3.新しい命とヤツと
やっと短編に追いつきました。
短編との違いに気づいてくれるといいな。
3.新しい命とヤツと
逃亡生活も7か月が経った頃。
台所で作業している母上の様子がおかしい。なんかえずいてる。
そういえば、最近の食事もおかしい。サラダと果物ばかり選んで食べている。
「母上、だいじょうぶですか?」
「ええ、問題ないわ。ちょっと気持ち悪くなっただけよ。」
「ところで母上、この症状、何が原因かわかりますか?」
「おそらく…」
母上も気づいていたらしい。
ふもとの町に行き、医者を連れてくるといい、家を出る。
なぜ医者を?とぽかんとしている父上。あなたも関わってるんだよ!
町に着き、医者を探す。いつも買い物している果物屋のおばちゃんに尋ねると、名医がいるらしい。
しかも女医。ちょうどよかった。
医院に行くと、診療時間は終わっていたものの、対応してくれた。
状況を説明し、一緒に家に向かう。
家に到着すると、意味が分からずぽかんとしている男性3人衆。
それを放置して、母を診察してもらう。
「おめでたですね。」と女医。やっぱりね。
ここにきてやっと事情が分かる男性3人衆。そりゃそうだ。女性のことがわからなくても仕方がない
まったりライフがまったりすぎて、やることをやっていたらしい。
仲が良いのはいいことだが、状況を分かってほしい。少なくとも出産し、赤ちゃんが動かせるようになるまで城に帰れないんだよ。
何度も話し合いを重ね、王城奪還を一年後と決めたんじゃないか。一年半は動けないよ。
母上にはなるべく安静にしてもらい、無事出産してもらうしかない。
女医さんにお礼をいい、診察料を渡す。定期的にこちらに診察に来ると女医さんから提案された。ありがたい。
よろしくお願いします、というと、わかりましたと返され、町に帰っていく。
魔物もおらず、平和な場所だから女性1人でも出歩くことができるのだ。
家に戻り、皆が集まってるリビングに向かう。
「で、どうするの?予定では一年で王城奪還の予定だったんだけど。」
「面目ない」と父上。
「そうだな、一年半といったところか」と宰相。私と同じ意見だ。
「そうねえ、そのくらいになるわねえ」と母上。
「では、あと11か月後ということで、予定を組み直してください。」と私。
皆がそろってうなずいた。
その後、家の中の役割分担が変わっていく。
なるべく母上の負担にならないよう、食事担当はメインが私となった。
洗濯は弟がしてくれている。食事も手伝ってくれるんだよ!どんな前世だったのよ。
そうこうしている間に逃亡生活も一年が経とうとしていた。
いつものように町に買い物に来た。服装は依然ここで購入した外出着だよ。平和なのにわざわざ冒険者の服装で来ないよ。
でも今日の町の雰囲気が変だ。何かがおかしい。頭の中で警笛が鳴る。
本能的にアイテムボックスから短刀「揚羽」を取り出し、後ろを振り向き、腕を振るう。
悲鳴を上げて持っていた武器を取り落とす暴漢。
アイテムボックスからロープを取り出し、暴漢を縛り上げる。後ろから武器で襲い掛かるのは悪者。異論は認めない。
「あなた、すごいわねえ」といつもの果物屋のおばちゃんが話しかけてきた。
「こいつ、何者なんですか?」
「あたしたちにもさっぱりだよ。」
しばらく襲われけがをする事案が続き、困り果てていたそうだ。
気配を消せるのだから、一般人には荷が重い。
騒ぎを聞きつけ、警備兵がやってきた。
状況を説明し、暴漢を引き渡す。
「余罪と、この町に来た理由をしっかり聞き出す必要があると思います。」
と伝える。一緒に詰所へと言われたが、丁重にお断りをする。こんなことで束縛されたくはない。
さっさと買い物を済ませ、家路へと向かう。
家に着き、父上に事の顛末を伝えた。
「そうか、物騒なものよのう。なあ、リルよ、明日から冒険者の格好で町に買い物にいくこととしないか?
冒険者がいるだけで抑止効果になるじゃろ。」
なるほどな、と思い、賛成の意としてうなずいた。
次の日、冒険者の格好で町に繰り出す。
私を見つけ、目を丸くする果物屋のおばちゃん。
「あんた、冒険者だったのかい。」
「そうよ、赤の冒険者リルちゃんってね。でも、始めてこの町を訪れた時、この格好だったよ。」
赤とはいっても落ち着いた赤色である。色とデザインは母上の案である。
「一年ほど前だから、覚えてないねえ。」
そんな会話をしつつ、買い物を済ませる。
他の店でも買い物を済ませ、最後に詰所による。昨日の暴漢の情報を聞くためである。
「あの男は何も考えずにこの町に流れ着いたと言っている。自分の欲望のままに襲っていたようだ」
と警備員は語る。そんなはずはない。が、あの男のことだ。指示があっても忘れているか理解していないのだろう。
丁重に礼を言い、家路に着く。何かが起こりそうな不安を感じながら。
そして章の冒頭に戻る…
春のやわらかい風が心地よく吹いている。
夕方なので早く帰らなきゃ。
ふもとの町で買い物してきた荷物をアイテムボックスに入れ、私は色々なことを考えていた。
もう、逃亡生活が一年となる。母上は臨月を迎え、いつ出産してもおかしくない。
女医さんはいつ出産してもいいように家に待機してくれている。
逃亡から今までいろいろなことがあったな、と何があったか一つ一つ思い出していると、後ろからまがまがしい気配がやってきた。
「見つけたぞ、小娘。」
振り向くと、見たくもないのがいた。
ヤツだ。王になりたくて父上を追い出したヤツ。(実際にはさっさととんずらしたのだが)
急いでアイテムボックスから鎧を取り出す。以前私が退治したファイアドラゴンのスケイルメイルだ。やり方によってはアイテムボックスから直接着用することができる。
冒険者ルックなので、武器の刀もすでに装着している。
「何の用?」
「弟に合わせろ。」
「なんで?」
「俺を王として認めさせる。」
「無理ね。もともと王は能力で決まる。血筋ではない。別のものに能力があったらそちらが王になれる。」
「王のあかしをよこせ。」
「そんなものはない。先代が指名し、貴族会で承認される。現王が生きている以上、新たな王が誕生することはない。」
「今のままではうまくいかないんだ。マニュアルをよこせ。」
「そんなものはない。その時代の王が自分で努力して統治してきた。どうせ戦争を起こそうとしたものの、何も準備もできなくてやきもきしてるんでしょ。」
「それの何が悪い。」
「王に必要なものは、民を思い、国を思う心。あなたにはそれがない。だから王になれない。王になる資格などない。」
「うるさい!」
言うと同時に、大剣を振りかざし襲ってきた。速い!
急いで刀を抜き一撃を受け止める。女性の私には重い!
急いで無詠唱で身体強化の呪文を発動し、力負けしないようにした。
でも、ヤツの攻撃は続く。こちらは防戦一方となっている。先を取られた!
剣をさばきながら相手の動きを注意深く観察する。
ヤツが剣をふりかぶり、力を込めて振り下ろす。ここだ!
ヤツの剣を受け止めるふりをして…
ドカーン、という音とともに、土煙が舞う。ヤツはびっくりしているだろう。
なにせ、受け止められると思っていたのに、感触が全くないのだから。
なんてことはない。受け止める瞬間に後ろにテレポートしただけである。
しかし、すごいスピードと威力だ。利き腕を失ってからも戦いを忘れられず、剣の修行を続けたのだから。
できれば、その労力を別に使ってほしかったものである。
「さて、仕切り直しね。今度は私から攻撃する。ついてこれるかな?」
言うと同時にヤツに突っ込んでいく。今度は万全に、刀には攻撃力増加と破壊防止、身体には身体強化の呪文をすでにかけている。
身体強化の呪文でいつもよりスピードが速い。そしてこちらの一撃も重くなっている。これも身体強化の呪文の効果だ。ヤツは一瞬びっくりしたが、不敵に笑った。
「この程度なら対応できるぞ、小娘。」
お互い攻守を変えながら刃をふるう。
ヤツの攻撃はさすがだ。本能なのだろうが、連続攻撃にパターンがない。微妙にずれていたり、違う攻撃が混じっていたりする。
それでも人には癖がある。ここでこういう動きをして、そして次は…
ヤツが大剣を振りかぶったところを下から鞘で手首部分にあてる。ヤツがびっくりしたところで間合いを取る。
私のスピードと太刀筋を目に焼き付けさせた。勝負はここからだ。
私は刀を左へ持ち変える。実は私は左利きなのである。
「まだまだいくわよ!」
そういうと今まで以上のスピードでヤツに向かっていく。びっくりするヤツ。そりゃあそうだろう。先ほどのが全力だと思っていたのだから。
そして太刀筋も先ほどと違う。対応しきれないヤツ。身体に傷がつくようになってきた。
傷が深くならないよう調整し、全身を傷まみれにする。派手ではあるが、致命傷にはならない。挫折感を味わわせるのが目的である。
とうとうヤツは大剣から手を放し、膝をついた。
それを見て、私は手を止め、刀に残る血を拭い、鞘に収める。
「あなたが我武者羅に追い求めてきた剣の道は、所詮その程度だった。祖父は命まではとらなかったのに。新しい人生を歩んでほしかったのだと思う。でも、それを違えた以上、ケリは自分でつけないといけない。いずれ王城を取り戻しに行くから、それまであがいてなさい。」
そういうと、ヤツはのろのろと立ち上がり、トボトボと帰っていった。
どれほど言ったことが響いているかわからないが、言いたいことは言った。
勝ったはいいけど、むなしい勝利だ。
家に帰ると、なんかあわただしい。産気づいたようだ。
1階にいる男性3人衆にお湯とタオルの準備を指示し、母上の部屋に向かう。
部屋に入る前に冒険者の服から着替える。なるべく清潔なもので対応しないといけない。
部屋に入ると、女医さんが母上に呼吸の指示をしていた。聞くと、あと2、3時間くらいで出産するかもしれないとのこと。
女医さんの指示に従い、お湯やタオルを運ぶ。この部屋に入れるのは女性のみだ。男性陣はシャットアウト。
3時間後、「おぎゃあ」生まれた。さすが女医さんの見立て。
産湯に入れ、よく水分をふき取ってから用意していた産着を着せる。母上が用意したんだよ。愛されてるんだよ。
そして母上のそばに赤ちゃんを置く。
「かわいいわねえ。私の赤ちゃん。生まれてきてくれてありがとう。」
女医さんは後処理を行っている。赤ちゃんの様子が気になって、つい鑑定眼の魔法を使ってみた。
私の鑑定眼は今ではスキルをある程度のぞくことが可能となっている。普段はしないけどね。
生まれたばかりで安定していないのはわかるが、それにしても、「命?」「救?」と気になる言葉が見える。
通常なら赤ちゃんの段階で見れる内容ではない。少なくともこの世界の赤ちゃんではありえない。スキルは心のありようなのだから。
もしかして、この子も転生者?そしたら王室5人ともになるじゃない。なにそれ。
混乱している私に、すべての処理を終わらせた女医さんが、
「そろそろ男性陣が入ってもよろしいかと。」
といってきた。
ありがとうといい、1階へ降りる。
やきもきしている男性陣に、無事生まれたこと、母上は体力を消耗しているので静かに会うことを指示し、2階に上がってもらう。
それでもつい声が出てしまうものである。
「でかしたぞ、ルーレシアよ。」
「かわいいものだのう。」
「ほんと、かわいいね。」
「男の子ですよ。」と女医さん。
「僕に弟ができたんだ。うれしい!」
あまり長居するものではないし、夜も遅いので、母上の部屋から皆退出することにする。
女医さんにお金を支払う。女医さんは、一度町に帰り、明日からしばらくの間通ってくれるという。ありがたい。
女医さんが帰った後、1階で3人を交え、夕方の件を伝える。
「よく怪我をせずに追い返したのう。さすがじゃ。でも、親としては心配だぞい。」と父上。
「でもこれで時間稼ぎはできたと思う。あとは決行の日まで準備を怠らないことね。」と私。
皆その言葉にうなずいてくれた。
夜も遅いのでまずは寝て、明日色々とすることとし、解散となった。
次の日、さっそく父上が赤ちゃんの命名を行っていた。
「儂はジョルジュと名付けようかと思うが、どうじゃ?」
「私に聞くんじゃなくて、母上と話し合ってください。」
といって、父上を2階へ上がらせる。命名は夫婦で行ってください。間違っても勝手に名付けないように。
しばらくして、父上が1階に降りてきた。
「ルーレシアも納得してくれた。名前はジョルジュだ。」
「弟の名前がジョルジュなんだね。かわいがってあげないと。」
とやんややんやとはしゃいでいる。
落ち着いたところで、今後のスケジュールを話し合う。
赤ちゃんの首が座るのが大体生後3~4か月といわれている。
安全を取って、決行は半年後と決まった。
もしリルちゃんとヤツが純粋に力比べをしたら、リルちゃんの負けです。
魔法と腕前と頭脳の勝利です。
楽に勝ったように見えますが、結構ギリギリです。
勝ちが見えたところで心を折りに行きました。