死神との契約
数日後、暗殺課本部にある安栖の研究室に13の姿があった
手術台の様な物に横たわる13
しかし、安栖が行っているのは怪我の治療ではなく・・・
「よし・・・。どうだい?右腕の状態は」
安栖の言葉にむき出しとなっていた右腕、義手を動かして見せる13
肩、肘、手首、指
各部の関節が音もなく駆動、回転する
「・・・問題ありません」
「よかった。じゃあ人口皮膚の貼り付けに入ろう」
そして、安栖はむき出しとなっていた13の右腕に肌色の人工皮膚を張り付けていく
その作業の途中、安栖が言った
「それにしても無茶をしたものだね、あの炎を受け止めるなんて。13が右腕を壊してきた事なんて久しぶりじゃないか?」
その言葉に対し、13は・・・
「すみません」
咄嗟に謝罪の言葉を告げる
安栖に手間を取らせている事に対する謝罪、という訳ではなく
「修理費用の事なら問題ないよ、13の今までの戦果を考えれば安い物さ」
そう安栖は言うが、今回の件でかかった修理費用はゆうに一千万を超える
暗殺者である13が使う義手は反応速度、静音性、全てにおいて超高性能
それだけではなく、ワイヤーアンカーやその他実験的な装備も搭載された暗殺者13専用モデル
その分、値段は通常の物とは比較にならない
「それに、霧生監査官を助ける為には仕方ない行動だったからね」
「・・・」
その安栖の言葉に無言で答える13
だが少し間を置いてから、13は安栖に問いかけた
「アイツは・・・霧生監査官はどうしてます?」
「・・・今は自宅待機中だよ。先日の件はかなりこたえただろうから」
「・・・」
その時、今度は安栖が13に問いかける
「・・・気になるのかい?彼女が」
13が他人を気に掛けるなんて珍しい、安栖の言葉はそんな意味合いの言葉だ
だが13はいつも通り、感情の無い声で淡々と答える
「アイツが辞めたら次をどうするか考えているだけです」
「彼女が辞めたらか・・・」
監査官としての初めての任務、しかも相手は顔見知りの少女
その少女を殺せと命じた、冬香の負った精神的負荷はかなりの物だろう
監査官を辞める、という行動は予想の範囲内
と言うより、考えうる限り最も高い確率の行動であろう
「機密保持もあるからそう簡単にはいかないだろうけど、監査官ではなく他の部署に転属という事は考えられるだろうね」
「そうですか・・・」
それ以降、二人の会話が途切れる
研究室に安栖の作業音だけが響く中、安栖は黙々と作業をこなし、数十分後・・・
「よし、これで完了だ」
人口皮膚の貼り付けが完了する
用が済むと、すぐに13は上着を着て研究室から出て行こうとするが、その時・・・
「彼女、どうするかな・・・」
そう心配そうに13の背に問いかける安栖
13はその質問に足を止めるが・・・
「さあ?どうするにせよアイツが決める事ですから。こんな仕事、辞められるならそれに越した事はないでしょう?」
そう興味無さそうに言うと、13は部屋のドアを開ける。そして・・・
「・・・人殺しは俺だけでいい」
誰に聞かせるでもなくそう呟くと、部屋を出ていった
そんな13の態度に安栖は苦笑いをすると
「・・・13、君こそ暗殺者には向いていないな。君は優しすぎる・・・」
そう呟いた・・・
そしてそのすぐ後、研究室を訪れる人物の姿があった
暗殺課本部を後にした13は、表向きは廃墟と化した地下鉄駅を抜け、地下街を歩いていた
だが、その時・・・
「何の用だ?」
振り返る事もなく背後の人物に問いかける13
13の背後に立っていたのは・・・
「御音・・・」
それは自宅待機をしていたはずの冬香だった
その瞳の下には涙の後と隈が出来ている、恐らくこの数日間一度も寝ていないのだろう
御音は振り返ると、そんな憔悴しきった様子の冬香と向かい合う、が・・・
・・・・・・
お互い何も言えず、その場で立ち尽くす
御音は冬香の言葉を待つが、冬香はなかなか話を切り出す事が出来ない
だがしばらくして、御音の方から冬香に語り掛ける
「この前の事でアンタにも分かっただろう?俺達の任務は誰かを助ける事じゃない。接続者を殺す、それが俺達暗殺者で、それに命令を下すのが監査官。俺達はただの人殺しだ。どんな理想を持って東京に来たかは知らないが、ここはアンタみたいな人間が居る場所じゃない」
そう言って御音は背を向けると、冬香に向かって冷たく言い放つ
「元居た場所に帰れ、アンタには向いてない」
そして御音はその場から立ち去ろうとするが、その時・・・
「違うんだ・・・」
その冬香の呟きに御音はピタリと足を止める
「違うんだよ御音・・・。私は誰かを救いたいなんて、そんな立派な人間じゃないんだ・・・」
そして、御音の背に向かって冬香は静かに言った
「私が東京に来た目的は・・・復讐だ・・・」
「復讐・・・?」
その言葉に御音が振り返る
「そうだ・・・。10年前、私の父はこの東京で死んだ・・・いや、殺されたんだ・・・!」
静かに、だがその心の内に燻る憎悪を抑える様に冬香は言う
「犯人は分からない・・・だが一つだけ分かっている事がある。私の父を殺したのは接続者だ・・・!」
「・・・」
「私は誓った・・・!父を殺した接続者を絶対に殺してやると!!!誰が犯人か分からないなら「接続者を全員殺してやる」と!!!私はその為だけに生きてきたんだ!!!」
霧生冬香と言う女性を構成する感情、それは憎悪・・・
「そう、それが私が東京に来た本当の目的・・・。今なら分かる、コレが本当の私だったんだ。この街を救う?神様になりたいのかだって?アッハッハッハ・・・、そんな事最初からどうでもよかったんだよ。それは表向きの私、警察官キャリアとして理想を語る偽物の私だ。本当の私にとって・・・、私は私の復讐以外どうでもよかったんだ・・・!」
10年の間ため込んでいた接続者に対する憎悪
乾いた笑いを浮かべながら、その醜い感情を吐き出す冬香。しかし・・・
「なのに・・・どうでもよかったのに・・・。私は知ってしまった・・・、接続者も同じ人間だった事を・・・。私がやろうとしていたのは、ただの人殺しだった事を・・・」
知らないままならどれだけ幸せだっただろうか、それを正義だと信じていられたならどれだけ楽だっただろうか
だがレンの死は、憎悪に染まっていた冬香の心を元に戻すと同時に、罪悪感という楔を打ち込んだのだ
「この数日間ずっとずっと考え続けた、私は間違っていたのか?私がやろうとしていたのは悪だったのか?けど・・・どれだけ考えても答えは変わらなかった・・・。そうだ・・・それでも私は・・・」
その時、御音が見た冬香の瞳の中に輝いていた物は・・・
「接続者が憎い、この憎悪を抑えられない・・・!」
理想を失い、現実を知り・・・
それでも消えない、復讐の炎だった
「人殺しでも構わない・・・。どんな犠牲を払っても、例え地獄に落ちたっていい。世界中の人間が私が間違っていると、悪だと罵ったとしても!私は・・・とうさんの仇を討ちたい・・・!この復讐をやり遂げたい・・・!」
そして冬香は御音の目の前まで近づいてくると、その右拳を軽く御音の胸に叩きつけた
「だから・・・オマエも逃げるな・・・!」
そう言って開いた冬香の右手に握られていたのはチップ
13が去った後、安栖の研究室を訪れた冬香が受け取っていた、羽崎恋の能力を封じたチップだった
それは恐らく、一生消えない罪の証そのもの
「オマエの言う通りだ・・・、私達がレンを殺した・・・。それでも私は・・・私の復讐を止めない・・・!だから・・・!」
だが冬香が最後まで告げる前に、13が言った
「なら、命令しろ」
「御音・・・?」
冬香の右手のチップを、御音は左手で受け取ると
御音の瞳を見上げる冬香に向かって答える
「俺に殺せと命令しろ、オマエの殺意を俺に寄越せ。殺してやる、例え何を犠牲にしてでも・・・、どんな罪を背負ったとしても・・・」
そして、御音は静かに告げた
「オマエが望む全てを殺してやる」
生きる意味などない
空っぽの化け物にそんな物はない
けれど、誰かの願いが
誰かの生きる意味が俺に託されたのならば
それはきっと・・・
「・・・ああ。殺せ・・・13・・・!殺せ・・・!全ての接続者を・・・!」
薄暗い地下街で、13の胸に顔を埋めながら涙声で命令する冬香
その震える冬香の肩を抑えながら13は・・・
「了解・・・」
そう、静かに答えた
それが暗殺者「13」と監査官「霧生冬香」が交わした契約
死神との契約だった




