廃旅館に閉じ込められた3人、ヒントとなるメモに書かれた『ヒューズ』がわからない。
俺ことタロ、幼馴染のユージ、そして紅一点のサヤの3人は今肝試しのために廃旅館にやってきていた。
「ね、ねえ。本当に大丈夫なの?」
辞めておかない?
といつもは勝ち気なサヤが、あまりの怖さに怯えた声ででそう提案した。
「大丈夫だ! 怪我をしてもなんとかなる!」
「それが心配だって言ってるんでしょ!」
「なんで怪我をするのが前提なんだよ!」
タロこと俺とサヤはユージに抗議した。
遡ること一時間前、午後の授業も全て終わり、部活もない俺はもう帰ろうかと下校の準備をしていた、その時だった。
隣のクラスのユージとサヤが何故か俺の教室へやってきたのだ。
サヤはゲンナリと、ユージは何やらニコニコとした表情を浮かべている。
「どうしたんだ?」
「肝試しに行こう!」
「私は嫌だって言っているのに、言っても聞かないのよ」
やれやれというようにサヤは首を振った。
「なんで行きたいんだよ」
「だってさ、近所に有名な曰く付きの廃旅館があるって聞いたらそりゃ行きたくもなるだろ?」
「ユージ、ずっとこの調子でね」
はああとサヤが大きなため息をつき、眉間を押さえている。
サヤを見たのち、ユージを見やると、目をキラキラを輝かせている。
そして、ユージの幼馴染な俺は悟ったのだった。これはその廃旅館とやらに行かなければ、一生言い続けるぞ、と。
そうして、俺たちはユージに根負けし、廃旅館を訪れることになったのだった。
「やっぱり薄暗いわね。って、懐中電灯が落ちてるわ」
「あ、本当だ。しかもなんか真新しいぞ。埃も被っていないし……」
ユージの言葉に俺の全身から血の気が引いた。2人を見やると、2人も青ざめている。そりゃそうだ。埃もかぶるような短期間に、いったいどこの誰だかわからないが、この建物に足を踏み入れていることだけは確かなのだ。
しかも、普通ならば懐中電灯を持ってきたにもかからわず、それを置いていくなんてうっかりミスを含めてそんな事態にはそうそうならないだろう。そうとなれば、考えられる可能性はただ一つ。『逃げ出した』ということだけだ。
俺たちは誰が言ったでもないのに顔を見合わせると同時に頷いた。そうしてユージが踵を返し、先ほど入ってきた扉の前にいくと、その扉のドアノブをガチャガチャと捻るもドアが開かない。
「なんでだ! 扉が開かない!」
「ちょっと、何やってるのよ! 貸して! なんで!? 本当に開かない!」
軽いパニックを起こしている2人に続き、俺もドアが開かないか試すもやはり開かない。
鍵はかかっていないはずなのに、何やら不思議な力によって閉ざされているかのようだ。
電波もつながらない山の中。俺は懐中電灯をなんとなしに拾い上げた。その瞬間ピロン、という音が頭の中で鳴った気がした。
俺たちは不気味なこの玄関口でじっとしていることもできずに別の出口を求めて、足を踏み入れたのだった。
♢
正面からはわからなかったが、どうやらこの旅館は非常に大きいらしいということが判明した。
そういうわけで、俺たちは別れてこの廃墟から脱出場所を捜索することにした。
「うーん。ないなあ」
どの外へつながる扉や窓を探索しても、玄関のドアのように不思議な力によって開閉できないようになっていた。はじめは、恐れをなしていたものの、恐怖も薄れていくにつれて、『ここもダメかあ』と思うようになっていた。
そうして、窓がダメなら別の出入り口がないか、ダメ元で正面玄関の鍵でも探すかと俺は客室へ足を踏み入れたのだった。
そうして、見つかったのは、旅館が閉鎖された後に書かれたと思われる何枚かの紙切れのみだった。俺はそれを数枚発見したのち、何かの手掛かりになるかもしれないと片思いそれを拾い上げた。
しばらくして、バラバラにこの旅館を探索していた俺たちは三人集まると、皆それぞれ入手したボロボロの紙切れを見合った。
『2000年8月1日〈一ページ目〉
俺たちはどうやら最大の過ちを犯してしまったらしい。というのも、俺たちは興味本位でこの廃旅館を訪れたのだが、中に入った途端、何やら不思議な力によってこの廃墟に閉じ込められてしまったのだ。この廃旅館には、3日間ここに止まってはいけないという噂がある。どうにかして出らればいいのだが……』
『2000年8月1日〈二ページ目〉
あれから数時間後、一緒にこの廃旅館に来た〇〇が行方不明になった。どこに隠れているのだろうか。早めに見つけ出さなければ』
『2000年8月1日〈三ページ目〉
私はおかしなものを見た。いや、きっと気のせいだろう。あんな化け物、いるはずがないのだから。とはいえ、この廃旅館が不気味であることは変わりない。十分な食料も水もない。そのため早く出なければ』
『2000年8月2日〈四ページ目〉
1日が経過した。まだ腹の方は大丈夫だが、喉が渇いた。
『2000年8月2日〈五ページ目〉
やはりここには化け物がいる! はっきりと見たんだ! あんなのがこの世に存在するなんて。果たして生還できるのだろうか』
『2000年8月2日〈六ページ目〉
ここから出るにはどうやら裏口から出る必要がありそうだ。
現時点で判明している必要なものを記す。
・懐中電灯
・ヒューズ
・ドライバー
・チェーンカッター
・電源装置の鍵』
『2000年8月3日〈七ページ目〉
俺はもうダメだ。笑いが止まらない。どうしてこんなに楽しいんだろう。
あは、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは』
「……全部書くじゃん?」
「しーっ!」
「日付もページ数も書いてくれてるじゃん」
「だから、しっ! こうして書いてくれるだけでありがたいんだから。……でも、これで集めればいいものが判明したわけだよね。懐中電灯はあるから他のを探そう」
「そうだな。他に当てになるものもなさそうだし」
俺たちはまた別々になって、探し始めた。
「何してるんだ?」
そうして、探索すること早数時間。俺が厨房の排水口の奥を眺めていると、ユージに声をかけられた。
「うお! なんだユージか。それがさあ、この排水溝の奥にあるのって鍵っぽくないか?」
そう言って指差したところには、おそらく鍵と思われるものが挟まっていた。しかし、その排水口には蓋がネジで閉められており、取れずにいた。
「あ、ドライバーならボイラー室で入手したぞ。なんかこれをゲットした時に、頭の中でピロリンって鳴ったんだよな」
「え? 俺もなんだけど、怖っ」
そう言ってユージは俺にドライバーを手渡してきた。俺はそれを受け取ると、やはりピロンという音が頭の中で鳴った。それに慄きつつ、俺は排水溝の蓋につけられた4つのネジを一本一本抜いて行ったのだった。
結論から言うと、やはり見えていたのは鍵だった。それを手に取った時、またもや俺の脳内で例の音が聞こえた。
俺たちは鳥肌が立っている腕を摩りながら、管理室に行き、鍵のついた制御装置らしきものを開けたのだった。
♢
俺たちは一通り、この廃墟の中を一周したころ、サヤを発見した。
サヤを見つけるころに、俺はよくわからない透明の液体の入った小瓶を一本入手していた。
中身はどうやら、水っぽかったが、流石に飲む気にはなれなかった。
「あ、サヤ」
「あ、二人とも」
「よかった。2人の姿が見えなかったから心配で。それよりもチェーンカッター見つけたよ。客室で。そうだ、これ入手した時にピロンって鳴った気がするの」
「……客室で? あと、その音、俺たちも聞いてる」
そうなの? とサヤは困惑しながら頷いた。訳のわからない事象に、彼女は少し震えていたかもしれない。
♢
俺たちは、無意識のうちに怖さを紛らわせようと学校のくだらない話で盛り上がりながら階段を歩いていた。
そうして、階段を上がり、廊下の角を曲がろうとしたその時、問題が発生した。
「ーーだよな……ぎゃあああ!」
「どうしたのっ……きゃああああ!」
「おいおい、幽霊でも見たのか……うわあああ!!」
廊下の角を曲がったところで、口をはくはくと金魚のように開閉させているユージを茶化すようにサヤが近づいて行き絶叫したのち固まった。
そんな二人に、やれやれ何事だよ、と思いながら近づいていきそうして固まった。
大きさ的に廊下にぎゅうぎゅうの恐ろしい形相をした化け物が俺たちを見ていたのである。
これがあのメモ書きに書いてあった化け物か!
俺はすくむ足をなんとか動かすと、二人の首根っこを掴み、今来た道を走り始めた。
「なにあれ、なにあれ、なにあれ!」
「やっべええええ!」
我に帰った2人は俺の後ろを走り始めた。
サヤもユージもテンパっており、1人は同じ言葉をただ繰り返し、もう1人はテンションがおかしくなったようで叫んでいる。
そうして、バケモノを巻くこともできずに走ること5分。俺は異様な喉の渇きを覚えていた。
喉が渇いた。もう限界だ! でも、水筒の中身も空だから仕方がない!
そう思い、俺は先ほど道中で拾った小瓶に入った得体の知れない飲み物を一気に飲み込んだ。
喉の渇きが解消され、走りすぎてガクガクと震えていた俺の足は震えがおさまり、軽快に走れるようになった。
やった! と思ったのも束の間。その足取りが軽快どころではなく、だんだんと1.5倍、2倍、と早くなっていくに連れて俺は焦り始めた。
「うおおおおお!?」
「タロおおおお!?」
「どうしたの!?」
俺は叫んだ。こんな廃墟の中でジェットコースター気分を味わえるとは思っても見なかった。廊下の角など、曲がるときに、体が思いっきり壁にぶつかってめちゃくちゃ痛い。しかし、化け物に捕まるのだけは避けたかったので、止まることもせずにそのまま突っ走った。
幼馴染が突如得体の知れない小瓶を懐から取り出し一気に飲み干したことにギョッとしたユージと、もともと体力がなく、ヘナヘナになりながら走っていたが、ふと先頭を見ると人間とは思えないスピードで先を走っていくタロに驚いたさやが思わず叫んだ。
その後ただタロを追いかけること数分。通常の速さに戻ったタロが階段下の小さな物置から手招きをしていた。
二人してぜーはーと息を切らし、そこの中に入ると化け物が俺たちを見失っている隙に、扉を閉めた。
「やばい、やばいなにあれ!」
化け物の足跡が去り息も整った後、サヤはコソコソと俺たちに話しかけてきた。
「曰く付きっていうのは本当だったんだな」
「感動してる場合じゃないでしょ!」
恐怖と疲れから全身震えながらも感動しているユージにサヤが突っ込む。俺もサヤに同意してうんうんと頷く。
「あのメモ書き本当っぽいよな」
「うん。早くここから脱出しないとやばいことになるかも」
「そうだな。となるとあとは『ヒューズ』っていうものが必要みたいだ。ところでヒューズって何か知ってるか?」
そのユージの問いに俺たちは首を横に振る。
ヒューズとはなんなのか、どういうものなのか皆目見当もつかない。
「誰もわからないんだ。でもたぶん、ここに書かれているものを手に入れたらーー」
「あたまの中で音が鳴るだろうな」
「ん? ああ、あの音のこと?」
「そうそう。って、それはそうとこのチェーンカッターどこで使うんだろう」
「あ、裏口の玄関に鎖が巻き付けてあったから、多分そこじゃないか?」
サヤの呟きに、ユージが答える。
「俺が言ってくるよ。バケモノも今はいないし、あの飲み物? のおかげで元気でたし」
「え、いいのか?」
俺はサヤからピロンという音と共にチェーンカッターを受け取った。
「ごめんね。私、足ガクガクで。気をつけてね?」
「本当にやられるなよ」
2人からの激励を受け、俺は物置から出るとそーっと裏口玄関の方へ向かい、なんとかチェーンを断ち切ったのだった。
そうして、分かったことがある。どうやら裏口から脱出するには電気を復旧させるしかないということが。
そのためには、先ほど鍵を開けた制御装置の目立つ部分にぽっかりと空いた不自然な空洞に何か、おそらくメモ書きに書かれていた『ヒューズ』なるものを設置しなければならない
そうして俺は、物置に戻るとその旨を伝え、俺たちは最後の手がかりとなる外見もわからない『ヒューズ』なるものの捜索に乗り出したのである。
「ないないない」
「ちっくしょー、どこにあるんだ」
しかし、いくら探せど見つからない。
俺たちは何度も行った場所を行ったり来たりしながら、あの装置の空洞にピッタシハマりそうなものを探していたが、それらしいものも見つからない。
そう、ホラーゲームなんてプレイしたことがない俺たちは知らなかったのだ。この廃旅館には、隠し部屋へつながる通路が棚ですっぽり塞がれていることを。その棚が今、俺たちのいる部屋に堂々と設置されていることを。棚の左上部分をよく見ると、穴が空いていることがわかることも。
5秒後、化け物に見つかったのち、俺たちは逃げ惑いながら叫んだ。
「だから、『ヒューズ』ってなんなんだよ!」