たった一つの感情
それは、10年前のとある日の事
私が16歳だった頃の事だ
プルルルル・・・プルルルル・・・
居間でテレビを見ていた私の耳に、プルルルルと電子音を鳴らす電話の音が聞こえてきた
私は少し面倒そうに立ち上がると、電話機の方へ歩いていき受話器を取り言う
「もしもし。霧生です・・・」
私の応答に対し受話器の向こう側から聞こえてきたのは、やや意外な人物の声だった
「お、冬香か?」
「あれ? お父さん?」
そう言うと私は、反射的に近くにあったカレンダーの方へ目を向ける
今日は平日
平日にお父さんから電話がかかってくるなんて珍しい
受話器の向こう側から聞こえてくる野太い声
私の父親、霧生彰
職業は警察官、現場主義の古臭いタイプ
けれど人望が厚く、それなりに偉い立場の人間・・・らしい
7年前、東京が色々と大変な事になった時期
私が9歳の頃、東京に単身赴任
それから7年間、一度も顔を合わせた事はない
とは言え父は結構マメな性格で、毎週日曜には必ず家に電話をかけてきた
話す内容はどうって事のない、他愛のない話がほとんどだったのだが
ともかく、父がそんなマメな性格だったせいか
7年間顔を合わせて居ないにも関わらず、私と父の関係はまあ普通程度には良い物だった
「どうしたの? お母さんなら今お風呂入ってるよ」
「ありゃ? そうだったか・・・」
「何か用があるならあとで伝えておくけど」
平日に電話をかけてくるぐらいだ、何か特別な用事があるのだろう
私はお父さんに問いかけるが
「んー・・・。いやまあ大丈夫だ」
お父さんは何やら少し思案する様な声を上げた後そう答えた
だがそんなお父さんの態度に少し奇妙な物を感じ、私は再度問いかける
「本当に何も伝えなくていいの? 平日にわざわざかけてくるぐらいだし、何か重要な用事があったんじゃない?」
「あー・・・」
私の言葉に、お父さんはまたもや悩み声を上げる
そして何かを決心したかの様に、私に話し始めた
「実はここだけの話なんだが」
「?」
「近々、父さんの所属してる組織である大規模任務が行われるんだ」
お父さんが仕事の話をするなんて珍しい
日曜にかかってくる電話の時もたまに仕事の話をする時もあるが
守秘義務がなんだとかで、仕事の具体的な話をする事は一度もなかったのに・・・
「組織って警察でしょ? 警察で何かやるの?」
「んー警察と言うか、警察とそこに所属する組織の合同任務みたいな物かな」
「ふーん? でもわざわざそれを報告する為に電話を?」
「あー・・・。実はその任務が成功したら、もしかしたらそっちに帰れるかもしれないんだ」
「えっ!?」
その言葉に私は思わず大きな声を上げてしまう
動揺する私に向かって、お父さんは続けて言った
「東京を、元の東京に戻せるかもしれない重大な任務でな。成功すれば街をまるごと壁で覆ったりする必要もなくなるし、街への出入りも緩和されるだろう」
「そ、そうなんだ・・・」
正直、私には父の言っている事がどれほど凄い事なのか、半分も理解出来ていなかった
ただ一つだけ分かっていたのは、もう少しでお父さんが家に帰ってくるかもしれないという事
「それなら頑張らないと」
「ああ。とりあえず任務を成功させて、詳しい話が決まったらまた電話する」
そしてその後、私と父は数分程他愛のない話をし
父は最後に
「じゃあ冬香。またな」
そう言って、電話を切った
そしてその数日後、父の部下を名乗る人物の電話により
私は父が亡くなった事を知ったのだった
「・・・10年前、お前の父親を殺した男だ」
目の前の男、ナンバー・「1」の言葉に冬香の思考は一瞬停止する
だがその直後、冬香の思考は凄まじい勢いで回転し始めた
動揺、不安、恐怖、困惑
ありとあらゆる感情が凄まじい速度で脳裏を駆け巡っていく
真っ白、もしくは真っ黒
全ての感情で冬香の心が塗りつぶされていく
そしてしばらくして・・・
「貴様か・・・」
最後に、たった一つの感情だけが残った
「貴様かァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!」
怒り
冬香の心を支配したのは、目の前の男に対する憤怒!!!
そしてすぐさま、冬香は感情の赴くままに、トリガーに添えていた指に力を込める!
パンッ!!!
発砲音が鳴り、弾丸が発射される! だが・・・!
「!?」
発射された弾丸は「1」の横を通り過ぎ、後方の壁に弾痕を残す
だがそれは「1」が回避したからではない
「どうした? 手元が震えているぞ?」
リボルバーを構える右手ががくがくと震え、狙いが定まらない!
「くっ・・・! くそっ!!!」
両手でリボルバーを保持し、無理矢理狙いを定める!
パンッ!!!
だがまたもや弾丸は命中せず、「1」の後方へと消えていく!
「当たらないッ!? 当たらない当たらない当たらないッ!!! クソックソックソォォォォォッ!!!!!」
叫び声を上げながら3発目の弾丸を放とうとする冬香! しかし!
「さっきも言っただろう? お前では無理だ」
「ッ!?」
瞬間! 冬香の懐に飛び込む「1」!
そして同時に、冬香の手の中にあるリボルバーを払う!
「くっ!!!」
カシャンと音を立てながら地面に転がる冬香のリボルバー!
そして「1」は左手で冬香の口を押さえる様に顔を掴むと、そのまま片手で冬香を吊り上げる!!!
「ンンッ!!!」
吊り上げられた状態のまま、冬香は空いた手足を使い「1」に拳や蹴りを叩き込む!
しかしそれらの打撃は、接続者である「1」には全く効いていない。その時!
「ッ!!!!!」
ドガッ!!!
冬香の左拳が「1」の顔面に突き刺さった!
しかしその一撃に対し、「1」はニヤリと笑みを浮かべながら言う
「ふむ、なかなかの感情だ。・・・そうだな、本当は「2」を使う予定だったが、お前で試すとしよう」
「ッ!?」
そう告げると、「1」は顔面に突き刺さっていた冬香の左手を右手で掴む!
そして握られていた拳を無理矢理開かせると・・・!!!
「まず一本」
ベキィッ!!!!!
右手の人差し指を手の甲に向かって思いきり捻じ曲げた!
「-----ッッッッッ!!!!!」
口を抑えられたまま、くぐもった声で悲鳴を上げる冬香!
「冬香ッ!!!」
すぐさま「13」は冬香を救出に向かおうとするが・・・!
「お前の相手は俺だって言ってるだろうがッ! カズミッ!!!」
「クッ!!! カズヤァァァァァッ!!!」
カズヤの追撃の前に、冬香の救出に行くことが出来ない!
「1」はそんな「13」に構う事なく、今度は中指を掴むと
「2本目」
ゴキィッ!!!!!
「ンンンンンッッッッッ!!!!!」
中指も強引に捻じ曲げへし折る! その時・・・!
「―――・・・」
冬香の手足から力が抜け、だらりと垂れ下がる
あまりの痛みに、冬香の脳はその機能を強制的に止め失神していたのだ。しかし・・・!
「3本目」
バキィッ!!!!!
「ッ!!!??? ッッッッッ!!!!!」
左手に走る激しい痛みに、冬香の意識は無理矢理覚醒させられる!
意識のシャットダウン、覚醒、シャットダウン、覚醒、シャットダウン、覚醒
それを一秒の間に数十回と繰り返す
「4本目」
気が狂いそうになる痛み
だがその痛みにより、何度でも冬香は正気に戻される。そして・・・
「5本目」
「1」は冷徹に、最後の指を捻じ曲げた
「・・・」
冬香の左手の指は全てあらぬ方向にねじ曲がり
その表情は虚ろなまま、何もない中空を眺めている
「さて・・・どうかな」
「1」はそう呟くと冬香の様子を観察し始めた
脳の中で火花が散っている、視界は真っ白
痛みは激しすぎてもう認識すら出来ない
でも、理由を考える意識だけは残っているらしく
頭の中では「どうして?」という言葉だけが、何万回と繰り返されていた
(私は・・・)
思い出すのはあの日、父の葬式の日
空っぽの棺の前で母は泣いていた
でも私は・・・?
私はどんな顔をしていたのだろうか・・・?
私は・・・思い出す事が出来ない・・・
「・・・してやる・・・」
「ん?」
その時、自然と言葉が出てきた
麻痺した頭の中、それでもこの言葉だけはハッキリと口にする事が出来た
「殺してやる・・・ッ!!!!! 絶対に・・・!!! 殺してやるッ!!!!!」
殺意
父を殺した男に対する復讐
それだけが、冬香の意識を現実に繋ぎ止めていた
その強烈な殺意の籠った眼差しに、「1」は笑みを浮かべ呟く
「ここまで痛めつけても折れないか。フッフッフッ・・・それでこそだ」
そして今度は残っていた右手に手を伸ばそうとした。だがその時!!!
「冬香ァァァァァッ!!!!!」
「13」はカズヤに向かって背を向け、「1」に向かって全力で駆け出す!
「戦いの最中に・・・敵に背を向けてんじゃねえっ!!!!!」
だが!
駆け出した「13」の背中に、怒りの表情を見せたカズヤが襲い掛かる! その瞬間!!!
キィンッ!!!
振り向いた「13」の右目が発光!
そしてその瞳から、凄まじい威圧感がカズヤに向かって放たれた!
「ッ!?」
「邪魔だッッッッッ!!!!!」
ドガァッ!!!
強烈な威圧感に飲まれ一瞬足を止めたカズヤに向かって、「13」は強烈な足刀を食らわせる!
「なッ!? 何ィ!!!???」
カズヤはその一撃に対処出来ず、意表を突かれた表情のまま大きく後方に吹っ飛ぶ!
そしてその隙に「13」は「1」に向かって間合いを詰めると、銃剣で「1」に向かって斬りつける!
「フッ」
その一撃に対し「1」はあっさり冬香から手を放すと、後方へと大きく間合いを離す!
「!!!」
ダダンッ!!!
それに対し! 「13」は両手のハンドガンから銃撃!
間合いを離す「1」を追撃する! だが!
キィンッ!!!
「何っ!?」
その瞬間!
「13」と「1」の間に割って入ったカズヤが、銃剣で弾丸を弾き飛ばす!
「さっきから言ってるだろ? お前の相手は俺だ・・・!」
「カズヤッ・・・!」
怒りを見せる「13」の表情
しかしそれとは逆に、「13」の思考は冷静に現状を把握していた
(前方にはカズヤとナンバー・「1」を名乗る接続者・・・、後方には怪我人が二人・・・)
状況は圧倒的に不利
それに加え、冬香と吹連課長の怪我もかなりの重傷だ
(敵の目的は不明だ、この場でオリジンを自由にさせる事はリスク。だが・・・)
そして「13」の思考はこの時点での最も合理的な判断を下す
「冬香ッ! 撤退するぞ!!!」
それは一時撤退
冬香と吹連課長を連れこの場から脱出する事だ
そして「13」は倒れている冬香に手を伸ばすが・・・その時!
パシンッ!
「13」が伸ばした手を、冬香は右手で思いきり跳ね除けた
そして「13」に向かって告げる
「私に構うな・・・!」
「冬香!」
「五月蠅いッ!!! お前は私と契約したはずだ!!! 私の仇を殺すと!!! 父さんを殺した接続者を殺すと!!! その仇が!!! 父さんの仇が目の前に居るんだ!!! 殺せ「13」!!! 私なんかどうでもいい!!! ヤツを殺せ「13」!!!!!」
余りにも強烈な負の感情
すでに冬香の意識は、「1」に対する殺意で埋め尽くされていた
「冬香・・・」
「13」が呟いた・・・次の瞬間!!!
・・・ゴゴ・・・ゴゴゴゴゴッッッッッ!!!!!
突如として! 激しい振動がその場を覆う!
「じ・・・地震!? いえ、まさかこれは・・・!」
吹連が呟く声と共に、「ソレ」が輝きを増していく!
「フッ・・・フッフッフッ・・・! ハッハッハッハッハッハッ!!!!!」
そして高らかな笑い声を上げながら、「1」が叫んだ
「ようやく! ようやく目覚めたか! 「オリジン」!!!」
強烈な光を放つ物体!
それは、ゼロ・オリジンの輝きだった!




