聖女の理 1
国と国の名産を共有するためにだけ存在する貿易国。
ただ世界の循環の目的で造られた海の上に立つ国ではあるものの、他の国のように仰々しい名は無い。それ故に貿易国と呼ばれているが、貿易国の建国に立ち会った者たちには〝名無し〟などと呼ばれている。
そうバルファに教えられていたアレフィティナは、アレクの話しに滞りになく着いていけていた。
「つまりあの三人はバルが最も嫌がることをしてきたって訳だな。……そりゃぁまた、随分と不運な奴らだな、元々最初に出会った時から馬鹿な奴らだとは思ってたが、ここまで馬鹿だと救いようがない」
「そうだよね……最初に出会ったあの時も名無しに向かう時だったじゃない? その時から調子に乗っているなぁーとは思ってたけど、バルファさんと対立するなんて」
早朝と言っても太陽が昇っている時間。
宿屋であるはずのこの場所には意外と誰も訪れず、今現在に確認出来ている来客はいなかった。
そのことについて聞きに来たアレフィティナは見事にアレクとディーナに捕まった。
「付き合ってるのか?」
「それとももう夫婦なの?」
「バルは? まだ起きないのか?」
「二日目だよ? 大丈夫なの?」
シチュー、ステーキ、サラダ、パンと豪華に並んだ食卓に座らされて長々と話していること二時間ほど経過しても尚、三人は朝食をとりながら会話を続けていた。
楽しんで……という解釈が合っているのはアレクとディーナだけだが、やはり朗らかな日常的会話が出来てるアレフィティナもまた楽しんでいるようで、まだまだ会話は終わりそうにない。
そんな楽しい会話の中で気になることが沢山あった。
「あのー……お二人はバルとは仲が良いんですか?」
質疑応答する中で心のどこかで引っ掛かるものがあった。
違和感ではない……。話している二人の雰囲気がまるで何年も前からバルファという人物のことを知っていたような、仲の良さでは片付けられない絆が垣間見えるのだ。
「そうだなー……バルの考えが大体分かるくらいには仲がいいな。勇者パーティとしてきた時にバルだけ皆と同じ宿じゃなかっただろう?」
「はい。私たちの方は民間の方々に色々とお世話になっていて一人一部屋使わせて貰っていたんですけど、隣の部屋からは音が一切しなかったので……」
「……まぁ、聞きたいことが更に増えたがそれは置いておこう。その時はこっちに来てたんだよあいつ」
「その時は私たちの両親が誘ったらしいんだけどね。すっごい不思議だったんだって、バルファさんの雰囲気が。確かね……密度が高いとかって言ってたかなぁ」
「そう。そして誘ったのは良かったんだけどな、俺たちが深夜にここに来た時はもう最悪な状況でよ。〝魔導一家〟の大黒柱二人とその支えがバルと一緒に祭りやってたんだよ、ここで」
「本当に凄かったなぁ……あれは。たった五人でよくあれだけ盛り上がっていられたよね」
二人からすれば、今となっては笑い話で終わるだろう。
少なくとも怒っている表情ではない。
「その時にオレたちも参加してな、色んな話を聞いたわけだ」
「でね、アレクくんが『お前が来た時には好きに泊まっていっていいぞ』って言ったの。だからバルファさんの手持ちに〝魔導一家〟の紋章――――瞳の中で巡る龍の絵柄が入ったバッジがあるはずだよ?」
「とは言え、ここに来るのがまさかの約二年後って早すぎるからな。何かあったのはすぐに分かったよ」
「しかも〝聖女〟であるアレフィティナさんを抱きかかえて来たんだよ? だから私たちは全力で助けるんだぁ。バルファさんの大事な人は私たちにとっても大事な人だからね」
二人が向けてくる優しすぎる笑みに思わず泣きそうなってしまう。
これまでバルファ以外の誰も向けてくれなかった情のある言動、勇者パーティの一員だったころの無機質な対応と「当たり前だろ?」という侮蔑の感情が籠る瞳で見つめられる冷たさを味わってきたアレフィティナにとってはこれ以上ない優しさであった。
「あ、あ……ありがとうございます」
「いいんだよ。バルの守りたいものは、オレの守りたいものでもある。バルが起きてこない間はこのオレが〝魔導一家〟の名に懸けて、お前を守ってやるよ」
「もちろん私もね?」
「それにしても……バルは目を覚まさないな」
「そうだねー、アレフィティナさんはどう見てる? バルファさんの状態。あれは疲れすぎって感じだったけど、それ以外にも何かあると思うんだよね」
極限の疲労、それは的を得ていると頷いたアレフィティナの表情はどうも浮かないものだった。
それは王都と貿易国を繋ぐ休憩場のような農村に到着するまでにアレフィティナ自身が何度か気を失っていた時間があったからだ。
ただでさえ王都で勇者パーティを退けて来た。
見たことも、ましてや感じたこともない歴戦武具の力まで使っている。
勇者であるフリートが持つ聖剣と同等……もしくはそれ以上の力だと、恐怖を覚えるほど痛感したのは記憶に新しい。
それがどれほどの負荷がかかるのかを、一番近くにいたアレフィティナでさえも知りえないというのが事実である。
「言い訳にはなりますが、私の精神面はかなりやられていたと思います。今までなら魔王を討伐するという目的のために気張っていられたのですが、王都の時はそんな状態じゃなかったんです。だからこそバルが一緒にいてくれることで安心してしまったのでしょう……。私はこの場所が見えてくる直前までバルに抱えられていました」
「つまり意識はなかったのか……」
「まぁしょうがないよね。それこそバルファさんが敵対するほどでしょう? それ相応にアレフィティナさんに何か言ってきたんでしょ、あの三人が」
「……思い出すだけでまたあの孤独感が押し寄せてきます」
「ということは、バルは今まで五人で行っていた戦闘を一人で――――しかも魔族たちが力を増す夜に一人でこなしてたことになるな。寝ていたアレフィティナを除いて四人、単純に考えればあいつは四倍の力を常に振るってたってことだな」
「全く……無茶するよね」
「わ、私のせいなんです。私が弱いから…………バルには迷惑をかけすぎています」
ここに来て初めての朝。
バルファの腕の中で眠っていたときは驚き過ぎて声が出なかったのは覚えている。そしていつの間にか、バルならば大丈夫だと思い込んで気が緩んでしまっていたのだろう。
普段なら欠かさずに食べている朝食の時間に起きてこない、加えて起きてくる様子もない。
事の重大さに気が付いて、アレフィティナは初めて焦燥に駆られた。
もしもこのまま目が覚めなかったら?
今寝室に迎えに行って、息をしていなかったら?
歴戦武具の代償によって手遅れなことが起きていたら?
――――そう考える内に自然と立ち上がっていた。
「うぉ!? どうした?」
「……私、少しバルを診ています」
「うんうん、それが良いよ。バルファさんが目を覚ましたら呼んでね? きっと沢山食べるだろうから、料理一杯振る舞っちゃうよ!」
「はい、ありがとうございます。ディーナさん」
もう駆け足とほとんど変わらない速度で、二階の一室に向かって進むアレフィティナを見送る二人。
「――――……ディーナ」
「うん……しっかり見たよ」
彼らは決して見逃してはいなかった。
アレフィティナの左手の薬指に、大量の魔力が送られていることに。
「ここに来て覚醒したか――――〝聖女〟として……」
「うふふっ、やっぱりお父さんたちの勘は外れないよね」
「だな。伊達に勇者の仲間やってなかったよな」
二人の夫婦もまた笑い合う。
これから訪れる祝福に、アレフィティナのこれからに。
奇跡を支えることの出来る〝聖女〟は、もはや世界をも支える力を持っている。
勇者が先導し開拓していく者であるならば、聖女はそれを支える者。
魔導を極めんとしている者ならば、誰しもが行きつく解え……
「〝勇者〟の誕生だ」
なんだろうね……
リアルでも感想貰ったからかな、調子に乗って書いたよね