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「調子はどう?」
この数日をほぼ眠って過ごしていた毛玉さんは時折目を覚ますことはあってもいつも虚ろで、長時間意識を保つのは困難であった。だが、今ははっきりと瞼を持ち上げ宝石の様な美しい瞳を私へと向けている。回復が済んだのかもしれない、それならば話が出来るかもと毛玉さんに話しかけた。
『だいぶ良い。先程から聞こえている音色が我の不浄を霧散させてくれたようだ。シンスイも取り込めた故、より回復量が増した。宿のみならず尽くしてくれた事に感謝する』
「大した事じゃないから気にしないで。それで、シンスイが何か分からなかったのだけど、御新酒で合ってたのかしら?それともこっちのお水?」
音色とは風鈴の事だろう。役に立ったのなら用意して良かったとホッとする。シンスイも用意出来ていたそうだが、果たしてどちらがその役目を果たしたのか。
『すぐに用意してくれたのはただの水だが清水に近く、我にとって力を増やす助けとなった。先程用意してくれたのが神水に当たる。この地には多くの神が住むようだから、その御力を備えた水があるやもと思い所望した』
なるほど、ただの水も毛玉さんにとっては力になる。神様の力がそれに加われば尚更という事か。とりあえずはどちらも毛玉さんの力になるのは分かった。しかし八百万の神の住む国だと、ここに来ただけで察している毛玉さんはそれに近い存在とかだろうか。
「そうだったのね。それで、力とやらは完全に回復したの?」
『いや、やっと意識を保てるという程度だ。結界も張れそうだがまずは回復に専念したい。今しばらく世話をかけるが良いだろうか』
「何度も言うけど、都合が良いならいくらでもここで休んでもらって大丈夫。だから気にせずゆっくりして?でも、あなたの事、可能な範囲で教えてくれない?』
何があってここへ来たのか、なぜ力が失われたのか、それを知る事は毛玉さんの回復を助けるヒントになると思う。それに純粋に気になる。おそらくここじゃない世界、つまり異世界から来たのだろうから毛玉さんの世界はどんなところなのか。以前やって来たリオンのように私の知る物語のどれかの世界が存在するのか。
『ふむ。厄介になる以上素性は明かして然るべきであるな。その前に、神水をもっと貰えぬか?』
「良いけど、そう言えばさっきも、それまでのお水もどうやって摂取してたの?口に運ぶ様子なんて無かったけど」
『その気をただ取り込むのだ』
うん、分からない。そういうものだ、で使えてしまう物ってそれを知らない人に説明するのって難しいのよね。私も異世界人であるリオンにこの世界の科学について教えられなかったし、知ったところで彼も実用出来ないからと私に出来る説明だけで良いと言ってくれていた。私もリオンに習って不要な理解に時間を割くのはよそう。
「そう、なのね。まあ良いわ。味は分かるの?」
『人の子はモノの味を楽しむのよな。我はその気を得るのみ故、何かを味わった事はない』
「勿体無い、こんなに美味しいのに」
自分に許した今日最後の一口を煽り、幸せに浸りながら、この味を知らないなんて可哀想だと心の底からそう思った。我々と同じように味わってみれば良いのに。
『ふむ、その土地に従えとの教えもあるようだの。君に習って経口してみるか』
郷に入っては郷に従えの事だろうか。私の幸せそうな様子と言葉に触発されたのか、私にただ合わせてくれようと思ったのかは分からないが、ぴょんっとテーブルに移るとグラスにクチバシの様な部分を近づけ啄む仕草をした。
(可愛いー!)
小鳥が水を飲んでいるみたいで何とも愛らしい。つい顔が緩む。しかし、なかなかの勢いで飲んでるが大丈夫だろうか?
「どう?」
『うむ!実に美味だ!計り知れない作り手の手間と苦労が伝わってきよる』
「でしょ?本来はスッと取り込めば済んでしうのでしょうけど、作り手の手間を思えば丁寧に味わうって大切だと思うのよね」
『その通りであるな』
毛玉さんにもこの素晴らしい味を知ってもらえて良かった。毛玉さんは本当に気に入ったようでコップに頭を突っ込む勢いだ。飲みずらそうだったから趣はないがお椀に移して更に注ぎ足してやる。次の休みに自分が飲む分が残っているか少し不安にもなった。