望み、抗う者
「君は壁の外に興味があるかな?」
それはカズヤがナンバー「1」達と行動を共にする様になって、数日経った頃
「壁? 東京防壁の事か?」
唐突な「1」の質問に、カズヤは首を傾げながら答える
「ああ、この東京中を覆うあの巨大な壁の事だ。君はあの壁の向こうに興味はないか? 行ってみたいとは思わないか?」
意図の分からない質問
それに対してカズヤは少し考え込み
「何を言っているのか、意味が分からないな」
そう答えた
そのカズヤの答えを聞いた直後、「1」はフッっと笑みを浮かべる
「・・・何が可笑しい?」
笑みを浮かべる「1」に少しイラつきながらカズヤが言う
だがそれに対して、「1」は意外な答えを返した
「すまない、予想通りの答えだったものでね」
「・・・どういう事だ?」
「以前、他の同士にも同じ質問をした事がある。そして全員が「質問の意味が分からない」と答えたのだ。行ってみたいでも、行ってみたくないでもなく、な」
「・・・」
その「1」の言葉に、カズヤは椅子に座りながら耳を傾ける
「こんな話もある、私がまだ暗殺課に所属していた頃の話だ。暗殺課が捕えた接続者の一人を、生きたまま壁の向こうの研究施設へ移送する計画があった。だが、丁度壁を越えようとした頃。その接続者は突然苦しみだし意識を失い、そのまま昏睡状態となった」
「何・・・?」
「そのまま研究施設へと移送されたが、その接続者は既に普通の人間と何ら変わらない状態となっていた為その研究も断念された。まあ、最後まで意識は戻らなかったのだがね」
「・・・何の話だ?」
取り留めのない「1」の話にカズヤが口を開く
「我々をこの東京に閉じ込めている物の正体だ」
そう言って「1」は逆にカズヤに問いかける
「考えた事はないか? あの東京防壁、接続者の能力なら簡単に超えていけるはずではないか? と」
その時、カズヤの脳裏に竜尾会の接続者「271」の事が浮かぶ
(音速を超える飛行能力を持つ接続者、確かに壁を超える事は容易かったはず・・・)
だが、カズヤの知る限り「271」は壁を越えて行った事は一度もない
と言うより、それを試そうとした事すらなかった
「不思議かも知れないが、それは当然なのだ」
その時、カズヤの考えを見透かした様に「1」が言う
「我々接続者はある一定の距離以上この東京から離れられない。正確には、国会議事堂跡で管理されているゼロ・オリジンからな」
「何だと・・・?」
「先程、私の質問に君は「質問の意味が分からない」と答えたが。それは君の脳が「壁の外を認識出来ない」様にさせられているからだ」
「認識出来ない・・・?」
「そうだ。だから「出たい」とも「出たくない」とも思わない、君にとって・・・いや、ほとんどの接続者にとって外は「存在していない」という認識なのだ。仮に無理矢理外へ連れ出したとしても、昏睡状態となり二度と目覚める事はない。我々接続者が壁の外に出られないのは、オリジンのかけた安全装置の様な物なのだ」
存在していない、認識出来ない
だから「271」も、他の接続者達も壁の外に出ようとしなかった
実際「1」の話を聞いていても、理解は出来ても納得は出来ていない
普通に話して理解出来ている様に見えて、実際の所は何も見えてはこない
「1」の話が真実だと考えれば辻褄の合う話ではある、だがしかし・・・
「だから、一体何の話をしている?」
話の意味は分かるが意図は理解出来ない
そのカズヤの問いかけに「1」はハッキリとした口調で答える
「私は君に言ったな? この東京から接続者を解放すると」
「ああ・・・」
「だがそれは東京防壁を破壊する等と言った意味ではない、我々を縛っている物はあの壁などではないのだ。あの壁は政府が世界に対し、接続者を抑え込む事が出来ていると主張する為の欺瞞の象徴にすぎないのだから。本当に我々を縛っている物の正体、それはオリジンの意思なのだ」
「意思だと・・・?」
「そうだ。その為に我々は・・・」
そう話を続けようとする「1」
だが、それをカズヤの言葉が遮る
「待て。オリジンって言うのは、宇宙から飛来した接続者を増やす謎の物体の事だろう? それに意思だと? それじゃあまるで・・・」
そのカズヤの言葉に、「1」はニヤリと笑みを浮かべ答える
「そう、オリジンは生命体だ。我々の様な有機生命体とは違うが、間違いなく自分の意思で考え行動している」
その「1」の言葉に、カズヤも驚きの表情を見せる
「なら・・・接続者の解放とは」
「オリジンの制約の破棄。そしてそれは、オリジンの完全制御によってしか成されない」
「・・・オリジンの制御だと?」
全ての根源とも言えるゼロ・オリジン、全ての能力を産み出す源
その完全制御、それが成功したならば・・・それは・・・
「そうだ。オリジンによって選ばれたただ一人の「接続者」。オリジンの座へと至る者。そして世界は新しい形に塗り替えられる。もうすぐ、その準備は整う」
そして「1」は世界に対して宣言するかの様に告げた
「この世界に「神」が産まれるのだ」
そう、オリジンには意思がある
その事に気付いたのは僕が東京に赴任し、研究を始めて数年経った頃だった
僕の名は安栖宗次
接続者の研究の為、派遣された学者だ
数名の仲間と共に東京にやってきた僕
そんな僕に与えられた新たな研究テーマ、それが「接続者」だった
正直、初めて見た時は我が目を疑った
明らかに筋肉量を超えた運動能力、物理現象を覆す様々な能力
どれをとっても、既存の常識が何の役にも立たない現象
特に興味を引かれたのは、彼らの脳に直接接続されている特殊な波(生体波とでも言おうか)の存在だ
研究の結果、それはゼロ・オリジンから直接放たれているという事が分かった
ゼロ・オリジンを中心とした巨大なネットワークに組み込まれた存在、それが接続者というわけだ
以前、監査官である霧生警部補にこう質問された事がある
(では、オリジンに接続する為の条件は分かっているんですか?)
僕はその時、分からないと答えた
だが、僕の頭の中にはすでに一つの仮説が存在していたのだ
職業柄、様々な接続者に出会う機会があり
その話を聞いたり、来歴を調べたりする中で僕はその仮説に行き当たった
その仮説とは、「接続者は皆、矛盾した願いを持っている」と言うものだ
人は誰しもが何かしらの願いを持っている
願いの大きさや想いの強さは違っても、願望の無い人間等そうは居ない
しかし、オリジンと接続した人間の願いはそう言った一般的な物とは違う
「失われた物を取り戻す」
「永遠に愛し合える恋人」
「本当の自分との決別」
接続者となった人間はその願いを一度諦めている
そして叶わない事を理解したその上で、その願いを追い続けている人間なのだ
その精神構造は矛盾しているとしか言いようがない
接続者となったからそうなったのか、そうであったから接続者となったのか
それは分からないが、恐らくその「矛盾」こそがオリジンを惹きつけるのだろう
ハッキリ言って、根拠のないトンデモ論の様に思えるだろう?
だが僕には分かる
いや、僕にしか分からないだろう
僕だけが、その事実を知っているのだから
朝、目を覚ます
気だるげに身体を起こしながら、ふと目の前にあった物に目がとまる
それは鏡、そしてそこに写っている自分の顔だ
それを見た彼女、吹連双葉はポツリと・・・
「本当・・・そっくり・・・」
そう呟いた
私には姉が居た
吹連瑞葉
明るく優しく、いつも温和な笑みを浮かべている様な女性だった
妹である私にとってそんな姉は自慢でもあり
自分に足りない物を見せつけてくる鏡の様に疎ましい物でもあった
だからだろうか
私はいつも姉に対してツンとした態度を取る様になり、周囲にも同じ様に接していった
だが、それでも姉はいつも優しかった
私が---であってもその態度は変わる事はなかった
そして10年前のあの日
ある実験が行われようとしていたその日
周囲がそうである様に、私も緊張でピリピリと張りつめていた。だが・・・
「双葉ちゃん!」
「っ! 姉さん! いきなり抱きつくの止めてよ!」
背後から迫ってきた能天気な声に、思わず叫び声を上げながらその手を振りほどく
「むー双葉ちゃん冷たい・・・」
「27にもなって、そんな子供っぽい事してこないでよ」
そんな風に取りつく島もない私に対し、姉さんは少し声のトーンを落としながら言う
「でも、双葉ちゃん。凄く緊張してるみたいだったから・・・」
「・・・?」
それはまあそうだろう
これから東京の命運を左右するかもしれない大事な実験が行われるのだ、緊張しない方がおかしい
だが、そんな私に対し姉は予想外の言葉を返す
「だ・か・ら、笑顔になってほしくて!」
「はぁ?」
両方の人差し指で口角を上げる姉に対し、私は呆れた様に言った
「笑顔になれば緊張もどこか飛んでいくって! ほら!」
「ちょっ・・・! 止めて!」
無理矢理笑顔を作らせようとする姉を制止する私
そして、呟く様に答える
「そう言うのは・・・私には似合わないから」
「え?」
「・・・姉さんならともかく、私にはそういうの無理だから」
その言葉を聞いた姉さんは少し首を傾げながら考え込む
そして、何やら思いついた様子でこちらに近づいてくると
「ちょっと双葉ちゃんいい?」
「え? ちょっ! 何を!?」
「いいから! ちょっと大人しくしてて」
「・・・?」
私の髪に手を伸ばしたかと思うと、何やら髪型をいじっていく。そして・・・
「はいできた! 見て!」
そう言って私を鏡の前に立たせ、その隣に自分が立つ
その鏡に写っていたものは・・・
「ほら! そっくり!」
「あ・・・」
姉と寸分変わらない顔をした、私の姿だった
あれから10年
姉は居なくなり、「姉と同じ顔をした人間」だけが残った
あの時の笑顔の姉を今も思い出す
姉の左手の薬指、そこにはめられていた婚約指輪を思い出す
もしあの事故がなければ今頃、「彼」の隣に居たのは姉の方だったのに
そう思いながら後悔の念を募らせる
だがしかし、同時に今を喜んでいる自分も居るのだ
だってそうでしょう?
姉が居たから私はそれを手にする事が出来なかった
姉が居なくなったから私はそれを手にする事が出来た
そう、ずっと
私は姉になりたかったのだ
願いは叶った、叶ってしまった
それがどうしようもなく嬉しくて、同じくらいに悲しい
10年前、ーーは思いあがっていた
オリジンを人の力で制御できると、「神」を人の力で創りあげる事が出来ると思いあがっていた
オリジンとの接続実験
しかしその実験は失敗に終わり、ーーは言葉では言い表せない程の多大な代償を支払う事となった
だから、諦めるのか?
10年経った今でも変わらない、答えは否だ
諦められない、諦めきれるわけがない
例えその為にどんな犠牲を払ったとしても、どんな非道に手を染めたとしても
ーーは審判する
10人の資格者、その中からオリジンに選ばれる最後の一人・・・
「この世界に「神」を降臨させる」
そして、もう一度・・・




