殺人鬼の愛
まだ少年の頃、オレはオレの事をごく普通の人間だと思っていた
そりゃ当然だろう?
誰だって産まれた瞬間に自分が異常者などとは考えない
生きて成長していく中で、自分と他人を比較し
それでようやく、自分と他人の違う場所を見つける事が出来るのだから
じゃあオレがどんな人間だったかと言うと
体を動かすのはそれなりに得意だった、勉強も出来る方だ
性格は明るく、クラスの人気者と言う程度には周りにも好かれていた
だからと言って
スポーツ選手になれる程スポーツが得意でもなければ、学者になれる程頭が良いわけでもない
だからオレはオレの事を「普通の人間」だと思っていた
だが、そうではないのだと
ある時に気付いた
初めて好きになった女の子を殺した時に・・・
ある日突然、少年Aがクラスの同級生女子を殺害した
何の前触れもなく行われた凶行
ニュースでも何度となく取り上げられた事件
二人の間に怨恨の様な物は認められず
むしろ二人を知る人物は皆、二人は仲が良い友人同士だったと語っている
ここで言う所の少年A、つまりオレだが
彼は何度となく周囲の大人達に、こう質問された
「どうしてこんな事をしたのか?」
そしてその質問に対し、当時のオレはいつもこう答えた
「そうしたかったから」
そう、その時にオレはオレの異常性を知ったのだ
例えばだ、好きな女の子が居たとする
好きなら手を繋ぎたいと考えたり、キスしたいと考えたり
抱きたいと考えたりするのは至極当たり前の考えだ
それが真っ当な人間の「求愛行動」なのだから
だが、オレの場合は違った
オレにとっての求愛行動は、相手を「殺す」事だったのだ
理由なんてない
別に歪んだ家庭環境で育ったとかそんな事情もない
俺は産まれた時から、そういう人間だったというだけだ
だからあの時も
オレはその女の子の事を恨んでたなんて事は一切ない
好きだから殺した
オレにとってはごくごく自然な行動
ただただ普通の好意を伝える行動、それだけの事だったのだ
言うまでもない事だが、殺人は罪だ
道義的な意味ではなく、法で禁じられているという意味でだ
少年A、つまりオレは殺人の罪で裁かれる事となり
長い間、少年院に収容される事となった
そして長い懲役を終え、施設から出た時
オレの周りの人間は親も含め、誰も居なくなっていた
だがまあ、それは当然だろう
施設から出た時、オレはオレの異常性について理解出来る程度には大人になっていた
誰だって、こんな異常者と関わり合いになりたいとは思わない
そして一人で生きていく事を余儀なくされたオレは、裏の世界へと踏み込んでいく
どんな汚い事でも請け負う、裏の何でも屋「6(シックス)」
特に「殺し」に関しては、その徹底した仕事ぶりで高い評価を得ていた
さっきも言った通り、当時のオレは自分の異常性に関して理解していた
だが理解しているだけで、我慢が出来る訳ではない
そう、オレにとって殺し屋の仕事は
欲望を発散させるという意味も兼ねていたのだ
殺し屋として生計を立てつつ
異常者としての自分を抑えながら生活していく日々が続いた
だがその頃から、俺の心に一つの疑問
いや、望みの様な物が芽生えていた
人は殺せば死ぬ、当たり前だ
だがそう、そんな当たり前の事が俺には疑問だったのだ
殺す事とは俺にとっての愛だ
だがそれは一度限りの愛
人を殺す事により、オレは充足と同時に喪失を得る
それじゃあオレは満足出来ない
何故、人は一度しか殺せないんだ?
どうしてもっと何度も何度も殺せないんだろう?
オレはもっと何度も何度も「殺したいのに」
もちろん、オレは理解していた
それは絶対に叶わない望みなのだろうと
そして俺が殺し屋として活動する様になってから数年後、2020年
空から巨大な光る物体が飛来
後に「ゼロ・オリジン」と名付けられるその物体により、東京は接続者達が闊歩する魔都と化した
同時に(理由は分からないが)、オレにも能力が目覚めていた
「死の六階段」
強力な能力ではあったが、オレは能力に浮かれ表で悪事を働く様な真似はしなかった
元々殺し屋というイリーガルな仕事をしていたからだろう
表に出て姿を晒すという危険に関して、必要以上に敏感だったからだ
案の定、派手に行動を起こした奴から殺され
数年後には接続者狩りを専門にする奴らまで現れる始末
その中、オレは能力を隠しひっそりと身を潜め
社会に溶け込んで生活をしていた
そんなある日の事、2024年
オレは裏でイリーガルな仕事を請け負い金を稼ぎながら
表では一切目立つ事なく、一般人として生活を続けていた
だがその日は、少し周囲が騒がしかった
「なあ!? そこの家に住んでたヤツの事知ってるか!?」
「ああ知ってるよ! 接続者だろ!? 能力を使って強盗殺人を起こしたって、ウチまで警察が聞きとりに来たんだ!」
部屋から外を眺めていたオレの耳にそんな噂話が聞こえてくる
もちろん接続者だという事がバレたのはオレではない、別の奴だ
オレはそんなヘマはしていないからな
「もしかしたら、最近噂になってるアレが出てくるのかもしれないな」
「アレか? 接続者を殺して回ってるって言う政府の・・・」
その噂は俺も耳にしていた
接続者を殺す接続者、政府が設立したと言われている秘密組織の噂
タチの悪い噂だろう、と言うのが大抵の人間の見解
オレもそんな物はただの都市伝説だろうと思っていた、だが・・・
(実際存在したとして、目を付けられるのは厄介だな・・・)
裏の仕事において、不確定な物程恐ろしい物はない
想定外、予想外と言う物は歴戦の強者もあっさりと殺す
(確認はしておくべきか・・・)
そう考えたオレは、目立たない色の服を選ぶと部屋の外へ出た
接続者だと言う事がバレ逃げ出した男
実はこの時、オレはその男の動向を完全に把握していた
近くにある廃工場、そこで男が寝泊まりしているのも当然知っていた
オレはそこに近づくかもしれない何者かに見つからない様十分距離を取り
目立たない様、その廃工場を監視する事にした
(さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・)
ほんの少し期待に胸を躍らせながらオレは待ち続ける
実際そんな奴らが居るのなら見てみたい、という好奇心だ
しかし、夜になってもそれらしき人物は現れなかった
(今日は現れないか・・・? それとも、やっぱりただの噂だったか・・・?)
そう考え、オレはややガッカリしながらその場を離れようとする
だがその時・・・!
ドンッ・・・!
「なっ!? この音!」
音が聞こえてきたのは廃工場の中からだ
そう、すでに戦闘は始まっていたのだ
(オレに気付かれずに潜入した!? いつの間に!?)
プロである自分が裏をかかれた事に驚きつつ、オレは素早く廃工場に近づき中の様子を伺う。その時・・・!
「くっ! くそっ! このまま殺されてたまるか!」
そう叫びながら能力を発動しようとする男! しかし・・・!
キィンッ・・・!
冷たい光が闇の中に閃光ったかと思うと、男の首から鮮血が間欠泉の様に吹き上がる
「あ・・・! ああ・・・!!!」
そして男は首の傷を押さえる様にもがきながら、その場に倒れ死亡した
(接続者をあんなあっさりと・・・! 噂は本当だったのか!? 一体どんな奴が・・・!?)
オレは慎重に、男を殺した影の様子を伺う
その時・・・月明かりが一筋、廃工場の窓から射し
その影を、闇の中から照らし出した
「ッ!?」
それは女だった
黒いボディスーツ、その手には男を殺したナイフが握られている
月の光によって映し出されるのは、野生動物の様な無駄のないボディライン
戦闘を終えた直後、人殺しを終えた直後にもかかわらず
呼吸の乱れも、表情の変化も見えない
闇の中に溶け込む黒髪と
ただただ冷たい、凍り付く様な視線
それを見た瞬間、オレは・・・
(美しい・・・)
不覚にも、そう思ってしまった
そしてそれと同時に、自分の「異常性」を思い出した
「う・・・あああああっっっっっ!!!!!」
理性が抑えきれない!
感情が抑えきれない!
咆哮しながらオレは女に向かって突撃する!
「何じゃ? もう一人?」
女はすぐにこちらに気付き視線を向けた
だがオレは構わず、両手にバタフライナイフを構えたまま突っ込む!
(「死の六階段」! ほんのかすり傷でも付ければそれで終わりだ!)
自分の能力への絶対的な自信
実際、この能力で倒せない相手など接続者も含め存在しなかった。だが・・・
ほんの数分後
オレは全身を斬り刻まれ、なすすべなく地面に転がっていた
「が・・・ぁ・・・」
傷を負わせた相手の行動権を6回に制限する無敵の能力
だが、「一度も触れられなければ」意味はない
(強・・・すぎる・・・)
その戦闘の際、オレはその女にかすり傷一つすら付ける事が出来なかった
「なかなかの手練れではあったが、いきなり襲ってくるとは意味不明じゃのう。殺すのは容易いが、理由ぐらい知っておかんとスッキリせん」
そう言いながら、女は倒れていたオレの顎をナイフの腹で持ち上げ問いかける
「貴様、一体何者じゃ? 何故儂を襲った?」
その時、女の背後からもう一つの声が聞こえてきた
「・・・一度資料で見た事があるわね。確かソイツは殺し屋「6」よ」
「ん? 「2」か」
女がそう言って振り向く
それと同時にもう一人の女「2」が現れた
「「4」。予定時間になっても戻らないから様子を見に来たのだけれど、おかしなのに絡まれてるわね・・・。ソイツは東京が隔離都市になる以前から活動していた、裏の何でも屋よ。接続者になっていたとは知らなかったわ」
「ふむ。旧時代の殺しのプロと言った所か」
「2」の言葉に頷きながら「4」と呼ばれた女が答えた
そして続けて、「4」はもう一度オレに向かって問いかける
「で? その裏の殺し屋が、何故儂を襲った? 誰かに雇われたか?」
答えれば助けてくれる、等と言った空気は微塵もない
「4」にとってオレは取るに足らない存在
今オレが生かされている理由も、襲われた理由を知らないとスッキリしないというだけの理由だ
その質問に答えようと答えなかろうと、数秒後にはあっさりと殺されるだろう
わざわざ答える事に意味などない
だが、そう思いながらもオレは・・・
「・・・そうしたかったから」
自然に、そう答えていた
オレの答えに「4」は目を丸くすると
「・・・それにしても「6」か。・・・面白い」
そう呟きながらニヤリと笑みを浮かべる
「ちょっと「4」? まさか・・・」
「こやつで丁度6人目じゃ、運命的な物を感じるじゃろう? いや、運命ではなくもっと別の何かに操られているのかもしれんが」
「2」は顎に手を当て少し考え込む、そして・・・
「まあいいわ。元々毒を以て毒を制するって組織なんだし。「6」」
「・・・」
「私達の組織に入るか、ここで死ぬか。今すぐ決めて」
銃口を向けながらそう問いかける「2」
その表情は明らかに「どっちでもいい」と言っていた
その2の言葉に対し、オレは・・・
「------」
2025年
それから十数年に渡り、東京に暗殺の恐怖を布く事になる「東京特別治安維持課」
通称「暗殺課」が正式に発足される事となった
そしてその初期メンバー
「シングルナンバー」と呼ばれる9人の暗殺者の中には、殺し屋「6」の姿もあった
暗殺者として活動する様になってから、「6」は法で裁かれる様な行動は起こしていない
あくまで、殺すのは接続者だけ
殺しを愉しむクセこそあるものの、任務には忠実
強力な暗殺者として、「6」は名を上げていく
でもなぁ?
生まれ持った性質ってのは変わらないんだぜ?
「あの女」を見る度に、あの衝動を思い出す
「殺したい。一度だけじゃなく、何度も何度も愛したい」ってな
だが、今は駄目だ
運よく殺せたとして
あんな良い女、たった一度 愛しただけじゃ満足できない
だからまずは準備が必要だ
接続者は物理現象を覆す様々な特異能力を持っている
その中には「人を生き返らせる能力」、もしくはそれに似た能力だってあるかもしれない
実際、一つ似たような能力を知ってるしな
それを手に入れた時
ようやくあの女を殺す・愛す準備が整う
だからそれまでは・・・我慢しなきゃな・・・「4」




