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魔術教師リノの生き方  作者: 桐生拓真
プロローグ
4/7

他人のために

 魔術大学に合格した。

 この大ニュースは、家をめちゃくちゃやった。

 具体的にはパーティ―がすごかった。おかしかった。それのおかげで家の半分がぶっ壊れた。はしゃぎすぎて。


 そんなこともあり、僕の入学手続きは問題なく進み、ついに三日後から学校生活が始まる。というか、明日家を出発して魔術大学があるリオーネへ向かう。ここ精霊国ケイオスからは通常なら約一か月かかるが、学校側がある方法で途中からは送ってくれるということで、その集合場所がここから約二日という位置なのだ。

 

 そのある方法で約三十日分もの距離を短縮できるのだから、それはそれはびっくりだ。聞かされた時はすぐには理解ができなかったけど。

 

 魔術大学は寮生のため、これから六年間は家族とは会えなくなるかもしれない。一応長期休暇には帰ってくるつもりだけど。

 

 そんなわけで今日は送別会って感じでパーティーをやった。前よりもちょっと控えめに。家を破壊した父がちょっと小さくなりながら。

 

「ゼス、本当におめでとうな。これからのこと、漠然とした不安もあるかもしれんが、お前ならきっと何とかなる、と俺は思ってる。でも、だ。ゼス、何とかならなかったら、きちんと、逃げて来いよ」


 酒を飲みながら父が言ったこの言葉は、きっとこれから大事にするべきものなのだろうと、自分でもわけもわからずに思った。


 弟は今日も部屋で寝ていた。

 僕が五つのときからずっと寝ている。

 

 魔変病。

 それは今のところ原因不明の難病となっている。魔変病になったと初めてわかるようになるのは、腕が真っ黒になって、動かせなくなってから。それ以降はだんだんと意識が朦朧とし始め、適切な処置をしなければ、そのうち死に至る。

 

 治療方法は何もわかっていない。

 

 処置というのは、光の魔術を使える人が付きっきりで患者さんに魔術をかけて、症状を抑えるということ。それでも、患者さんは二週間に一回しか目覚めず、それ以外はずっと寝たきり。魔術をかけている魔術師の方も、患者さんとは違い寝たきりではないけど自分で食事もとれないくらい、他に何もできなくなってしまう。


 魔変病の患者さんの中には光の魔術師に頼らなくても生きることができる人もいるそうだけど、そんな人は世界に五人もいないってお父さんが言っていた。


 そして、一番魔変病が恐れられているのは、光の魔術師自体の数が少ないため延命すらできず、何もできずに死んでしまう人が多いということ。


 光の魔術は上位九属性の上に在る、とっても難易度が高い希少属性。そんな希少属性だから大体の光の魔術師は国専門の魔術師として働いている人がほとんどで、どこにも属していない光の魔術師を見つけられたとしても、自分の人生を差し出すような仕事をやりたがる人はいない。光属性じゃなくてもやりたがる人なんていないだろうけど。

 

 弟の処置を引き受けてくれた魔術師さんには本当に感謝だ。

 お父さんにどこで出会ったのって聞いても教えてはくれなかったけど。


「ゼス、聞いてくれ」


 お父さんが仕事をしているときみたいな真面目な目で僕を見てきた。


「ゼスが魔変病の研究をするために魔術大学に行くと決め、俺に話をしに来たとき、云おうと思ったことがあるんだ。ゼス、お前は、弟に振り回されなくていいんだ」


 びっくりした。

 お父さんに魔変病の研究のために魔術大学に行くと話をしたとき、お父さんは笑顔で頑張れよとたくさん応援してくれたから。これは、応援とは反対のことなんじゃ?


「俺は、あの時迷ったんだ。ゼスは魔術の才能があるから、魔術大学に行くことはとても良いことだと思っていたが、動機が自分のためではなく、弟であったことに。ゼスが自分を捨ててしまうのかもしれないと不安になった。


 ミンが魔変病になってからお前にかまってやる時間が少なくなってしまい、お前がどう思っていなかったとしても、ミンが魔変病になった時からお前の人生はミンに乱されているのではないかと、ずっと考えていた。


 そんなお前がミンのために魔術大学に行く。本来は自分を精一杯高められる場所を、自分だけを第一におけない環境にしてしまったことが、かわいそうに思ったし、そんな環境にしてしまった自分を責めた。ただ、理由はどうあれ、まずはお前のやりたいことを応援するのが大切なんだって、そう考えた。

 

 こんなこと今のおまえに聞くのは、大人としても父親としてもだめかもしれないが、今、お前は自分のために魔術大学に行くのか?」


 わからない。

 魔変病の研究の先に、自分の魔術の未来を見ることができたらと思っていたけれど、今少なくとも自分のために魔術を学ぼうとは思えていない気がする。


 というか、そもそも自分のためにこれまで行動してきたこと自体が少なかったように思える。ずっと僕の中には家族への遠慮と、自分ではなく弟が魔変病を患ってしまったことへの自責の想いがあった。この自分への責めはただ、兄としてのやさしさじゃない。


 弟は魔変病にならなければ、僕よりもずっと優秀な魔術師になったかもしれなかったほど、魔術の才があった。

 

 ここは精霊国ケイオス。世界でもトップクラスに魔術を研究している国で、『精霊』との親交が厚い。


 精霊というのが何なのかは、魔術を勉強しないと理解できないといわれていて、僕も一回研究者さんに教えてもらったけど全く分からなかった。

 知らない単語だらけだったし、知っている単語があっても、それが理解できない不思議な感覚。きっとこれが『壁』というものなんだろうと幼いながらも学んだ。


 ただ、精霊の正体はわからなくても、特徴みたいなのは知っている。

 一つ目、『精霊は魔術の各属性の魔魅がそれぞれ固まっている』

 二つ目、『精霊はケイオスの国民にしか見えない』

 三つ目、『ケイオスで産まれた赤ちゃんは、産まれた直後に、その子が()()()使える魔術の属性の精霊が一週間憑く』


 この三つが僕の知ってる精霊の特徴。

 なぜケイオスが精霊と仲良しなのかは王族と一部の貴族たちが知っているらしく、それにはお父さんも含まれるが、国家機密らしく教えてくれなかった。


 重要なのは精霊の特徴の三つ目。


 通常、ケイオスに生まれる赤ちゃんに憑く精霊は多くて三つで、平均二つだ。僕は『水』と『氷』の二つの精霊がついていたらしい。


 ただ、ミンは異常だった。『火』『風』『雷』『補助』『召喚』の五つの精霊が憑いていたらしい。

 これはケイオス建国最大の数で、ミンが魔変病にならなければきっと、歴史に名を遺す偉大な魔術師への道を歩んでいたかもしれない。それほど天に愛された弟だった。

 

(どうして、僕じゃなかったんだ――)


 ミンの腕が黒くなっていくとき、僕はそう思った。

 なぜ僕ではなくミンが魔変病になったんだ。なぜ僕ではなくミンのほうが魔術の才能があるんだ。

 そして、『魔変病になるのが僕じゃなくてよかった』って、思ってしまった。


「僕はミンのために行く。自分のためじゃなくて。でも、その研究はぼくのためになる。だから、魔術大学に行く」


 そう云ったらお父さんは「そうか」と、どこか悲しそうに笑いながら僕の頭を撫でて、部屋へ行ってしまった。

 僕は何かしてしまっただろうか、と叱られた後のような気持ちになって、あまり楽しめずその夜のパーティーを過ごした。


 ***


 翌日、僕は寮生活に必要な荷物をすべて準備して、メイにその荷物を持ってもらって、本当は自分で持つって云ったけど持ってもらって、家の門の手前にいる。

 屋敷側には、中にいた人全員が僕のお見送りのために並んでいる。ちなみに受験に行くときもこんな感じだった。


 二か月くらい前のことを思い出していると、屋敷から僕よりひと回りもふた回りも小さい、薄着の男子が出て走ってきた。ミンだ。

 「兄ちゃん!」と言って僕に抱きつく。

 二週間に一回目を覚ますといっても僕らは全く会っていなかった。こうして触れ合うのは、もう何年もしていない。


「兄ちゃん、どこ行くの?」


 顔を上げて、目に涙をためて、ミンは僕に尋ねた。


「ミンの病気を治すために勉強してくるんだよ」


「でも!そんなの兄ちゃんに頼んでないじゃん!」


 今度は僕が泣きそうになった。

 昨日、お父さんの最後の顔の意味がミンの言葉で理解できた。

 僕は自分のためと言いながらも、僕がやる意味のない、無駄なことをしようとしていたんだ。


 そりゃそうだ。

 魔変病の研究は王級や帝級の魔術師がしても、今まで解明できていない。僕はそんな優秀ではもちろんないし、魔変病の研究なんてしなくてもいつかは解明される。


 僕が本当にすべきことは、魔術大学に行くことじゃなくて、ミンと一緒にいること?


「ミン聞いて。僕はミンに頼まれていなくても、ミンを救いたい。ミンと一緒に、楽しく暮らしたい。

 ミンは、お兄ちゃんと楽しく暮らしたくない?」


「そんなこと――!」


 ミンの言葉を聞く前に、今度は僕がミンを抱きしめた。


「ミンは、凄いんだよ。魔変病にならなかったらきっと、魔術の歴史の壁を越えられるような、すごい人になるんだ。

 だから、ミンの病気を治す」


 本当はこんなことを言いたくはない。

 だって、本心は全く違うから。もっと汚くてもっとずるくてもっと、もっと悪いやつだ。

 そんな気持ちはミンのそばにいると大きくなってしまう。ミンはそんな奴と一緒にいるべきじゃない。こいつは、すごい人になるんだから。


「ミンが治るまでは、お兄ちゃんにかっこつけさせて」


 ミンとしばらく抱き合って、メイが「そろそろ」と時間が来たことを伝えてくれたところで、僕らは離れた。


 最後までミンは納得していなかった。それは僕もだ。


 ミンにかけた言葉も、その裏で思っていたことも、何一つ本当の気持ちではなかったようなそんなすっきりしなさが残る。もやもやしている。


 でも、僕は旅立った。

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