8.お手伝い妖精
開店準備にとりかかるため1階へと移動を始める生徒たち。
大雑把に1階部分を冒険者ギルドのフロアとして活用しようという話にまとまった。吹き抜け構造が幸いし、広い中央スペースは受け付けエリアとしてもちょうどいい。
同じ1階の校舎北側の研修室から長机を運び出すとか、別棟へ続く北側渡り廊下の様子を見に行ったまま落下していったオリバーの救出とか、やることはたくさんだ。
「連絡通路は1階も2階もなくなってた」
オリバーは元気そうだった。履いていたサンダルの裏を気にしていたが、それは痛みなどの違和感ではないらしい。
「連絡通路のドアが出入口になるけど、土足で入ることになるね」
「そっかー、スリッパなんて用意できないもんねー」
麗央はそう言ったあとで、そもそも冒険者が律儀に履き替えてくれるんだろうか、という疑問も浮かぶ。いや、その前に、
「私たちサンダルしかないじゃん!」
校舎をぶつ切りにされたおかげで下駄箱がないことを思い出した。長机を4台それとなく並べていた他の面々も同じようにハッとする。
「外に出るときは靴いるよね」
「異世界の人たちに笑われちゃう。おいおいあいつら靴も買えないのかよっていじめられちゃうよー」
「肝心のソフトボールの練習ができないし!」
「先生靴ー」
「ええ……私ですか?」
困惑の色を見せるゼニスだが、他に誰が用意できるというのか。
「向こうからみんなの分持ってきてよ」
三毛が軽く言う。相手は神様だから軽くできないわけがないと信じていた。
「まあ……それくらいのサポートはもちろん構いませんが……」
「あの、ギルドの仕事もサポートしてくれるんですか?」
おずおずと顔を覗かせたのは倫子。良い質問だとゼニスがにっこり笑いかける。
「私は世界を見守る役目があるのでいつでもというわけにはいきませんけど、でもご安心を! みなさんのサポート用に専任の妖精を置いていきますよ」
「そうなんですねー、でも私たちだけじゃないのは安心です」
安堵する倫子の横では三毛と琥太郎が感激に浸っていた。
「まじ? 仙人てすごくない? いいの!?」
「千人はやばいね。俺らいらないじゃん」
「もう専任くらいで大げさですよー」
気をよくしたゼニスが「それでは召喚!」と両手を構える。
大きな光の球体が突如出現し、中からつややかな青緑色をした生き物が姿を見せた。
これは……。
一同は息をのむ。宙に浮きクリアスライム的な瑞々しさ感じさせるその生き物はどう見ても
「メンダコ……」
ヘルメット大のメンダコだった。色と大きさと生息域が異なることを除けば……そこまで違いがあれば別の生物としか思えないが、見た目はどうやってもメンダコだ。
「この子はターコイズ。仲良くしてあげてくださいね」
「ターコイズですー。よろしくお願いしますーっ」
名前もタコだし、やはりメンダコなのだろうか。そんな疑念を強くする中、三毛と琥太郎だけは震えあがった表情でターコイズを見つめている。
「仙人てタコになるの? 仙人ともなるとヒトをやめるってこと?」
「えーと。1……ん? 千人ってこんな少ないんだっけ?」
「じゃあ私はみなさんの靴を取りに行ってきます。ターコイズ、あとはお願い」
「あ! 待った!」
呼び止められたゼニスがくるりと振り返り、そして顔を暗くする。声の主は満だったため、さすがにもう悟ってしまう。ろくでもないことを言うつもりなのだろうと。
「たこ焼き器とか言いませんよね。ターコイズはタコじゃないですよ」
「いや……いってらっしゃいを言いたくてさ……」
勝った。ゼニスは満面の笑みで小さく手を振り、すぅっと消えていった。