少年の願い
「待って!!!!!お兄ちゃんを・・・!お兄ちゃんを離して下さい!!!」
背後から聞こえてきた声に13と冬香が振り向くと、そこに立っていたのは少年とさほど変わらないであろう年齢の少女だった
その時・・・
「カズミ兄さん」
「ミナ・・・」
思わず口をついて出た言葉に13はハッとすると、頭に浮かんだ光景を首を振って振り払う
そして少女は続けて冬香と13に向かって頭を下げると
「ごめんなさい!盗んだ物は返します!でも・・・お願いです!お兄ちゃんを許してあげて下さい!お願いします!」
謝罪を繰り返す少女に向かって、押さえつけられたままの少年が怒鳴る様に叫ぶ
「バカ!出てくるな!お前は関係ないだろ!」
「関係あるよ!だってお兄ちゃんは私達の為に・・・!」
自分から少女を遠ざけようとする少年に対し、少年を庇おうとする少女
その二人の会話から、冬香と13はなんとなく事情を察する、そして・・・
「で、どうする?」
改めて指示を促す13に対し、冬香はフーっと息を吐くと
「・・・その子を離してやれ」
と、どこか安堵した様な声で言った
冬香達が少年を解放した後、二人は少女の案内により近くのビルの一室に来ていた
「すみません。その・・・何もお出し出来なくて」
そう言って少女は二人を部屋に案内する
高そうなソファーやテーブルが並んだ部屋
だが近くで見ると、やはり長らく放棄されていたせいで劣化が目立つ物が多い
とりあえず近くのソファーに腰掛けた冬香と13に、少年が得意気に言う
「へへっ、いいだろそれ。この部屋にある物全部、近くのビルから集めてきたんだぜ?」
どうやらこちらが敵ではないと認識したのか、少年は年齢相応の気安さで話しかけてきていた
「さっきはいきなり殴りかかってごめんな、警察って聞いたからオレ達を捕まえに来たのかと思って。オレはユウヤ、そっちが妹のアイリ」
そう言って笑う少年、ユウヤ
年齢は10歳前後、黒く短い髪に少し浅黒く焼けた肌
そして細見ながらもしっかりとした筋肉がついた、一言で言うなら野生児と言った雰囲気の少年だった
「アイリです、よろしくお願いします」
兄とは対照的に礼儀正しく問いかけてくるアイリ
年齢はユウヤと然程変わらない様に見える、白い肌に年齢より上の印象を受ける大人びた雰囲気
背中まである黒髪はややパサついてはいるが
限られた道具で丁寧に手入れをしているのだろう、美しい光沢を放っていた
「それでえっと・・・お二人のお名前は」
「私は霧生冬香。それでそっちが・・・」
「・・・十塚御音だ」
ナンバーではなく偽名の方を名乗る御音
「冬香さんと御音さんですね。よろしくお願いします」
真っすぐにこちらを見つめ、穏やかに微笑みながらそう答えるアイリに、御音は思わず視線を逸らす
「御音?」
「何でもない。俺の事は気にしなくていいから話を進めろ」
「あ、ああ・・・」
そして冬香は、二人に色々話を聞いてみる事にする
「君達は・・・ここに住んでいるのか?」
「ああ。屋根もあるしベッドもある。水と食いものだけは自力で調達してこないとだけど、割と快適さ」
と、ユウヤは言うが
ガスも水道も電気も使えないこの部屋は、冬香や普通にこの国で暮らす人達からすれば相当不便なのは間違いない
冬香は更に質問をする
「この部屋の持ち主は?」
「さあ?でもどうせ誰も使ってないんだから、別にいいだろ?」
何の悪びれもなく答えるユウヤに対し、冬香は・・・
「いや・・・そういう問題ではない・・・気もするが・・・。どうなんだ?御音・・・?」
自信なさげに呟き、小声で御音に助けを求めるものの
「俺に聞くな」
と一蹴され、この件は諦める事にした
「えっと・・・。じゃあ、その・・・君達の・・・保護者は・・・?」
「保護者?親の事ならいないよ。ここに住んでるのは俺と妹の二人だけさ」
その答えはある程度予想出来ていたのか、冬香は御音に確認する
「なあ御音。つまり彼らは・・・」
「路上孤児というやつだ。今の東京では珍しくない」
18年前、東京に能力者が現れ始めた頃
著しい治安の悪化により、家や親をなくし孤児となった子供達
彼らは廃墟と化した旧山手線内側エリア、グラウンド・ゼロを住処としていた
「そんな・・・。政府は何もしなかったのか!?」
「数が多すぎる。正確な数は分かっていないが、今の東京の路上孤児は約2万人・・・そして今でも増え続けているそうだ。政府が用意出来る施設なんかでどうにかなる数じゃない。実質、政府は彼らを放置するしかなかったのが現実だ」
その時、二人の会話を聞いていたユウヤが言った
「にーちゃんの言う通りさ、だから俺達は自分達の力で生きていく事にしたんだ。見なよ」
ユウヤは二人に窓の外を見る様に促す
冬香と13はソファーから立ち上がり、窓から外を見下ろす
「子供ばかり・・・?」
外から幾人の人影が見えるが、それらは全て子供の物だった
「ああ。ここはオレ達の街、子供達の街なのさ。オレ達は弱い、でもオレ達はこうやって集まる事で自分達を守る事にしたんだ」
「守る?」
そう聞き返した冬香に、アイリが答える
「この東京では私達子供は簡単に色々な物を奪われてしまいます、物どころか命だって・・・。最近では、子供を狙った人攫いも多くなってきていますし」
「人攫いまで・・・」
過酷な環境に思わず眉をしかめる冬香、だがしかし・・・
「でも!この街にはオレがいる!接続者のオレが!」
表情を暗くする冬香に向かって、そう堂々と宣言するユウヤ
「コイツは皆を守る為に神様がくれた力だ!だからオレが守る!この力でこの街を!皆を守るんだ!」
そう、曇りのない、澄み切った声で叫ぶユウヤ。だが・・・
「無理だな」
そんなユウヤに対し、御音は冷静に告げる
「なっ!?無理ってどーいう事だよ!?」
「お前の力じゃ無理だと言っているんだ」
そう断言する御音に、ユウヤは苛立った様に叫んだ
「なんでにーちゃんにそんな事が言い切れるんだよ!?たった一回オレに勝ったぐらいで!」
「たった一回?俺が敵なら、その一回でお前は死んでいるんだぞ」
皆を守りたいと願うユウヤに対し、冷酷に事実だけを突きつけていく御音、だが・・・
「御音・・・?」
その時冬香は、その御音の態度にどこか「らしくない」雰囲気を感じていた
「くっ!だったらどうしろって言うんだよ!?」
「お兄ちゃん・・・」
そう言って唇を噛みしめるユウヤ
御音の言葉に反発しながらも、おそらくユウヤもそれが現実である事は理解していたのだろう
「オレしかいないんだ!オレがやらなくちゃいけないんだ!けどどうやって!?どうすればアイリを・・・皆を守れるのか分からないんだよ!」
ユウヤの叫びに、重苦しい沈黙が部屋の中に流れる
そしてしばらくして・・・
「ユウヤ」
「・・・?」
静かな声で御音はユウヤに問いかけた
「人を殺した事はあるか?」
「ッ!?」
「あるのかないのか・・・答えろ」
「な・・・ない・・・」
「そうか・・・。なら・・・」
静かでいて、だが周囲を飲み込む様な威圧感を漂わせながら、続けて御音は問いかける
「妹の為に・・・子供達の為に人を殺せるか?」
「なっ・・・?」
その言葉に動揺するユウヤ
「御音・・・?まさかお前・・・!?」
御音が言おうとしている事に気付き冬香は止めようとするが、それを逆に制止しながら御音はその言葉を告げた
「ユウヤ・・・暗殺者になるか?」
「ア・・・暗殺者・・・?」
「そうだ。接続者を殺す、政府の猟犬・・・人殺しの集団だ」
人殺し
その言葉にユウヤだけでなく、アイリも顔を青くする
「お前が暗殺者になれば、妹とこの街の子供達程度なら政府の保護を受けられる」
「皆が・・・普通に生きられる?」
「ああ。ただし、お前を待っているのは地獄だ。殺すか殺されるか、俺達暗殺者の道は二つに一つしかない」
その問いに答える事が出来ずユウヤは顔を伏せる
当然だ、それは悪魔の契約の様な物なのだから。だが・・・
「けど・・・それで妹を・・・」
ユウヤは顔を伏せたままそう呟く
そして意を決した様に顔を上げると、御音に対し答えを告げようとした、その瞬間!
「ダメ!!!!!」
突然部屋に響き渡った叫び声、それはアイリの声だった
「アイリ?でも俺が暗殺者になれば・・・!」
「ダメだよ!!!人殺しだけは絶対にダメ!!!」
目に涙を浮かべながらユウヤを止めるアイリ
「大丈夫だよ!お兄ちゃんだけじゃない!皆で頑張ればなんとかなる!だから!」
「アイリ・・・」
そしてしばらく悩んだ末、ユウヤは・・・
「・・・もう少しだけ、考えさせてくれ」
と、消え入りそうな声で答えた
「分かった、一週間後に答えを聞きにくる」
そう言って御音は二人に背を向けると、部屋を出てこうとする
「み、御音!それじゃあ私も・・・」
そして冬香もユウヤ達に声をかけようとするが・・・
「・・・失礼する」
何を言えばいいのか答えが見つからず
ただ一言、そう言って部屋を出て行った
「おい!待て御音!」
ビルから出た冬香は前を歩く御音に駆け足で追いつく
そして二人で歩きながら、さっきの事を話していた
「どうして暗殺者になれなんて言ったんだ・・・?」
「接続者が生きる為には他に道がないからだ。知っているだろう?接続者は殺す、それが暗殺者でそこに例外はない」
「あの子もそうだと言うのか・・・?」
「そうだ。俺達が見逃した所で、他の暗殺者に見つかったならそれまでだ。そしてアイツが死ねば、妹の方も真っ当な生き方は出来なくなる」
その時、冬香の脳裏に一人の少女の姿が浮かんだ
この東京でたった一人で生き続けてきた少女の姿が
「だが・・・暗殺者になった所で・・・」
「死ぬだろうな。おそらく数年ともたずに・・・、だが妹の方はそのまま普通に生きていける」
それは救いの手と呼べるのだろうか?
命を代償として要求するそれが、本当に誰かの救いだと言えるのだろうか?
しかし・・・
「それしか・・・ない・・・」
冬香も理解していた
全員を救う、そんな都合の良い解決策など存在しない事を
トッ・・・
そして冬香は、御音の背に額で寄りかかると・・・
「私は・・・地獄に落ちるな・・・」
そう呟いた
その言葉に、御音は背を向けたまま
「安心しろ。その時は俺も一緒だ」
そう返すのだった




