依存の形
新宿区某所にある高級タワーマンションの最上階
ネオンに光り輝く街を見下ろせる、都内でも最高クラスの場所
そこが暗殺者ナンバー・4に与えられた居住地だった
朝、目覚めると同時にシャワーで汗を流した4は
バスタオルで髪を拭きながらリビングの窓際へ向かうと、そこから眼下の光景を眺める
駅前の方では、朝早くにも関わらず忙しそうに行きかう人の波
そこだけを見ると、2020年以前の平和だった頃の東京と変わらない様に見えた
だが、少し視線を横に向けると
そこに広がるのは廃墟となったグラウンド・ゼロの姿
まるで、東京と言う街から綺麗にそこだけをえぐり取ったかの様な不自然な光景だ
そんな歪な東京の姿に、4は少しだけ楽しそうに笑みを浮かべると窓際から離れる
暗殺者である4にとって、家とはただ寝るだけの場所に過ぎない
今住んでいるその部屋にも、4はこれと言った特別な感情は持ち合わせては居なかった
だが、数ヵ月前から
4にとってその部屋は、ほんの少しだけ意味のある物となっていた
リビングから寝室へ向かった4は、ベッドの上で寝息を立てていた少年に声をかける
「小僧、そろそろ起きろ」
「・・・4?」
声をかけると、ベッドで寝ていた白髪の少年「13」はすぐに目を覚ました
4はいつも通り、いたずらっぽい笑みを浮かべたまま言う
「朝食が出来ておるから、早く服を着てリビングに来い」
「・・・ああ」
そしてそのすぐ後、二人はリビングのテーブルに向かい合って座っていた
朝食はトーストとサラダのみ
数分もしないうちに、4は朝食を食べ終える。だが・・・
「どうした? 食わんのか?」
13の目の前には手つかずのままの朝食
4は不思議そうに首を傾げながら13に問いかけた
「まさか、食わず嫌いと言うわけでもあるまい」
そう問いかける4に、13は答える
「アンタは平気なのか?」
「ん? 何がじゃ?」
「・・・アンタは人を殺した翌日に、平気で飯が食えるのか?」
その13の言葉に対し、4は意外そうに目を丸めキョトンとする
そして食後の紅茶を口にしながら平然と答えた
「何じゃそんな事か。そんな物すぐに慣れる。暗殺者とはそういう物じゃ」
「・・・俺は、まだ慣れない」
「まあ昨日が初めての仕事じゃったから、無理もないのう」
4の告げた言葉に、13の脳裏に昨夜の光景が思い浮かべられる
暗い路地裏、命乞いをする接続者
引き金を躊躇った13に対し、チャンスと見た接続者が襲い掛かる。そして・・・
ダンッ!!!
接続者の手が13に届く直前
4が放った弾丸が、接続者の脳天を吹き飛ばした
今、13の目の前にあるのは何の変哲もない朝食だ
だがまばたきをした次の瞬間、それらが真っ赤な血とピンクの脳漿で彩られ染まる
「・・・うっ!」
その光景に、13は思わず口元を押さえ顔を俯かせる
だがその時、笑みを浮かべながら話をしていた4が少し真面目な口調で13に告げた
「食え。でなければ、次はお前が死ぬぞ」
4がそう告げると、13は口元を抑えたままスゥー、ハァーとゆっくり呼吸を整える
そして呼吸を整えた13は、震える左手でトーストを手に取りかぶりつく
「それでいい」
そう告げると、4は椅子から立ち上がり13の後ろに立つ
そしてそのまま背後から、13の身体を包み込む様に抱き耳元に囁く
「強くなれ13、誰よりも強い暗殺者に・・・。その為に必要な物を、儂が全てくれてやる。知恵も、技術も・・・。お前が望むなら、昨晩の様にこの身体もお前の自由にしていい。だから13・・・」
そして静かに4は告げる
「私の望みを叶えてくれ」
13にはその言葉の意味が分からなかったが
そのまま4に身体を預けながら
「ああ・・・」
一言、そう呟いた
さて、今になって思う
あの時、本当に依存していたのはどちらだったのか?
全てを失った自分を導いてくれた女性に対し、恋慕の情を抱いた少年の方だったのか
それとも
そんな少年を導く事で、失った物を補おうとした女の方だったのか
15年前、2023年
渋谷区繁華街付近で発生した、複数の接続者による破壊活動
その通報を受け、現地へと向かう二つの影があった
「全く、配属早々こんなヘビーな案件だなんて。就職活動失敗したかもなぁ~」
そう言って笑う男に対し、隣を走っていた女は冷たい視線を向けながら答える
「辞めたいならいつでもどうぞ。その場合は私が後ろから撃つわ」
「うわぁ・・・ブラック企業も真っ青な労働環境。世も末だねぇ」
わざとらしく両手を上に上げながら肩をすくめる男
そして男は続けて女に問いかける
「大体、ナンバー・1はどうしたんだよ? なんで俺達だけ?」
「彼なら別件よ。こっちは「ナンバー・2(わたし)」と「ナンバー・3(あなた)」で十分って判断、・・・期待してるって意味よ」
「やれやれ・・・信頼が重いぜ」
そんな軽口をたたきながら、ビルの屋上から屋上へ飛び移り移動する2と3
そして、現地にたどり着き、二人が見た物
破壊活動の後だろう、辺りはビルが崩れ瓦礫が散乱し
一般人らしき死体が押しつぶされている様子も見える。だが・・・
「なあ・・・確か複数の接続者が暴れてるって話だったよな? 何処行ったんだソイツら?」
肝心の接続者の姿が見えない
別の場所で破壊活動が行われている気配もない
「アレがそうじゃない?」
そう言いながら2が指さした物
そこにあったのは複数の接続者らしき人間の死体
力任せに砕かれ、ねじ切られたのだろうか?
原型を留めている死体は一つもない
そして・・・
「・・・ひっく」
返り血で服を赤く染めたまま
その死体の上でむせび泣く、一人の女性の姿だった
「あらら、なかなかステキなお嬢さん。深窓の令嬢って言うの? 長い黒髪がステキな、儚い感じの美人さんだねぇ。なんか泣いてるみたいだし、慰めにいくべきだと思う?」
「ええ、そうね。でも気を付けた方がいいわよ」
その時、その女性が首をぐるりと回し振り向き、二人と目が合う
まるで底が見えない、奈落の底の様な瞳
瞬間、二人の背筋にゾクリとした冷たい物が通り過ぎた
「ッ!!! ハハ・・・、あれはヤバイね・・・。フォローお願い出来る?」
「嫌よ、二人がかりで勝てる相手とは思えないし」
「はぁ~・・・だよねぇ・・・。んじゃ、俺が時間を稼ぐからその隙に・・・」
「逃げさせてもらうわ」
「・・・少しは躊躇う素振りくらいしてもらえない?」
冷や汗を流しながらやり取りをする2と3
だがその時、女性が口を開く
「・・・誰ですか? 貴方達?」
その言葉に、二人は意外そうに口を開く
「マジ? あの娘・・・」
「どうやら正気みたいね」
その事に少しだけ安堵すると、二人は女性に近づき話しかける
「私達は警察よ。と言っても少し特殊な部署、東京特別治安維持課って所に配属されているエージェントね」
「ええと・・・。そうなんですか」
落ち着いて答える女性に対し、3が問いかける
「質問なんだけど。そこらへんに落ちてる接続者の死体、コレ・・・君がヤッたの?」
「・・・はい」
「という事は、貴方は接続者と言う事でいいのかしら?」
やや警戒を強めながら問いかける2
その問いに対し、女性はゆっくりと答えた
「そうみたいですね・・・」
その時、女性の正面に立った2が女の腕に抱かれていた物に気付く
それは1歳にも満たない程の赤子
だが、すでに息はしていない
「その子は貴方の・・・?」
そう問いかけた2に対し、女性は答える
「私が守らなければいけなかったのに・・・。あの人の忘れ形見・・・私が・・・!」
そして泣き崩れる女性
その様子を眺めながら3が冷静に呟く
「・・・子供を殺されて能力に目覚めたって所か。そして原因になった接続者達を目覚めたばかりの能力で皆殺し。しかも、それ程の能力を行使しておきながら正気を保ったまま。低く見積もっても能力適正はSランク、それ以上って事も有りうる。どのみち放置は出来ないぜ? 2」
「分かってるわ」
3の言葉にそう答えると、2は泣き崩れる女性に対して優しく告げる
「貴方。接続者が憎い?」
一瞬、その言葉に戸惑う女性だったが・・・
「憎い・・・私はアイツらが許せない・・・!」
2の瞳を睨みつけながらそう答えた
「そう。なら私達の所に来ない? 私も貴方と同じ、接続者共は一人たりとも生かしておけない。だから、一緒に殺しましょう」
そう言って差し伸べられた2の手
少し躊躇いながらも女性がそれを取る
手を取った女性に対し2は、微笑みを浮かべながら彼女に告げた
「貴方が4人目よ。これからよろしく、「ナンバー・4」」
それから長い年月が経ち
我が子を失った4はその代償を求める様に、暗殺者としていくつもの任務を行ってきた
そして5年前
13を弟子として迎え、その13もこの部屋から去って行った
一人になって思う
やはり依存していたのは自分の方だったのだ
13は一人でも生きていける、それに比べ・・・
「儂は・・・弱いな・・・」
脇腹の傷がジクリと痛む
13によって付けられた傷跡
それはまるで産みの痛みの跡の様にも思えた
理解している
失ったものはもう二度と戻らない
それでも・・・
「私の望みを叶えてくれ・・・13」
暗い部屋の中、4は一人静かに呟くのだった




