1.異世界は徒歩0分①
市立ゴッサム高校。
この名前すらも説明が必要なのか疑わしい。異世界に行ってしまうのだから。
2階のどこからか楽しそうな話し声や笑い声が絶えず漏れていて、人気のない校舎と吹き抜けの構造のせいもあり1階にも明るい響きが幾重にも広がっている。
そんな音色に誘われるように、または早くその中に交りたいという気持ちからか、宇佐見三毛は階段を早足に駆け上る。
2-Cと書かれたクラスプレート。絶え間ないさえずりの発生源で、三毛の目的地だ。
「おーはよー」
快晴をそのまま瞳に写しこんだような表情で三毛が教室に入ると、すぐに級友たちが返事を返した。
「おーっす」
「おはようー」
「三毛おはよーっ」
入口近くの宮地琥太郎とグータッチを交わして教室内に目を移す。ぱっと見た感じだと8人くらいだろうか。朝のこの時間にしてはだいぶ集まっている。
中でも館林満と上西緩太の姿は意外だった。三毛にとって、ではなくて他のクラスメイトにとっても。満は下校時間に登校することもあるくらいだし、マイペースな緩太は今日の予定を覚えてないかもしれないと大半が思っていたくらいだから。
「ふたりとも早いね!」
嬉しそうに言う三毛に満は誇らしげな表情を返してみせた。
「昨日から帰ってないからな」
「おおっ! 賢い!!」
素直に感心する三毛とは対照的に緩太が不可思議そうな顔をしている。
「ん? もう放課後になってた?」
帰宅しない満に付き合っているうちに日付が変わってしまったようだ。
うーんそんなことある? なんてことを思う者は今更いない。もうこのクラスで過ごすのも2年目なのだ。まあそんなこともあるよねーと皆でニコリと笑いあってとりあえず円満解決した。
それから15分ほどで残りのクラスメイト達も皆教室へと姿を見せる。几帳面な小桜倫子が左右の手でダブルチェックしたから過不足なしで間違いはない。
「みんな集まったよ」
コザクラインコほどではないものの小柄な倫子がそう伝えると、円麗央が大きな声で周囲の注目を集める。
「よーし今日もはりきっていっちゃよおぉぉおお」
「おーっ!」
「円陣組むよー!」
教室の中央でクラス伝統の円陣を組み始めた時だった。
前方の引き戸が無遠慮に開けられ、女性が一人ゆったりとそのドアをくぐってくる。教室の生徒たちよりも多少年上だろうか。
小さなざわめきが起き始めるのを抑えるようにその女性は落ちついた声色を発した。
「おはようございます」
「!!」
皆が状況を理解するのに十分な挨拶だった。
「転校生だ!」
「ようこそー!」
「みんな歓迎会の準備しようぜ!」
「はじめまして!!」
即座に湧き上がる教室の空気に女性の瞳からは落ち着きの色が消え、代わりに若干後悔の色が浮かび始めている。
「お願い落ち着いて! 私は神です!」
歓迎一色のムードだった教室が一瞬で静まり返る。
何人かの女子生徒は顔を青ざめさせ、男子生徒は打ちのめされた姿を見せまいと強がっていたりもした。
「えっウソ……ショック……」
倫子が両手で口をおさえ、飛び出しそうな心臓を必死に留める。
「そんな……どうして今まで言ってくれなかったんだよ……クラスメイトだろ?」
問い詰めようとする学級委員長の瀧田竜星を琥太郎がなだめ、カメルーン人のオリバー・ブマルはカミの意味が分からずブラジル人のリッキー・ロボに聞いていた。
「ひどいよえーん」
ポロポロと涙を零す真白雪祭につられてもらい泣きする者も後を絶たない。
とにかくひどい状況だった。
神と名乗る女性はいったん心を無にした。