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撮影も順調に進み全ての行程を終える頃には空に夕焼けの気配が迫ってきていた。神社での撮影を終え解散となるのを待つ間に何となく授与所を覗いてみる。色取り取りのお守りに季節だからか風鈴なんかもある。珍しいと思っていると巫女さんが声を掛けてくれた。
「風鈴の清らかな音は巫女の持つ鈴と同様、厄災を祓うと信じられているんですよ」
「へえ、そうなんですね」
そう言えば昨日も鈴の音に自身の荒れた心を落ち着かせてもらい、毛玉さんにも聞かせてあげようと思っていたのだった。実は毛玉さんの下に忍ばせたお守りはここの神社のものだ。お守りを気に入っていたようだしせっかくならこの風鈴を鳴らしてあげようかと手に取ると同時に自分の好物も目に入って動きが止まる。
「お酒も買えるんですか?」
お守りやお札と共に日本酒がそこに並んでいた。
「御神酒ですね。当社を流れる清水とその水で実ったお米で出来た純米吟醸酒です。ご自宅に神棚があればお供えの後にお召し上がり頂くと良いですね」
「神社ゆかりのお酒なんですね。あ、ちなみにシンスイって何かお分かりになりますか?」
毛玉さんの所望する物の中に出てきたシンスイが何かずっと気になっていた。神酒という響きに似ていたから思い出して一か八か聞いてみる。
「神水でしょうか?神前にお供えしたり、神様に誓う時に飲むお水の事なら存じております。シンスイと読まれる方もおりますよ。神域に湧き出る清らかな水を指して言うこともありますね」
神社内の清らかな水を神水とするのなら、それで出来たお酒もそれと同じではないだろうか。自分が飲みたいと言うのが本音だが、毛玉さんの為と無用な解釈と理由づけをして風鈴と共に御新酒も二本購入した。一本は雄真への豆の礼と暑中見舞い用に。私も雄真も強くはないが割と何でもイケる口だから問題ないだろう。
場の解散がなされ、新郎新婦とその家族からは改めて心からの礼を伝えられ私は帰路についた。暑さの中、重い仕事道具を持っての移動は大変ではあったが幸せそうな笑顔を向けられれば全て報われる。この先は新郎も私の店を利用してくれるとまで言ってくれていた。人との縁が生まれ繋がるということのありがたさを改めて実感する。
帰宅するとすっかりルーティンとなった水の交換を済ませ、眠る毛玉さんを撫でて一息ついた。撮影中、新郎新婦の厚意で用意された弁当を食べたがその時間が遅かったのでまだ空腹感はない。屋外で一日のほとんどを過ごした為、いつもより消耗もしているし夕飯の準備が億劫で、適当なつまみで日本酒を味見する程度で今夜は済ませようと考えた。
睡眠の質や次の日の仕事への影響を考えて普段は休みの前日以外の飲酒は控えるようにしている。ただ今日は飲んだ事のないお酒を手に入れてしまったのだ。味を確かめずには眠れない。毛玉さん用に注ぐついでに、一口二口の味見なら問題ないくらいの耐性は備えている自信はある。
そうと決まればと日本酒の一本からガラスの徳利へと中身の少しを移し冷蔵庫で冷やし始め、簡単なつまみを用意する。もう少ししっかりとお酒を冷やすため、一時的に冷凍庫へと移しその間に入浴を済ませ一日の汗と疲れを流した。
風呂から上がりエアコンの効いた涼しい室内で、その風に時折響く風鈴の音色が心地良い。良く冷えた透明なガラスの徳利もこの空間に良く似合う涼やかさだ。用意した二つのグラスそれぞれに注ぎ分け、一つを毛玉さんの水と並べて置く。自分用のグラスをそれに当て勝手に乾杯を交わしてから一口喉に流し込んだ。
良く冷えてシャープな口当たりだが、スッと消えるが甘さもあり素晴らしく美味しい。徳利に注いだ分だけと決めたのに、その決心が揺らぎそうな程自分好みの味だった。つまみを突きながらグラスに伸びる手を鎮め、明日も仕事、あくまでも味見だと言い聞かせて大事に味わった。
ふと、傍で動く気配を感じ目を向けると毛玉さんが目を開けていた。これまでで一番はっきりと瞼が持ち上がっている毛玉さんの前に置いグラスからは、注いだはずのお酒が綺麗に消えていた。