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トーキョー・アサシン 隔離都市東京特別治安維持課  作者: 三上 渉
断章:その物語は語られる事なく、いずれ流れる血と共に消え去る
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兄と弟


おおとり


旧日本華族に連なる名家の一つ

主に国防に深く携わってきた一族である


現在では、多くの関連会社を持つ財閥のトップであり

その影響力は、現代日本でも絶大な物を誇っている






その名家の御曹司、鳳家の長男

おおとり 宗久むねひさ」という青年が居た


帝王学の一環として学問はもちろん

ありとあらゆる芸術、武術・・・その全てを完璧に修め


中でも剣術に関しては

彼にそれを伝えた達人達ですら、もはや彼に敵う者は居ない程の腕前であった


また能力だけではなく、外見は麗しく性格は優しい

常に人の世の為に自分が何を出来るのか、何をすべきなのかを考える

高潔な精神をも持ち合わせていた


眉目秀麗

正に鳳家の跡取りに相応しい、完璧な青年であると誰もが彼を称えた






しかしある時を境に、鳳宗久と言う青年の名を語る者は居なくなる






鳳家の跡取り、鳳家次期当主の座は

宗久の歳の離れた弟、「おおとり 明久あきひさ」が継ぐ事となり


鳳家の当主とその妻

つまり宗久の両親ですら、宗久という名を口にする事はなくなった






宗久と言う青年は何処へ消えたのか?

それを知る者はごく一部を除き、誰も知らない・・・






鳳家屋敷

広大な敷地に建てられた純和風のお屋敷


夕暮れが庭を赤く染める頃

屋敷の一室で墨と筆を使い、手紙をしたためている青年の姿があった


彼の名は鳳明久、次期鳳家当主である


しかし次期当主とは言う物の、彼はまだ18歳の青年で

その表情にはまだ幼さが残っており、まだまだ半人前と言った感じが見てとれた


数分後、彼は手紙を書きあげ筆を置く

そして便箋に手紙を入れ厳重に封をした後、部屋に人を呼んだ


「何かご用でしょうか? 明久様」


すぐ部屋に現れた側近の男に、彼は先程の便箋を渡し告げる


「これをいつもの様に。くれぐれもよろしく頼む」


そう真面目な表情で告げる明久に、側近の男はうやうやしくかしずきながら答えた


「承知致しました。責任を持って、確実にあの方にお届け致します」

「うん。頼むぞ」


側近が部屋から出ていくのを確認すると、彼は少しほっと息を吐き出すと呟く


「兄上・・・」


そしてその方向、「東京」のある方角の空をじっと眺めるのだった






同じ頃

都内のビルの上から西の空へ沈む夕陽を眺める男の姿があった


背に大太刀を背負ったスーツ姿の長身の男

暗殺者・ナンバー「9」だ


その時、ぼおっと夕陽を眺める「9」に通信機から声がかかる


「如何されましたか? 宗久様」


それは「9」の監査官「鳥羽とば御貴みき」の声だ


「いや・・・」


そう一言だけ答え、「9」は言葉を濁らせる


壁の向こう

ここからは見えるはずもない場所を眺め続ける「9」


そんな「9」の心情を察し、鳥羽監査官は問いかけた


「おいえの事を考えていらっしゃったのですか・・・?」

「・・・」


だがその言葉に、「9」は少しだけ目を伏せた後


「心配ない、大丈夫だ」


そう答え、夕陽に背を向ける


「そろそろ任務の時間だ。サポートを頼む、鳥羽監査官」


その言葉に鳥羽はほんの少しだけ悲しそうに目を伏せるが、すぐモニターに目を向けて答えた


「・・・承知致しました。宗久様」






2024年

それは今から14年前の事だ


東京が隔離都市となり

元々都内の屋敷に住んでいた鳳家は西、京都へと居を移していた


そしてある晩

宗久の部屋に、弟の明久が訪れる


「兄上! 勉強で少し分からない所が・・・」


とそこまで言いかけた所で、明久は宗久が旅支度をしている事に気付いた


「兄上、何処かへ行かれるのですか?」

「ん? ああ。父上母上と共に、少し「東京」へ視察に向かう事になってね」


その言葉に明久は大きく声を上げる


「「東京」! 何やら恐ろしい人達が居ると言う、あの東京ですか!?」

「その通りだ。かつての首都である今の東京の状態は、鳳家として無視できないからね。護国の為、国の民を護る事が鳳家当主の役割。その為にも、次期当主として今の東京をこの目で見て、救う方法を考えなくてはならない」


宗久はそう優しく明久に告げた


「・・・?」


しかし、明久はその言葉の意味が分からないと言った様子で首を傾げる


「まだ4歳の明久には難しいかな」


ははっと笑う宗久に対し、明久は朗らかに叫んだ


「僕も一緒に行きたいです!」


突然の明久の言葉に、宗久は少し困った様に答える


「うーん。それはちょっと難しいな」

「どうしてですか!?」

「さっき明久が言っていた通り、東京には「接続者」という恐ろしい人達が居るからね」


だがそんな宗久の言葉に、明久は少しも怯える事なく言った


「大丈夫です! 兄上が守ってくださいます!」

「む。うーむ・・・」


明久のその純粋な言葉に、宗久は返す言葉がなくなり困った様に考え込む。その時・・・


「駄目ですよ明久様。宗久様が困っていらっしゃいます」


そう言いながら部屋の戸を開ける女性

部屋に入ってくる彼女に向かって、明久が喜んだ様に叫ぶ


「御貴姉様!」

「はい、御貴でございます。でもいつも言っていますが、私はただの使用人で明久様の姉ではございません」

「そうなの?」


明久に優しく告げる御貴、それで明久も納得した様に見えた

だが続けて、明久がとんでもない事を口走る


「なら兄上と結婚してください!」

「えっ!?」

「そうすれば姉上とお呼びする事が出来ます!」

「なっ・・・!?」


明久の無垢な言葉に、御貴は何も言えず戸惑う

その顔は耳まで赤くなっており、彼女が宗久に対しどの様な感情を抱いているかは一目瞭然だった


しかし幸か不幸か

その時宗久から見えていたのは、明久に対し話しかける御貴の背中だけであり

困った様に黙り込む御貴に、宗久が助け船を出す


「明久。御貴が困っているから、その辺りにしておきなさい」

「分かりました兄上!」

「いえ・・・その私は・・・」


勢いよく返事をする明久に対し、御貴はやや不満気に言葉を濁す

そして宗久は明久に対し続ける


「それで東京行きの事だが。さっきも言った通り危険な場所だからね、大事な弟をそんな場所に連れて行くわけにはいかない」

「そうですか・・・」


宗久の言葉に残念そうに項垂れる明久

だがそんな明久に、宗久は優しく告げる


「何、家を空けるのはほんの数日だけだ。すぐに戻ってくる」

「本当ですか!?」

「ああ。家に戻ったら勉強でも武道でも、何でも見てあげよう」


その言葉に、明久は表情をぱっと明るくする


「分かりました兄上! 兄上が帰るのを楽しみにしています!」


そう朗らかに答える明久に、宗久は穏やかに微笑むと僅かばかりの手荷物を持って立ち上がる


「じゃあ明久、留守を頼む」

「はい!」


そして宗久は使用人の御貴を供に、東京へ向かう為家を出た






その日が

明久が兄である宗久を見た、最後の日であった

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