21.公爵からの婚約破棄と断罪だって。証拠は噂だけなのに…。
21.公爵からの婚約破棄と断罪だって。証拠は噂だけなのに…。
カテリーネ嬢と打ち合わせしたその夜、弟のレイモンドと話をすることにした。レイは忙しくもあるし、どうせなら夕食を取りながらにしようと私の部屋に呼んだのだ。
夕食の時間通りにやって来るレイ。忙しい中時間を作ってくれたようだ。食事を取りながら今日カテリーネ嬢から聞いた話を伝える。
「実はね、ゼルワン公爵令息の動きが活発になっているんだよ。」
レイが語り始める。
「噂話は十分広まった感じ、明日にでも婚約破棄と断罪を行う予定だそうだ。」
「場所は?」
「お昼の食堂でだそうだ。姉さんたちは食堂で昼食を摂ることが多いだろう?だから、そこで行うそうだよ。」
「でも、証拠が噂ではね…」
「ところが、カテリーネ嬢が婚約者である公爵令息の力を借りて行ったこととされている。力関係では覆すのは難しいだろうね。」
「でも、レイなら何とかなるのではないの?」
「まあ、僕が出ればね。今回は僕も断罪の場に呼ばれているし、そこで覆すこととするよ。」
「お願いね。私は学園内では庶民扱いなので、盾になれないから。」
明日の午前中にやることが増えた。少しでもカテリーネ嬢を守れるように戦うことにしよう。
日が変わり、午前中はものすごく慌ただしかった。学園長に会い、例外措置をお願いする。この例外措置は過去にも例があったとのことなので、意外とすんなり通った。私が動いたことも要因の1つであるが。
次に、庶民ネットワークを通じて宿屋の双子に会うことにした。例外措置を受け入れるかどうかの確認である。2人は一も二もなく承諾した。とにかく今の環境から出ていきたいとのことだった。
「よく頑張ったね。でも、今度は我慢することないからね。」
私は2人に伝える。2人は感極まって泣いているよ。ここまでしてくれた者ども、許すまじ。
カテリーネ嬢に承諾をもらって、今日起こることをクラスメイトに伝えた。お願いすることは、食堂にいてもらうこと。仲間が多くいればそれだけ安心感が増すというものだ。また、クラスメイトは噂話を信用していない。噂より実際会っている時の印象が大事なことを知っているから。このクラスで問題は起きていないからね。
さあ、最低限の準備はできた。後は出たとこ勝負だな。相手はどれほど賢いかな?まあ、期待できないよね。こんなザルな計画を立てるのだから。おそらく公爵令息ということでごり押しする気だもんね。
なんやかんや事前準備ができた所で昼食タイム。私はすぐに動けるようにサンドイッチセット。イベントがあるとサンドイッチなので、これしか食べていないように見えるが、そんなことはない。でも、本音を言うと本日のレディースセットであるナポリタンが食べたかった…
いつもの取り巻き令嬢たちもサンドイッチ。私と同じ考えのようだ。いざというとき持ち帰りができるからね。机をバンされても散らかったりもしないし。
食事をしながら最終確認と雑談をしていると、こちらにやって来る集団が見えた。いよいよだ。
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集団の先頭にいたゼルワン公爵令息がカテリーネ嬢に向かって言い放つ。
「カテリーネ・アムゴナ子爵令嬢、お前との婚約を破棄させてもらう!」
婚約破棄を宣言したゼルワン公爵令息はナルシストっぽく自分に酔いしれている。
カテリーネ嬢は立ち上がり、ゼルワンの前に立って戦いを始める。
「婚約破棄とは穏やかではありませんね。なぜ人が多くいる食堂で言うのですか?」
「2人でだと言った、言わないの論争になる。皆に立会人になってもらうためさ。婚約破棄に足る原因がお前にあることも知ってもらうためにな。」
「私には婚約破棄の原因など何もありません。一体、何を根拠に言っているのでしょうか?」
ゼルワンはやれやれといったポーズをとる。それもわからないのか、そこまで自分にいわせるのかといった感じだ。一通り格好つけてから、話を続ける。
「わからないのであれは、一つ一つ説明してやろう。
まず一つはオレへの態度だ。オレから何度も手紙を送ったり、誕生日にはプレゼントを贈ったりしたが、お前からは一切手紙もプレゼントももらっていない。一緒に出掛けようと誘っても、何かを理由にすべて断った。
二つがっている目はオレの名を利用して様々な人の悪口を広めたことだ。噂としてかなり広がっってしまった。
最後は1-Aの庶民を同じクラスメイトを使ってイジメたことだ。これには商人を連れてきている。さあ、証言したまえ。」
ゼルワン令息はそういって、連れてきた人たちを促す。
最初に反応したのはメリダとマリナの双子だった。
「私たちはクラスでイジメられていました。小突かれたり、教科書や運動着をを汚されたりと、色々されました。」
それに合わせて、数人の男性が補足するように答える。
「俺たちはそこのカテリーネ嬢の指示で双子にいじめを行った。カテリーネ嬢が悪いんだ!」
ゼルワン令息はこの証言に繫げるように語り始める。
「このように、全てはカテリーネ嬢に非がある。そこで、オレはカテリーネ嬢との婚約破棄を宣言する!そして、新たな婚約者を紹介しよう。私の隣にいるキャリナ・サンネス伯爵令嬢だ!」
ゼルワン令息が高らかに宣言する。それを遮るかのように声が掛かる。
「意義あり!」
そう言ってゼルワン率いる集団の中から男女のペアがゼルワン令息の前に出てきた。レイモンド第一王子と生徒会役員のクリステラ侯爵令嬢だ。両人ともクラスが1-Aなので、集団に混ざって食堂に来たのだろう。
レイモンド王子がゼルワン令息に向かって言葉を発する。
「私たちの調べでは、カテリーネ嬢は何も指示をしていない。全てはゼルワン令息、君が流したものだ。それに後ろの面々の証言も間違っている。あくまでイジメの指示はゼルワン令息名で出されたものであって、カテリーネ嬢の指示とはなっていない。証言は正しくするべきだ。」
レイモンド王子は今までの発言について異議を述べる。続けて王子はゼルワン令息に問い掛ける。
「ゼルワン令息、君は何をしたいのだ?」
その答えに応じず、ゼルワン令息は肩を震わせている。笑いをこらえているようだ
「やっと王子と直接会うことができた。これで計画が成功する。」
そう言って笑いながらゼルワン令息は右手の手のひらを王子に向ける。その瞬間、ゼルワン令息の周囲が光り輝いた!
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「カテリーネ・アムゴナ子爵令嬢、お前との婚約を破棄させてもらう!」
あ~あ、とうとう目の前で婚約破棄が起きたよ。まさかとは思ったけど、本気でザルな計画を実行に移すとはね。ゼルワン令息って何者なんだろうね。ところで、ゼルワン令息の隣にいる女性は誰だろう。
よくと観察しようとしたところで「妹」から切羽詰まった声で私に訴えてくる。
「お姉ちゃん、ゼルワン令息はマズイよ。この人、人を操れる!精神をも操ることができるの!」
続けて、ナターシャちゃんから声が掛かる。
「ゼルワン令息と隣の令嬢とが魔法の糸でつながっている。操られてるのかも。」
非常事態が起きていると判断し、ゼルワン令息を急いで鑑定する。簡単に言っているけど、鑑定は非常に高度な魔術だ。なにせ入ってくる情報が多すぎて慣れないと頭がパンクしてしまう。膨大な情報の中から、必要な情報を取捨選択する必要があるのだ。慣れてくると欲しい情報だけを鑑定することができるらしいが、それまでは頭痛に悩まされることになる。私もそんなに上手ではないので、鑑定した時にある程度の情報が一気に押し寄せてしまう。そのため、頻繁に鑑定はできないのだ。
ゼルワンを鑑定したところ、スキルが「操糸」であった。もとは糸を操る
ものであるが、応用すると「操り人形」として物を操ることができる。それを発展させたのが、「人間を操る」ことなのだろう。肉体的にも、精神的にも。しかも、いつの間にかレイモンドがゼルワンと対峙している。このままだとレイモンドがゼルワンに操られてしまう。それを阻止すべく、封印していた魔法を解放することにした。右手を向けてゼルワン令息に魔法を掛ける。ゼルワン令息の周囲が一瞬光り輝いた!
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ゼルワンの周囲が光り輝き、現れたのはダイヤの檻。檻の中にゼルワン令息が閉じ込められている。檻の中でケタケタ笑いながら右手をレイモンド王子に向けていた。
「王子よ、私の言うことを聞くがよい!」
そう言ってスキルを発動しようとするが、発動しない。また、発動していたスキルも解除されている。その結果であろう、隣にいた令嬢が崩れ落ちるように床に倒れ込んだ。そこにクリステラ嬢とカテリーネ嬢が急いて駆けつけ、介抱する。この異常な空間の中でさすが反応が早いな、と感心した。
「なぜだ、なぜスキルが発動しない。」
戸惑っているゼルワン令息。そこに私はゆっくりと歩み寄りながら教えてあげる。
「そのダイヤの檻の中では魔法を使えないのよ。当然スキルもね。」
この「ダイヤの檻」は魔術ではなく、私のスキル「自由」を用いた魔法である。開発したものの、普段使いができないもので封印していた魔法の一つだ。なにせ、相手の自由を奪う代物である。本来であれば私の信念に反する禁忌の魔法である。しかし、ゼルワンは操り人形と化すことで人の自由を奪おうとした。そのため、封印を解いて魔法を発動させたのである。
「一体何が起きていたのか、私に説明してほしい。」
レイモンドが私に説明を促す。確かに説明がないとわからないことだらけだ。しかも全体を理解しているのは私だけ。今は庶民扱いとなっているため、言葉遣い等も気を付けてレイモンドに説明しよう。
「レイモンド王子、これは失礼いたしました。私は庶民のリルと申します。今回のことにつきまして、私から説明させていただいてもよろしいでしょうか。」
私は庶民となっているので、レイモンドに伺いをたてる形をとる。
「構わない。学園では身分で差別してはならないからね。説明をお願いするよ。」
ここでの説明とは、レイモンド王子に対してだけでなく、食堂にいる全員に行うことである。今回のことをあえて皆に知ってもらうことで、ゼルワン令息の罪を暴き、カテリーネ嬢に非がないことを周知させるのだ。なお、レイモンドと私は阿吽の呼吸でこれまでのことについて意識のやり取りをしている。
私は少し声を張り上げて説明を行う。
「ゼルワン令息は、人を操るスキルを持っております。このスキルは人を肉亭だけでなく精神をも操ることができます。それを用いてそちらのキャリナ嬢を操っておりました。今回は、カテリーネ嬢に非がある形でカテリーネ嬢との婚約を破棄し、キャリナ嬢と新たな婚約を結ぼうとしたのです。さらにレイモンド王子を操り、婚約破棄と新たな婚約を認めさせようとしたのです。さらに王子を操ることで、王宮をも牛耳ろうとしたのです。」
王子を操って何をしようとしたかは実際の所わからないが、これは言ったもん勝ちである。だいたい王子を操ろうとした段階で国家反逆罪である。誇張していってもいいだろう。
「大勢の前で婚約破棄も問題だが、私を操るなど、とんでもないことをしようとしたものだ。城に連れて行ってじっくりと『おはなし』を聞かなくてはな。」
「その前に少々時間をいただけませんでしょうか。この者に言いたいことがありますので。」
レイモンドは考えるそぶりをしてから許可を出してくれた。まあ、このことはアイコンタクトですでにやり取りは終わっているのだが。
「メリダさん、マリナさん。ゼルワン令息に言いたいことを言いなさい。」
私が2人に促すと、2人はゼルワンの前に行き、気持ちを吐き出した。
「お前のせいでイジメられたんだ!」
「教科書は破られるし、荷物は捨てられる。小突かれたり転ばされたりもした!」
「「庶民だからってバカにするな!私たちだって学園の学生なんだ!」」
2人はただ勉強したかっただけ。よりよい教育を受けられるこの学園を選び入学してきたのだ。貴族のプライドのためにつぶされていいわけがない。
「2人とも、明日からB組においで。私たちと一緒に勉強しましょう。学園長には話はついているわ。」
「「ありがとうございます。明日からよろしくお願いいたします。」」
A組から移れると知って笑顔で答える2人。さて、A組の連中はこのことについてどう感じているのだろうか。
「メリダとマリナとやら、君たちをイジメていた学生にはしっかりと罰を与えるので、それで許してほしい。」
レイモンドが2人に話をしている。イジメを止めようとしていた王子の意向を無視してイジメていた連中だ。しっかりと罰を受けてもらいたい。
「キャリナ様、具合はいかがでしょうか?」
クリステラ嬢とカテリーネ嬢に支えられて介抱されているキャリナ嬢に声を掛ける。キャリナ嬢はさすがに私のことをご存じのようだ。それなりの形でこちらの問いかけに答えてくれた。
「体がまだフラフラしておりますが、頭は大丈夫です。ゼルワン様に操られておりましたが、意識はありました。何が起きていたかは理解をしております。」
「そのゼルワン令息に言いたいことはありますか?今のうちですよ。」
「はい、言っておきたいことがありますので、そばに連れて行ってもらえませんか。」
キャリナ令嬢の意志に答えるため、クリステラ嬢とカテリーネ嬢が支えてゼルワン令息の前に連れていく。
「ゼルワン様、私を操っても私の心は変えられません。私はあなたのことがもともと大嫌いです。私はあなたと婚約などいたしません。勝手なことは言わないでください。」
「大丈夫よ。もう二度と会うことはないでしょうから。」
私がキャリナ嬢に伝える。併せて、カテリーネ嬢に促す。
「カテリーネ様も言いたいことがあったら行ってしまうといいですよ。」
「そうですね、では、ゼルワン様。あなたが指摘した件ですが、手紙もプレゼントも渡さなかったのはあなたの方です。一緒に出掛けようといってもン以下と理由を付けて断ったのもあなたの方です。私のことに切り替えないでください。婚約者だからとあなたに尽くそうとしても答えなかったのはあなたです。婚約破棄は受け入れます。ただし、あなたの責として。噂の件も、いじめの件も、私を断罪するための手だったのですよね。私は何もしておりませんので、その件も罰を受けてくださいね。」
よく言った。これで婚約破棄はゼルワンから言い出したことで、責はゼルワンにあることとなった。噂やイジメの件はレイモンドがカテリーネ嬢ではなくゼルワンのせいと宣言しているので、カテリーネ嬢にはなんら非はない。これで問題は解決となる。ただ一つを除いて。
「では、王城の兵もやってきたので檻を解除してくれないか。」
レイモンドに言われて周囲を見ると、兵がやってきていた。一つだけやることがあるので、その時間をもらおう。
「レイモンド王子、もう一つだけすることがございますので、もう少々時間をください。」
「わかった。なるべく早くしてくれ。」
「了解しました。」
そう答え、私はゼルワンの前に立つ。
「この庶民が。お前のせいで計画が狂った。早くこの檻から出しやがれ!」
ゼルワンがわめく。さて、ゼルワンにとどめを刺そう。二度と同じ行いができないように。
「ねえ、ゼルワン。私のことが誰だかわからないようね。まあいいわ。そのまま絶望することね。」
そう宣言し、私はゼルワンに対し、精神に作用する闇の魔術による睡眠魔術を発動する。この檻は中からは魔法やスキルを発動できないが、外からは中にいる者に発動させることが可能なのだ。
私の魔術にかかったゼルワンは崩れ落ち、眠りにつく。魔術なので、ゆすっても起きない。時間が経てば起きるようにしたので、気づいた時には王城の檻の中だ。
併せて私はスキルを発動する。私が行ったのは「スキルの消滅」だ。人の自由を奪うスキルを消し去る。これは私の禁断の魔法。自由を守るため、自由を脅かすスキルを消し去るのだ。あまりにも危険な魔法のため、自分のスキルにより封印していたものである。封印解除の条件は、「人の自由を奪う危険なスキルの場合」であり、通常は使えないように封印している。「ダイヤの檻」も同様に封印しているのだが、こちらはスキルではなく「人の自由を奪う行為の場合」という条件のため少しだけ条件が緩い。
スキルは誰にでも存在し、人の心に直結しているため、スキルを封印したり消滅させることは心を傷つける行為と一緒で本来は許されない行為であると認識している。しかし今回は危険なスキルで、使い方も問題であった。大罪を犯したということでスキルを消滅させることに踏み込んだのだ。
ゼルワンも寝ていることだし、危険性はなくなったということでダイヤの檻を解除する。
「ゼルワンを眠らせておきました。時間が経つと起きます。これで安全に連れて行くことができますよ。」
私はレイモンドに伝え、後のことをバトンタッチする。レイモンドは兵に指示を出し、ゼルワンと一緒に城に向かうという。国王である父上に直接報告をするためだろう。
クリステラ嬢とカテリーネ嬢はキャリナ嬢を支えながら医務室に連れていくようだ。
これで婚約破棄と断罪の件はケリがついた。しかし、こんな大ごとがあった後で、午後の授業は成り立つのかね。少なくとも私は無理だ。鑑定も行ったので頭痛がひどい。どこかで休まないと…