよね?あ、このお兄さんかな?と少し不安に思いつつ声を掛ける。するとお客さんはニッコリと笑って口を開いた。
「君が新人のしぃちゃん?可愛いね~」
「は、はい!しぃです、よろしくお願いします……!」
「あはは、真面目だねぇ。しぃちゃんはいくつなの?」
「え、えっと……18です」
お客さんに自分の情報を話す時はフェイクでって言ってたな、と店長の言葉を思い出しながらぎこちなく答える。
「ふーん。じゃあどこ住み?ここから近いの?」
「……え?あ、えっと……」
流石にそこら辺の情報は言っちゃったらダメだよね……?
戸惑いながらも謝り「そういうのは教えられなくて……」と断るとお客さんは間髪入れずに「じゃあさ」と口を開いた。
「手握ってもいい?」
「え……あ、いや……お、お触りは禁止、で……」
「え~?ちょっとケチじゃない?何もさ、足や胸を触ろうってわけじゃないんだよ?手を握るだけ!いいでしょ?」
「いや、ええっと……」
「もし手繋いでくれたら次も来るし指名するよ?」
メイド喫茶に限らず、接客業では「変なお客さん」という存在は付き物だ。そういう職業に就いている以上避けては通れない道。それは分かりきっていたことで、「楽しい」だけでやっていけることじゃないことは覚悟していた。そして私の性格上、押せばいけると思われてしまうことも何となく分かっていた。
だけど……実際遭遇してみると中々にキツイ。精神がゴリゴリ削られていく。どう謝ってもどうやんわり断っても「じゃあ」と別の提案をされる。
初めての指名がこれって……私ってやっぱりツイてないのかな……。
「ねえ、少しくらい良いでしょ?」
お客さんが私の手に触れようと手を伸ばしてきた______その時だった。
「________おい」
「ひいっ!?」
バキッ!!と何かが折れるような音が響いて_______私の目の前に誰かが立ちはだかった。
ドスの効いた低音にシルクのような黒髪。彼が誰なのかなんて明白だった。
「こいつに触るな、カス野郎」
「とう_____ふ、ふゆくん……!?」
「なっ……何だお前!?」
「ウチはお触りはもちろん、個人情報をしつこく聞くのも禁止の決まりだ。ルールの紙も読めないのか?お前」
私を庇うように立ってくれる冬里くん。お客さんは顔を真っ赤にして冬里くんに向かってあらゆる暴言を吐いた。だけどどれだけ怒鳴られてもその表情は一切変わらない。お客さんからすればそれが余計に腹立つようで。
「もう二度とこんな店来ないからな!!」
「そうか。お前一人来なくなったところで俺達は別に困らないから好きにすればいい」
「なっ……れ、レビューにも散々書いてやる!!!」
「勝手にしろ」
「っ~~~~!!!お、覚えてろ!!」
「……安い悪役みたいな台詞だな」
冬里くんは相変わらず真顔でキレて出て行ったお客さんをぼうっと見つめるだけだった。瞬間、店に拍手が響き渡る。
様子を見ていたらしい店長も、嬉しそうに冬里くんの頭を撫でて笑った。
「ありがとうね、ふゆちゃん。流石だ」
「……別に」
「しぃちゃんもごめんね。怖い思いさせちゃって」
「い、いえ!ああいう人に当たる覚悟はしてたので……!……あの、ふゆくん……ありがとう……」
「……手、掴まれてないか?」
「え?う、うん。大丈夫……」
「……そうか。ならいい」
冬里くんは少しだけ目を細めて私の頭を優しく撫でてくれた。
……もしかして慰めてくれてるのかな。冬里くんって、表情が変わらないだけで本当は凄く優しい人なのかも。どうでもいいって口癖みたいに言う割には意外と周りのこと見てるし。
そう思うと彼の変わらない表情も何だか少し愛おしく感じて。
「……本当にありがとう」
もう一度笑ってお礼を伝えると、冬里くんは少しだけ目を開いて……小さく、本当に小さく口角を上げた。
ふふ、冬里くんがいてくれれば仕事に対する不安なんて何もないかも。
「まあでも言った通りだったでしょ?お客様が嫌な人だったとしてもすぐヘルプに入るから大丈夫だって」
「ヘルプって……店長じゃなくてふゆくんのことだったんですね」
「ああいうしつこい客は大抵ふゆちゃんが追っ払ってくれるからね。……ただ、今回は褒めるだけで終わりそうにないな」
「え?」
その言葉の意味が分からず首を傾げていると、店長が冬里くんの両頬を軽く引っ張りながら小声で「冬里~?」と青筋を浮かべた。
「今回でテーブル破壊するの何回目だ!?助けてくれたのは有り難いが、もうちょっと手加減しろ!このままじゃ俺の財布がすっからかんになるわ!!」
「えっ!?……ま、真っ二つになってる……」
店長の言葉に驚いて勢いよく振り返ると、さっきまでお客さんがいた茶色のテーブルは確かに真っ二つに壊れていた。さっきの『バキッ』って音、テーブルが壊れる音だったんだ……。
一体全体どんな叩き方したらこんな壊れ方するの……!?
「壊れるようなやわなテーブル使ってるほうが悪い」
「お前~~~~!!!!!」
「………………」
……冬里くんがいてくれれば不安はないはず……だよね……?