特級クラス
この世界は地球と同じように、一年を十二の月に分けている。が、日数は違う。
この世界の一か月はすべて三十日で、一年は三六〇日。うるう年はない。
大部分の地帯は一つの季節が七〇日、一年で四回訪れ、その間に二十日の間、『生物の変態期』といわれる期間が入る。この四つの季節は日本の四季と同じ春夏秋冬。
この四季に応じて発生する魔獣が変わるため、季節が変わる間の生物の変態期は、季節の終わりまで生き残った魔獣が新たな季節の魔獣の繁殖に喰われ、一気に出現する魔獣が変わるため、このような名前が付けられた。
もちろん、変態期をさらに生き残り、違う季節の特徴を持った魔獣がいることもたくさんある。
今は青龍暦五四三年の七月。俺がこの世界に来て六年が経過した。
神を打倒し、世界の安定を保つシステムを構築してちょうど一か月が過ぎた日だ。世界の理を視れ、神の住処へと至る路である『神灯廊』にて、明日には俺が強制的に地球へ回帰されることを知ったため、今まで謎であった世界の神秘というものを『神之眼』で見ようと考え、青龍にこの場所でそれらを教わっている。
この世界はエルフなど千年を超える寿命を持つ長命な種族もいるのに、封神暦がたったの五五〇年弱であることを疑問に思っていたが、青龍がそれを教えてくれた。
「封神暦とは我と彼の王が魔神を封じたときからの年の数え方だ。それは主も知っておろう。そのため、もちろん、封神暦以前にも歴史があった。それも其方の世界以上の歴史を」
***
神龍歴二九八九四年三月一日。
昨日学校に到着して、寮の説明を受けて、荷解きをし、疲れて夜中まで寝てしまい、起きて、朝ご飯を食べて、いま、僕は部屋の中に元々かかっていた制服と赤い氷の結晶のような章がついたローブを着て、荷物の確認をしていた。
今日は学校初日。
とても緊張する。
入試と同じくらい緊張する。
二日前、二日間車に揺られて、大学に指定された場所に着いた。そこは山に囲まれた小さな池があり、少し開けた場所で、さらにそこには見たことのない車があった。
見た目は鉄か魔鉱石で作られたと思われる、僕の顔四つ分くらいの大きさの窓が左右についているだけの、のっぺりとした灰色の直方体の下に、車輪が四つついている。それだけなら、馬や走らせる用の魔獣がついていないだけの、ただのキャビンなのだけど、特別な点が二つあった。
一つが車輪。
僕らが乗ってきた車のように、大きく、幅が薄い車輪ではなく、この車は反対に、車輪が小さく厚かった。
直径はちょうど、まだ五つぐらいの子が使うような、小さな魔術杖の長さ。とてもではないが、あのずっしりとしたキャビンをこの車輪四つで支えているとは思えないほどの小ささだ。その代わりといっては何だが、さっきの魔術杖二本分の厚さがあった。
さらに、車軸がない。
車輪一つ一つが完全に独立していた。
それが二つ目の特別な点で、キャビンが浮いていたのだ。
僕がそうやって、目の前の車について観察していると、池の方から知っている男性が歩いてきた。
クルメル先生だ。
「お久しぶりです、ゼス君。そして、この度はご入学おめでとうございます」
「ありがとうございますクルメル先生」
先生は青と赤のラインが入ったローブを着ていた。左胸には蒼い氷の結晶の章がついていた。
先生とメイは一言二言言葉を交わして、二人とも僕の方を向いた。
もう二人の会話はないらしい。
「ゼス君、君はこれから私と共にこの車『魔導車』に乗り、一日かけて大学へと向かいます。車内で大学の主な決まりなどを話します。よろしいですか?」
先生に「わかりました」と返事をし、後に疑問を続けた。
「質問なんですが、行くのは二人だけですか?先生のほかに誰か大学の方はいないのですか?」
「そうです、私と、君だけです」
想像では、僕以外にも大学へ行く新入生がいたり、先生のほかに車の運転をしたりする大学の人がいるのだと思っていた。
それを察したのか先生が言った。
「二人だけの理由ですが、君には少々他の方より、特別な扱いをしなけれがならないからです」
「特別な扱い、ですか。精霊について、とかですか?」
僕は大学に入るために必死になって魔力を上げたり、魔術の基礎知識を入れたが、それは他の新入生も一緒だろうし、僕はそんな新入生よりも優っているとは思えなかった。よくて真ん中だろう。
そんな僕を『特別扱い』となると、それはケイオス国の精霊としか考えられなかった。
大学で、先生が精霊について研究しているから~とかそんな感じで、他の人には言えない、と。
だけど違った。
「いえ、違います。たしかに精霊については興味深いですがね。まぁ、車内で話しますよ。というか、車内でしか話せません。怖いので、あの人が」
精霊のことではないとしかわからなかったが、とにかく早く車に乗りたくなった。
先生の話だけではなく、車がどうやって進むのかも気になる。さらに言えば通常では三十日もかかる道を、僅か一日で踏破する方法も気になる。
メイと休暇で帰ってくることや、生活についてしっかりするようにというくぎを刺され、ハグをして、先生と車に入った。
先生の「では行きますよ」という言葉と共に車が動き出した。走り出したのではない。空を飛び始めた。
飛んでいることに驚いていると、窓から見える景色が青い空から、黒い空へと変わり、星座が空に浮かんだ。
「ふふ、驚きましたか?」
僕の静かにはしゃいでいる様子を見た先生が、僕に笑いかけた。
「はい!これどうなってるんですか!飛行するには沢山の魔力が必要だから、こんなに大きな車は運べないはずなのに!」
「そうですねぇ、説明してもいいのですが、時間の問題とゼス君の現状から鑑みて無理ですね。本当なら丸二日ほどこの車に対して話したいのですがね。本当に。切実に」
先生が思ったより強い目でこう言うから、逆に僕が冷えてしまって、「あぁそうですか、もういいです」と適当に返事をしてしまった。
「え、そう?」と少し涙目になった先生にごめんなさいをして、特別扱いのことについて聞いた。
「では単刀直入に。君は、今年から設立された特級クラスへの入学となります」
「えなんですかそれ」
「そうなりますよねぇ。まず、通常の大学に入学してからの生徒の進み方について話ます」
そこからは聞いたことがある、というか僕がこれから考えていた大学生活についてを、先生が説明してくれた。
魔術大学には様々なクラスがある。
魔術を学ぶクラス、属性の魔術を専門的に学ぶクラス。剣術や槍術など武術に魔術を織り交ぜ、その戦術や戦いについての研究をするクラス、魔道具を作るクラスなどなど。
入試を申し込む時に、事前に自分が入りたいクラスを大学に提出している。
試験に合格出来たら希望のクラスに、他の新入生と共に入り指定された授業を受けていく。
僕が希望したクラスは魔術全般を学ぶ、魔術科の『基礎魔術クラス』で、新入生全体の六割がこのクラスに入る、一番スタンダードなクラス。基礎的な授業から限定的であったり応用的な授業まで、選択ができる比較的な自由なクラスで、他の学科やクラスに編入しても比較的苦労しない、魔術全体を学ぶためのクラス。
の、はずなんだけど……。
「ゼス君は基礎魔術クラスの選択ですよね」
「はい……」
「君が入る特級クラスの所属学科はありません。完全に独立したクラスとなります」
「え?」
「このクラスは、どんな学科のどんな授業も選択可能です」
なんとなくすごいとは分かった。
だけど何のために?
「この特級クラスはある方によって設立されたクラスで、その方がなぜこのクラスを作ったのかも私レベルの教員では知らされておりません。約束、というか規則は比較的守る方なので、どんな授業でも受けられる、というのは本当だと思うのですが、ある日違うことを言い出すこともあると思います。それぐらい、危うい方です」
とても不安になってきた。
とりあえず気にあることを質問してみる。
「えっと、その、ある方って誰なんですか?」
「すみませんが、口止めをされておりまして……」
「な、なるほど」
本当に不安だ。
ミン、お兄ちゃん、平穏な大学生活、送れないかも。
そんなことがあり、めっちゃ緊張していた。
え、なんか教室に入ったら滅茶苦茶な格好した髪ぼさぼさで、机の上に立ってるようなひとに「よぉ実験道具」とか言われないかな?
うぅ、いやだ。嫌すぎる。
大学に行きたくなさすぎる。
まさか大学に行く前からこんな気持ちになるとは。
一回、二回、深呼吸をして、扉の前に立った。
もう一回深呼吸をして、頬を叩く。覚悟を決めろ、ゼス。これからお腹にパンチされたり顔に蹴り入れられたとしても、六年間耐え抜くんだ。
もう一度深呼吸。ドアノブに手をかけて、最後にもう一回深呼吸をして、部屋を出た。
***
寮と授業が行われる棟はかなり離れていて、近いところでも歩いたら十分ぐらいかかる。そのため、時短のために転移が使える人がお金を取って転移させてくれるサービスもあるらしい。
非公式で。
ばれたら大変なことになるらしい。
危険なことには関わらない。魔術師の世界では常識だよね。命がいくつあっても足りないから。
と、思っていたら、案の定声をかけられた。
僕の前を歩いていた、恐らく同じ新入生の女の子が。
「ねぇきみきみ、きょろきょろ周り見渡してるってことは新入生だよね?この時期だし。そうだよね?ねぇ!」
すっごい押しが強い言葉に、最初は無視をしようとしていた彼女が、恐る恐る口を開いた。
「は、はいそうです」
「はは、めっちゃ声小さいじゃん。かわいいねぇ!」
女の子に声をかけた男の人は茶髪で黒目、僕と同じくらいの背丈の彼女をもう一人上に積んでやっと届くかなって感じの背の高さ。クルメル先生とおんなじくらいだ。服の上からも見えるような身体的特徴は特にないから、人族か人族に近い種族なんだろう。
それと制服にローブを着ていて、章が緑色だった。
氷の結晶のような章は、学生は学年毎、大学関係者は役ごとによって色が違う。
一年生が赤、二年生が橙で三年生は黄色。四年生は碧、五年生は青、最上位学年の六年生が紫色。
クルメル先生のような教員は蒼色で、研究をメインにしている人は灰色。また、クラスによっては魔術を入れた戦術を説明するために、魔獣と専門的に戦う騎士様などをお呼びすることもある。そういった方は特別教員として白色の章を服に着けているか、ネックレスとして首にかけていたりする。
最後に黒色の章をつけている人もいる。
この章をつけている人は大学の中でも特に偉い人や、大切にもてなされている人。学生が話すことはまずない人たちだ。話すことがあっても、研究で話を伺うことがあるかも?ってくらいだと思う。
で、この男の人は碧色だから四年生だ。
「僕、転移術の魔道具を持っててね、ここから一瞬ですぐ君が目指してる棟まで行けるんだよ!どうどう?最初は迷っちゃう子も多くてねぇ。実は僕もそうだったんだよ!だからさ、慣れるまでこうやって近道したほうがいいと思わない?」
女の子が何も話さなくてもずぅっと話してるのがなんだかおもしろくなってしまったけど、勇気を出してその二人に近づいた。
「あ、あの――」
「すみません!必要ないです!」
声をかけようとしたら、僕の言葉が届くよりも早く女の子の大きな声が響いた。
間に入ろうとした僕は勿論、最初に出した声が小さかったので、男の人も女の子が大きな声を出したことにびっくりしていた。単純に清涼にびっくりしたってのもあると思うけど……。
ただ、そこで男の人は引かなかった。
「えぇ、必要ないって、それはひどくない?これでも君の先輩たちには好評なんだよ?それに体験もしてないのにさぁ、ひどーい」
ごもっとも。
「わ、私がいらないって言ったのは、えっと、その。初めてだから、大学内を自分で歩いてみたくて、でして」
声が大きくなったり小さくなったりしながら頑張って話している女の子を応援する。
「そ、それに!今、慣れたいんです!」
心の中で拍手。
堂々と言い切った女の子がまぶしくなったのかわからないけど、男の人はちょっと速足で「あぁそう?必要なら言ってね……」と言いながら行ってしまった。
女の子はやはり赤色の章をつけていた。
髪は黒色で姫カットに後ろは一つにまとめている。目はどっちも黄色だった。
彼女を観察しているとこちらに歩いてきた。
「あの、あなたも新入生で、合ってますよね」
「あ、はい」
「話聞こえてましたか?」
後ろにいたのを感じ取られていて、そんなことを聞いたらしかった。
「うん、聞こえて、ました」
そう返すと彼女は崩れるように頭を落として、膝に手をついた。ため息をつきながら。
「あの、大変恥ずかしいんだけど、私、どこに行けばいいのかわからなくて……」
らしい。
話を聞くと、彼女はこの大学内をさまよってもう二十分も経っていて、頑張って元の寮のところまで戻ったが、行くところがどこなのかわからないとのこと。
そこで、他の人に聞こうとしたらさっきの男の人と目が合ってしまってさっきの出来事になった。
「もう迷子だからあの人に連れてってもらおうともちょっとだけ思ったんですけど、私今お金ちょっとしか持ってなかったし、それに、明らかに怪しそうだったから怖くて。だから、一緒に他の人に聞きに行きませんか!?」
ん?
僕に聞いてくると思っていたら、一緒に他の人に聞きに行く?
「え、僕、迷ってないけど……」
そしたら彼女が目いっぱい口と瞼をひらいて「え!?」とさっきみたいな大きな声を出した。
「え、貴方も、あの人に道を聞こうと思ってたんじゃなかったんですか!」
どうやら、僕が間に入ろうとしたのを、自分を助けるためではなくて、自分と一緒に連れて行ってもらおうと僕が考えたために口を開いたのだと思ったらしい。それで、自分が勝手に男の人を返すようなことをしてしまったから、一緒に他の人に聞きに行こうとしたらしい。
「いや、昨日寮に着いて、一回指定された教室がある棟に行ってみたから、僕は大丈夫なんだよ」
入試の時のトラウマで、絶対に迷子をするまいと僕は昨日道を確認しておいていた。
「あ、そうなんですね」
スゥといった音がつきそうな顔をしながら目をそらされた。
自分で道を聞こうとは思っていたものの、やっぱり仲間がいたほうが聞きやすいのだろう。僕もそうだ。
あの時、あの白い髪の男の子?にクルメル先生を紹介してくれなかったら僕は不安で心が潰されそうになっただろうから。
だからこそだ。
僕が、あの白い髪の男の子になりたい。この女の子にとっての。
「あの、一緒に君の行こうとしてた棟がどこか聞きに行ったり、する?ここ寮の前だし、一回寮の中に戻ってホールにいる人に聞いても、とか」
そう提案すると今度は、ぱぁって音が鳴りそうな顔でまたこっちを見てきた。
「良いんですか!」「もちろん」「本当ですか!」「もちろん」「さっきの人みたいにお金取ったりとかしませんか!?」「もちろん」って感じで、僕がもちろんとしか話さずに、二人で寮に戻ることにした。
「ねぇ、君が指定された教室ってどこなの?」
「えぇっと、A2棟のF‐3教室です!」
彼女は僕と同じ特級クラスで、行先は同じだった。