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魔術教師リノの生き方  作者: 桐生拓真
一年生 春(三月~五月)
7/7

特級クラスの決まり事

「これからよろしくね!」


 神級魔術師リノが僕らの先生になった。

 先生になった。僕らの。

 この六年間、一緒に暮らすらしい。

 僕たちと。

 もう一度言う、彼は、神級魔術師リノ。


 え……?


 さっきまで教室を観察し、ざわざわしていたのが噓のように今は静かだ。

 フリーズ。みんな。

 でもやっぱり、剣士とイヨさんはフリーズしていなかった。


「やっぱり、スエグ君に喧嘩を吹っ掛けたのはワーゼかな?イヨ」


「いや、手を出したのはワーゼじゃなくて彼。でもどうせワーゼが悪い」


「おいなんだ、どうせって。俺は別に何もしてないけどなあいつに」


「全く信用ならないことを云えるその口はある意味剣よりも貴方の長所」


「なんか今日のイヨさん、いつにも増して辛辣じゃね?」


「ワーゼ怒らせないでよ、イヨのこと。怒ったら怖いんだから」


「「あなたが云うな」」


 「あれ?」ととぼけながら楽しく二人と話すリノ様を見て、見て、特に感情が湧いてこない。いや、もう飽和しすぎて何も感じ取れなかった。

 ただスエグさん(かっこいい顔の子)は自分が話題に出たからか、僕達よりも早く正気に戻って彼らの中に入った。


「剣士が俺に喧嘩を振ったんだ」


「「やっぱワーゼが悪いんじゃん」」


「いや、俺はただ入試の面接のときに大学内でこいつと会って、一戦やるかって誘っただけだぜ?」


「あれをただ誘っただけだと?ふざけるなよ剣士。貴様は我が帝国を貶めた上に敵対意志とも取れる発言を繰り返したではないか!」


「うわー。ワーゼ、帝国と喧嘩したいんだったら僕とイヨがちょうど二人で外出してる奇跡的なタイミングでやってよ?」

 

「あぁもし喧嘩するならあんたらに迷惑はかけないようにするさ、先生」


「お前マジでやんのかよ、すごいな。初めてワーゼに尊敬するものができた」


「馬鹿は怖い。私たちの世界を滅茶苦茶にする」


 帝国。帝国のスエグ?

 自分の考えがおそらく当たっていると確信できるが、さっきまで敵対していたスエグさんが僕が思い描いているスエグさんだと認めたくない。そんな気持ち。それが胸の中だけでは留まらず口から出てしまった。


「もしかして、帝国の第三皇子のスエグ・エルメルナ殿下?」


 スエグ・エルメルナ。

 この星で一番大きな大陸の西半分というとても大きな領土を持つ帝国エルメルナの第三皇子。将来は現皇帝に次ぐ一国最強の魔術師になると云われ、未だ齢十一にして炎帝の二つ名を持つ希代の天才。

 現皇帝は稀代の暴風魔術師であるが、殿下は二つ名の通り爆炎属性を得意魔術としている。噂では火属性は皇后の家系によるものではと噂されているが、他国の者が観る前で皇后が戦う姿は明かされたことがないために真相は定かではない。


 また、親族に関してよく話に上がるのが殿下の七つ上の第二皇子である王級魔術師フヌテ・エルメルナ様。フヌテ様は言うなれば僕たちの先輩で、魔術大学に当時十歳で入学し飛び級で四年で卒業。これはリノ様を除く最速卒業記録タイで、卒業の際に大学でフヌテ様の師である帝級魔術師ゲルゴ・ショルワルト様の研究の後を継ぎ、その研究結果によって王級魔術師になられた。


「ん?あぁそうだ。貴様は、貴族の立ち振る舞いだが、(どこ)だ?」


「せ、精霊国ケイオスの、侯爵家へラブレスのゼス・へラブレス、です」


 これは予想通りではあったけれど、僕が出身国の名前を出すと聞いていた周りの皆も一様に目を開いて僕を見た。


 精霊国ケイオスは建国当時から大精霊と契約を交わし、永世中立国を保ち続けている。

 ケイオス国民も大精霊、精霊どちらもあまり詳しいことはわかっていないし、他国の人間と同じくらいの知識しかないけど、初代ケイオス国王が大精霊との契約で、大精霊側が提示した条件の一つ『同種族である人間との争いを禁ずる』という契りを代々受け継いでいる。また、『もしこの契りを破るのならば大精霊自身がケイオスを滅ぼす』とも伝わっている。


 精霊自体、魔導でとても大きな研究の対象であるが精霊が観測できない、ケイオスで精霊を研究しようにも精霊が認めた相手(ケイオスの研究員から大精霊がたまに選ぶ)しか精霊と接触できないために精霊国ケイオス自体が学術的価値が高い。

 ケイオスがこれまで滅んでこなかったのは、このような精霊の希少性から戦争を吹っ掛けた国が他国から非難される場合が多かったこと。または、そもそもとしてケイオスの軍事力が強力なこと。更に云えば最終防衛ラインとして大精霊自身が戦争に介入する場合があること。


 大精霊は災害。


 過去の戦争で帝級魔術師が3人掛りで大精霊に挑んだが、その際は()()だった。万の軍を挙げても、ものの一時間で本陣があった山ごと消失した。

 大精霊とは云うなれば人の及ばぬ存在なのだと、そして精霊国ケイオスとは絶対に友好関係を築くように、とは各国首脳陣の一般常識だ。


 まぁこんな感じでケイオスはある意味国際社会で浮いている。

 そして世界一の教育機関である魔術大学はその『国際社会』というのにあてはまった。

 侯爵家の長男坊ということもあって、それなりにこういう様な()()の目を向けられるのは慣れているけど、いい気分はしない。


 けれど、ここは魔術大学の、神級魔術師リノの教室。


「久し振り、だね?ゼス君。僕のこと覚えてる?」


 リノ様はあの時と同じように、迷子の僕を暖かに引っ張ってくれた。


「もちろんです。あの時はありがとうございました、リノ様」


「ここではそんな他人行儀な呼びはやめてくれ。君たち皆もだ」


 先生は僕らを見まわして、少し笑みを浮かべて話し出した。


「改めて、僕はこれから六年間ずっと君たちの担任、毎日は会えないかもだけど週に3回は絶対対面で魔術を教えられるように予定を決めてる」


 それから先生はクルメル先生から教えられたことに加えて、もう少し踏み込んだ特級クラス、正式には『特別学級』の説明をしてくれた。


 一つ目、特級クラスはリノ()()が決めたテスト日までに、決められた課題をこなせる様にする。この結果により単位を取得でき進級か否かが決まる。ただ「単位っていう体は保ってるっていうか、ぶっちゃけ僕が示す課題ができなくても進級させるし、課題もできるように僕が個人指導びしばしするからあんまし気にしないで!」とのこと。

 この課題、難易度によってテスト日が1か月とか3か月とか変わるらしいし、先生にいつでも相談できるとのこと。慣れるまでリノ先生に話しかけられるかが問題だけれど……。


 二つ目、特級クラスの生徒は予め大学側に提出していたコース以外の授業も含めて、魔術大学の授業は取り放題。更に授業を取ったら初回から最後まで全部取らないといけないという訳でも無いらしく、特定のコマを取っても良いらしい。

 各授業のテストも自由に受けても良いらしいが、単位を取得しても僕らにはその単位は意味がないからそれ込みで自由。


 三つ目、基本的に特級クラスはリノ先生が必修の授業をするが、リノ先生が大学外の外せない用事が入った場合は副担任として、帝級魔術師ゲルゴ・ショルワルト()()が授業をする。

 ゲルゴ先生は魔術大学に研究室があるらしく、リノ先生のわがまま(特級クラス設立)に伴いほとんどの研究を後継に託したとのことで基本的に空いているらしい。

 今日は見えなかったが、職員室か教室の近くのゲルゴ先生の個人研究室に基本いらっしゃるようで質問は魔術関連の質問はリノ先生かゲルゴ先生の空いている方に、とのこと。

 問題は先生二人ともとても偉大な方だから話しかけるか……いや、なんでもない。


 四つ目、大学内での特級クラスの立場、もしくは扱い。


「僕にも苦手な魔術属性があるし、そういう属性の本当に深いところまではまだまだ至れてないからね。大体は僕とゲルゴで知識のちぐはぐは補えてるけど、それに当てはまらなかった場合や単純に待ちが発生した場合もあると思う。

 そういう時はやっぱり他の先生を頼ってね。先生達は皆理解示してくれてるし邪険に扱われることはないと思うから。もし悪いことされたら云ってね、僕か校長に」


 怖いです、先生。


「こんな感じで先生達は問題ないんだけど、もし衝突があるんだったら他の生徒たちなんだよねー」


 リノ先生は大学にいる間、とてもうれしいことにほぼ全てを僕らへの指導に時間を使ってくださるらしい。ゲルゴ先生もほとんど特級クラス専属教師みたいな立ち位置で、他は研究室に籠りっぱなしの予定。

 つまり、他のクラスと特級クラスで明らかに()()と見られるのではないか。


「僕はぶっちゃけ君たちを特別扱いする。他の()達も確かに大切で必死になりたいけど、僕は君たちに彼らとは違う()()()をみた。そして、勝手ながら覚悟を決めた。君たちに拒まれようとも、君たちが望まなくとも、みんな全員を最低でも帝級魔術師まで育てるとね。

 これは期待であり、僕が君たちに課す絶対の、卒業試験だ。そして特級クラス全員がそこに至れれば、文句なんて言ってきたやつみ~んな、あっかんべーだ」


『特級クラスに文句を云ってきた者には口ではなく、魔術を魅せろ。圧倒的な君達(魔術)を』


「たった二つしかない特級クラスの決まりごとの一つさ」


 先生は僕らの目をみた。でも、僕らをみなかった。


 そして、五つ目かつ特級クラスの決まり事二つ目。


「これは僕がずっと魔術師に対して思っていることだし、魔術大学の先生なら全員共感してくれること。本当は特級クラスだけに伝えたいことじゃない、魔術師として第一の心構えなんだけどね」


『魔術師は全員魔術の先を開拓する同志。故に先生先輩限らずフランクに、感じたことを素直にぶつけること』


「まず初めに、僕もゲルゴも様付けなんてせずに、先生って呼んでみよ!あとタメでいいよ!!」


 云ってしまえばこの最後の一言が一番僕らを揺さぶった。

 そして初めて特級クラス全員の声がそろったのもここだった。


「「「タメは無理」」」


 ハハーダヨネーというリノ先生はとっても嬉しそうに笑っていて、まだ初日で、学校が始まってから一時間も経っていないのに、良かったと思った。


***


 魔術訓練室。

 魔術大学にある施設の一つで、寮の近くや教室棟の近くなど計十か所ある、新魔術の実践や魔術戦の訓練などをする場所。

 名前だけ見ると建物の中にある部屋のように思えるが、一階建てで、小さいお屋敷はすっぽり入ってしまいそうな結構大きな建物。外観は装飾も何もない、ドでかい灰色直方体だけど。


 僕たちは今リノ先生に連れられて、特級クラスの教室棟から一番近い魔術訓練室に来た。

 特級クラスの説明、約束事の話が終わると先生は、「みんな、自己紹介タイムだよ!付いて来て!」と言って教室から急に出て行ってしまった。

 僕らは、名前を知らないし先生が来る前に結構激しく挨拶をしてしまったから和気あいあいとはできず、でも戸惑いから顔を見合わせて先生の後を付いて来た。で、先生が魔術訓練室を紹介してくれた。


 中に入ると左右に魔術を撃てるフィールドが一つずつあって、二列二十行の計四十の場所がある。

 

 今日、さらに云えば今の時間、他のコースはレクリエーションのような時間と推測できるため魔術訓練室は誰もいなかった。


 僕らは1番奥の場所に陣取った。


「さて、魔術師を知るにはその人の魔術を観る。魔術師とは魔術そのものなのだから。

 と、いうことで、今から2人1組の計9組を作って魔術戦をしてもらいます!」


 リノ先生はそう云った後、さっき教室で魔術を使った僕たちに最上級の魔力回復薬を渡してきた。

 これでわかったことだけど、スエグ殿下を痺れさせたのは、ショートの女の子だった。


 その子が魔力回復薬を拒むのと同時に先生に云った。


「先生、対戦相手は自由に決めるのかい?」


「僕が決めたい子達はいるけど、それも三組だけだからね。基本は自由だよ。まぁ、直感で選ぶことになるから、時間がかかるようなら僕が適当に選ぶかな」


「ふむ。私とそこの獣人はその六人に入るか?」


「いや二人とも入らないよ。ふむ、ウルマさんか。なるほどね」


「何かあったか?」


「いいや、とても良いことだと思ってね。ヘレンさんではなく、ウルマさんにとって」


 先生が答えるとヘレンさんは、フフと笑って「そうだろう」と少しドヤ顔になって獣人の女の子の方へ向かった。彼女がウルマさんか。


「じゃあヘレンさんたちはよいとして、他の組み合わせを決めていこうか」


 ちょうど隣にいた剣士、名前はワーゼさんが大きな声を上げながら挙手をするように剣を掲げた。


「なら先生、俺はスエグと相手をするぜ」


「いや、ダメだ。ワーゼは僕が相手を決めたから」


 先生は右手でさっき結界の魔術を使っていた子の隣にいる、ワーゼさんと比べても遜色ないぐらいガッチリした体の男性を指差した。


「ワーゼはフェルム君と戦ってもらう。フェルム君も勝手に決めてしまって申し訳ないけど……まぁ異論はないでしょ?」


「あぁ、リノ先生が云わなかったら俺から剣士を指名するところだった」


 フェルムさんは見るからに武道家だ。ワーゼさんのように剣術を扱う剣士ではなく、己の身一つで戦う格闘家なのだろう。

 ワーゼさんはフェルムさんに向かって歩き、ヘレンさんとは違ってニヤニヤと笑った。


「お前、俺と同じ武人か」


「あぁ、ただ……いや何でもない。戦えば分かるか」


「楽しみだ」


 通じ合ってる。もう。いいな。同性の友達。


「よし。あと二組僕が決めた組み合わせの発表だけど......まずはゼス君とスエグ君」


 驚いた顔で僕らは顔を見合わせた。

 ぶっちゃけこの場所に来て、先生から魔術戦をするといわれた時からスエグ殿下からはずっと視線を感じていた。もしかしたら殿下からペアの提案をされるのかなって思ってたけど、先生が予め決めていたとは。


「理由を訊いても?」


「いや、二人については話す予定ないから。ごめんね」


 先生はそれっきり僕らに顔を向けなかった。


「最後三組目、イヨとグリさん」


 グリさんは教室に入った時に目についた内の一人で、顔が同じな女の子二人組の黒髪の方の子。


 この組み合わせにグリさんと、白髪の方の女の子が声をあげた。


「なぜグリがこの女と勝負をするんだ!私とでいいだろ!」


「いいやだめだね、ファウさん。君たち2人の組み合わせにしてしまったら『自己紹介』の意味がないだろう?」


「ある!私たちはお互い手を知ってるんだから、より効率的に私たちの魔術を使えるだろ」


「その点がダメなんだ。効果的に自分を示すことなんて今僕は望んでない。望んでいるのは、知らない相手にいかに自分の(魔術)を示せるかだ。自分達の魔術を見せること、そして今の自分達の魔術戦のスタイルを見せること。この二つが自己紹介で見ること。ずっと一緒にいる二人が魔術戦をしてしまったら後者がわからないだろ?」


 なるほど。

 確かに魔術戦では、相手がどんな状況でどんな魔術を使うかが大事で、これは仲間なら必ず知っていなければならない大前提だと故郷の先生から学んだ。

 如何に強い魔術を撃ってもそれが相手に刺さらなければ、ただの魔魅と魔力の浪費。


 知った仲の人2人の魔術戦を赤の他人が見ても、それら魔術師全ては見えてこない。


 白髪のファウさんは先生の言葉に納得していないみたいだけど、グリさんはそうじゃなかったらしい。


「ファウ、大丈夫だよ。たくさん魔術使わないようにするから」


「だけど、もしなにかあったら!」


「2人のことは知ってるさ、僕も。だからイヨを選んだ。僕が一番信用を置いてる魔術師だから」


 グリさんとファウさんの言い合いにリノ先生が入って、イヨさんを二人の近くに来させた。


「イヨ、君にめちゃムズ注文だ。他は制限時間を設けるつもりはないけど、二人の魔術戦は三十秒で終わりにする。グリさんの魔術をすべてレジストし、君は最後の十秒までは手出しをするな。

 そして、勝て」


「わかった、先生」


「グリさん、無理はしないように。暴走する兆候があれば僕が必ず止めるから。ファウさんは大事を取ってグリさんの戦いの前には魔術戦を置かないようにしよう。それでいいかい?」


 ファウさんは渋々といった感じで頷いた。


 そこに手を挙げた人がいた。


「ファウ、あなたとは私が戦おう」


 手を挙げたのは僕と同じくらいの身長の女の子。

 目立った外見的特徴は無くて、強いて言えば髪型も服装も比較的動きやすそうな恰好をしていることか。まあ服装に関して言えば、みんな同じようなローブを着てるから特に動きは変わらないけど。


「お前誰だ?」


「エム、人間、歳は十一。よろしく、ファウ」


「ファウさん、エムさんと対戦でいいかな?」


「別に誰でもいい」


 先生が決めた組み合わせが実際に決定した後、他の面々の組み合わせと対戦順を決めた。


 そして第一試合、ヘレンさんとウルマさんの戦いが始まった。

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