力の無い人達
そして数日後
冬香が13の監査官となって一週間が過ぎていた。しかし・・・
「今日も情報は無しか」
「くっ・・・」
いつものカフェでブレンドコーヒーを飲みながら、テーブルを挟む冬香と御音
思った様な成果を上げられず苦々しい表情を見せる冬香に対し、普段通り落ち着いた表情で話を聞く御音
その時、顔を伏せる冬香をチラリと見ながら御音が口を開く
「別に気にするな。俺達の仕事は大体こんなものだ」
「だが!私は・・・!」
結果を出せない事に焦る冬香、そんな冬香に御音は諭す様に言った
「ルーキーのアンタに安栖さんと同じ仕事なんて期待していない」
そう、普段は頼りない感じの安栖だが、彼の監査官としての腕は優秀だった
13の100件を超える戦果も、安栖という男が居てこその物
つまり、御音の言葉は冬香を慰める意図の言葉だったのだが・・・
「私では役不足と言いたいのか!?」
そう叫ぶと冬香はテーブルをドンッ!と叩いて立ち上がる
「そんな事は言っていない。焦るなと言っている」
御音はそんな冬香に対して、コーヒーカップに口を付けながら落ち着いた声で告げた。だが・・・
「・・・焦って、何が悪い・・・!」
御音の言葉は冬香を冷静にさせるのには足りなかったらしく
冬香は俯いたままボソリと呟くと、そのまま背を向けて去っていった
「やれやれ・・・」
その背中を見送りながら、御音はそう呟いた
御音と別れた日の夜
冬香は情報収集の為、夜の繁華街に来ていた
人々が闊歩する大通りの端で、目立たない様に周囲を観察する冬香
「全く。同じ日本とは思えない程、最低な街だ」
冬香が東京に来て一週間
大通りで堂々と行われる密売の類もすっかり見慣れてしまった
「出来る事なら、全員刑務所にブチ込んでやりたいけど・・・」
だがそれは、冬香の監査官であるという職務を大きく外れる行為だ
監査官の仕事はあくまで、暗殺者を管理する事だけなのだから
(アンタは神様になりたいのか?)
その時ふと、御音の言っていた言葉を思い出す冬香
「・・・ッ!」
下唇を噛みながら、忌々しげに顔を歪める冬香。そして・・・
「・・・言われなくても分かっている!」
そうボソリと呟いた、その時
「あれ?もしかして・・・」
突然後ろから声をかけられ振り向く冬香、その先に立っていたのは・・・
「えっと・・・。キミは確か、レンちゃんだったか?」
そう、目の前に立っていたのは一週間前暴漢から助けた少女、羽崎恋だった
「あー、やっぱりオバサンだ」
突然の再会にやや戸惑う冬香に対し、まるで友人に話しかけるかの様に馴れ馴れしく呼びかけるレン
「だから私はオバサンじゃない!私には霧生冬香というちゃんとした名前がある!」
「あーハイハイ。じゃあトーカ?」
「いきなり名前呼び捨て・・・。せめて、さんを付けなさいよ・・・」
半ば諦めた様に呟く冬香
そんな冬香の様子に、レンはめんどくさーと言った感じで顔をしかめながら冬香の隣に座りこむ
「それでー、おにーさんは?一緒じゃないの?」
辺りを見回しながらウキウキとした声でそう冬香に聞くレン、しかし・・・
「残念ながら今は別行動中だ」
「ちぇっ・・・残念」
冬香の答えに露骨にテンションを落とすレン
そんなあからさまなレンの様子に、思わず冬香は呟いた
「あんなののどこが良いんだ?」
そう、うんざりした様な顔でレンに尋ねる冬香
だが、その問いに対してレンは・・・
「え?だって強いじゃん」
そう簡潔に答えた
「えっ?」
その答えを聞いた霧生は眉をしかめる、そして更にレンに問いかけた
「・・・それだけか?」
「そうだけど?」
「いや、その。もっと他に何かないのか?性格が優しそう・・・とか」
(ってアイツのどこが優しいんだ!?)
自分で言っておきながらあり得ないと思う冬香
実際、適当に言ってみただけなのだが・・・
「えーないよ?強いのが一番重要じゃん」
不思議そうに首を傾げながら当たり前の様に答えるレン
だが突然、何かに気づいたかの様に声を上げた
「あーそっか!」
そしてレンは少しだけ真面目な表情になると、確認をする様に冬香に質問する
「トーカって、外の人でしょ」
その言葉に冬香は少し驚きの表情を見せながら聞きかえした
「分かるのか?・・・確かに私が東京に来たのは、一週間前だが」
「うん。トーカはここの人達とは全然違う」
大通りを行く人を眺めながら、レンは呟く
「この街の人達はね、みんな自分の事しか考えてないの」
そう呟くレンの声は全てを諦めた様な、とてもとても冷めきった声だった
そんな普段とは違うレンの様子に冬香は思わず問い返す
「どうして・・・そう思うんだ?」
「だって・・・みんな弱いもん」
「弱い?」
その言葉に首を傾げる冬香に対して、レンは続けて言った
「接続者がなんだとかで東京がこんなになって、パパとママも接続者の戦いに巻き込まれて死んじゃって。アタシみたいなただの女の子が一人で生きていく手段なんて限られてた」
「なっ・・・」
「封鎖のせいで、逃げたいと思っても東京からは出られない。いつだって命の危険と隣り合わせの街の中で生きていくしかない」
「・・・」
レンの言葉に何も言えず黙り込む冬香、しかし・・・
「私だけじゃない、この街に住んでる普通の人間はほとんどこんな感じ。みんな弱いから・・・自分が生きる事に必死」
そう、レンの境遇はこの東京ではごくごく一般的な物だ
政府が接続者達を閉じ込める為東京を隔離した際、同時に切り捨てられた人達
彼らは、東京と言う檻の中で生きる事を余儀なくされたのだ
「でもおにーさんは違う。あの時見せてくれたみたいに、おにーさんはこの街に媚びずに生きていける強さを持ってる。アタシは強い人が好き、強ければアタシを守ってくれる・・・」
つまり、レンが御音に好意を抱いた理由は
強者の庇護を求めるという、全くもって合理的な理由だったのだ
「おにーさんなら、アタシを助けてくれる」
そして東京という場所は、そういう考え方の人間だけが生き残れる場所なのだ
(突然前触れもなく、普通に暮らしているただの一般人が能力に目覚め接続者になる。だから接続者になる可能性を持った東京に住んでいる人間を全て防壁の内側に隔離した。それが当時の政府の決定・・・)
もちろん冬香はそれを理解していたし、東京に取り残された人の存在も知っていた。しかし・・・
(私は知っていただけだ・・・。何一つとして「理解」はしていなかった)
「神様」になりたかったわけではない
そもそも、冬香が東京に来た理由は人々を助けるなどと言ったそんな高尚な物ではない
しかし、目の前で起こっている出来事に目をつぶる事も出来ない
(私に出来る事は無いのか・・・?)
冬香は顔を歪ませ俯く
だが考えれば考える程、己の無力さを痛感するだけだった
「・・・」
その様子を見ていたレンは、少しだけ微笑むと
「ねえ。外の話聞かせてよ!」
唐突にそんな事を言った
「え?それはもちろん構わないが・・・」
突然のレンの言葉に、面を食らった様に戸惑う冬香
「しかし、どんな事を話せばいい・・・?」
「何でもいーよ」
「何でもと言われても・・・」
「んー、それじゃトーカの話してよ」
「私の?別に構わないが、特に面白い話は無いぞ?」
「いーからいーから」
そして自分がどんな生活を送ってきたかを語る冬香
学生時代の何気ない思い出や、近所であったちょっと変わった出来事など
そんなとりとめのない話を路上の隅で話す
「へぇ~・・・」
時間にして数十分程度の話だったが、その間レンはずっと興味深そうに冬香の話を聞いていた。そして・・・
「・・・まあ、そんな感じだ」
「なるほどー。・・・あれ?でもなんか肝心な所が抜けてない?結局トーカはなんで東京に来たのか?とか」
「それは・・・まあ、大した事じゃないから気にしなくていい」
そう言いながら詰め寄るレンを押さえる冬香
(さすがに「あの事」は話せないしな・・・)
明らかに何かを誤魔化そうとする冬香の態度に、不満そうな表情を見せるレンだったが・・・
「ま、いいか。言いたくない事のひとつやふたつぐらいあるよね~」
とりあえずは納得したらしい
レンはそうアッサリと言うと立ち上がった
「あーもうこんな時間かー。今日の所は客も居ないし、帰ろーかな」
「そうか。なら近くに車を停めてあるし送っていこうか?」
「えーいーよ。そんな子供じゃないし」
そう言ってレンは冬香から離れる
「んじゃまたね。また外の話聞かせてよ」
「ああ、分かった」
冬香がそう答えるとレンは笑顔を見せながら、道の向こうへ去っていった
そして冬香が彼女を見送り、背を向けた直後!
キキィーッ!!!
「えっ?」
凄まじい車の急停止音に振り向いた冬香が見たのは・・・!
「トーカ!助け・・・!」
突然走りこんできたワンボックスカーから2人の男達が飛び出し、レンを車に押し込める所だった!
「なっ!?貴様達!!!」
すぐさま車に向かって駆け出す冬香!だが!
バタンッ!
「よし!出せ!」
二人の男がドアを閉めると同時に運転席の男が思いきりアクセルを踏み込む!
ブオォォォォォンッ!!!
そして冬香が助けに入る前に、車はその場から猛スピードで走り去っていった!