第1話 メイドくんと出会い
「みっちゃ~ん!!」
「志季……あんた、またなの?」
私の親友、美月ことみっちゃんに泣きつくと呆れた顔をされた。「またって!酷い!」と文句を言いたいところだけど、実際彼女がそう言うのにはちゃんとした理由があることを思い出し落ち込んで机に突っ伏す。
私、月宮 志季はメイド喫茶店で働くことに憧れている。それは普通のメイド喫茶だろうとコンセプト喫茶だろうと種類は問わない。とにかく、可愛い服を着て接客がしたい。そして女の子の友達を作りたい。という夢があるんだけど……。
その為に色んなカフェへ面接に行っているのに、何故か全部落ちた。全員口を揃えて「華がない」「もっと可愛くないと通用しない」なんて言って断る。確かに他の子とかに比べたら可愛くないだろうし華もないだろうけど、そんなにハッキリ言われたら傷付くじゃん。
「みっちゃ~ん……私、そんなに可愛くない……?」
「いや、普通に可愛いと思うけど」
「じゃあ何で落ちるの~!」
「……とびきり可愛いってほどでもないからじゃない?」
親友のみっちゃんにまで言われる始末。
可愛くないわけじゃないけど、とびきり可愛いわけでもないから落ちるの?それじゃもうどこのカフェも無理じゃん。絶望的だ。
「諦めたくない……けど心折れそう……」
「うわ……相当傷付いてるな」
「みっちゃ~ん……助けて……」
「そんなこと言われても……。…………あ、そういえば」
私の落ち込みようを見ていたみっちゃんは、突然何かを思い出したように手を叩いた。
「前にさ、私のお兄ちゃんがメイド喫茶に通ってるって言ったじゃん?」
「えっと……なんかすごいハマってたって言ってたあれ?」
「それそれ。そこ面接行ってみたら?」
「えっ!?」
みっちゃんのお兄さんはいわゆる二次元オタクというやつで、普段から『二次元の女の子以外あり得ない』という言うくらい。実際、妹の友達である私以外の女の子とはほとんど関わりを持とうとしていなかったみたいだった。そんなお兄さんがメイド喫茶に通い詰めて、しかもお気に入りの子まで作っているなんて。
信じられない、という感情と同時に強い興味が湧いてきた。
「行ってみたい!その喫茶店の名前は?」
「えーと……確か、『喫茶アマリリス』だったと思う」
「オシャレな名前……」
「なんだったら今日、お兄ちゃんに聞いて店までの地図送るけど」
「本当!?ありがとう!」
こうしてみっちゃんとお兄さんの協力もあり、『喫茶アマリリス』に電話すると面接することが決まった。電話口で店長と名乗ったその人はすごく爽やかな声をしていて、優しく話してくれたおかげであまり緊張せず自然に話せたと思う。
ちゃんとしっかり話せたし、良い印象は与えられたはず……!あとは面接で噛まずに、緊張せずに話すだけ……!!
◆ ◆ ◆
「こ、ここで合ってる……のかな?」
目の前に建っている少し小さめの喫茶店と手元のスマホに映された地図を見比べる。確かにそこには『喫茶アマリリス』と書かれていて、中では人影が動いていた。だけどお客さんはいないのか、声はほとんど聞こえない。
そういえば、面接の時間って開店前だっけ。それならお客さんがいないのは当然か。
早速入ろうと扉に近寄るけれど、緊張でドアノブが掴めない。心臓がバクバクとうるさく鳴る。
ああ、いつもこうだ。大事な場面となると緊張して行動できなくなる。面接まで時間があるとはいえ早めに行くに越したことはないのに。こういうところが『接客に向いていない』と言われる原因なんだろうか。
「____________えっ?」
しばらく扉の前でウロウロしていると、ゆっくりと扉が開いた。驚きで思わず声が出る。
勝手に開いた?いや、そんなわけない。中から誰かが開けたんだ。
「………………」
扉を開けたであろう女の子が私をじっと見る。二の腕より少し下くらいまで伸びた黒髪。真っ赤な宝石のような瞳。輝いているように見える、透き通った白い肌。
全部が綺麗で、……いや、綺麗なんてものじゃない。もはや『美しい』と言うしかない。まるで『美』を具現化したような女の子が目の前に立っている。
_____________息が止まったかと思った。
見惚れる、っていうのはこういうことを言うんだろうな。心のどこかでそんなことを思う。
「………………」
女の子は相変わらず私をじっと見つめるだけ。一言も声を発しない。私はその視線で我に返ると、すぐに女の子に弁明した。
「あっ、あの!ふ、不審者とか冷やかしとかじゃなくて、その、えっと……ばっ、バイトの面接に来たんです!!」
噛みそうになりながらもなんとか目的を説明する。だけど女の子は眉一つ動かさず私を見続けている。な、何を考えているのか全く分からない……。本当にバイト?不審者じゃないの?なんて疑われているのかもしれない。
「てっ、店長さんに聞いてください!そしたら多分、分かってもらえると……」
「………………」
女の子は私の言葉を聞き終わる前に踵を返した。突然のことに呆けていると、女の子は振り返って親指で店の中を指差した。
……こ、来いってこと?一切喋らないのも謎だけど、それ以上に仕草が男らしくてビックリした。大人しい系と見せかけて男勝りなのかも……?これがギャップというやつ……?
◆ ◆ ◆
女の子に連れられて休憩室らしき場所に着く。女の子がノックをして無言で入る。
するとそこには男の人がいた。おそらく店長だろう。私は頭を軽く下げて「失礼します」と続いて中に入った。
男の人は私達に気付くとニコリと笑って椅子から立ち上がった。
「面接予定の……月宮志季さんかな?」
「は、はい!そうです!」
「なるほど、冬里が案内してくれたのか」
ありがとう、と店長が笑うと、冬里と呼ばれた子は特に反応を示すことなく黙って部屋を出て行った。
け、結局最後まで喋らずに行ってしまった……。一言でもいいから声聞いてみたかったな。
「全然喋らないですね、あの子」
「ああ、ごめんね。あの子は口下手というか……人と喋るのが苦手みたいで」
「メイド喫茶で働いてるのに!?」
「はは……実は俺がスカウトした子でね。顔はビックリするくらい良いし、クール系で推せばいけるかなって思って」
あはは、と笑う店長。クール系にも限度があると思うんだけど……。
「まぁ、冬里含めた従業員は後で紹介しよう。それより面接だね」
「後で紹介って……」
「うん。ぶっちゃけちゃうともう採用する気でいる」
「ほ、本当ですか!?」
驚きと喜びのあまり身を乗り出すと、店長は変わらない笑みで「もちろん」と頷いてくれた。どうやら電話で話した時点でピンと来たらしい。あの時点でもう採用を決めてたなんて……こんなこと初めてだからか涙が出そう。
「採用は決まってるけど、とりあえず形式だけね」
「わ、分かりました!」
「じゃあ……この店で働こうと思った理由は?」
「あ……その、恥ずかしい話……実は、ここに来るまで色んな店で面接したんですけど、全部落ちて……」
「落ちた?どうして?」
「「華がない」とか「もっと可愛くないと」って言われちゃって……」
「え?」
本当に?と店長は心底驚いたような顔で私をじっと見る。
最初は同情かと思ったけど、その表情を見るにどうやら本気で驚いているようだった。
「わ、私って、可愛い……ですか……?」
「うん、可愛いよ。今まで見てきた中で完璧に近い」
「へっ!?そ、そんなにですか!?し、親友には普通って言われたんですけど……」
「うーん……まぁ、確かに顔だけで言えば冬里達の方が可愛いけど」
「あ、はい」
「だけど全体で見るとかなり良い。体型といい、声といい、かなり完璧だ。逸材だな」
「あ、ありがとうございます……?」
可愛い、だけならともかく完璧やら逸材やら言われ慣れていない言葉を淡々と述べられて困惑する。もはや照れというよりは困惑の域。もしかして私、詐欺に遭ってる?実はここはメイド喫茶じゃなかったりする?宗教への勧誘とか、壺売られちゃったりとか……!?
店長はそんな私を置いて話を進めた。待って、置いて行かないで!
「それじゃ、明日から働いてもらおうと思うんだけど……いいかな?」
「は、はい……」
「更衣室はこの部屋の隣にあるから。制服はまた明日来た時に渡すよ。それで後は……あ、従業員の紹介だったね」
「あの、さっきの冬里さんも含めて何人くらいいるんですか?」
「8人くらいかな」
「8!?す……少なくないですか?」
「まぁ個人でやってる店だしね。しかも普通のメイド喫茶とは違う特殊な店だし、誰もがやりたがるものじゃないから」
「と、特殊……?」
みっちゃん?聞いてた話と少し違うんだけど??特殊って言ってるよ?普通のメイド喫茶とは違うって言ってるよ?みっちゃん!?
混乱している私を他所に、店長は傍にあった固定電話で誰かと少しだけ話すと「ちょっと待っててね」と入り口の扉を開けた。
少しすると、複数人の足音が聞こえた。話し声も微かに聞こえる気がするけど緊張でそれどころじゃない。
普通のメイド喫茶じゃないって言ってたけど、どう違うんだろうか。みんな優しい人だといいな……。
「あ、来たね。みんなここに並んで」
店長の言葉に素直に従う従業員の皆さん。店長いわく、
片目が前髪で隠れているおさげの赤髪美女が『桜井 春佳』さん。
ポニーテールの金髪美女が『海瀬 夏輝』さん。
ツインテールの水色髪の美女が『萩山 智秋』さん。
黒髪ロングの美女が『雪乃 冬里』さん、らしい。
冬里さんはさっき会った人だから分かる。
にしても……みんな綺麗。全員背が高くてスラッとしてる。あと顔があり得ないほど可愛い。正直同じ女子として自信を失う。心がボッキボキに折れた。
______と、あることに気付く。
「あの、4人しかいないんですけど……」
「ああ、この子達はウチの店の看板娘達だよ。他の子は今日出勤していなくてね」
「看板娘……」
「本当はもう1人『弥生 杏』っていう子がいるんだけど……その子は掛け持ちの仕事が忙しいからあまり出勤しないんだよね」
「なのに売れっ子なんですか?」
「うん。かなり人気で固定客も付いてるからね。……っと、それはまた後日紹介するよ。みんな、この子は月宮志季くん。じゃあ春佳から自己紹介よろしく」
春佳と呼ばれた女の人が一歩前に出た。あの人は優しそうだし、後で話しかけてみようかな……!
桜井さんは私の顔をじっと見るとニコリと笑って口を開いた。
「僕は桜井 春佳。よろしくね、月宮くん」
「___________へっ?」
桜井さんの声を聞いた瞬間、一瞬、頭が真っ白になった。いや、真っ白どころじゃない。もはや宇宙が見える。
え?今何が起こった?今のはどういうこと?混乱している情報を処理しようと脳が高速回転している。
そんな私に構わず、自己紹介は続いて行く。
「俺は海瀬 夏輝!これからよろしくな、月宮!」
「え、は、」
「萩山 智秋。まあ……よろしく」
「あ、あの、」
「……雪乃 冬里」
頭の中でピシッと思考が止まる音がした。
え?え??ゆ、雪乃さん……声低!!いや、他の人達も同じように低いんだけど、美少女から出てくる声じゃ無さ過ぎて……!そんな綺麗な顔してそういう声なの!?かっこいいけど混乱する!!え?はえ???
「ん?月宮くん、どうしたの?」
店長が不思議そうに私の顔を覗き込んだ。
店長は見ただけで分かる、男の人だ。だけど……!!
「あの、あの、えっと……みんな、まさか……________男の子なんですか……?」
そう聞くと店長はまた驚いたように目を丸くした。
「え?知ってたんじゃないの?」
「し、知らないですよ!?普通のメイド喫茶だと思って来たので……!」
「店長~。やっぱりその子、女の子じゃないの?」
桜井さんが面白そうにクスクス笑いながら店長に話しかける。店長は更に目を見開いて、もう一度私をじっと見つめた。店長だけじゃなくて桜井さん以外の人達も私を見ている。
し、視線が痛い……!
「え、その胸詰めてるんじゃないの!?」
「つ、つめっ……!?も、元からこうです!!」
「う……うそぉ……」
「男にしては声高いなーと思ってたけど、女子だったんだな!」
「……店長」
萩山さんは呆れたように店長をじと~っと見つめた。
「いや、だって女の子がここにバイトに来るなんて思わなくて」なんて慌てて弁明している店長を横目に桜井さんが私に話しかけてきた。顔が近くなった時にふわっと香った匂いに、思わずドキッとしてしまう。
「ごめんね、月宮くん。あ、月宮ちゃんか。お互い勘違いしてたみたいだね」
「あ、あの……この喫茶店は……?」
「僕達みたいな男の娘が接客する……いわゆる女装喫茶だよ。聞いたことない?」
「なんとなくは……」
「お前、ロクに調べもしないで面接に来たのかよ?その時点で舐めてるとしか思えねぇな」
「智秋ってば、喧嘩腰で話すのは良くないよ」
「フン」
桜井さんもそうだけど、萩山さんも姿は完璧に女子なのに声が普通に男の子だから頭がこんがらがってくる。普段なら傷付く言葉も混乱が勝つせいで正直全然効かない。
「てんちょー、その子どうするんだ?」
海瀬さんが首を傾げながら呼びかけると店長は困ったようにうんうんと唸って考え込んでしまった。
も、もしかして採用したのを取り消すとか……!?女の子は採用できないからって断られる!?そ、そんな……!!あんなに褒めてもらったの初めてなのに……!!
と、さっきの褒め言葉の数々を思い出してショックを受けた。
「(もしかして……今まで見てきた中で完璧に近いって、女装してる子でって意味!?)」
だからあんなに褒めてくれてたの!?そう思うと喜んだのがなんだか恥ずかしくなって思わず身を縮こまらせた。
確かに私って体型も声もまさに女の子だし、女装してる男の子だっていう前提で見れば完璧だと思う。男の子だったらの場合に限るけど。
「うーん、もう採用って言っちゃったしなぁ」
「はぁ!?こいつを採用したら女装喫茶の意味が無くなんだろ!」
「智秋、女の子を「こいつ」呼ばわりしちゃダメだよ」
「だからモテないんだな」
「おいこら冬里!それどういう意味だ!!」
「そのままの意味」
「んだと!?」
「こーら、喧嘩しないの」
えーと……萩山さんには歓迎されてないみたいだけど、結局どうすればいいんだろう……。でもここで「やっぱり無理です」って言われても困るし……。
どうすればいいか分からずおろおろしていると、海瀬さんが萩山さんに笑いかけた。
「別に採用してもいいんじゃね?せっかく来たんだしさ」
「いや、だから……!」
「客は俺達が女装してる男だって理解して来てるわけだし、月宮も女装してることにすれば誰も疑わないだろ?」
「いやいや、顔も声もまるっきり女じゃねーか!絶対バレるだろ!」
「そうか?今時、女顔や女声の男子なんて普通にいるだろ」
「それはそうかもしんねーけど……」
「あ、やっぱり女の子と一緒に働くの緊張する?それなら仕方ないかぁ」
「おい春佳!適当なこと言うなよ!!」
「なら一緒に働いても問題ないよね?」
「それは……」
桜井さんの押しにどんどん声が小さくなる萩山さん。店長や海瀬さんも何度か頷いていた。萩山さんは雪乃さんに「冬里はどうなんだよ!」と問いかけたけど当の本人は「別にどっちでもいい」の一言だけだった。
「じゃあ明日から働きに来てもらおうかな。色々誤算があったけど、まぁ大丈夫でしょ。ってことでよろしくね、月宮さん」
「はっ、はい!ありがとうございます!」
店長に肩を叩かれ、よろしくお願いしますと頭を下げた。桜井さん達も笑って歓迎してくれた。萩山さんはムスッとしてるし雪乃さんは無表情だけど。
「よ、よろしくお願いします……」
「ふん」
果たして、私の憧れていたバイト生活は無事送れるんだろうか……。