ある少女の物語
ある少女が居た
日本有数の大企業の令嬢であり
まるで工芸品と見間違う程に美しく手入れされた黒髪を持つ、美しい少女
学業、スポーツ共に優秀
性格は穏やかで、相手が誰であっても優しく接し微笑みかける
そんな彼女を周囲の人間は慕い
また彼女も、そんな周囲の人間の期待に答え続けた
そして少女が成長し大学生となった頃、彼女はある男と恋に落ちる
相手は同じ大学の先輩、ごくごく普通の家庭の生まれ
物静かで、やや人と話すのが苦手ではあるが
裏表のない、優しく真っ直ぐな男性だった
男は彼女を愛していたし、彼女も男を愛していた
そんな二人を周りの人間も心から祝福した
しかし、その幸せは長くは続かなかった
元々身体の弱かった男は数年後、病気で命を落とす
悲しみに暮れる少女
だが少女はこの時既に、その想いを成就させていた
そして少女の二十歳の誕生日
都内の病院の一室で少女は一人、産まれてきた赤子
彼との間に出来た男の子を抱き、微笑んだのだった
「・・・ォー。・・・「4」」
「ん・・・?」
遠くから聞こえてくる様な声に、彼女は目を覚ました
部屋の隅に設置されたスピーカーから安栖の声が聞こえてくる
「起きたかい? 4。もう検査は終了したよ」
「ん? そうか・・・」
そう言いながら、4は横になっていたベッドから体を起こした
ベッドの横には先程まで4が入っていた、身体をスキャンする為の医療ポッドがある
「さて・・・」
そう呟くと、4は部屋の出口に向かってゆっくり歩いていく
そして自動ドアの手前まで歩いてきた、その時
彼女を呼び止める様にスピーカーから安栖が呼びかける
「ああ・・・4」
「ん? なんじゃ?」
「部屋を出る前に服を着てきてくれないか?」
その言葉に4は自らの身体に視線を向ける
一糸まとわず、と言った状態
その時4の身体を覆い隠す物は、何一つ存在していなかった。しかし・・・
「儂は別に構わんぞ? 見られてどうにかなる物でもないしのう」
4はそれを全く気にする様子もなく、両手を腰に当てながら平然と答える
「・・・君が気にしなくても、僕や他のスタッフが気にするよ」
「何を言う? さっきまで儂の裸体を隅々まで、弄る様に観察しておったではないか」
「それが僕の仕事だからね。健康状態の確認はもう済んだから、服を着てくれ」
「しかたないのう・・・」
そう呟くと、4は仕方ないと言った様子で部屋の隅にあったカゴから自分の服を手に取る
そして下にレディースボクサーを履き、上にスポーツタイプのブラを付けると
普段着ている戦闘用のスーツを肩にかけ部屋を出た
半裸のまま部屋を出た4はギョッとする周りの視線を気に留めもせず、そのまままっすぐ安栖の元へ向かう
そして安栖の居る別室までたどり着くと、PCの前でデータを確認している安栖に声をかけた
「どうじゃ? 検査の結果は」
その言葉に、安栖は画面に目を向けたまま答えた
「いつもと変わらず、と言った感じだね」
「いつもと変わらずか・・・。それはつまり・・・」
「そう・・・「10年前から一切変化なし」だ」
その言葉に、4は近くにあった鏡に自分の顔を映しながら言う
「やはり・・・歳はとらんか」
そこには10年前と全く変わらない女性の顔が映っていた
「理由はさっぱり不明だが、原因だけは分かっている」
「10年前の実験じゃな」
「ああ。君を含め、おそらくあの実験に参加した全員。少なくとも「6」と「9」にも、君と同じ不老現象が確認されている」
その時、その安栖の言葉に付け加える様に4が言った
「全員ではなく、一人を除いて・・・じゃろ?」
「・・・」
だがその4の言葉に答える事なく、安栖は続けて言う
「10年前。オリジンへと深く接続した君達は、その時点から老いる事がなくなった。おそらくオリジンとの同化現象。完全な存在であるオリジンに近づいた結果だと考えられている」
「完全・・・か」
その言葉に、4はやや自嘲するかの様に笑みを浮かべ答える
「しかし、不老ではあっても不死ではない」
そう言いながら、4は自らの右脇腹に残った傷跡をなぞる
5年前に負った傷、最強の暗殺者である4が唯一負った傷跡を
今から5年前、2033年
暗殺者である4は、接続者を研究している疑いのある施設の調査に向かっていた
「こちら4、現場の近くに到着したぞ」
施設全体を確認出来るビルの上から通信機に向かってそう呼びかける4、しかし・・・
「おい。・・・聞こえておるか? 双葉?」
通信機から返答はなく、ただ耳障りなノイズだけが鳴り響いている
4はそれを確認すると、通信を諦め通信機の電源を切る
「やはり繋がらんか・・・、まあグラウンド・ゼロの内部では当然じゃのう。だからこそ、今まで儂らにも見つからなかったわけじゃしな。まあ良い、事前の打ち合わせ通りに行動するとしよう」
そして4は夜の闇に紛れながら目の前の施設に目を向けた
広大な敷地にヘリポート、大きな宿舎らしきものも見える
だがその敷地内は雑草が生い茂り、一見するとたまたま保存状態の良い廃墟の様にも見えた。しかし・・・
「上手く偽装して居る様じゃが・・・、やはり居たか」
接続者である4の超人的な視力が捉えた物は、暗闇に包まれた施設を巡回する完全武装の衛兵達
「最新式の装備に、よく訓練もされておる様じゃ。ただの犯罪組織の構成員とはとても思えんのう・・・」
事前の調査で、この施設は東エリアでも有数の犯罪組織「竜尾会」が保有する施設である事が判明していた
しかし、施設を巡回していたのは明らかに訓練された「兵士」だ
「・・・まずは背後関係を調査すべきかのう」
完全武装の兵士が巡回する施設に侵入しデータを盗み出す
骨の折れる仕事だ、と言った感じに4はため息をついた。その時・・・!
タタタタタッ・・・!
「何・・・?」
施設から聞こえてきた銃声に4は目を細める
「戦闘か・・・?」
賊でも侵入したのだろうか?
その場から慎重に様子を伺う4
だが、そのほんの数十秒後・・・!
タタタッ・・・! タタタタタッ・・・!!! タタタタタッ・・・!!!
まるで森に点いた火があっという間に燃え広がるかの様に
施設の全域から銃声が鳴り響き始めた!
「何じゃ? 何が起こっておる?」
もはや聞こえてくる戦闘の規模は侵入してきた賊相手等と言ったレベルではない
施設全域で、紛争地域と見紛う程の大規模な戦闘が繰り広げられていた!
その時、施設を監視する4の目に見えた物は・・・!
「同士討ちじゃと・・・!?」
施設を巡回していた兵士達、彼らがお互いに銃を向け殺し合う姿だった!
「ッ!? あれは・・・!」
その時、宿舎の様な施設から大勢の人間が出てきたのが見えた
15~6歳程の少年少女達、それを兵士の一人が誘導している所だ。だが次の瞬間!
ダダダダダッ!!!
衛兵がグルリと後ろを振り向くと、少年少女達を撃ち殺し始めた!
「これは・・・! まさか「能力」・・・いや「暴走」か!?」
おそらく人を狂わせる、もしくは操る接続者の仕業
しかしこの無秩序な殺戮ぶりを見るに、能力の制御は出来ていないと思われる
「・・・仕方ない、事の顛末ぐらいは確認しておくとするかのう」
そう呟き、4は施設に向かう為ビルを飛び降りた
数分後、4が施設に付いた時にはすでに戦闘は終わっていた
互いに殺し合った兵士達、研究員達、それと少年少女達
その全てが等しく息絶え、血の海に沈んでいた
「地獄・・・じゃな」
そんな血だまりの中を4はゆっくりと歩いていく、そして・・・
「あそこか・・・最後に叫び声が聞こえてきたのは」
訓練場と思われる施設の入り口付近で手をつないだまま倒れている、少年と少女の姿を見つけた
4は最初に倒れている少年の様子を伺う
「白髪・・・、右腕が斬り飛ばされておる。息は・・・」
そう呟くと4は少年の脈を計る為、首に手をあてる。そして・・・
「ない・・・か。死んでおる」
そう言った
次に4は一緒に倒れていた少女の方を調べる
「こっちも死んでおるか・・・」
こちらも白い髪、白髪の少女だ
倒れていた少年の左手を両手で包む様に握ったまま倒れている
その表情は僅かに笑みを浮かべており、満足そうに死んだ様に4には見えた
「状況から察するにこの少女が接続者じゃろう。施設の人間を暴走させ皆殺しにして。そしてこの少年と相打ちになった、と言った所じゃな・・・」
そう呟くと、4は白髪の少女の遺体を抱きかかえる
「とりあえず、死体だけでも回収しておくとするか」
そしてその場から歩き去ろうとした・・・その時!!!
「・・・ミナヲ・・・ハナセ・・・!」
4の背後から放たれた強烈な殺意!!!
歴戦の暗殺者である4ですら一度も感じた事のない様な凄まじい圧力!!!
「なっ!? 馬鹿な!!!」
そう叫びながら4が振り向く!!!
その4に向かって猛然と突っ込んでくる白髪の少年!!!
「死んでおったはず・・・!!!」
切断された右腕の部分から大量に血を流し、左手にナイフを構え突撃してくる少年!!!
「ガアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!」
「ッ!? 「絶対回答」!!!」
瞬間! 4の瞳が発光し能力が発動する!
起こりうる全ての事象から「最善」を選び取る無敵の能力! そして・・・!!!
ドゴォッ!!!
互いの腕が交差した・・・!
「がっ・・・!」
息を吐き出しながら倒れる少年
4の右拳が突っ込んできた少年の腹部に突き刺さっていたのだ。しかし・・・
「・・・っう」
同時に4もその場に崩れ落ちる
4の右脇腹には少年のナイフが突き刺さっていた
「ハァ・・・ハァ・・・! あ・・・ぐうっ!!!」
ズシュッ!!!
苦悶の声を上げながらナイフを引き抜く4
そして救急セットを取り出すと、素早く止血を行う
「まさか・・・この儂が傷を負うとは・・・。「絶対回答」を抜けてくるなど・・・ありえんじゃろ・・・」
痛みに耐えながら少年の様子を伺う4
息はしている、どうやら気絶している様だ
「いっつ・・・! これほどの痛み・・・、「アレ」の時以来じゃ・・・」
そう4が呟いた・・・その時
「え・・・?」
唐突に、4の瞳から涙がこぼれ落ちた
そして4は、少年に向かって慈愛の表情を浮かべながら言った
「ああ、ようやく見つけた・・・。「私」の・・・」
優しくささやきながら、4は少年の顔に向かって手を伸ばす。だが・・・次の瞬間
「えっ?」
プツッと操り人形の糸が切れたかの様に
手を伸ばした体勢のまま、その表情が元に戻る。そして・・・
「ん? 今、儂・・・「何を言っていた?」」
魔法は消え去り、彼女は「4」に戻っていた




