暗殺者と監査官
2020年
世界有数の大都会東京に突如として飛来した、巨大な謎の光る物体
それと同時に、突然超常の力に目覚めた人間、能力者達が東京に現れる
後に「接続者」と呼ばれる彼らにより、東京の治安は著しく悪化した
人間の身体の限界を超えた身体能力、野生動物のそれを上回る研ぎ澄まされた五感
そして何より、それぞれが持つ特異な「能力」
当時の警察組織に彼らを止める術は無く、接続者達は我が物顔で東京中を蹂躙した
この事態を重く見た政府はこれ以上の被害を防ぐ為、東京に自衛隊を派遣する
しかし、東京の内側に巣食った接続者達を殲滅する事は出来なかった
彼らの脅威的な能力はもちろんだが、それ以上に
一般人が突然能力に目覚め、接続者となる原因の根絶が出来なかったのだ
増え続ける接続者、悪化し続ける治安
苦肉の策として、政府は接続者達を産み出す場所、東京を隔離する事を決定
接続者を危険視する各国の協力もあり、政府は東京中を覆う巨大な壁、通称「東京防壁」を建設
東京ごと、接続者の隔離に成功する
だがその防壁はあくまで、内側から外側への脱出を阻む為の物で
外側から内側への侵入を阻む物ではなかった
接続者達を産み出す「何か」を手に入れるべく
次々と防壁を超え東京に侵入する犯罪組織、各国諜報機関員達・・・
「接続者を産み出す「何か」を手に入れた者は、世界の全てを手に入れる」
こうして日本の一都市であった東京は、世界の覇権を争う場と化した
防壁によって世界から隔離された中、各々が目的の為、手段を選ばず争う無法地帯
「隔離都市・東京」の誕生である
2025年
接続者達に奪われた東京を取り戻す為、政府は新たな組織を創設した
「隔離都市東京特別治安維持課」、通称「暗殺課」
治安回復の為、政府が東京中に放った猟犬「暗殺者」
顔も分からない、何人居るのかも分からない
分かっている事は、彼らは「ナンバー」で呼ばれている事
それぞれが強力な接続者である事だけ
正体不明な上、神出鬼没な彼らから常にその身を守り続けるのは困難であり
派手に行動し顔が割れれば、如何に強力な接続者と言えどもその命を奪われるのは必然であった
暗殺者達が東京中に敷いた暗殺の恐怖
これにより、接続者達や犯罪組織も表立った行動は避ける事を余儀なくされ
僅かながらも、東京は平和を取り戻す事となる
それからさらに13年経った現代、2038年
なおも混迷の最中にある隔離都市・東京で、この物語は始まる
治安悪化により放棄された新宿地下街、今はもう誰も近づこうとしない地下街の片隅
そこにある秘密の通路から今は使われていない地下鉄の駅へ向かう
廃棄された駅には、周辺とは不釣り合いな程の強固なセキュリティを備えた端末があり
そこから小型の電車車両を呼び出す
車両に乗り、外の様子を確認出来ない状態で移動する事数十分
車両が到着した場所
そこが暗殺者の巣、「隔離都市東京特別治安維持課本部」だった
「ニンショウカンリョウ」
機械音声と同時にゲートが開き、黒いコートを着た男は先へ進んでいく
そして黒コートの男は研究室の様な場所へたどり着き、そのドアが開かれる
その時、部屋の中に居た男性が黒コートの男に声をかけた
「やあ「13(サーティーン)」。いつも通り時間に正確だ」
「・・・本部まで呼びつけるなんて何の用ですか?安栖監査官」
黒コートの男、13はぶっきらぼうに答える
それに対して、安栖と呼ばれた男は困ったように苦笑した
彼は安栖宗次、年齢は38歳
争いを好まない穏やかな性格で、いつもニコニコと笑みを浮かべている
常に白衣を纏い、日がな一日中研究室で接続者の研究に没頭している変人だ
俺の監査官でもある
「ははは、相変わらずだね。まずは少し世間話でもと思ったんだけど」
「仕事に関係の無い話には興味ないので」
表情一つ変えず、淡々と答える13
しかし安栖にとってこの13の態度はいつもの事、苦笑いを浮かべながらも言った
「そうだね、じゃあ仕事の話をしよう。まずは先日の接続者の事だけど・・・」
「「チップ」なら要りませんよ」
安栖が続きを言う前に13が遮る
「・・・「真空の刃」。それなりに強力な能力だと思うけど?本当に要らないのかい?」
「強い能力があれば殺せるってわけじゃない」
そう言ってチップの受け取りを拒否する13
「倒した相手の能力を封じたチップ。君達暗殺者が装備しているデバイスにそのチップを装備する事により、君達は倒した相手の能力を発動させる事が出来る。殺せば殺す程強くなる、それが僕達が開発した暗殺者の力・・・なんだけどな」
そう困った様に言う安栖、だが
「前も言ったでしょう?ヤツラを殺すのに能力なんて必要無い。俺にチップは不要です」
13が暗殺者になってから5年
その間、100人以上の接続者を殺害してきたが
彼のデバイスには、一つのチップも装備されていなかった
「なるほど。それが君が考える、本当の暗殺者って事かな」
「別に、そんな大層な話じゃありませんよ。・・・話はそれだけですか?」
「ああいや。むしろこれからが本題なんだ」
そう言った後安栖は、やや緊張した面持ちで続けた
「実は今日限りを持って、僕は君の監査官から外れる事になった」
「監査官を外れる?」
「ああ。元々研究室主任と君の監査官の兼任だったからね。これからは研究の方に集中する事になった」
「・・・それで?後任は決まっているんですか?」
「もちろん。紹介するよ」
そして、安栖が端末を動かすと同時に研究室のドアが開き
一人の女性が入ってきた
「失礼します!」
カッ!
靴のカカトを打ち鳴らす音と共に敬礼をする女性
おそらく20代半ば、長い黒髪を後ろで束ねている
パンツスーツ姿で毅然と敬礼をする彼女は、まさに凛としているという表現が相応しかった
「彼女が新しく君の監査官となる「霧生冬香」警部補だ」
彼女の階級を聞いた13が、少し眉をひそめる
(この若さで警部補?外のキャリア組か?キャリアがなんで東京に?)
その視線に気づいたのか、霧生が13に向かって言う
「何か?」
「いや・・・」
二人は初対面なのだが、その間には既に緊迫した空気が流れていた
それを察してか、安栖はなるべく明るい声で紹介を続ける
「えっと。それで彼が、君の担当になるナンバー「13」だ」
「・・・」
13は無言で霧生に敬礼をする
その時、霧生が安栖に向かって問いかけた
「彼が?」
その顔には不満の色がハッキリと見て取れる、隠す気も無いのだろうが
眉間に皺を寄せる霧生に向かって、13は言った
「何か問題が?」
「・・・キミみたいな若さで暗殺者が務まるのか?見た所、私より年下だろう?」
「年齢で殺すわけじゃない。アンタこそ、外のエリートが監査官だなんて。勤める場所を間違えてるんじゃないのか?」
「何だと!?」
一触即発の雰囲気
そしてまたもや、安栖が二人の間に割って入る
「まあまあ二人とも落ち着いて。霧生監査官、彼の優秀さは僕が保証するよ。何せ彼は暗殺者として、この東京で5年も生き残っているんだからね」
「5年!?」
安栖の言葉に驚く霧生、何故ならば・・・
「暗殺者の死亡率は極めて高い。1年間で30%を超えると伺っていましたが。彼がその厳しい中を5年も生き残ってきた暗殺者には、とても・・・」
「事実だよ。彼の5年間での接続者の処理件数は100件を超える。「シングルナンバー」達に次ぐ戦果を誇る、優秀な暗殺者だ」
「彼が・・・」
その時一瞬、霧生の表情が冷たい物に変わる
そして彼女はボソリと呟いた
「・・・やはりコイツも同類か。バケモノ共・・・」
安栖には聞こえていなかっただろうが、暗殺者である13の聴覚はその言葉をハッキリと捉えていた。しかし・・・
(バケモノか・・・。普通の人間からしたら、当然の評価だな)
わざわざ波風を立てる必要は無い
13はそのまま聞こえなかったフリをしながら言った
「・・・内容がなんであれ、上が決めたなら従う。それが組織と言うものだろう?」
「フン・・・いいだろう。ならば13。これからは監査官である私の命令に従ってもらうぞ、異論は無いだろうな?」
「了解・・・」
そして険悪な雰囲気のまま、二人は研究室を後にした