ただ生きる意味の為に
「次の作戦、我々暗殺課には待機命令・・・。ナンバー・「1」に手を出すなとの命令が下りました」
吹連が告げた言葉によりその場に動揺が走る
その時、真っ先に声を上げたのは冬香だった
「なっ!? そんな馬鹿な事が!? 政府はナンバー・「1」を放置する気なんですか!?」
父親の仇でもあるナンバー・「1」を放置する事は、冬香にとってとても容認出来る様な事ではない
声を荒げそう主張するが、それに対する吹連の答えは意外な物だった
「いいえ。ナンバー・「1」に対する対処は、国連加盟国による多国籍軍により行われる事になりました」
「多国籍軍・・・!?」
その言葉に、神妙な顔で「9」が口を開く
「この街に再び軍隊を投入するつもりか」
「ええ。恐らくは先日のゾーフ襲撃、その時居合わせた国連監視団の報告があったからだと思われます」
「フン・・・。監視団の目の前で失態を犯したツケが回ってきたと言うわけだ」
そう責任を追及する様に吐き捨てる飛山、だが・・・
「なるほど。じゃが、理由はそれだけではないじゃろう?」
「4」は問いかける様に、吹連に続きを促す
吹連はその言葉に縦に首を振ると、続けて言った
「ええ、それは表向きの理由。彼らの本当の目的はナンバー・「1」の捕縛、そしてオリジンを手に入れる事でしょう」
「オリジンを!?」
驚きの声を上げる冬香に、「4」が言う
「先日のゾーフ襲撃の際、「1」はオリジンの力を狙う全ての国にとって、決して無視出来ない行動を一つ行ってみせた」
「無視出来ない行動・・・? それは一体・・・?」
「それは・・・オリジンの「移動」じゃ」
「!?」
「4」の語った言葉、オリジンの「移動」が意味する事とはつまり・・・
「今までオリジンは旧国会議事堂跡、つまりゾーフに留まり続け、如何なる手段でも移動させる事が不可能じゃった。よって研究もその場で行う事しか出来ず、結果としてオリジンは日本政府の主導で管理される事となっていたわけじゃ。だが・・・」
「・・・移動が可能となると、話が変わってくる」
「その通り。接続者を生みだし、人知を超えた力をもたらす存在。ナンバー・「1」を捕えれば、それの奪取が可能となる」
そう、国連軍の派遣の真の目的は治安維持などではなく、オリジンの奪取にあった。そして・・・
「ではまさか!?」
「うむ。儂らに「1」に手を出すなと命令が下ったのもそれが理由じゃろう。儂ら暗殺課に「1」を殺されてしまえば、オリジンの奪取も不可能となる。日本政府に圧力をかけ暗殺課の行動を封じ、その間に「1」とオリジンの両方を自国へ持ち去る、それが多国籍軍の魂胆じゃろう」
それこそが、今回の暗殺課への命令の真実・・・
だがその時、「4」の言葉に対し飛山が疑問の声を上げる
「だが待て「4」、編成されているのは「多国籍」軍だ。各国の目的が全てオリジンの奪取ならば、多国籍軍を構成する国同士でオリジンの奪い合いへと発展するのではないか?」
その飛山の言葉に対し、「4」はニヤリと笑みを浮かべて言った
「もちろんそうなるじゃろうな。だがその争奪戦が行われるのはグラウンドゼロ、衛星ですら内部の様子を観測出来ない閉鎖領域。であるならば、「何が起こっても問題はない」。例え「味方同士で銃を向ける」事になってもな」
その言葉に、飛山はゴクリと喉を鳴らす
「つまり・・・「1」とオリジンを巡って、この東京で戦争が起きると・・・そういう事か?」
「第三次世界大戦・・・と言うには規模は小さいがな。今頃どこの国も、可能な限りの戦力をこの東京へ送り込む用意をしておる事じゃろう」
そう、すでに事態は暗殺課とナンバー・「1」の争い等と言うレベルを遥かに超えた問題へと発展していた
未曾有の事態に対し、その場に居た全員が口を詰まらせる
だがその時・・・
「とは言え・・・作為的な物を感じる・・・」
ポツリと、「4」が呟いた
「・・・どういう事だ? 「4」」
疑問の声を上げる「9」に、「4」は答える
「先日のゾーフ襲撃で一つ疑問に思っていた事がある。何故、あのタイミングだったのかと」
「タイミングだと?」
「そうじゃ。「1」は我々の防衛網をすり抜け、ゾーフからオリジンを持ち去った。だがオリジンを奪取するのが目的ならばわざわざそんな苦労をする必要はない。国連監視団の護衛として儂ら暗殺課が配備されている、そんなタイミングで襲撃を仕掛ける意味などないはずじゃ」
その「4」の言葉に、その場に居た全員がハッとなる
そして、「9」が言った
「つまり、「1」にはそうする理由があった。そしてその理由と言うのが・・・」
「恐らく、今のこの状況じゃろうな」
そう、「1」はこうなる事を予測した上で、国連監視団の目の前で襲撃を行ってきたのだ
だがそうなれば当然の疑問が発生する、それは・・・
「自分を全世界に狙わせる事が「1」の目的!? そんな事に何の意味が・・・!?」
不可解、と言った表情でそう叫ぶ冬香、だがしかし・・・
「・・・分からん。いや、と言うより。「1」の目的は通常の価値観で測る事が出来ない事なのじゃろう」
その疑問に答えられる者は誰も居ない
「1」の行動の意味、それは恐らく「1」自身にしか理解出来ない物なのだ
だがその時、それまで口を開かずただ黙って皆のやり取りを聞いていた「13」が呟いた
「・・・この世界に神を降臨させる」
「何?」
「奴の行動の意味は分からない、だが目的はハッキリしている。「1」の目的はオリジンとの完全接続を果たし、万能の力を手に入れ。そしてその力を使い、現人類を抹殺する事だ。今回の件もそれに関係しているのならば・・・」
「オリジン・・・」
その時、冬香の脳裏に「1」がオリジンを持ち去る直前に言っていた言葉が浮かぶ
「感情・・・。そうだ、奴は私の憎悪の感情でオリジンが目覚めたと言っていた・・・! もし、今回もそうだとしたら・・・!」
冬香の言葉に「4」がハッとした様に驚く
そして次に、笑みを浮かべながら言った
「・・・なるほど。戦争ともなれば、そこに渦巻く人の心や感情は計り知れない。「1」は自分とオリジンという餌を用意する事によって戦争を起こし、それによって生まれる人の感情をオリジンに捧げるつもりなのじゃろう。さながら、神に捧げる生贄と言った所じゃな」
「恐らくその通りでしょう。「1」は戦争によってオリジンを覚醒させ、そして何らかの手段でオリジンとの完全接続を果たそうとしている」
全てが計画通り
全てがその男による、「神」を降臨させる為の計画だったのだ
明らかになった「1」の狙い
その事実を知った冬香は大きく声を上げる、だが・・・
「なら!!! 多国籍軍より早く! 「1」を殺害しなくては!!! 我々も行動を・・・!!!」
それに対する吹連の言葉は、現実的な言葉だった
「・・・残念ながら不可能です」
「なっ!?」
「・・・我々暗殺課は警察局に属する組織です。政府から動くなと命令された以上、我々に行動する権利はありません」
そう、それは至極当然の結論
東京特別治安維持課は政府により創設された秘密組織である、政府の命令に逆らう事は出来ない
だが、冬香は納得出来ないと吹連に対し訴え続ける
「奴がオリジンを手に入れれば、もう誰にも止める事は出来ないんですよ!?」
「分かっています」
「そうなれば! 人類が滅びるかもしれない!!!」
「それも分かっています」
「なら・・・!!!」
そう声を荒げる冬香に対し、吹連は至って冷静にこう告げた
「霧生監査官、我々は組織です。もし我々が独自の行動で「1」の殺害に動いたならば、その時点で我々全員が「裏切り者」と判断されるでしょう」
「!?」
「10年前、「1」の裏切りによって手痛い打撃を受けた事により、我々暗殺課に対する監視の目は当時より格段に厳しくなっています。もし我々が独自の行動を取れば、すぐさま政府は我々への物資の提供を停止し、逆に我々の排除に動く事でしょう」
「そんな・・・!」
武器弾薬、通信基盤、食料、人員
ありとあらゆる面で、暗殺課は政府の支援があってこそ存在出来る組織なのだ
そう言った政府からの支援なしで、「1」が率いる接続者達との戦闘に臨むのは無謀と言うより他にない
現時点で暗殺課に取れる選択肢は、既に一つしか残されていない状況だったのだ
「・・・」
ギリっと歯を食いしばりながら俯く冬香
吹連課長が言った言葉は紛れもない事実だ
どう足掻いても今の自分達に出来る事は何一つないという、残酷なまでの真実だ
だが・・・それでも・・・!!!
無言のままの冬香に、吹連は改めて告げる
「霧生監査官、命令です。我々は現状のまま待機、ナンバー・「1」に対する行動の一切を禁じます」
その吹連の言葉に対し、冬香は・・・
「いいえ。その命令は承服出来ません」
静かに・・・そう答えた
そして椅子から立ち上がり自分の懐から警察手帳を取り出すと、スッと目の前の机の上に置く
「これで私はもう監査官ではありません。私は私自身の意思でナンバー・「1」を追い、そして・・・必ず殺します」
その冬香の言葉に対し、吹連は冷静に告げる
「それがどういう意味か分かっていますか? つまり貴方は「裏切り者」になると言う事です、そして・・・」
その時、冷静に告げる吹連の瞳が「暗殺者」のそれに変わる
「暗殺課の機密保持の為、裏切り者を生かしておく事は出来ません。それを理解したのならば霧生「監査官」、椅子に座りなさい」
脅しではない
この場で吹連の言葉に従わなければ間違いなく彼女は私を殺すだろう
だがその事を理解した上で、冬香は答えた
「・・・私は父さんの仇を討つ為にこの東京に来た。それが私の・・・いや、それだけが私の生きる意味です。生きる意味を奪われたならば、それは死んでいるのと同じだ。私は生きる為に、奴を追います」
「そうですか・・・」
その言葉に、吹連はふう と息を吐く。そして・・・
「では準備を済ませたのならば本部から立ち去りなさい、それまでは貴方への追手は差し向けません。ですが本部から出たのならば、容赦なく始末させてもらいます」
「分かりました・・・」
そう答えると冬香は背を向け、会議室のドアに向かって歩いていく
そして、「失礼します」と告げると部屋から出て行った
冬香が暗殺課への離反を告げたすぐ後
新宿地下街へと向かう電車の中に冬香の姿があった
「ふう・・・」
緊張を紛らせるように息を吐きながら懐を探る
武器は回転式拳銃が一艇、弾は5発のみ
重火器を持ち出す事も考えたが、どうせ自分に扱える物ではないと諦めた
(今は方法は検討も付かない・・・だがなんとかして奴の懐に潜り込み。そして・・・)
そう決意の籠った表情で銃を握る冬香
その時、自動運転の電車が目的地へと到着する
プシューと言った音と共にドアが開くと、冬香は旧新宿の地下鉄駅跡へと降り立つ
そして駅から地上に向かって階段を登っていき、地下街にたどり着いた。その時・・・!
「クック・・・。ようやく来たか、待っておったぞ?」
「ッ!?」
目の前の暗闇からよく知った声が聞こえてきた、それは・・・!
「「4」!!!」
暗殺者ナンバー・「4」の姿だった!
「4」はいつも通りニヤリと笑みを浮かべながら冬香に告げる
「さて、儂が何故ここに居るかは・・・説明する必要もないな?」
その言葉にゴクリと喉を鳴らすと、冬香は言った
「本部から出るまでは追手は出さないと言っておきながら・・・最悪の相手を差し向けていたわけか・・・」
そう呟くと、すかさず冬香はリボルバーを構え「4」に向ける
「クックック・・・」
銃を向けられながら余裕の笑みを浮かべる「4」
その時、冬香の頬を一筋の冷や汗が流れる
(どう足掻いても勝てる相手じゃない・・・。だがそれでも・・・! もう私は引くわけにはいかない・・・!)
緊張した様子で狙いを定める冬香
だがそんな冬香に対し「4」は笑みを浮かべたまま言う
「何、怖がる事はない。双葉はああ言ったがな、別に殺したりはせん。しばらく動けん様に痛めつけるぐらいはさせてもらうが」
そう言うと、「4」は懐からナイフを取り出し片手でくるくると回す。そして・・・
「許せとは言わん。まあ、そう言う訳じゃ・・・!」
次の瞬間!
「4」は目にも止まらぬ速さで冬香の懐に走り込む!
「なっ!?」
引き金を弾く猶予すらなかった、気付いた時には既に手遅れの位置に「4」が居た
そして「4」がナイフを振るった・・・その瞬間!!!
ギィンッ!!!
「ッ!?」
「4」のナイフが大型のマチェットによってはじき返された!
「チッ・・・」
突然の乱入者に対し「4」は素早く一度間合いを離すと、冬香との間に割って入った乱入者に呟く様に言う
「・・・何のつもりじゃ?」
そう、それは黒のコートを羽織った白髪の暗殺者
右手の義手には大型のマチェット、左手には銃剣が付けられたハンドガン
顔を覆う仮面の右半分には笑い、左半分には悲しみ
決して感情を表に出さない彼の為にある男が用意した「仮面」
その男の背に対し、冬香は呟く様に言った
「「13」・・・」
そう、「4」と冬香の間に割り込んできた乱入者
それは死神と呼ばれる暗殺者、ナンバー・「13」だった
「・・・」
その時、「13」は無言のまま右手のマチェットを腰の後ろの鞘に納め、懐からもう一艇のハンドガンを取り出す
そして「4」と対峙したまま、背後の冬香に対して告げる
「冬香、命令をしろ」
「「13」・・・?」
戸惑う冬香に対し、「13」は続けて言う
「俺には生きる意味がない。だからどこで戦おうと死のうと、俺にとってはどうでもいい事だ。そう思っていた・・・」
「「13」・・・」
「だが・・・そんな俺にも一つだけ意味が見つけられた」
「意味・・・?」
そう問いかける冬香に、「13」は静かな声で告げる
「冬香、お前の仇、ナンバー・「1」を殺す。お前の願いを叶える事、それが生きる意味のない俺の、ただ一つの生きる意味だ」
「・・・」
そして「13」は、冬香に対しその意思を問う
「だから命令しろ。冬香、お前はどうしたい? 俺に何を望む? お前が望むのなら、その道を俺が切り開く。それが俺とお前の契約だ」
「私の・・・やりたい事は・・・」
「お前の意思を俺に示せ、俺に対価(生きる意味)をよこせ」
その死神の問いかけに対し、冬香はゆっくりと息を吐き心を落ち着かせる
そして・・・
「私達はこんな所で止まれない・・・! 邪魔をするのならば、誰であろうと容赦はしない・・・!!!」
決意のこもった眼差しで命令した!
「「13」!!! ナンバー・「4」を倒せ!!!!!」
「了解・・・!」
その言葉と同時に両手のハンドガンを構える「13」!
そして、「13」と「4」の戦いが幕を上げた!!!




