噛み合わない二人
霧生冬香が13の監査官となった翌日、冬香は新宿都内にあるとあるカフェの席に座っていた
しばらくして、注文していたブレンドのコーヒーが目の前に置かれ、冬香はそれを手に取りカップに口をつける
「・・・」
一口、コーヒーを飲み顔をしかめる冬香。それと同時に
「口に合わなかったか?」
そう言って冬香の目の前の席に白髪の青年、13が腰を下ろした
「率直に言って酷い」
そう言いながら左手の時計を見る冬香
「13時0分0秒ジャスト。時間には正確の様だな」
「時間に正確なのは、俺の仕事の基本だ」
そう言いながら、同じくブレンドのコーヒーを頼む13
しばらくして、13は目の前に置かれたカップを手に取ると冬香と同じ様に口をつける。その時・・・
「・・・」
コーヒーを飲む13を、冬香はまじまじと見つめていた
そして一言問いかける
「・・・美味いか?」
その霧生の問いに、13は・・・
「普通だ」
そう簡潔に答えると、そのまま顔色一つ変えずコーヒーを飲み続ける
その様子を信じられないと言った顔で冬香は眺めていたが
気を取り直すと、仕事の話を始めた
「それで13・・・」
だがその瞬間、13がその言葉を遮る
「十塚だ」
「何?」
そして13は、声を潜めて言った
「外でナンバーを口にするな。俺の名前は十塚御音だ」
もちろんこれは偽名である
政府が暗殺者である13に与えた表向きの名前
「わ、分かっている!」
そう言いながら焦った様子で冬香は目の前のコーヒーをぐいっと煽り
「~~~!!!」
同時に物凄く顔をしかめ、すぐさま水を一気飲みした
「・・・何してるんだアンタは?」
「う、うるさい!」
しばらくして、落ち着きを取り戻した冬香が言った
「・・・それで御音。仕事の話だが」
「そこは十塚じゃないのか?」
「トヅカよりミオンの方が響きが良いだろう?女みたいだがな」
そう言ってフッと笑う冬香
(ただの偽名。そこまで拘りがあるわけでもないし、女の様だと言われた所で腹も立たない)
御音は冷静な表情のまま、冬香に質問する
「それで?俺も冬香と呼べばいいのか?」
「霧生さんだ。私の方が年上だろう?」
冬香、いや霧生さんはきっぱりとそう言い切った
「・・・了解だ」
御音はそれ以上の会話を打ち切り、仕事の話をする事にした
「今の所、処理すべき案件は無い」
「無いだと?お前らの仕事はこの東京中に腐るほどあるはずだが?」
「「ヤツラ」も馬鹿じゃない。猟犬がそこら中をウロウロしてる中、堂々と顔を出して表を歩く奴なんてそうそう居ないだろう?」
そう、先日処理した「金髪」の様に迂闊な馬鹿はそうそう居ない
アレは恐らく能力に目覚めたばかりで、力に酔っていた初心者だろう
能力は強力ではあったが、殺すのは容易い
「なら、どうするんだ?」
「・・・?だから、それを探してくるのがアンタの仕事だろ?」
御音がそう答えた後、二人揃って間の抜けた声を上げた
「え?」
「ん?」
会話が途絶えシーンとなる
そして、御音は溜息をついた後言った
「・・・どうやら、仕事の引継ぎが出来てなかったようだな」
「なっ!?」
そう叫ぶと顔を赤くする冬香
普段はビシッとしてる印象だが、トラブルに弱いタイプなのかもしれない
「まあ、どうせ8割方安栖さんのせいだろう。気にするな」
あの人は、研究以外の事は抜けてる所が多いからな
監査官の仕事に関してもほとんど説明していないんだろう
もしくは実地で覚えろと言う事だろうか?投げっぱなしにも程がある
ガタンッ!
次の瞬間、冬香は勢いよく席を立つと言った
「本部へ戻る!」
「了解」
御音はコーヒーを飲みながら、忙しなく店を出ていく冬香を見送った。そして
「・・・会計は俺持ちか」
と呟いた
御音と別れたすぐ後、冬香は暗殺課本部へ向かっていた
(クソッ!失態だ!着任早々こんなミスを!)
大通りを足早に歩いていく冬香、だがその時
「ちょっ!離せって!!!」
「あ!?何言ってんだ、逃がすわけねーだろうが!」
大通りから一つ裏に入った路地
所謂ラブホテルの入り口で言い合う男女の姿が見えた
男は柄の悪そうな中年と言った感じ、女の方は派手な外見をしているがまだ少女に見える
少女はその場から逃げようとするが、男は少女の左手をがっしりと掴んで逃がさない
その時、男が大声で叫ぶ
「人をナメた真似しやがって!オマエただで済むと思うなよ!」
そう言って少女の腕を引っ張って、無理やりホテルの中に連れ込もうとする
「ちょっ!オマエみたいなおっさんの相手とか絶対無理だし!」
そう少女が悪態をついた次の瞬間!
バキィ!
男が拳を振りあげると、少女の右頬を殴りつけた!
「あ・・・」
「ナメてんじゃねーぞクソガキが!いいから来いって言ってんだよ!」
そう言って少女の腕を引っ張る、殴られた少女は涙を浮かべながら叫んだ
「嫌・・・!誰か!!!誰か助けて!!!!」
その声は大通りを歩く人々の耳にも届く声だった、しかし
「は?何言ってんだ?助けに来る奴なんて居るはずないだろ?」
そう彼女を助ける者など居ない、誰も彼もが見て見ぬフリをするだけだ
危うきには近寄らず、それがこの街のルール
ここは、隔離都市東京なのだから
そして少女の姿が建物の中へ消えようとした、その時!
「彼女を放せ!」
凛とした声が路地裏に響き渡った!
毅然とした態度で男の正面に立つ黒髪の女性、それは霧生冬香だった
「あ?誰だよアンタ」
「警察だ!彼女を放せ!」
警察手帳を開きながらそう叫ぶ冬香
だが、その冬香の言葉を聞いた男は目を丸くし
そして、大声で笑いだした
「ハッハッハッ!!!警察ぅ!?今時警察って!」
「何が可笑しい!?」
「あのなぁ?ここは東京だぜ?政府に隔離され見捨てられた無法地帯。警察に何の力があるってんだよ?」
そう冬香を嘲笑う男、だがその態度が冬香の逆鱗に触れる
「放す気がないのなら・・・ッ!」
言葉では埒が空かないと判断した冬香は、構えると男に向かっていく!そして!
グイッ!!!
「フッ!」
冬香が掴みかかると同時に!男の体が宙に舞う!
ドォンッ!
「がはっ!?」
コンクリートに思いきり背中を叩きつけられた男が苦悶する!
冬香が男に使った技は、柔道の大外刈りだ!
「テメェ・・・ふざけやがって・・・!」
コンクリートに背中から思いきり叩きつけられたにも関わらず、男は怒りの籠った目で冬香を睨みつけた
そして立ち上がると再び冬香に襲い掛かる!
「フンッ、懲りない奴め」
ドォンッ!
立ち上がり向かってきた男をいともたやすく投げ飛ばす冬香、まさに柔よく剛を制すと言うわけだ
冬香は警察学校の訓練課程、全ての科目で優秀な成績を収めたエリート
当然、武道の腕も並大抵ではない
ドォンッ!ダァンッ!
その冬香に何度もコンクリートに叩きつけられ、満身創痍になりながらもよろよろと立ち上がる男
その顔には憎しみの表情が浮かんでいる。そしてついに
「もう我慢ならねえ!ぶっ殺してやる!」
ギラッ!
そう言って男は、懐からナイフを取り出した!
「ほう?刃物を持ち出すのなら、こちらも容赦はしないぞ」
チャキッ!
そう言って冬香は、懐から拳銃を取り出し男に向ける!
総弾数5発のリボルバーだ!
「なっ!?」
「武器を捨てて両手を頭の上で組め!これは警告だ!」
「おいおい、警察が民間人を撃つ気かよ?」
「残念だが、私には自己の判断で発砲、射殺する権利が与えられている。武器を捨てる気がないのなら、相応の覚悟をしてもらう」
そう、この東京に限り監査官である冬香には銃を携帯する権利
そして一部条件付きだが、発砲する権利が与えられている
「わ、分かったよ・・・降参だ降参・・・」
銃相手では不利だと悟ったのだろうか?
そう言って男がニヤニヤと笑いながらナイフを地面に置こうとする。だが次の瞬間!
ドガッ!
「がはっ!・・・なっ!?」
突然の衝撃に倒れる冬香!
その冬香の背後には、二人の男が立っていた
「ふー、助かったぜ」
どうやら二人は男の仲間だったらしい
背後から不意打ちを受けた冬香は、そのまま二人の男に抑え込まれてしまう
「くっ!クソッ!離せ!」
「まったく、怖いネーチャンだな」
「警察だろ?どうすんだよ?」
「ソイツのせいであの女には逃げられちまったし、代わりをしてもらわなきゃな。よく見りゃなかなかいい女だし、東京がどんな街かキッチリ教育してやんねーと」
そう、冬香が男と争っている間に、助けを求めていた少女は居なくなっていた
そして二人の男が冬香を拘束したまま立たせる
「お前ら・・・こんな事をしてただで済むと!」
「ただじゃ済まないのはお前の方だよ。んじゃ、とっとと例の場所に連れてってお楽しみにしよーぜ」
そう言って男達が冬香を連れ去ろうとした、その時!
「アンタは何をしているんだ?」
突然!何の気配も無く聞こえてきた声に、冬香を拘束していた男達が振り向く!
そこに立っていたのは、白髪の青年だった
「み・・・御音」
拘束されている冬香が呟く。その時
「は?何?オマエも正義の味方志望?」
冬香を拘束していた二人の内一人が、御音の前に立つ
身長170程の御音に対し、男は190はあるだろうか?
体の大きさも二回りは違う
「はぁ・・・」
だが御音は溜息をつくと
目の前に立つ男に一切興味が無いと言った様に、横を通りすぎていく
「は!?無視してんじゃねーよ!」
御音の後ろから殴りかかる男!だが次の瞬間!
「え?」
「なっ!?」
ドガッ!
御音の後頭部に向かって放たれた拳は、まるで真後ろに目が付いているかの様に当たる直前で回避され
そのまま御音の正面、冬香を拘束していたもう一人の男の顔面に突き刺さった!
「がっ・・・」
鼻血を流しながら倒れる男!
拘束を解かれた冬香がその場に膝を付く
「はぁ・・・はぁ・・・」
その冬香を冷たい眼差しで見下しながら、再度問いかける御音
「アンタは何をやっている?」
「・・・ッ!」
ゾクッ!
そのあまりの冷たさに、蛇に睨まれた蛙の様にすくむ冬香。その時!
「よくもやりやがったなテメエ!!!」
先ほど仲間を殴り倒した男がもう一度御音に向かって拳を振るう!だが!
「取り込み中だ」
グルンッ!
御音が少し手を動かしたかと思うと、拳を放った勢いそのままに男の体は回転し宙に浮いていた
「え?」
傍から見れば、自分からジャンプして前方へ回転している様にしか見えないだろう
そして男はその勢いのまま、残っていたもう一人の男に向かって突っ込んでいき・・・!
「なっ!?」
「うおあ!」
二人覆いかぶさる様にして地面に倒れる!そしてすかさず!
「邪魔だ、少し寝てろ」
ドガァッ!!!
「ぐはぁ!」
御音が追い打ちとして放った強烈な蹴りにより、二人の男はまとめて昏倒した
「ハァ・・・」
そして御音は一つ溜息をつくと、冬香の方へ視線を向ける
「あ・・・」
御音が向ける冷たい視線
おおよそ人間から放たれているとは思えない威圧感
(こんなあっさり・・・大の男3人を、赤子の手をひねるかの様に・・・)
冬香もそれなりに武道を修めた身、自分の力に多少の自信はあった
だが、初めて目の前で見る人間の常識を超えた存在
魔都と化した東京の闇を生き抜いてきた歴戦の暗殺者
片鱗だけとはいえ、その力を目の当たりにし
冬香は怯えた獣の様にその場から動けずにいた。だが次の瞬間!
「おにーさん!!!」
ドンッ!
「え?」
「・・・」
御音の後ろからジャンプして抱きついて来たのは
先ほど助けを求め、冬香が襲われている隙にいつの間にか逃亡していた少女だった